2008年8月30日 (土)

老若男女のマナー

公共のマナー、大人も直して

先日、新聞の投書欄で目にした中学生の女の子の投書テーマです。

彼女は、電車の中で年配の女性に席を譲ろうとした。

すると女性は、「そんなに年取ってないわ」と怒ったのだそう。

彼女はすごく嫌な気分になったといい、

日頃電車内で見かける大人のマナーの悪さを指摘。

大人は若い世代のマナーが悪いと言うが、自分たちはどうなのかと問いかけます。

そして、マナーは年齢に関係なく守る必要があるはず。

皆が気持ちよくすごせる環境をと願っていました。

彼女の言うとおり、マナーを大事にすることに年齢は関係ない。

老若男女、すべてが大事にすべき。

まず大人がきちんとマナーを大事にしなければ、

小さな子や若い人たちにマナーの心、マナーの意義が届かない。

ましてや、優しさからの行動に噛み付くのは違う。

彼女は悪意で声をかけたのではない。

女性が何歳くらいの方なのかわかりませんが、

彼女の親と同じくらいの年代か、親より年上と思われる人だったとしたら。

彼女がそう判断したとしたら、目上を敬う意味で譲ろうとしたのではと推測。

そう考えたら、優しい子ではないですか。

もし、女性が(私は元気だから、譲ってもらう必要ないわ)と思うなら、

言い方があったのでは。

女の子の気持ちを酌んで、正しい行いをした誇りを守る対応があったはず。

まず優しい気持ちに対して「ありがとう」と感謝を示した上で、

「譲っていただかなくても大丈夫よ」とやんわり辞退すればいい。

皆が気持ちよくすごせる環境。

まず大人が公共のマナーを大事にしなければ。

ただ1つ、女性の気持ちも察します。若さ至上主義の世の中ゆえに、

年齢に対してついピリピリしてしまうのでしょう。

そんな必要がなくなるよう、

“年齢に対する考え方、人が歳を重ねていくことへの感覚”、

社会全体で、変わっていかないと。

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2008年5月21日 (水)

春夏秋冬

人生はよく季節に例えられる。

若い季節は春、青春。

やがて季節は移り、夏。

この時期は、人生真っ盛り、なんて言葉を耳にします。

春、夏と過ごしたら、秋が来るはず。

人生を季節になぞらえる言葉。

なぜか秋冬に関しては、パッと出てこない。

表現される言葉は、歓迎的ではない気がする。

なぜか?

やはり、若さ至上主義と関連しているのでは。

春や夏とは違う、秋冬のよさ。

秋だからこそ、冬だからこその素晴らしさがあるはずなのに。

「いつまでも青春」と、春にこだわらなくてもいいのでは。

秋冬には、秋冬のよさを味わわないと、もったいない……。

秋は収穫期。

春、夏を経たからこそ、育て上げた自分の収穫物がある。

それを堪能できる。

花で考えても、春は咲く。秋は染まる。

いいえ、誰か、何かに染まるのではなく、

自分のプロセスが自分を染める。

咲くのとは違う味わい。

素敵じゃないですか。

そして、冬。

草木が枯れ、冷たく張り詰めた空気が漂う。

その静寂の中、凛と佇む裸木は、どこか威風堂々としている。

修飾をいっさい除いた潔い美しさ。

そこにいるだけで放つ存在感。

厳しい気候の中で輝く、冬独特の美しさを魅せる自然。

それは、熟練された大人と通じるものがあるのではないでしょうか。

人生を振り返り、老いを、様々な思いを受けとめて時を過ごす。

寂寥を伴った荘厳な美しさ。

春や夏とは違う、春や夏にはまだ無い魅力。

やがて来る季節。

しっかり自分を収穫したい秋。

取捨選択し、シンプルに上質なあり方ができたらいいと願う冬。

そのためにも、時期的には夏だと思う現在。

熱さにへこたれず、しっかり実をつけていかなければ。

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2008年4月24日 (木)

ポイント

孫でもない人が、「おじいちゃん、おばあちゃん」と呼ぶのに違和感を覚えます。

しかも、「おじいちゃ~ん」、「おばあちゃ~ん」と幼い子供に話すような口調だと、

間違ってる! と言いたくなります。

名前で呼ぶべき。人の誇りや尊厳は大切にしましょうよ!

祖母は、生涯、誇りを大切にし、社会への関心を持ち、オシャレ心を忘れず、

“ギブ・ミー”ではなく、“フォー・ユー”の人。女性らしさを大切にした人でした。

亡くなって10年以上経つ今でも、女性であることを大切に歳を積み重ねていく上で、

祖母は、見習いたい私のお手本です。

過度に、美肌を追求したり、スタイルを気にしすぎたり、

時を止めようとするのではなく、自分を整える。

時の積み重ねにより磨いてきた内面に見合うように、

外見も自分を律し整えて、よくあろうとする。そのたしなみ自体が美しい。

そういう素敵な人生の先輩に出会うと嬉しくなる。

2月に病院で出会った女性もそう。

検査室の前の待合に、70代とおぼしきご夫婦。

ご主人が検査室に入って間もなく、「素敵な黒髪ね」と声をかけられました。

それをきっかけに、順番待ちの間、髪のお手入れについておしゃべりをご一緒し、

話に花が咲きました。

いくつか、お手入れ法にこだわりをお持ちで、

☆ナイロンのブラシは使わない。

☆定期的に、美容用のオリーブオイルを少量つけてブラッシング。

☆オリーブオイルは、相性の良い、お気に入りのものを長年愛用。

☆シャンプーやリンスは、「これ!」と決めずに、新しい商品を発見したら、試して楽しむ。

などを大事になさっているそうです。

彼女は、シンプルなショートヘア。

特別凝ったことをしているようには見えませんが、

やわらかいシルバーの髪を“丁寧に慈しんでいらっしゃる”。

お手入れを楽しんでいらっしゃるお心が伝わってきます。

お話の中で、「私のポイントは髪なのよ」という彼女の言葉に、ハッとしました。

ファッションは、全身を飾りすぎるとポイントがなくなる。

素敵さがぼやける。それと同じで、

身だしなみを整えた上で、オシャレを楽しむために、

“自分にとって”のポイントを持つことの大切さ。

ひとときのおしゃべりの中で、教わりました。

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2008年1月30日 (水)

人生真っ最中

全力中年。

前回、ドラマ「フルスイング」を観た感想を書いた中で、

中年という言葉を使いました。

中年。

一般的に、ネガティブに捉えられることが気に入らない。

良いことばかりじゃないから、夢物語に捉えることはない。

としても、大人が自ら“中年”に対してネガティブキャンペーンすることないのでは。

中年の「ちゅう」を使った言葉。○○中という表現。

成長中、勉強中、道の途中、最中……、

人生真っ最中!

それから、中途半端という言葉。

若くはない。でも達観するまで熟していない位置。

道の途中。半ば。

コップで考えたら、水位は中程。

それなのに、もう若くないとか、もう中年とか、

モウモウ、モウモウと牛のように連呼してどうする。

ネガティブキャンペーンしてどうするのでしょう。

注いでいない水はどうするのでしょう。

せっかく空白があるのに。もったいない。

「もう」なんて締めくくっていないで注がなきゃ。

真っ最中なのですから。

ところで、そうなると、高年者はどうなるのかというと。

満タンになったら、おしまい? いいえ。

満タンになったコップの活かし方、というものがあるのだと思います。

満ちなければ成し得ない役割を担っていらっしゃるのだと思います。

ただ、中年の入口に立つ私は、まだ口を開く域ではない。

今は口を閉じたまま、前を行く方々の背をみつめ、歩いていきたいと思います。

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2008年1月28日 (月)

土曜日のキラキラ☆タイム

今、楽しんでいるドラマ2本。

1本は大河ドラマ「篤姫」。そしてもう1本は、

土曜ドラマ「フルスイング」。

30年間、プロ野球の打撃コーチをなさっていた高畠導宏さんが、

58歳で教職につき、生徒たちと過ごした時間を描いた、実話を基にしたドラマ。

高橋克実さんが演じられていて、ドラマでは高畠さんのお名前は、

高林と変わっているので、以下高林さんと書きます。

高林さん、素敵です。

スキマスイッチの「全力少年」という曲ならぬ、

全力中年、全力大人。

教育実習に行った学校の子供たちに、

“教師”というピッカピカの夢をもらったと、目を輝かせる58歳の新人。

自分に何ができるのか、子供たちに何を教えられるのか。

悩みます。模索します。

子供たちの夢を応援したいとフル回転。

全力、一生懸命、ひたむき。根気強く行動する。

生徒に「ウザイ」と言われても、「わしには褒め言葉じゃ」と笑う。

北風と太陽の、太陽のようにあたたかい瞳で人を見る。

厳しさを知っているから、厳しさをもっているからこその、あたたかさ。

高林さんはおそらく元来、愛情深く、あたたかく、一生懸命な方なのだと思います。

そこに、58歳という年輪が加わる。

だからこそ、20代、30代の教師とは違う、生徒との向き合い方ができるのではないかと。

「全力な大人」、大人だからこその「やわらかな全力」。

今、世の中に必要なのは、そういう「大人の知恵」なのだろうと思います。

もっともっと諸先輩方にそれを示してほしい。

と、ドラマを観て思ったことを書き連ねました。

まあ、観ている間は、瞳をキラキラ輝かせて子供たちと向き合う、

高橋克実さん演じる高林さんの“かっこよさ”に、

テレビの前で目をキラキラさせ、ミーハーしております。

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2008年1月25日 (金)

薔薇色の人生

小さな頃から大好きな花。

バラ。

ここ2年ほどで、ますます好きになっています。

フラワーコンシェルジュの麻生さとみさんのブログを拝見して、

数々の新たなバラを知りました。

これまで漠然と好きだったバラ。

白、赤、ピンク、黄色…と色だけではなく、とても多くの種類がある。

香りもいろいろ。

現在出逢えているのも、ごく一部でしかない。

気高く、凛としていて、優雅。

これまで持っていたイメージだけではなく、

可憐なもの、ふんわりやわらかな印象のもの、華やか、愛くるしい、

神秘的、親しみやすい。

釣り合うよう、シャンと背伸びしたくなるもの。

力をくれる魔法になったり、そっと寄り添ってくれたり。

バラは100の顔、1000の顔があるようです。

先日、さとみさんのブログで、

バラ自身が、人生ならぬ“薔薇生”をしっかり生きているから美しい。

という話をお読みして、ハッとしました。

薔薇色の人生。

物事が順風満帆で、ロマンティックで心躍るような、満ち足りた状態。

それが薔薇色の人生のイメージ。

しかし、それだけではないのだと気づきました。

薔薇は膨大な種類があり、姿、香りも皆違う。

最初から満開に咲いてなどいない。

芽が出て蕾が開き、咲き誇って散っていく。

人も同じ。すべての人が違う。

芽を出す場所が違う。時期が違う。色も姿も、育つプロセスが違う。咲き方も違う。

誰にでも、その人だけの“薔薇”がある。

その人なりの、その人だけの“薔薇の人生”がある。

どんな“薔薇色の人生”を送るかは、その人次第。

ありがたいことに、人は考え方や生き方次第で、色も姿も香りも変化できる。

自分なりの薔薇を作ることが可能。

年齢でも、違う薔薇に変化でき味わうことができる。

最終的にどんな人生の薔薇になるのか。簡単には答えが出ない。

思いっきり生きてみなければわからない。

思いっきり生きて、生ききったとき、自分が作った薔薇の色を知ることができる。

それを誇って散る。

それだけでも、生きる甲斐になるのではないでしょうか。

生ききらなきゃ、自分だけの薔薇には出逢えない。

もったいない。生ききらなきゃ。

ただ、1つ気になること。身に備えた棘。

自分を守ることもできれば、人を傷つけてしまうことにもなる。

取扱いに気をつけなければ。

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2007年12月14日 (金)

カメ子のクリスマス

人生にはいろんな岐路がある 大きな分かれ道 小さな分かれ道

みんなが幸福 それが一番いい

自分で選んだ自分の人生 誰のものでもない 私の人生

(たぶん)19の頃に見たドラマ「29歳のクリスマス」。

大好きなドラマでした。

CM前に、山口智子さん演じる女性の心の声だと思われる言葉が字幕で出てきます。

冒頭の3つはその中のもので、特に印象的だったものです。

19の頃、29歳はとても大人に思え、

「素敵、のスタートの歳」と考えるようになりました。

実際に29歳になった自分は、幼く未熟だと自覚。

それまでぼんやりだった「おとな・淑女(レディ)」への憧れ。

29歳のクリスマスを過ぎたときに、「ここからなんだ!」とはっきり感じるように変化。

それは「まだまだ若い」でも「まだいけるんだ」、「まだ枯れない」というものでもない。

「女性という花を咲かせることができるか問われるスタート地点」

「若さという防護服を脱ぎ、素材で判断されると覚悟するとき」という、

魅力的であり厳しい、コインの裏表を感じるもの。

このときが“ウェルカムエイジング!”と本格的に考え始めた大きな分岐点です。

あれから3年。相変わらずカメの歩み。

少々ゆっくり過ぎるかなと、小さく焦りも必要かもと思う今日この頃。

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2007年12月 3日 (月)

着こなし

大好きな女優・和久井映見さん。

本日NHKのお昼の番組に出演されたのを録画しておきました。

少し前に、憧れの渡瀬恒彦さんが出演されたおりも、録画。

「話を聞いてみたい!」という方が時々出られるので、

朝、新聞でチェックが必要な番組、「スタジオパークからこんにちは」。

和久井さん。

これまでお芝居が大好きで、作品は拝見してきましたが、

トーク番組でお話されるのを見るのははじめて。

お人柄でますますファンになりました。

ご自分のことには謙虚で、共演者をたて、キレイな言葉で丁寧にお話される。

合間合間で、お茶目な部分も見せてくださる。

印象深かったのは、娘役の方と、どちらが早く大根おろしを終えるか、

という対決シーンの話。

和久井さんが演じるのはベテラン主婦。娘より早くうまくなければいけない。

手馴れて上手に大根をおろしているように感じられるよう、

相当考えて演じられたとのこと。

それを説明するとき、自分がうまいというより、娘役の方が、

きっとご本人は上手なはずなのに、

“下手でうまくおろせない”ように演じてくれたおかげだと仰いました。

あ、素敵と感動。

番組の最後に、視聴者からのFAXをアナウンサーが紹介。

頷きながら耳を傾け、まるでメッセージの主に向けているように、

カメラ目線で「ありがとうございます」と頭を下げたり、質問に答えていらした。

進化を続ける吉永小百合さん、薬師丸ひろ子さんと同じで、

和久井さんも、謙虚で清廉なお人柄で、

重ね続ける年齢を「着こなして」いかれるのだろうなぁ。

今より10年後、20年後、素敵な着こなしができるよう、時間を紡いでいかねば!

と新たなお手本、和久井映見さんを見ながら思うのでした。

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2007年11月 5日 (月)

ヒロインと笑顔

大人が選ぶ映画ヒロイン。

というテレビの特集を見ました。

以前、同じ番組で「大人が選ぶ映画ヒーロー」という特集があり、

面白かったので、ヒロインはどんな人が? とある程度予想しながら見てみると。

予想通り、オードリー・ヘップバーン演じる『ローマの休日』のアン王女でした。

納得。

他に、ビビアン・リー、ジュリア・ロバーツ、キャサリン・ゼダ・ジョーンズ、

マリリン・モンロー、アンジェリーナ・ジョリー、ジュリー・アンドリュースなど。

ベスト30に挙がったヒロインを見ていて思ったこと。

童話のヒロインとは違う。

ふんわり可愛い子じゃない。

王子様次第じゃない。

映画ヒロインたちは、皆強い。

そして、幸せを待つのでも、誰かが運んでくれるでもなく、

自分から探しに行く、掴みに行く、作り出す意識の人が多い。

男前ならぬ、女前?

悔しい思いをして、泣いて、悩んで、揺れて迷って。

もがいて自分と格闘して探し出した、心の“納得しどころ”で、

もろもろの“負の部分”を受けとめる。

生きたヒロインの笑顔は可愛いだけじゃない。

それゆえ人を魅了してやまないのだろうなぁ。

何もかも円満で、ハッピー・エンドでにっこり、でなくても。

切ない気持ちで。悲しみの中で。

過酷な状況に向き合うとき。

ヒロインは笑顔を見せる。

ヒロイン願望はありませんが、ヒロインたちから、

笑顔が持つ意味の深さを知った気がします。

笑顔の素敵な女性になりたい。

ちなみに、笑顔のお手本といいますか、

この人の笑顔は天下一品! と思う、憧れの笑顔の持ち主は。

今井美樹さんとジュリア・ロバーツ。

彼女たちらしい笑顔が大好きです。

私も、私らしい笑顔を築いていきたい!

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2007年10月22日 (月)

答え

おとなの定義はなんですか?

先日お会いした方に、こう問われました。

ブログの副題で「大人時間」と申し上げています。

当たり前のように「おとな」という言葉を多用しています。

「おとな、とはどういうこと? どういう人?」

その方には、

「答えへの対応」だとお返事しました。

すべてのことに、数式のようにきっちり答えがあると思わない。

答えが1つと決めてかからない。

自分と違う答えをダメだと切り捨てない。

様々な答えに、臨機応変に向き合える、など。

「答えへの対応」というのも、

“答え”の1つでしかないのだと思います。

“おとな”は、もっとたくさんの要素から成るもの。

年齢的に子供ではなく、大人になる。

若者ではなく、大人になる。

そこからの時間の方が圧倒的に長い。

ただ年齢的なことだけでなく、「大人時間」を生きられたら。

わが身を省みたとき、時間をかけて考えてもいいことに、

すぐ答えを出そうとすることがある。

きっちり答えをほしがることがある。

う~ん、充実した大人時間にしていきたい!

「答えへの対応」を身につけていきたいと思います。

次回、水曜日の更新はお休みします。

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2007年10月10日 (水)

気高い監視

ピシッとなる。

部屋の机の横の壁には、an.anの表紙を切り抜いたものを貼っています。

表紙に映るのは、岸恵子さんと松たか子さん。

夏前に少々体調を崩したとき、心に連動し、イライラ。

今の私、ダメだな良くないな、と思うも、いまひとつファイトが出ない。

そんなときに本屋で見たan.an。

「あ、岸さんだ、読みたい」と購入。

知的でオシャレ。

凛とした強さとしなやかさを感じる美しさ。

憧れの素敵な淑女です。

男の子が強さに憧れて、ブルース・リーのようになりたいと思う。

自分を鍛え始めるときに、

「リーのようになるんだ!」とモチベーションを上げるためにポスターを貼るように。

凛とした岸さんが微笑む表紙を切り取って、貼りました。

「素敵な淑女に、いつかなるんだ!」というモチベーションに。

気力が出ないとき、ちょこっと落ち込んだときに、切抜きを見るとピシッとします。

気高い監視の眼があるので。

しっかりがんばらなきゃ!

と自分に発破をかけることができます。

ポスターといえば、壁が寂しいグレーなので、好きな絵画のポスターを貼っています。

美術館や絵画展に行ったとき、これっというものがあったら、

ポスターを買って気分で貼り替え。

高校生の頃は、奥田民生さんのポスターでしたが、

大人になっていつの間にか絵に替わっていました。

懐かしいなぁ、ユニコーン(奥田民生さんが所属していたバンド)。

大人になると貼りませんね、スターのポスター。

……。

岸さんの切抜きの横に、ジョニー・デップのミニポスターか、

もしくは、ポストカードでも貼ろうかしら。

アメとムチ?

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2007年9月 7日 (金)

カラフル・ライフ?

人生色々

黒をとても素敵に着こなしている人を見ると、「すごい」と思います。

私は黒をオシャレに着こなす自信、まだ持てないので。

黒。

最もキツイ色だから、やわらかく、しなやかで凛とした雰囲気で着るのは、

かなりの難易度。

身につけないことはないですが、なるべく避ける色。

自信をもって黒なのは、髪だけ。

テレビや本で、美輪明宏さんが色の持つ意味をお話されているのを拝見してから、

“色と自分”を意識するようになりました。

身のまわりには、なるべく明るくてやわらかい色を置くようにしています。

自分の中に良心・やわらかさを育てられるように。

10代の頃、とても短気で、「アグレッシブで熱い」と友達に言われていました。

思い返すと、その頃に好んで身につけていたのは、キツメの色が多かった。

今でも基本は熱いですが、前面に出さないようになれたのは、

年齢のおかげと、色のおかげ。そんな気がします。

ファッション、インテリア、花、そのほか身のまわりに置く色と、

もっとうまく付き合いたい。そしてより良い生活にしていけたら。

余談ですが、よくバラ色の人生といいますよね。

ひと口にバラと言っても、種類も色もたくさん。

人生色々、バラも色々。

一番好きなのは白いバラですが、やはり種類は豊富。

目指すバラ、探ってみようかなぁ。

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2007年8月10日 (金)

またひとつ、ウェルカム

近々、年齢という衣装が1枚追加されます。

通算32枚目。

31枚目はきちんと着こなせただろうか。

……、反省点が多数。

もっと大事に出来たのではないか。

もっといろいろな着こなし方があったのではないか。

もう少し上手な使い方が出来たのではないか。

日々の様々なワードローブとのコラボレーション。

30枚ではわからなかった着かたや“自分”。

31枚目を自分のものにしたいと奮闘しているうちに、

知ったことや、見えてきたことがありました。

相性のいいもの悪いもの。

私とは合わないアイテム、私には必要のないアイテム。

31枚目がなければ気づかなかったこと、覚えなかったこともたくさんありました。

私の一部になった31枚目に感謝。

そして、

これから着かたを覚えていく32枚目。

1年後、「素敵に纏えたわ」と思えるように頑張りたい!

諸事情により、8月いっぱいブログを休みます。

9月3日より再開いたしますので、またご覧いただけたら幸せです。

みなさま、よい夏をお過ごしくださいませ!

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2007年7月25日 (水)

心はいつも本当で

ピアス。

たくさんの人がしています。

20年以上前は、今ほど見かけなかったと記憶しています。

もう25年くらい前からピアスを素敵に身につけていた人。

樋口可南子さんばりのベリーショートに、シンプルなオシャレをしていた人。

いつ会っても、「あら~、元気?」と聞き心地の好いきれいな声と笑顔を向けてくれる。

喜怒哀楽がはっきりしていて、ダメなものはダメ。

感情を前面に出すのではなく、生き様と話の端々にポリシーとして、

喜怒哀楽がある人。

詳しくは知りませんが、いろいろと波乱万丈の人生だったらしい。

そこから逃げず、スックと立ち、来る嵐来る嵐を受けとめて生きていたようです。

約ふた周り年上のお姉さんのような存在だった人の話。

“自分らしさ”ってなんだろう。

このひと月ほど考えています。

答えはまだ出ない。

何が私らしいのだろう。ぼんやり掴めそうでまだ見えない。

そんな中で、ふと彼女のことを思い出しました。

面倒見がよくて、ひとのためにサッと動ける人。

働き者で寂しがり。

余計なことは聞かず、踏み込まず。ひとにも踏み込ませず。

愛想はいいけれど、媚びずおもねらず、心はいつも本当だけ。

チビッ子の頃から3年前に亡くなるまでの彼女の印象。

改めて書くと、かっこいいなぁ。

“らしさ”の答えがまだ掴めない中、ひとつだけわかったこと。

グラグラ揺れたり、迷ったり、あっちにゴツン、こっちにゴツン。

時に間違ったりしても、心はいつも本当だけ、でいたい。

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2007年7月18日 (水)

匠の誇りと心

“職人”・“プロ”とお会いできるのは嬉しい。

お世話になっている方への贈り物を買いに、デパートへ行ったときのこと。

ギフトコーナーを後にして、大好きな食器を眺めて歩いていると、

籐の家具スペースを発見。

椅子、カゴ、ベッドなどが並ぶなかで、職人さんが椅子を作っていらっしゃる。

なかなか籐の家具作りを見る機会はない。

じっと見入っていると、「おもしろい?」と職人さんに声をかけられました。

「おもしろいです!……気、散りますか?」と尋ねると、

「いやぁ、問題ないですよ」と答えてくださる。

10代の頃から修行を始め、今は同じ道を選んだ息子さんと、

工房を切り盛りしていらっしゃるらしい。

親方曰く、籐ならいいものだろうと考える人がいるけれど、

相性や縁があるから、じっくり選んでほしいと。

いくつも並ぶ椅子を指し、「お嬢さん、座ってごらんなさい」と促します。

1つ目の椅子に腰掛け、背もたれまで深く座り込んでみる。

なんとも心地好い。

2つ目、3つ目と4つまで座ってみる。

みな丁寧にしっかり作られているので座りやすい。

けれど、どれも微妙に座ったときに感じるものが違う。

1つ目に戻って座る。

「これが1番しっくりくる!」と言うと、

親方は「そういうことなんですよ」と微笑みます。

もっとしっくりくるものも、あるかもしれない。

それぐらいよく吟味して自分の1点に巡り合ってほしい、と。

ベッドは、正確な値段は高すぎて忘れてしまいましたが、

何十万もして「手が出ない~!」とため息。

しかし、良いものを選んだら、一生モノ、孫の代まで継げるものだとか。

ベッドだけではなく椅子さえ、手も足も出ない。

あまり長くお話を伺って邪魔をしてはいけないと、お暇することに。

と、その前にもう1度しっくりきた椅子に座り、

「いいなぁ……いいなぁ、いつかほしい!」と心からの叫び。

親方は微笑んで、

「そのときは妥協せずに、馴染むものを手にしてくださいね」

「一生モノですから。そういうご縁、巡り合ってくださいね」と見送ってくださいました。

籐の家具とひとの縁をたくさんつくり上げてきた親方。

お話してくださったとき、家具作りの誇りを感じました。

そして謙虚。

静かに語る瞳は光りが溢れ美しい。

話しながらも、しっかりカゴを編む手もまた、心が映し出されているようで、

あたたかい感じがして美しい。

15分ほどの時間でしたが、素敵な出会いができました。

しまった! 握手してもらえばよかった。

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2007年7月 9日 (月)

役者の美

詳細は存じませんが。

千葉真一さんが俳優引退宣言をされたとのこと。

大河ドラマ『風林火山』。

武田信玄の家臣・板垣を熱演されているお姿、

素敵で毎回楽しませていただいています。

昨日の放送。

引退されるのだろうか? と思いながら拝見したことも多少は手伝っているにしても、

惹きつけられました。目が離せなかった。

戦の負けを知らない晴信(信玄)は負けを恐れる。

そこからくる狂気。演じる市川亀治郎さんがお見事すぎて、

ここ2週はテレビの前で何度もゾクッと身震い。

晴信に対する恐怖の身震いとは別の意味で、

昨日は千葉さん演じる板垣に震えました。

美しかった!!

千葉さんの若い頃は存じ上げません。

初めて拝見したのは、子供の頃に観た映画『里見八犬伝』の八犬士。

八犬士の千葉さん。渋くてかっこよかった。

約20年を経て、板垣を演じる千葉さんは、もっと輝いていると感じます。

今、若い俳優が主流で、“おとな”の、

“役者”の見せてくれる世界を楽しめる機会が少ない。

年輪を重ね紡ぎ上げてきた役者のお芝居は、惹きこまれます。

もっともっと味わいたい。

もう少しおとなの映画・ドラマが増えてもいいのではないでしょうか。

役者が見せるおとなの味わいが持つ意味は、大きいのではないでしょうか。

魂を込めた千葉さんの板垣。次回が最後。

花道を心して拝見し、役者の美を胸に刻みたいと思います。

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2007年6月25日 (月)

正座でラジオ

ラジオはあまり聞かないのですが。

土曜日の午前中。

永六輔さんの番組に三木睦子さんが出演なさると知り、

久しぶりにラジオを聞きました。

聞けてよかった!

メールで教えてくれた友人に感謝!

三木睦子さん。

第一声「ごきげんよう」から始まるトーク。

故・三木元首相のお話、ご自身のお話。非常に興味深く拝聴。

お話がためになるだけではなく、三木さんから発せられるさまざまなこと。

学びが多かったです。

言葉。話し方。落ち着いた発声。

姿が見えなくても、きっと姿勢も美しいのだろうと想像できるほど、

電波を伝って届く気品。

ノンキにストレッチをしながら聞いていましたが、きちんと聴かねば! と正座。

学生時代、日本人が日本の音楽をよく知らないことへの違和感があったこと。

そんなとき、三味線に触れる機会を得たというお話もされていました。

日本の音楽。

私はどうかなぁと考えてみると。

祭囃子。

なんとなく耳にしてきた童謡。

和太鼓は大好きで、演奏会に足を運んだことも。

あ、細川たかしさんの『望郷じょんがら』はいいなぁと思います。

三味線。鼓。尺八。民謡。

詩吟。長唄。浪曲。雅楽など。

興味は尽きない。

ひとつずつ、じっくりゆっくり触れていこう、と感じました。

三木さんがお話をされたのは10分くらいでしたが、

実り多い時間を得られました。

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2007年6月 6日 (水)

堂々と輝いて!

男性もウェルカムエイジング。

と、時々その辺りも書きたいと思っています。

ヨーロッパの“おとな”な国では、年輪を重ねた女性たちを尊重します。

日本は、女性の年齢が上がっていくことに対して、非常に幼稚なスタンス。

男性には、ロマンスグレーという表現があり、女性ほどは年齢による呪縛や、

よくないイメージはない気がしていました。

しかし、そうでもないことを発見。

3,4年前、渋谷の交差点で信号待ちをしているときのこと。

通りの向こうのビルボードに某俳優さんのポスター。

友達と一緒だったので、その方が出演されていたドラマの話に。

出演者を思い出しながら話していたので、

「かっこよかったな~、児玉清♪」と、児玉さんのシーンを思い浮かべて言いました。

すると、友達の横に立っているサラリーマン風のお兄さん(推定年齢25,6歳)が、

グイッと勢いよくこちらを向きます。「えっ!?」という顔で私を見ます。

ビックリしたのとムッとしたのとで、「え? 何か?」という顔をしてしまいました。

(きっとお兄さんは、かっこいいというのが某俳優さんだと思ったから

意外だったのでしょうが)

そのとき、男性もある程度の年齢になると、どんなに素敵なひとも、

若い男性に比べ、男としての魅力がなくなるとされてしまうのか、と知りました。

文化も低年齢化していて、映画、ドラマ、小説、歌など、圧倒的に若者主体。

“おとな”をしっかり描いたものが少ないこと、スポットがあたっていないことも、

好ましくない風潮をつくっていると思います。

歳を重ねた素敵な男性、たくさんらっしゃるのに。

驚き顔をしたサラリーマン風のお兄さんも、必ず年齢は上がっていくのに。

そのときどうする気なのか。

知人が興味深い話を聞かせてくれました。

50代の女性が会社で同僚の男性に、「おい、おばさん」と呼ばれたので、

「なんだい、おじさん」と返したら、烈火のごとく怒り出し、

「俺はおじさんじゃない!」と怒鳴ったそう。

男性は男性で、若さの焦りや背伸びとは、

違う焦燥感や切なさを抱えていらっしゃるのですね。

もうそろそろ日本も、成熟へ向かうことを考え始めてもいいのではないでしょうか。

男女ともに、若さとは別の素晴らしい魅力がたくさんあるのでは。

貶めあったりしないで、お互いの紡いできた時間、

それゆえにある“今の姿(内外ともに)”を愛しみあう。

そういう素敵な方々が増えて、美しさを魅せつけてほしい!

示してほしい! 目標とさせてほしい!

魅力的なおとなの男性・女性は、自分が歩いていく道を照らしてくれる

ありがたい道しるべです。

堂々と輝いていてほしい!!

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2007年5月30日 (水)

松…竹…何樹?

歳を纏うことは、素敵を増すこと!

だからアンチして「時を止めたい」なんて、もったいない!

年齢とは敵対せずに、フレンドシップでいくほうが楽しいはず。

男女とも。

ということを、女性は花樹になぞらえて考える。

細い苗木の頃より、年輪を重ねた木に咲く花のほうが見事。

男性も同じでは。

花樹ではなく、松や竹、年輪を重ねた木…。

園芸に詳しくないので、何樹というのか。

威厳を感じる松や、竹林でマイナスイオンを放っていそうな、しなやかな竹。

“この~木なんの木、気になる木~♪”のように、

大地にどっしり根を張った、強くあたたかい感じがする大きな樹。

花が咲くようにわかりやすくはないけれど、若木から序々に幹を鍛え、

威厳としなやかさと静かなあたたかさを漂わせる。

それはきっと、たくさんの季節を越え、苦い思い、切なさ、空しさなど、

時を経たゆえの寂寥を抱えていらっしゃるからこそ、なのでしょうか…。

と、まだまだ時が足りない小娘としては、

そういう男性方、そこに肩を並べる女性方に憧憬と尊敬を抱き、

なるべく焦らないように、花樹へ成長するべく、ゆっくりジタバタする日々です。

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2007年5月25日 (金)

素敵な進化に小躍り♪

ピョンと小躍りしたくなるような心地好さ。軽やかな気分。

最近、ロックなもの、ファンキーなものをよく聴いていましたが、

少しやわらかいトーンで、と思っていたら、グッド・タイミング。

今、竹内まりやさんのニューアルバムをB・G・Mに更新しています。

子供の頃、『もう一度』という曲を聴いて以来、彼女の曲は好きでよく聴きます。

この『もう一度』は衝撃的でした。

イントロの山下達郎さんのコーラスとピアノで、すでに曲の虜。

美しいコーラス。曲がフェイドアウトするまで終始、心地好くてオシャレな音。

おとなの歌詞。まりやさんの歌声。

なにもかもがドラマチックで。

まあ、ホントに子供のときなので、歌詞の意味をちゃんとはわかっていなかったはず。

なんとなく(おとなの世界だなぁ)(なにやら、おとなは深そうだ…)

と、ぼんやり思っただけ。

さて、アルバムが発売されるとまったく知らなかったのですが、

発売日、たまたま入ったCDショップで発見。

あっ、聴きたいなと思い購入。

買ってよかった。

いろいろなことを感じ、いくつもの発見がありました。

なにより聴いていて気持ちがいい!

新しいアルバムを出されるたびに、音楽もご本人も輝きを増しているような。

も~、どこまで進化するの、まりやさん! という感じで。

そう! 彼女は素敵に歳を纏っていらっしゃる気がします。

そして、

音楽で、とても素敵な世界を魅せてくれるのだもの。

きっとプロデューサーの山下達郎さんも、輝きを増して進化しているに違いない。

今回のアルバムでも、達郎さんの美しいコーラスで何度クラッとさせられたことか。

最強コンビで、また小躍りするほど気持ちいいアルバムが届くのが楽しみ。

次は、何年後かなぁ…。

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2007年5月18日 (金)

おとなのティータイム

お招きいただいて。

先日、幼なじみのRちゃんの家へ。

Rちゃんのお母さん(以下、Nさん)、Rちゃん、母、私の4人でおしゃべり。

母は、時々お宅へお邪魔したり、Nさんと電話やメールでやりとりをしていましたが、

Rちゃんと私はお互いの母親から話を聞くばかり。

実際に会うのは、本当に久しぶりでした。

他愛のない話や思い出話からティータイム、スタート。

話をしながら、一緒に行った夏祭りや小学校の運動会を思い出します。

小学生の頃は、運動会というと応援席の家族とお弁当。

うちは母と私なので、よくRちゃん一家とご一緒させていただきました。

懐かしいなぁ。

徐々に話が移って、海外で暮らすRちゃんの弟くんのエピソードや、

Rちゃん家の、ドラマ以上に素敵なエピソードの数々。

あたたかくて心が和みます。

そして今回Nさんが、ご夫婦の恋愛時代のお話を聞かせてくださいました。

なかなか友達の親の恋愛話を直接に聞く機会はないので、興味深い。

なにより、Rちゃんや私が10代の頃なら、お話にならなかったのではないかと思います。

まだ小さいうちでも、あけすけに話すというのとは違い、

「おとなのティータイム」ならでは。そんな感じがしました。

母から話を聞いてはいましたが、

今回ゆっくりティータイムを持ったことで見えたNさんは、

おおらかで、表現がチャーミングで、心優しく細やかで、家族への愛情が深い方。

なにより、Nさんご夫婦はお互いが大好きなんだなぁと、

気持ちいいくらい伝わってきました。

素敵に時を重ねていらした方とお会いするのは嬉しいですね。

元気がもらえて。素敵な方に会うたびにそう思います。

そして久しぶりに会ったRちゃん。

彼女と私は誕生日が4日違いなので、生きている時間がほとんど同じ。

にもかかわらず、雰囲気がじつに落ち着いている。

私はまだまだだなぁ。もっとがんばろう! と励みになりました。

余談。

よく誰々っぽい、誰々に似ている、と言われることはあると思います。

この1,2年で言われたひとを思い返すと、若手女優さんかマンガの登場人物。

私には歳相応の「女の色っぽさ」がないのかしら、と考えてしまう。

それが、帰り際Nさんから、某女優さんに似ていると言われました。

初めておとなに例えてもらえて。

レディーへと、多少は成長できていると思ってもいいのかな、

と嬉しいお土産をいただけました。

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2007年5月11日 (金)

マインドケアという名の…

「女をきれいにするもの、なんだかわかるか?」

高校生のとき、授業中の雑談での先生のお言葉。

「恋でしょ、恋」 「おしゃれに気を配る」 「夢?」 「ダイエットしたり、自分を磨くこと」

と次々出てくる女子高生の意見。

両手をパタパタさせ「落ち着け」のポーズをして、先生が仰ったのは。

「きれいになりたいという願い、なる! という意志」それから、

「自分の可能性を信じること」。

どういうことか、先生(40代後半の男性)が教師になったばかりの頃のことを、

話してくれました。

少々口の悪い先生曰く、取り立てて可愛いと思わない生徒があるとき、

「私は絶対にきれいになってみせる!」と宣言したそう。

先生は、何を言っているんだと思ったらしいのですが、月日が流れてふと彼女を見ると、

(あれ? こいつ、こんなに可愛かったかな)と感じ、

「きれいになったんじゃないか」と言うと、「きれいになるんだ!って思い続けたから」

と飛びきりの笑顔がかえってきて、それが本当にきれいだった、と。

ま、自己暗示の力だな、と言いながら、

「おまえたちも“自己暗示”でいい女になれよ」とのお言葉で雑談終了。

話を聞いた16ときは、(先生、粋なこと言うじゃない)くらいにしか思いませんでしたが、

最近、先生の仰っていた“自己暗示”には違う捉え方があるのではないか、

と考えるようになりました。

マインドケア

心を癒す、年齢が上っていくことへの不安をカバーするということよりも、

スキンケアのようなものでしょうか。

健やかな肌でいるために、スキンケアが大切なのと同じく、

心の手入れをする。

日常を大事にし、人それぞれの夢・大切に思うことを、

大切にできるように励み、慈しむ。

そのために、よくなろう、よくあろうと願う気持ち。

「大丈夫、私はがんばれる」と自分の可能性を信じ続ける意志。

それが“マインドケア”だと思います。

そうして“マインドケア”をし続け、歳月を重ねて、輝かないわけがない!

男女ともに、年々美しさを増していく方は、それぞれのプロセスの中で、

絶望、慟哭、葛藤、不安、もどかしさ、やるせなさなどを抱え、向き合いながら、

“マインドケア”をし、たくさんの切ない思いを昇華して、

自分の素敵を発酵されたのだろうと思います。

年配の素敵な方々の足元に、まだまだまったく及びませんが、

現時点までの人生のプロセスの分だけ、女子高生の頃やハタチ過ぎの私より、

今の私の方が、絶対良い!(先生風に言うと、いい女、に多少はなった、つもり)

誰にもNOとは言わせない。

それなりにグレードアップしている、つもり。

ごめんなさい!

高飛車な発言をしてしまいましたが、自分の紡いできた時間に誇りを持つのも、

重要なマインドケアですので。

ご容赦くださいませ。

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2007年4月18日 (水)

能と美人

男女ともに、「わぁ、素敵!」「あっ、美人さんだ」

と感じる人がいる。

50代、60代、70代の方。

20代、30代、40代の素敵な人もいる。でも少し違う。

何が違うのかしら。

50代以上の方の何が憧れを抱かせるのかしら。

・・・・・・・・・・・・・・・・。

これまで美人だと感じた紳士淑女を思い浮かべて、考える。

頭の中で動く紳士淑女。分析、分析。

無駄がない。

仕草・動作・言葉・語り。そして佇まい。

シンプルなのです。

「合理的」とは違います。シンプルは、単純とも違う。

そして、しなやか。

その人の積み重ねてきた思考や、

育んでいらした心が無駄をそぎ落としている。

その人の歴史からエッセンスを抽出し凝縮され、

内に沁み込んだ感性が、洗練された姿を持たせているのだという気がします。

と、ここまで考えて思い出したこと。

何かの本で読んだ話です。

能。

能は動作を最小限に抑え、演者の内で凝縮された力となる。

能の舞の美しさは、それゆえらしいのです。

時を積み重ね、洗練された人のあり方は、能と通ずるものなのかもしれない。

能。

まだ観にいったことがないので、劇場へ行って観たい。

芸術を味わうとともに、能の世界の美、じっくり勉強したい!

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2007年4月 6日 (金)

女心の花談議

以前ブログで、女性は誰もが花だと書きました。

どのような花かは一人ひとり違うけれど、

歳を重ねて美しくなるあり方は、花樹でしょう、とも書きました。

地に根を張り、さまざまな季節を乗り切って咲く姿は、苗木の頃より美しい。

という話を先日、友達にしていて、素敵に咲いていかないとね。

咲いていこうね! と話が収まりました。

そのとき、何気なく「私って花に例えると何?」と尋ねてみました。

友達は私を見て少し考えます。

どんな花だと言ってくれるのか、ワクワクして言葉を待ちます。

出てきた答えは「スズラン」。

私「何で?」

友達「えっ、何、不満?」

いや、不満ではないよ。スズランは好きよ。

友達「なんか“ちょこん”って感じかな、と思って」

私「159センチって“ちょこん”って感じの範囲?」

友達「背じゃなくて、なんとなく…小さいでしょ」

私「えっ、人間が?」

友達「そうじゃなくて。雰囲気というか、顔とか中のパーツとか、全体的に。イメージ?」

さらに、

友達「だって、ヒマワリとかダリアとか“西洋”ではないじゃない」

うん、和顔です。薔薇とか芍薬とかカサブランカとか、華やかどころ、の花ではない。

それは自分でわかっています。

「でも10代っぽいものじゃなくて、ねえ、あるでしょう」と言うと、

「じゃあ何て言ってほしかったの?」と返ってくる。

和のイメージ…、桔梗とか睡蓮とか。

すると、「自分でそんな風にしっとりしてると思う?」ときます。

はい、ごめんなさい。思わないです。

でも桔梗、大好きな花だし、本で誕生日の花だと読んだから。

ほんの少しでもそれらしいところあるかと思って。

悔しいので、「お世辞ってあるじゃない?」と促すと、

「よく言う。お世辞言わないくせに」と言われて終了。

小さい花が駄目だということではありません。

小さい花、野の花。大好きです。

ただ、女と生まれたからには、花樹の年輪には憧れます。

女性は一人ひとり、自分が思い描く花のあり方があるのでは。

今年のテーマが1つ増えました。

桔梗のような雰囲気を目指そう。

そしてずっと先。天寿をまっとうする頃には、白木蓮のようになりたい。

なれるかな。道は長いな。

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2007年3月30日 (金)

自然体に匹敵。すてき

素敵、という言葉。よく使います。

使いながら気になったこと。

すてき。漢字では素敵。素・敵。

敵?

素が敵? 素の敵?

あっ、素に匹敵!

赤ちゃんの姿。ありのままの存在、美しいですよね。

“自然体”賛歌をするなら、赤ちゃん以上はない気がします。

従姉の家の赤ちゃんに初めて会ったとき、

そこにそのまま存在しているだけで力強い命。その輝き、尊さに感動しました。

街中で見かける赤ちゃんにも同じことを感じます。

赤ちゃんが自然体の最高峰なら、あとは下がっていくのか。

そうではなく、そこから人として素敵への道がスタートするのでは。

誰もが、我良くあらんとして頑張る。

混沌と切なさを伴いながら考え悩み模索し、

たくさんの感情と出来事を重ね紡いでいく。

そのジタバタ感がいい。

誰もが自分のプロデューサーで、輝くために考えて演出する。

その姿、その人だけがつくりあげていくものが、

素に匹敵する美しさであり、尊いのではないか。

人を賞賛するとき、あまり自然体という形容はピンとこない。

一見さらりと自然体に見えても、その人なりのさまざまな気持ち、

出来事を練って練って汗をかいているはず。

人が時を重ね、歳を纏いながら生み出していくもの。

素に匹敵する美しいもの、素敵。

これからもたくさんの素敵を見つけたい。

自分でも素敵になっていきたい、と思います。

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2007年3月12日 (月)

大人限定の美しさ

先週末、素敵な女性にお会いしました。

ここ数ヶ月、吉田拓郎さん、アリス、沢田研二さんなど、

しっかりと聴いたことのない時代のミュージシャンがマイブーム。

母がお友達からお誘いいただいた、そのまたお友達の自宅・アトリエで開かれたライブ。

私が音楽が好きだということで「よかったら」と仰ってくださり、聴きに行きました。

歌手・小林啓子さんのライブ。

60年代後半から活躍され、活動を休止されていたのを、

02年から30年ぶりに再開されたそうで。

まさに今、関心を持ち出した時代から活躍されている方。

ツイテます。

初めて聴くのがいきなり生歌。

アコースティックギター1本。マイクなし。

究極の生歌。

素敵!

オリジナル曲やジョーン・バエズ、ボブ・ディラン、

坂本九さんのカバーなどを歌われました。

素人があまりあれこれ言えませんが、緩急自在。全身で歌われているけれど、

「どうだ! これだけ全身全霊だ!」という力んだ感じではなく、歌声もご本人もしなやか。

いくらがんばっても20代、30代では無理。

成熟した大人限定の美しさ。

「アメージング・グレース」を歌われたときは、

文化に感動したときに発揮される腕センサーが反応。

鳥肌が立ちました。

ライブ終了後、帰り支度にモタついているうちに打ち上げとなり、

ずうずうしくも参加させていただきました。

その場にいらした方はみなさん、団塊の世代。

私ひとり若輩者が混ざって、いいのかなぁとも思いましたが。

プロのマジシャンがいらして、マジックを見せていただき、

大学教授の方は、耳と音の研究をなさっているそうで、

そのお話をいろいろ伺いました。

そのほか、私の知らない時代の話や温暖化の話などなど、興味津々。

小娘が混ざっていいのか…という気持はあっという間にどこへやら。

素敵な大人の中で、楽しく時間が過ぎました。

小林啓子さん。歌声もご本人も、しなやかでかっこいい大人の女性でした。

お手本となる女性、また1人増えました。

私が小林さんの年齢になるとき、

彼女のようにかっこいいおんなっぷりが醸し出せるようになりたい、という張り合い。

自分次第で可能性はあるはず! という希望、いただきました。

お誘いくださった母のお友達に、心から感謝です!

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2007年3月 5日 (月)

女心、春の色

女は灰になるまで女

もう春。

春物の服、どんな感じがいいか考えると、やや浮き足立つ。

立ち寄ったショップでかわいい靴下を見ながら、

小物もいくつかほしいアイテムがあるな~、とさらに浮く足。

店内をキョロキョロしていたら、かわいいスカート発見。

お値段はリーズナブル。

手にとって見ていると、背後から「あら、かわいい」という声。

振り返ると70代らしき女性。

スカートを手に取り、自分に合わせてみる。

白地にやわらかい配色の模様が散りばめられたスカート。

茶系でまとめられた服をお召しになっているところに、春を告げるスカート。

ぱあっと明るい雰囲気に変わり素敵なので、「あ、素敵」と申し上げたら、

はにかみながら「そう? でも若い人のものだから…」。

お店は10代~20代半ばくらい向けの雑貨屋。

スカートの中にはピンクやペパーミントグリーンのミニスカートや、

ロングでも「若い!」というものが多い。

でも、彼女が手に取ったスカートのように、

大人が着れば違った雰囲気がでるものもある。

60代、70代の女性が、パステルカラーを纏う。

足し引きが身に備わっているから、甘すぎずなんともエレガントで素敵。

とてもよくお似合いなので、

「そんなことないです。お似合いですもの…素敵ですよ!」と、

まるで店員のように、おススメ。

最初に手にとったときは、かわいいけれど着られないわね、という感じでしたが、

何度もスカートを眺め、次第に目が輝きだす。

その後、電車の時間がせまっていたので私は店を出ましたが、

振り返るとじっとスカートを眺めていらっしゃいました。

やさしい色合いのスカートで、春を満喫されるといいなぁ。

祖母も最後までおしゃれへの関心が高く、

ファッションへのアンテナを持ち続けていました。

亡くなる少し前、高校を卒業したばかりの私に、薔薇の形のネックレスをくれました。

「いつか身につけてね」と。

18の私には不似合いでしたが、今なら気負わずに合わせられる。

春色の装いに合わせて自分なりの春、おしゃれを満喫したい。

とまたまた浮き足立つこの頃です。

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2007年2月23日 (金)

30年後も林檎の種子を

今日でブログを始めて丁度1年経つと、昨日気づきました。

人の誕生日やお祝い事は大好きで、お祝いするのが楽しい。

けれど、あまり自分のことは○○記念日とか考えない。

まあ、さすがに自分の誕生日は大事に考えます(自分好き)。

でも時々自分の歳、忘れます。

「あれ? 私いま、いくつ?」と人に聞いて「はい?」と言われてしまうくらい。

人は死ぬときまで未完成だと思うので、まだまだ若輩者。

素敵になりたいとジタバタ。かっこいい大人を探し、

お手本にしてキョロキョロしているうちに、フッと忘れてしまう。

で、「あれ? いま、いくつ?」になってしまう。一瞬ですけどね。

そんなノンキな自分のために目印(?)として、役者や芸人で同じ年の人、

何人か覚えています。活躍を目にすれば、「頑張ってるなぁ、私ももっと頑張ろう!」

と励みになりますし。

今日でブログを始めて1年ということで、初心に戻ってみました。

いくつになっても好奇心に溢れ、チャレンジ精神旺盛。

社会への関心と使命感は強くなるばかり。

毎年毎年いろいろなスタートラインを持つ。

自分の親や、たくさんの先輩たちのそういう姿を見ては、

まだまだ生きる甲斐が山ほどあるなぁ! と元気を貰っています。

どなたの言葉か忘れましたが、高校生の頃に読んだ寺山修司さんの、

『ポケットに名言を』に書かれていた言葉。

もし世界の終りが明日だとしても、私は今日、林檎の種子をまくだろう

スーパー・ポジティブ・シンキング!

20年後、30年後もいろいろな林檎の種子をまきながら、

自分を味わって笑っているよう、20年、30年と1歳1歳しっかり歳を纏っていかないと。

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2007年2月 9日 (金)

東大寺を建てたのは、大工さんです

タイトルの言葉は、水上勉さんの著書『女ごころ風景』の中の一文です。

詳しくは、

「東大寺は誰が建てましたか」という宿題が出て、「大工さんが建てました」

と答案用紙に書く子供を歓迎する。(略)大工や左官や木挽きが、延べ何万人

の労働者と共に狩りだされて、大きな大仏殿が建立された(以下略)

教育について述べられた話の一節。

この箇所が好きで、「うんうん」頷きながら読みました。また同書の別ページでは、

金閣寺の鳳凰堂を建てたのは誰かと尋ねられたら、「大工さんです」という答えが

好きだと語り、義満が手を汚して堂を建てたわけではない。無名の大工や左官や

瓦師の力で国宝級の建物が今尚残存している、というようなことが書かれています。

確かに子供の頃、教科書でピラミッドを見たとき、

いったいどれくらいの人で造ったのかな。昔は便利な機械もないよね、大変だな

と思いました。まあ、子供でしたから単純に、重いものを担いで必死にがんばって、

結局「ファラオが建てました」と片づけられるのは悲しいね、と思っただけですが。

水上さんの本を読んで、子供の頃感じたことの補足をもらった気がしました。

水上さんは、鳳凰堂の話を「そういう凡庸の智識を社会から学んだ」と述べています。

しっかりと「おとな」になるための、自分に即した「おとな」を磨いていくための、

ヒントを見つけたように思います。

物事を平面だけではなく、立体で見ることが、自分を人として躾け、成長させてくれる。

そういえば1年前の日本アカデミー賞のとき、

吉永小百合さんも、薬師丸ひろ子さんも受賞スピーチで、

一緒に映画をつくり上げたスタッフの人たちに思いを馳せていらっしゃいました。

私の映画、俺の番組というニュアンスの発言をする役者やタレントもいます。

「誰々の映画」とひとは捉える。すると、役者だけのもののようですが、

大勢のひとでつくっている。

吉永さんも、薬師丸さんもそのことを心から感じているからこそのスピーチだった、

そう思います。だからこそ、あんなに素敵なのだろうと思います。

「素敵なおとな」への道に、「謙虚」も不可欠な大切なものですね。

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2007年1月31日 (水)

平凡をナメたらいけません!

電車の中で、立ったまま熟睡できるのが特技。

ウトウトしはじめたそのとき、睡魔が吹っ飛ぶ声が。

女子高生の会話。

某40代の女優が素敵だという話。

憧れは誰にでもあるもので、いいと思います。問題はその後。

「うちのお母さんなんて超普通。キャリアウーマンでもなんでもなくって、

 うちにいるただの主婦だし、超つまんない平凡なうちだし」

もうひとりも「うちも~」

!!! ???

なんの問題があるの? 最高じゃない! わかってないなぁ。

その女子高生が、家事をあれこれやっているなら話は変わりますが。

家に帰って見てみなさいよ、と。

お母さんが家にいるということは、寒い中を帰ったら、部屋が暖かいんじゃない?

家中じっくり見直してみたら?

心地よく生活できるように、お母さんのしていることがたくさん溢れているはず。

平凡な家で、つまらないということは、大きな問題がないということ。

ただそこに存在しているだけでは、その空間は成り立たない。

維持するため、守るために親は努めているのではないだろうか。

いちばん身近な年上の女性のなかにある美しさも見つけられない女の子は、

素敵なレディーにはなれません!

いいえ、憧れる大人の女性になれないだけじゃない。

平凡だとバカにしている、その子のお母さんが持つ美しさにも、手が届かないでしょう。

そのことに気づいてほしいな、気づくといいな。

女優やモデル、セレブに憧れるのは、

尊い平凡を理解してからでも遅くないのだから。

と、余計なお世話なことを、目が冴えてしまった頭で考えました。

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2007年1月17日 (水)

ま、まぶしい場所

身近な素敵な大人紹介。

たびたび登場する「幼なじみ~ズ」のひとり、Cちゃんのご両親。

おふたりは、今でも仲良くディズニーランドでデートするらしい。

おじさんは、Cちゃん姉妹のベッド、勉強机、犬小屋を日曜大工で作り、

リビングに飾られている絵もおじさん作。

中学生のとき、遊びに行ったときに、リビングの前を通過しようとすると、

ドアが開いており、中でフォークギターを弾いているおじさんと目が合った。

「おじゃまします」と挨拶すると、ガバッと立ち上がり、正しい姿勢で

「いつも娘がお世話になっています」とお辞儀。

びっくりです。中学生の私に、なんて丁寧な挨拶!

おばさんは、Cちゃんと私がリビングでお茶を飲んでいると、

買い物から帰ってきて、「あ、おばさんも一緒にお茶飲も~♪」と、

ちょこんと座る。なんともチャーミングなひとです。

いつお会いしてもいわゆる「おかあさん」という感じで、

それゆえのかわいらしさを失わずに放っていらっしゃる。

以前、家族でキャンプに行くというCちゃん一家。

一緒に来ないかと誘われました。「お父さんがおいでっていってるよ~」

「一緒に行こうよ~」と。

絵に描いたようなアットホームな家族。

ま、まぶしい! まぶしすぎてつい、

「ありがとう。でも家族水入らずで行ってきなよ~」と断ってしまいました。

私、キャンプって行ったことがないので、いけばよかったと、後々後悔。

もったいないことしたな~!

Cちゃんのご両親は現在、第二の人生で、高齢者のための仕事をしています。

きれいごとだけではできないことです。

あたたかい方たちだと思っていましたが、本当に頭が下がります。

尊敬するウェルカムエイジングな美人さんご夫婦です。

あたたかいご両親の愛情を受けて育ったCちゃん。

私と逆で、とっても丈夫な健康優良人。パワフルに生きています。

いつ会っても、「久しぶり」の前に「大丈夫?」と聞いてきて、気遣ってくれます。

握力のない私は蓋や袋を開けるのに、時間が掛かります。

そんなとき、何も言わずにサッと開けてくれます。

人ごみを一緒に歩いていると、つい遅れてしまう私をさりげなくフォローしてくれます。

Cちゃんの繊細さとひとのよさは、ご両親の愛情あってのことだとしみじみ思います。

まさに、相田みつを氏言うところの「育てたように子は育つ」。

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2007年1月10日 (水)

2007年、初美人

「すごく、いい話だよ」「素敵だよ」

本を読んだ人にそう聞いていて「へえ~」とは思っていたものの、

読んでいなかった本。

『佐賀のがばいばあちゃん』。

読まないうちに1月4日、ドラマを観ました。

今年最初のウェルカムエイジングな美人は、がばいばあちゃんです。

彼女には虚栄心がない。ひとが卑屈になってしまうようなことも、

小気味よく、鮮やかに、プラスに捉える。

愛情深く、ユーモアがあり、生きていくたくましさに溢れている。

母親の代わりに、孫の昭広に対して、どんな教師も太刀打ちできない、

宝石より輝くことをたくさん教える。

ばあちゃんは、次々にかっこよすぎる名言連発。

衝撃でした。

とにかく描かれているエピソードがどれも素敵。

なんて美人なばあちゃん! すごい! 目からウロコ満載。

そういうばあちゃんに育てられた昭広(島田洋七さん)も美人。

学校の先生も、お母さんも、お豆腐屋さんも。

2時間半のドラマの中で、出てくるひとが美人さん大集合で、目からウロコだらけ。

新年早々、すばらしい授業を受けた気がします。

早速本を購入。といってもまだ読んでいませんが。

これからじっくり、噛みしめながら読んで、素敵な教えにあやかり、

ゆっくり時間をかけて、ドラマで観た美人さんたちのように、なってゆけたらと思います。

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2006年12月20日 (水)

変わり続けることは、いいことだ

極自然なことだと思うのです。

心や身体が変わっていくこと。

ひとそれぞれ、自分の中の基本軸はあると思うので、そこは持ち続けて変わらない。

もしくは、変われない部分だとしても。

望む望まないにかかわらず、ひとは変わっていく、そう思います。

内面では、環境、出会う人との関わり、起こる出来事などで、

いろいろなことを感じ、知り、思考して、変わっていく(成長していく)。

10代の私が、今の私の考えを聞いたら、おそらく「え~」とブーイングする部分も

多々あると思います。

時を経ての自然な変化ですし、今の自分のほうが好きなので、

昔の私に返すのは、「まあまあ。いいんじゃない。今はブーイングで」

と、余裕の笑みです。

身体も、歳ごとに変化する。

現代人は、自然体という言葉が好きなのに、なぜ心身、

特に身体の自然な変化は拒絶するのか。悪しきものとするのか。

例えば、20歳と40歳で、変化がなかったら、怖いです。ホラーチックで。

元々、若さ=美しさと考えていなかったので、ハタチくらいときも、

同年代のひとより、年配の女性が脅威でした。

横に並びたくない。絶対見劣りする。

女として、まだまだ未熟だと思い知らされる、そう思って。

今もそうです。自分より若い女の子より、自分の倍の年齢の女性のほうが怖い。

変化にのまれず、変化を楽しんで血肉にしていった、魅力を放つひと。

太刀打ちできるはずないですから。

最近、鼻の頭にうっすらソバカスができているのを発見。

ハタチのときにはなかった。

以前は疲れても、目の下にクマができることはなかった。

今は、体調が悪いと出るようになったと気づく。

10歳くらいから、いつも目の前の問題にアップアップだったのが、

そういう変化を楽しめる状態が愛おしくて、自分が嬉しくて。

鏡のソバカスを見てニコニコ。

あ~、私、それだけ歩いてきたんだな、がんばったんだな、と。

(すみません、自分好きで)

さて、これからも歳を重ねていく。まず、目指せ、素敵な充実した30代。

そして、この先、以前私が感じたように、私が40代、50代になったとき、

ハタチの女の子が、気後れするくらいの女になりたい!

というのは、夢の1つです。

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2006年11月29日 (水)

粋な女に

先日、久しぶりのお電話が。

去年、お稽古に通っていた着付け教室の先生からでした。

「どうしてるかなぁと思ってかけたのよ」と。

ご無沙汰していることをお詫びし、他愛ない話をしました。

お教室には、自分で着物が着られるようになりたくて通いました。

初歩の基本科だけにしようと思っていたのですが、おもしろくて。

どうせなら、もっと極めたい。

しかし、月謝が上る。金銭的余裕がない。

他にもいろいろ学びたいことがあり、図書館を利用したりして独学中。

次の科へ進むのは保留していましたが、1年経つ。休学は1年まで。

「今、余裕がなくって。もう、1年経つからダメですよね」とため息。

「それはなんとかなると思うのよ。始められるようになったら、相談しましょう。

気にしなくていいから、お教室に遊びにおいで」

そう言って笑ってくれました。

「実は、まだ通えそうにないから、なかなかお訪ねできなくて」と言ったら、

「いいの、いいの。お茶飲みにおいで~」とさらに笑う。

最後にお会いしたとき、落ち込んでいて、先生に、自分の中にある不安や弱音を、

吐露していました。

そのことを覚えていてなのか、

「あなた、電話の声も明るし、元気でやってるのね。良かったわ」とひと言。

あとは何も聞いてこない。

個人でやっているお教室ではなく、大手の教室だから、

次々先の科へ進ませるように言われているのではないか、と思います。

でも、先生は「押し付けは嫌」だから、一切なさらない。

ありがちな着物の売り込みも1度もされていません。

それはそれで、風当たりがあるのではないかと思います。

でも、いつもサバサバしている先生。

縁があって知り合えて、お教室であったひとたちと友達になっていく。

人と人とのつながりを大事にしたいの。輪を作りたいの。

そう仰っていました。

かっこいいなぁって思います。

先生くらいの年齢になったとき、ひとにさりげない気遣いとやさしさを注げる、

粋な女になりたい!

できれば、ピシッと着物が様になっていたい。改めて思いました。

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2006年11月22日 (水)

行間の心

『Dr.コトー診療所』

この秋、唯一ずっと見続けているドラマです。

まず、話が好き。

演出、監督、その他、大勢の制作者すべての力であることは、もちろんですが。

役者陣!

おとなの素敵な役者てんこ盛り。

ひとりひとりのお芝居が魅力的。

声のトーン。言い方。瞬間の息。

仕草やささいな動作で、演じている人物の人生が感じられる。

感じさせてくれる。

土台がしっかりあるので、安心してどっぷりストーリーに集中できる。

素敵な出演者が多くて、話すときりがないので、代表しておひとり。

泉谷しげるさん。大好き!

子供の頃は、荒っぽいしゃべり方と態度のひと、という印象しかありませんでした。

でも、よくよく耳を傾け、見つめていると、印象が変わっていく。

言い方は乱暴だけれど、なんてあったかいひとだろう、と。

シャイなひとだから、荒っぽい表現になっているんだろうな~、と。

かっこよく映るように、とか気取りが一切なく、

身体全体で演じている感じがするところも好きです。

毎回1シーンは必ず、「しげさん、キュンキュンタイム」があります。

他のドラマでも、よく泉谷さんのシーンには泣かされます。

『Dr.コトー診療所』の役者さんたちが、役の人生や心情などを様々見せてくれる。

歳を重ねてきているからこそ魅せられるのだろうと思います。

時の蓄積の素晴らしさを感じます。

そのことを書こうと思ったのですが、なんだか、泉谷さんが大好き、

ということばかりになってしまいました…。

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2006年11月 1日 (水)

味、でしょうか

色気ってなんだろう。

ユーミンが奥田民生さんを「色っぽい」、と言っているのを雑誌で読んでから、

考えるようになりました。

5、6年以上前に読んで、最初の2年くらいは、うっすら見えてきそう、

と思うものの、何でこんなこと考えているんだろうと思う。

気になり始めてから2年ほどで中断。

2年近く前に、はたと思い出し、感じたこと。

出会った人や街で見かけた人、役者やミュージシャンなど。

どのような形で存在を感じた人でも、色気があるな~と自然に思うことが増えている。

その人の何を色気と思ったのだろう。

その人の持つ性質。魅力を上手く出せる人。表現できる人。

意識的にでも無意識にでも、自分の持つ「味」を活かせている人。

そういうときに放つ輝きが「色気」なのではないかと。

自分の「味」。しかも活かす。

一朝一夕には習得できない。積み重ねて積み重ねて、

自分なりの艶をつくり出す。

数式のように、これっていう正確な答えはない。

人によっても、年齢によっても、生き方によっても違う。

人の数だけ色気がある。

誰にでもあるし、その人が自分を大切に活かそうとする限り、一生あるもの。

自分がこれからどのような色気を持つことが出来るか、ワクワク。

いろんな人の色っぽさを感じたい、発見したい、とウキウキ。

こんなことを言っておいて、3年くらい経ったら、

色っぽさの定義が自分の中で、違うものになっているかも知れません。

楽しみ。

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2006年10月25日 (水)

そんなに冷たくしなくても

先々週、テレビ番組で、尾藤イサオさんがお嬢さんとふたり旅をされていました。

尾藤さん、ダジャレ連発。

ダジャレ。オヤジギャグとも言われますよね。

見ていて気づいたのですが、楽しくあろうとして、

場を和ませたくて言っているのではないでしょうか。

尾藤さん、ダジャレを言ったあと、お嬢さんの方を見て、ニコニコ。

キュートなひとだな~と、和みました。

ハタチの頃、喫茶店でアルバイトをしていました。

常連さんが多かったので、注文や対応を覚えてしまいます。

うたた寝をしていらっしゃる方には、起こさないように頃合をみて、

おしぼりを置いておく。

同じコーヒーでも、あるひとはミルク抜き、あるひとはスプーンを使わない、など。

なかに、ダジャレの好きな方がいらして、時折、ニコニコをダジャレを言ってくる。

あるとき、ココアを注文され、「お待たせしました」と運んでいくと、

ニコッと微笑まれる。ニコッと微笑み返すと、ひと言。

「ココア(ここは)どこ?」

おおっと、と思いましたが、内容はともかく、嬉しそうな笑顔に笑わされました。

オヤジギャグと言って、冷たくあしらわれてしまう節がありますが、

そんなに冷たくしなくても、と思います。

小さい頃からお笑いは大好きです。それなりのこだわりもあります。

だから、ダジャレがおもしろいとは言いません。

でも、それを言うひとは、愛すべき気持ちを持っているような気がします。

「美味しい」「素敵」「素晴らしい」など、心地いい表現がたくさんあるのに、

「ヤバイ」というより、100倍いい。

噂話や中傷、人を貶めることで笑おうとするより、ずっとずっといい。

本当におもしろいと思っている場合…は置いておくとして、

場を和ませようとして、よかれと思って言う場合は、素敵です。心根が。

ダジャレを受けるときに、雰囲気をよくしようという心をキャッチできる。

受け取って、一緒に和やかな場をつくれるしなやかさ、小粋な女っぷり。

身につけられたらいいな、身につけたい。

そう思っています。

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2006年10月11日 (水)

自分へのサービス

新人女優が段々キレイになっていく。

メイクや装いを覚え、うまくなっていく、ということも、

もちろんあると思いますが、それだけではない気がします。

何?

たぶん、「意識」ではないかと。

人の視線。

どなただったか、舞台に出ているとき、とても脚がキレイになる。

ひと舞台ごとに、引き締まってキレイになっていくのを感じる、

と仰っている役者さんがいました。

「人によく見られたい」という本能的な願いが、自分に指令を出して

「我、よくあらん」とする。

容姿、服装、姿勢、行動、仕草などを身ぎれいにする。

→多少なりとも評価される。→自信と余裕が生まれる。

→磨いている外見に見合ったように、内面も充実させたい。

→エンドレスな向上心。

そういう自意識が、キレイになる循環を生むのではないでしょうか。

塩月弥栄子さん、橋本保雄さん共著の

『目くばり 心くばり 気ばたらき』は、

マナーや、サービス業にあるべき「おもてなしの心得」が書かれた本です。

マナー、人が思い合って生きていくことの必要性、

そこから得られる豊かさが学べました。

その中に、

「誰も見ていなくても、やるべきことはやる」

「“どこかで誰かが見ていてくれる”という意識を頭に置いておけば、

    生き様も好転すると思います」

という言葉が出てきます。

美しくありたい、人によく思われたいというのは、当然の願いで、

尊い心だと思います。

我、よくあらん   我、美しくあらん

そう思って自分を磨くことは、人の視線の中でも、自分ひとりの空間でも続くこと。

ずっと続く作業は、自分へのサービス、おもてなし、では。

歳を重ねて醸し出される美しさは、熟練した接客術、極上のおもてなしと、

通じるところがあるのではないでしょうか。

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2006年9月20日 (水)

迷子のカメ子、救いの手

渋谷が苦手です。

必ず、迷うので。

用がないと行きません。

1度、渋谷公会堂へ行くのに迷ったことがあります。

駅で出口を確認。地図も確認、したはずなのに。

考え事をしながら歩いていて、気づくと住宅街。

たぶん、いや間違いなくここに渋谷公会堂はないよね。

6時半開演のライブ。時計を見ると6時10分。

慌てます。

通りかかった女性に道を尋ねます。

「すみません。渋谷公会堂へはどう行ったら…」

と言うと、不思議そうな顔で

「渋谷公会堂? ここ渋谷ではありませんよ」と仰る。

渋谷じゃない? 渋谷で降りましたよ?

あっけにとられる私に、

「わたくし、これから渋谷に参りますから、よかったらご一緒に。駅すぐそこですから」

駅がすぐそこ? 渋谷に行く? ここはどこ?

ありがたいお言葉に、ご一緒させていただきました。

駅までの道すがら、おしゃべり。

私「ありがとうございます。渋谷ってどうしても迷ってしまって…」

女性「渋谷も変わってしまいましたからね。わたくしなどは地元ですから

   わかりますけれど、入り組んでしまいましたから…」

時間が気になり前傾姿勢でしたが、「わたくし」で始まるきれいな語り口。

自然と姿勢を正してしまいました。

ついた駅は井の頭線の神泉駅。ちょっと寄り道がすぎました。

切符を買ってホームへの移動。電車待ちの間や車内で、

「駅に着いたらまっすぐに進んでエスカレーターで降りて……」と、

公会堂までの道順を説明してくださいました。

渋谷に着く直前にお礼を言い、さあ、走るぞ! と準備。

ドアが開きかけたところで、女性はにこやかに、

「楽しい時間を」と言ってくださいました。もう一度ペコッと頭を下げ、

全速力で公会堂へ向かいました。

走りながら、迷いすぎの自分に呆れました。

そして、助けてくださった女性。

あんな素敵な大人になりたいな~と思いました。

到着したのは、6時45分。

幸い、開演が遅れていて、ギリギリセーフでした。

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2006年9月13日 (水)

静かなひと

大声を出すひと。怒鳴るひと。

わめくひと。ドスのきいた声のひと。

そういう人は、とくに怖いと思いません。

突然大声を出されて驚くことはありますが、「怖い!」よりは、カチン。

無理むり押さえつけようとしている感じに、カチン。

ビクつかせて、反論できない心理状態にもっていこうとするアンフェアさに、カチン。

10代の頃は短気だったので、大声を出されると、きつく言い返してしまっていました。

最近は、大人になって、ひと呼吸おくことを覚えましたが、

さらに憧れて目指している「かたち」。

「静かなひと」

静かなひとが実は、いちばん強いのではないか、という気がします。

理不尽な物事にも、危機的状況にも、日常の中でも、

まず、ひと呼吸おける。

そして、毅然として、淡々と対応できるひと。

凛と涼やかで、必要に応じて微笑むことすらできるひと。

それは男女の別なくです。

そういうひとに、自分の間違いやよくない部分を、静かにたしなめられたり、

諭されると反論できません。反抗できません。

指摘されたときは、図星なので「痛い」ですが、心にやさしく残ります。

静かなあり方で、説得力もあって……、そんなおとなの領域。

目指していきたいと思っています。

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2006年9月12日 (火)

誰もが持つ宝石

「誇り」って大切ですよね!

「人の誇りを汚してはいけないし、どんなときでも、誇りを持って生きなさい」

と子供の頃に言われたのを素直に受け、「誇り」というものを、

宝石のように思ってきました。

誰もが持っている宝石。一生モノの宝石。

さて、人には一人ひとりに名前があります。

相手との関係によって呼び方はいろいろですよね。

また、名前のわからない方に話しかけるときは、

「お名前は…」とはじめに聞いてしまう場合や、

「あの…」とか、「すみません…」もしくは相手の視界に入って、

一度ほほえみかけて用件から切り出すなど、

様々なコミュニケーション方法があります。

しかし、なぜか、高齢者に対してはまったく面識がないのに、

「おじいちゃん」「おばあちゃん」呼び。

???

「おじいちゃん」「おばあちゃん」は、孫が呼ぶだけでいいのではないでしょうか。

歳を重ねていくことは尊く、素敵なことだと思いますが、孫以外の人に、

名前ではなく、「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼ばれては、

ご当人に疎外感を感じさせてしまうのではないか、という気がします。

どこでだったか忘れてしまいましたが、以前お店で、

何か尋ねる70代くらいの女性に、店員は、

「おばあちゃ~ん、いいですか。あのね……」。

店員は見た感じ20代半ば。口調はちいさな子に話すよう。

女性の表情がどこか寂しげに見えて、胸が痛くなりました。

一人ひとりの名前も宝石。

大切にし合えたらいいな、と思います。

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2006年9月 6日 (水)

ゆっくり奮闘中

ちょっと立ちどまって。

岸恵子さん、吉永小百合さん、向田邦子さん。

スーザン・サランドン、山口百恵さん、小林聡美さん。

風吹ジュンさん、シャーリズ・セロン、今井美樹さん。

オードリー・ヘップバーン、鶴見和子さん、薬師丸ひろ子さん。

澤地久枝さん、東ちづるさん、橋田幸子さん。

夏川結衣さん、川原亜矢子さん、木村多江さん。

中村喜春さん、緒方貞子さん。

長々とお名前を羅列してしまいまして、すみません。

これまで、素敵だなと憧れ、あり方、考え、美しさ、生きる姿勢など、

私淑を受けた方々。尊敬する方々です。

ちょっとめげたときや、投げやりなときなど、この方々を思いだし、

「いいの? こんな風になりたいんじゃないの?」

と、自分に問いかけ、気持ちを立て直します。

先にあげた方々のように歳を纏って、素敵な女性になれるように、

ゆっくり奮闘していきたい。

また明日からがんばります。

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2006年8月 9日 (水)

1年の計は

誕生日にもあり。

「自分の誕生日に、スタッフやお世話になった方々に、自分が生まれた年の

ワインとメッセージカードを贈りました」

タレントさんがそう語った雑誌のインタビュー記事を読んだことがあります。

素敵だなと思い、それから誕生日に対する感覚が少し変化。

祝ってもらうだけじゃなく、感謝の日。

ありがとうを言いたい人たちに何か贈れたら、と思いますが、

なかなかできませんね。

「祝って!」って催促になってしまう危険が。

近年、誕生日は元旦同様、自分の1年を振り返る。

新たに過ごす年を考え、きちんと年を重ね、歳を纏えるように、

目標を定めるようになりました。

ひとつひとつ、歳を重ねていけるのは嬉しい。

じっくり自分と向き合ったあとは、ガッツリ食べます。

ショートケーキ。

今は、母親が「おめでとう」と祝ってくれたり、

友達から「ハッピーバースデー」メールをもらったり。

感謝の日として、さりげなく何かお返しできるようになるまで、

もう少し、祝ってもらうだけに甘えていようと思います。

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2006年7月26日 (水)

ちょっと分解

聡明。

辞書で引くと、

「理解力、判断力がすぐれていること(さま)。かしこいこと(さま)」

とある。

理知的で、背筋がピンと伸びた頭のキレるクールなひと。

そういうイメージを持っていました。

じーっと、じーっと「聡明」という字を見る。

ちょっと分解。

「聡」→公の下にある心に、耳が寄り添う。

「明」→日(太陽)と月、の明かり。

辞書をもう一度見ると、はじめに

「耳がよく聞こえ、目がよく見える意」とある。

噂が当てにならないように、自分でよく聞いて、よく見て、

感じたことをよく考える。

それを幾年もくり返しながら、理解力や判断力が身につく。

積み重ねた時間が表に出ない部分を汲み取って、光を照らす能力になる

ということでは。

もっとよく聞け、もっとよく見ろ、よく考えろ、と。

段々、クールではなく、スポコンな文字に見えてくる。

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2006年7月10日 (月)

だわ

痛恨のミス。

今年の初めに憧れの岸恵子さんが岡本健一さんとフランスを巡り、

案内する番組が放映されました。

その日、朝から忙しくしており、見はぐりました。

ビデオに撮ることも忘れるという失態。

その番組がありがたいことに昨夜、BS朝日にて再放送!

岸さん素敵!

洗練されていて、オシャレで知的でしなやかな貫禄。

それでいて、キュートでチャーミングさも感じられる。

ホォーとため息をつきながら見入り、あっという間の1時間半。

フランスの歴史や街のひとコマ、人びと。岸さんの思い出。

みな興味深くおもしろい。

その中で、とても印象に残るのは岸さんの立ち居振る舞い。

美しい。

背筋が伸びていて優雅で力強く、かろやか。

もうひとつは言葉。

正しい日本語とか、丁寧に話す日本語というだけではなく、

声の表情、トーン、テンポ、間、速度などを含めトータルに美しい言葉。

岡本さんと森の中をサイクリングしている場面での

「あら、ここ坂になってるんだわ」のひと言。

「~だわ」

最近あまり聞かない語尾。

私も使いませんが、響きがきれいで聞き心地がいい。

また、岡本さんがフランス語を覚えるコツは? と問うと、

日本語を学ぶこと、美しく話すこと、母国語を愛することに尽きるそう。

言葉の世界は奥が深いですね。

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2006年6月29日 (木)

菩薩のようなひと

女としてこうありたい、こうなりたい。

イメージで描いているものもありますし、実際にお手本にしている人もいます。

小学1年生のとき、風邪をひいたのか、学校で具合が悪くなりました。

できるだけ我慢したのですが、ついに限界が。

ウッ!

トイレに駆け込もうと廊下に出たところでリバース。

……。

ちょうど休み時間で、教室も廊下もにぎわっています。

チビッ子大騒ぎ。

体は苦しい。床には汚物。服も汚れた。

それをたくさんの人が見ている。

もう頭の中は真っ白。

騒ぎに気づき、隣のクラスの先生がやってきました。

20代後半くらいの女の先生です。

先生が真っ先にしたのは、私に笑顔を向けたこと。

「大丈夫だよ」と言って。

「汚ね~」という男の子に

「汚くないよ」とやわらかい口調と笑顔で言います。

子供たちを教室に戻し、バケツと雑巾を用意してテキパキと片付ける。

その間も私に「大丈夫だよ」「がんばったんだね」とやさしく声をかけてくれます。

その後、曇った表情をまったくせず、笑顔のままで汚物を片し、カーディガンの

汚れを拭い、私を保健室に連れていくまでピリピリした感じは一切なし。

最後まで微笑み続けてくれました。

救われました。

先生の菩薩様のようなそのあり方は、今でも私の指針です。

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2006年6月21日 (水)

女優帽

色が白い。

肌が弱い。

のぼせやすい。

というわけで、日差しは天敵!

しかし、歩くのが大好き。散歩大好き!

夏の外出に日傘は欠かせませんが、せっかくの散歩に傘を差すのが

わずらわしいこともある。そこで、

今年はド~ンとつば広の帽子を買いました。

UVカット機能があるもので、紫外線完全シャットアウト。

子供の頃からの憧れだったんです。

映画の中で女優さんがかぶっている、つば広帽子。

10代やハタチくらいでかぶれば、かわいらしいものなのでしょうが、

憧れはエレガントな装い。

「女優帽はエレガントじゃないとダメ!」と決め込み、まだ早い、早いと

なかなか自分にOKを出せませんでした。

まだエレガントには程遠い。

女優さんのようなゴージャスな帽子には手が届かない。

手の届くものならいい。

手の届く価格でド~ンとしたつば広帽子に出合い、一目惚れ。

真っ白なその帽子にシフォンのリボンを巻いたり、コサージュをつけて

今の自分に見合った「女優帽」に仕立ててみました。

もうすぐ夏本番。

「マイ女優帽」に大いに活躍してもらいます。

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2006年6月15日 (木)

大人の器

去年、念願の着付けを習いにいきました。

先生も、生徒さんたちも、いい方ばかり。

毎回、着付けや帯結びを覚えていく充実感。

週1度のお稽古が楽しくて楽しくて!

半年があっという間でした。

ひとまず基本科を卒業し、お免状をいただきに伺ったとき、ちょうどお稽古が

なく、先生ひとり。

ちょっとお茶でも飲みましょうか、ということで近況や他愛のない話をしました。

私は少々頑固なところがあり、人に悩みを打ち明けたり、弱音を吐くことが

ヘタで、苦手なのですが。

その日はめずらしく弱音が出て、流れでシリアスな話をしました。

先生は特に解決策を促すわけでも、喝を入れるでもなく、絶妙な相槌で

話を聞いてくださいます。

なんだか安心して思う存分話していくうちに気持ちが楽になり、

言うだけいったらスッキリ。

話を聞き終わった先生が言ってくださった言葉。

「弱音でも愚痴でもなんでも、ここに来て言いなさい。何がしてあげられる

わけじゃないけど、言っちゃうことでスッキリするでしょう」

さらに

「何十年、たくさん人に会ってきたけど、いろんな人がいるから。

 みんなあれこれ、ここで話していくわよ。私も生徒さんに『聞いてちょうだい!』

 って話したりするし。お教室はずっとここにあるから、いつでもいらっしゃい!」

嬉しかったです。

本当に愚痴を言いに行ってはいませんが…。

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2006年6月13日 (火)

しなやかに歌って

山口百恵さんの歌のタイトルです。

先日、ふと耳にして懐かしく思い出しました。

リアルタイムで聴いたことはありませんが、引退されたあとの特集で

いろいろなヒット曲を聴いた中の一番好きな歌です。

「しなやか」という言葉がチビッ子ながらに素敵なものに思えて好きでした。

初めて聴いたときにはわかりませんでしたが、詞の内容は切ない

しかし!

百恵さんは、にこやかに、やわらかく歌っていた。

「しなやかに歌って 寂しいときに」

「しなやかに歌って この愛を」と。

さらに

「静かにときは 流れていくの 夜はいつでも朝に続くはず」という歌詞が。

チビッ子の私は、これは優しいひとの歌なんだ、とだけ思っていました。

少し大きくなってからもう1度聴いて、切ない歌だと気づいたときにビックリ。

百恵さんは、にこやかに、静かに、やわらかく歌っていた。

切なげには歌わない。

たぶん、この歌を歌う百恵さんの姿が、初めて感じた素敵な大人のあり方

だったような気がします。

大人は「喜怒哀楽」を子供のようには見せないのだと。見せない分、

その世界は深いんだろうな、と感じました。

素敵な大人=しなやかなひと

そう自分の中にインプットされました。

百恵さんが引退されたのは22歳くらいだったとおもいますから、

「しなやかに歌って」を歌っていたのはそれよりも前。

ものすごく若いときだった! すごい!!

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2006年6月 8日 (木)

笑顔の交換、好感

人ってやっぱり人が好きなんだ。

今回の旅でなんとなくそんな気がしました。

人との関わりっていいことばかりじゃない。嫌な思いもたくさんする。

それでも、人は人を嫌いになりきれないのではないか、という思いを強めました。

旅での出会い。

まず、いちばんインパクトがあったのは、お世話になったホテルの

フロントマネージャーさん。

ロビーでウェルカムドリンクを運んできてくれたあたりで、既にユーモア溢れる

キャラクターを見せる。

ドリンクがゆずのジュースで、お肌にいいらしく、隣のテーブルの女性たちに

「飲んだら今よりもっと美人になっちゃう。楊貴妃もびっくり!」と全力でサービス。

部屋へ荷物を運んでくださるとき、浴衣やトイレの説明、お風呂の説明、

湯ノ湖の説明と、どれも普通には説明しない。

とにかく楽しく盛り上げよう、人を笑顔にしようという気持ち満載

ずっと年上の方でしたが、その人柄はなんてチャーミング! 

と思わずにはいられない。

楽しい気分にさせていただいたことに感謝、感謝! でした。

2つ目の出会い。

夕食のときに1回だけ廻ってこられた着物姿の年配の女性。

女将さんでしょうか。

物腰がやわらかく、静かな微笑みは、懐石料理と同じく気品に満ちている。

しっかり歳月を重ねてきたことを表すように歳を纏った素敵な人でした。

またひとり、ウェルカムエイジングのお手本発見!

最後は、特定の人ではありませんが、湯ノ湖と小田代ガ原を散策中、

たくさんの方とすれ違いました。

そういうとき、「こんにちは」とあいさつを交わすのがならわしですよね。

もう楽しくて楽しくて、会う人会う人と「こんにちは~」と笑顔を交わしました。

こちらが笑い顔だということもあるかもしれませんが、ほとんどの方は笑顔。

「形式だから」というだけのものではない気がしました。

2度と会わないかもしれないけれど、ほんの一瞬、自然の中にいることを

共有している感覚が嬉しくて、心から気持ちよくあいさつし合えるのでは

ないかと思いました。

ひとつ改めて感じたことが。

すれ違った人の中に、何人も海外からいらした方がいました。

私は思いっきり日本語で「こんにちは!」。

日本語で返してくる人、お国の言葉で返してくる人と様々。

そこに笑顔がセットであればそれで十分でした。

笑顔って強い。偉大。

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2006年6月 1日 (木)

優しい女

10代の頃は作詞家になりたかったんです。

最近はアーティスト自身が詞を書くことが多いですが、私が子供の頃は

作詞家の作品が多かったのです。

10歳くらいからだったと思います。歌を聴くときに詞が好きかどうかが

重要なポイントになりました。

大人になってからなぜそんなに詞にこだわるのか考えて出た答え。

憧れです。こういう女性になりたいという。

確か鶴田真由さんだったと思いますが、以前、インタビュー記事の中で

女優という字は「優しい女」と書く。そうなりたいと語っていました(違って

いたらごめんなさい)。

そのとき、「優しい女」ってどんな女?と考え、

「あたたかい」「懐が深い」「信じる強さがある」「しなやか」「自律してる」

とイメージ。

結論を出して、子供の頃からずっと好きであり続けている歌を改めて聴いてみる。

歌の中の女性は「優しい女」ばかり。こういう人になりたい。こう在りたいという

具体的なものがそこにありました。

今も、ものを書くときや、自分の生き方、在り方を考えるときの軸は子供の頃から

現在までに出合った詞にあるような気がします。

それらの歌を集めてMDをつくり、聴いては「こうなりたい。こう在りたい」

と思っています。

お守りですね。

お知らせ

明日は都合により、お休みします。では来週、月曜日に。

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2006年5月26日 (金)

プロだ!

旅に出たい。

かれこれ半年以上どこにも行っていない。

行く予定も行ける余裕もないけれど、これからの季節ならどこに行くのが

いいかなぁ、と勝手に想像して楽しんでみる。

去年は箱根の登山鉄道で紫陽花を堪能。

また、なんとなく立ち寄った「箱根美術館」がとてもよかったことを思い出す。

庭内全体が静けさの中にあり、青々とした竹庭、日本画の中に迷い込んだような

苔庭の趣。森林浴のように心身を癒されて満足。

そして、旅に出ると景色はもちろん、「人との出会いが宝物」だと聞いたことが

ありますが、まさにそんな出会いが。

苔庭に癒されて館内へ入り、2階の展示室へ。

そこには縄文時代や弥生時代の土器、カメやツボがたくさん展示されています。

そこにひとり、50代後半くらいの男性が。

どうやら展示室の係りの方のようです。

バチッと目が合ったので「縄文時代のものがこんなにハッキリ形を残しているって

すごいですね」と言うと、キランと彼の目が光ります。

土器の説明や昔の人がどんな風に使っていたのか、説明会スタート。

カメもツボも、食料の保存に使われていたこと。

カメは大きくて、そのまま使うと下の方のものが取れないから、土にある程度まで

埋めていた。

夏は腐らないように冷蔵になり、冬は保温のためにと、万能な器であること。

入れていたものは、水、味噌、酒、雑穀、豆類などであることを教えてくれました。

その詳しさに、ここでの案内が長いのかと思いきや1年も経っていないらしいのです。

マニュアルにあるのかなと思うとそれも違う(いや、あるにはあるでしょうが)。

ただ展示室に来た人にあいさつしたり、多少の説明をするだけでは味気ない。

少しでも楽しくおもしろい解説ができたらと、自主的に歴史の勉強をしたのだそう。

わぁ、プロだ!

仕事のプロだと思い「素敵!」と拍手。

新たに展示室に現れた観光客の方から質問をされると、

またまたキランと目を輝かせて小走りで去っていく。

その後ろ姿は、人柄が表れていて、とても美しいものでした。

ああ、また旅がしたい!

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2006年5月22日 (月)

年に1度の大事な日

大好きな浅草

大好きなお祭り

三社祭最高!

ということで、浅草の三社祭に行ってきました。

年に1度、心から日本人であること、日本をいいなと改めて思う日です。

今年も神輿! 神輿! と胸を高鳴らせて浅草寺へ。

ものすごい人だかりの中、到着したときは、ちょうど一番大きな神輿が社殿前に。

神輿の上で強面のお兄さんたちがふんどし姿で笛を吹いたり掛け声を出しています。

神輿が移動して眼前に迫ってきたときは、その迫力で一気にテンションが上がる。

その後も次々と神輿が現れ「エッサァ! エッサァ!」「ソイヤァ! ソイヤァ!」

掛け声が響き続く。私の興奮も続く。

毎年しみじみ思うこと。

担ぎ手の男も女もみんなカッコイイ!

男衆はふんどし姿に法被、ねじり鉢巻やらタオルを頭に巻く。

女衆はふんどしとはいきませんが法被にねじり鉢巻。

キリッとして粋でいなせ!

個人的な見解ですが、若者の担ぎ手はキラキラしていて素敵です。大好きです。

しかし、見ていて最もいいなぁと思うのは、「中高年」の担ぎ手

生き生きと輝く目。活気と迫力のある掛け声。担ぐ姿も貫禄ものです。

皆、美しい! ホントに美しい! 

違いはなんなのかと考えてみると

「味」でしょうか。

若者と中高年が同じように担いでいても、刻んできた時の長さが、

味わい深く感じられる。伝わるのではないかと思います。

今年も存分に神輿を堪能し、エネルギーを注入。

「兄貴、姐さん、カッコイイです!」

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2006年5月17日 (水)

手も口ほどにものを言う

人と会うとき、最初は目を見ます。

「目は心の入口」なのでしょうか。

その人が何を感じているか、思っているかがいちばんわかると思うので。

人との関わりの中で、コミュニケーションをとるために目を見るのは普通ですよね。

私はさらに、出逢った人で興味をもったり、好感をもつと相手の手が気になります。

手フェチってわけじゃないですが。

指が長いとか、キレイに手入れしてあるとか、爪がどうとか、そういうことはどうで

もいいんです。

例えば、テレビのニュースやドキュメンタリーで農家のおじいさん、おばあさんが

インタビューを受けている。

手をじっと見てしまう。

その手は、たくさん生きてきたことを、がんばってきたことを物語っている。

年月の分だけ、なんというか人を受け止める、受け入る懐のあたたかさ

感じます。

また、職人さんの手も好きです。

何かをつくっている手。紡いでいる手。

なんだか、やさしい感じがして好きです。

ちなみに赤ちゃんの手は、まだスタート地点なので歴史は物語っていませんが、

よく宙に向かって手を掲げてバタバタしているのは、何かをつかもうとしている

ようにも見えませんか。これはこれで、始まる「人生」を表しているようで、かわい

いなぁと思います。

余談ですが、男性の手は、大きくてゴツゴツした「無骨」って言葉の似合う手が

好きです。

やっぱり手フェチ?

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2006年5月16日 (火)

接客美人

ハァ、お見事!

そう思う店員さんっていませんか。

巧みな話術で買う気にさせるのが上手な人。

「商売のプロだわ」と感心させられます。

私は強固なまでに財布の紐が固いので、つい買ってしまうということがありません。

そういう人間のことは嗅覚鋭く勘が働くのか、はたまた私が「ほっといてバリア」

放っているのでしょうか。放置されることが多いです。

そこで、他のお客と店員のやり取りを見て、日常生活に活かせる部分を吸収しよう

と、そのコミュニケーション能力の高さをじっくり観察してしまいます。

また先日、喫茶店に入ったときのこと。

店はこじんまりとしており、テーブルとテーブルの間が狭い。

ほぼ満員の状態。

応対してくれたのは背の高いウェイターさん。

ケーキと紅茶を注文すると、人のよさそうな笑顔を向けてくれました。

その後も大きな体をかがめて店内を忙しく動き回ります。大きな体では狭い

テーブルの間を移動するのは大変そうで必死という感じです。

スマートな接客ではありません。

しかし、動きはせわしなくとも、お客に向き合うときは「誠心誠意もてなす!」

という気持ちが伝わるような一生懸命さ全開の感じのよさ。

ついついその動きに注目。

すると、彼の接客を受けている人はどの方も優しい目で彼を見ている。

うっかりコーヒースプーンを落としてしまうハプニングに必死のウェイターさん。

お客は嫌な顔をせず、微笑む。

なんとなく店全体がなごやかであたたかく、居心地がいい。

また来ようと思わさせられました。

ウェイターさんの人柄とそれを受ける人々のほのぼのとした空間。

これは接客美人の力によるところが大きいのでは、と感じました。

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2006年5月12日 (金)

ファッションリーダー

年齢ごとに変わるところもありますが。

自分にとってのファッションリーダーでしょうか。

何人か、素敵だな、と憧れる人がいます。

今日はその中で、子供の頃からおしゃれをするときの軸になっている人。

中森明菜さんについて書きたいと思います。

最近は、ドラマ「プリマダム」に出演されていて、素敵な装い健在。

なんでも着こなす人だ、と思いながら見ています。

17年前に出版された「CRUISE」(出版元・ほんの木)という彼女の本が

あります。写真集とは少し違い、ファッション・ブックとして創られたもの。

上質なファッション雑誌という感じです。

装いが、かわいらしいもの、ワイルドなもの、セクシーなもの、エレガントな

ものと変幻自在。

この本を読んで、服、靴、帽子、アクセサリー、メイク、髪型など、アイテム

だけでなく、雰囲気作りも大切。それを装うのはどんな街か状況か、なども

大切だと知りました。そのトータルで、美しさを作るのだと知りました。

手にした頃は子供で、本の中のエレガントなファッションは似合わないと思い、

「いつかこういうファッションにふさわしい人になりたい」と眺めるだけでした。

今はまだ、ふさわしい人にはなっていませんが、年齢的にはいいお年頃に

なったと思います。

ファッションも「カタチから」ということで、そろそろエレガントな装いをしたい

な~と計画中。

最後に、本に載っていた文章で素敵なものを2つ紹介させていただきます。

「レースに縁どられた服には優しさの余韻がある。その繊細な透かし模様の

合間からデリケートな心が見え隠れする。女が女であることを忘れずに、いつ

までも変わることなく持ち続けるであろうロマンティシズムを、この服に託して」

「恋にも仕事にも前向きで挑み、感情的になることも、媚びることもない。凛と

した表情をその顔にたたえ、通り過ぎた後にも潔い風が吹く。飾りをいっさい

排除したオーソドックスな服には、そんな大人の女の知性が滲み出る」

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2006年5月11日 (木)

純粋でないと大人になれない

今日のタイトルは昨日読んだ阿木燿子さんの本に書かれていた言葉です。

「う~ん、純粋ねぇ」と考え、連休中に従姉妹の子供たちに会い、子供の純粋さ

に触れたことを連想。そしてふと、自分の子供の頃のことを思い出してみると…。

みなさん、サンタクロースを信じていました?

私は3つか4つの頃には正体に気づいてしまっていました。

まず、母は戸締り厳重人なので、完璧な戸締りです。サンタさんの入る隙は

どこにもない! うちには煙突もない!

そして、プレゼントの包装が駅前のおもちゃ屋のもの。決定打です。

外国に住んでいるサンタさんが? うちの近所で買うの?

ダメ押しで、普段は駅前のおもちゃ屋を素通りの母がプレゼントリサーチの

ために私を連れて行きます。

サンタさんにお願いするもの決めておかないとね~」と言って。

ああ、お母さんが何を欲しいか知るためか~」と思いました。

子供を喜ばせようと演出してくれている母をがっかりさせたくない。

そう思い、信じているフリをしていました。またまたかわいくない。

大人になって母にこの話をしたら「うわっ、ショックだわ」と結局がっかり

させてしまいました。友人たちも「いや~、かわいくない! そんな子絶対嫌!」。

ええ、私も同感です。

また、子供の頃、「積み木崩し」をはじめとした非行を問題にしたドラマが

ありました。母がそれらを見せないようにするので、なぜかと問うと、

「影響を受けるといけないから」とのこと。私の返答がまた、かわいくない!

「ないない。何か嫌なことがあるからグレるっていうけど、問題は解決しない

じゃん。手間が増えるだけでしょ。面倒なことは嫌!」

小学生の発言としてどうでしょう。ピュアさがない。

むしろ友人たちに「メルヘンさん」と言われる今の方が、多少純かもしれません。

ああ、順番が逆。今からしっかり大人にならないと。

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2006年5月 9日 (火)

ほんのささいなことだけど

連休中に、祖父母のお墓参りに行ってきました。

お墓参りの後、親戚の家へ移動。昔話に花を咲かせました。

家には、鏡台や桐の箪笥などが、祖母が生きていたときのままになっています。

それらを見ていると、生前の記憶が甦る。

子供の頃「将来はおばあちゃんのようなおばあちゃんになりたい!」が口癖で

お手本でした。

ちょっと近所へ出るだけでも鏡台の前に座り、さっと髪に櫛を入れる。

特別よそいきにするわけではありませんが、家にいるときとは別のものに

着替える。

晩年は腰が曲がってしまいましたが、姿勢のよい楚々とした佇まいは

昔の女性ならではでしょうか。

内面も、とても愛情深い人だけど、腹八分で接し、入り込まないし、

入り込ませない。人との関わりに絶妙な距離感を持っている。確かな

プライドがあり、好奇心旺盛で社会への関心も高い。それでいて最後

まで奥ゆかしさや恥じらいなど、女性特有の可愛らしさも保っていました。

なんだか思いきり身内を褒めてしまいましたが、以前、昔の日本映画の

女性たちのあり方、たしなみについて書きました。

今思うと、祖父母を通して、実際にそれらを感じることができたのだと思います。

マナー、教養、たしなみ、女性らしさ。何ひとつ仰々しいことではなく、

ほんのささいなことにあるのだと気づかされた休日でした。

一歩ずつ祖母や昔の女性たちに近づきたいと、とりあえず、

まずは形から

ということで、箪笥から少々いただいてきた着物を纏ってみるのでした。

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2006年5月 8日 (月)

いいかげんでダイタンステキ

占いを都合よく使っています。

以前、そう書きました。そのとき手相観の方について書きましたが、その方に

考えすぎて悩みやすい性格を見透かされました。そして

「お気楽主義でいきましょう!」そう言われ、自己改善。

しばらくして雑誌だったか、どなたかの本か、お助けアイテムとなる言葉に2つ

も出合いました!

①「いい加減は良い加減」

こう変換すると、なんて素敵な言葉! と感動。また「手加減」も手の加減で

物事を調節すること。とすると、2つとも本来あまりいい意味では使われないけれど

別口でバランス感覚を表すものだと解釈。

②「大胆不敵→大胆素敵」

カッコイイ! たった一文字換えるだけでなんてオシャレ! とこれまた感動。

ハタチになったくらいの私に、2つの言葉は大人を連想させました。

「目指せ、良い加減のバランス感覚を持った大胆素敵な大人」が頭の片隅に

いつもある。また、そのためにも、「日常を楽しんで観る、楽観主義」を心がけ

少しずつ自己改善していくようになりました。

現在、相変わらず考えに考えますが、「割り切る」ことを覚え、かなり肩の力は

抜けてきました。

まだまだ「大胆素敵な大人」とはいきませんが。

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2006年4月26日 (水)

かっこつけます

あまりいいように使われていない言葉ですよね。

でも悪いことだと思いません。

かっこう(格好)。辞書で引くと

・外見、姿

・体裁、世間体

・状態、ありさま

とあります。

とすると、「かっこつける」のは、よくあろうとする向上心といえるのでは。

ならば、いいことなのではないでしょうか。

「よくありたい」と思うのは自然なこと。

マナーはある意味「格好」をつけることでもありますから。

かっこうよくなろうと、かっこつけるのは、いいことだ

と、またまた都合よく考えます。おしゃれをするし、お化粧もする。

素敵な人になりたいので、もっともっとマナーや内面も磨きに磨いて

バシバシかっこつけていきます。

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2006年4月25日 (火)

三十路って

いろいろと楽しみ方がわかってくるときだと思うんですが…。

日曜日、ゆる体操をしながら「笑っていいとも! 増刊号」を見ていたときのこと。

坂下千里子ちゃんが30歳になったことから、三十路話が展開される。

本人は三十路に抵抗があるのかすごく嫌そうでした(でも、どうやら散々番組で

「みそじ、みそじ」とからかわれたようなので、そのせいかも)。

「あ~三十路、拒絶されてるな~、なんでだろう?」と思っていると、他の出演者は

30歳いいだろう、楽しいだろうと口々に語る。

おっ。よくぞいってくれた! テレビの前でパチパチと拍手。

本編では歳をからかっていたらしいですが、増刊号では、本番終了後のトーク

ということで、こちらがホンネだと思いたい。

確かに30歳以上の女性に対して一般的にされる表現。見聞きしていると、

ズーンと暗い気分になることがあります。

でも、実際には年々素敵になっていく女性の方が多いと思います。

ということは、なんとな~く世間的にそういう意見だから。ただそれだけのこと。

若い方がいいという決まりになってしまっているだけでは?

単に自分好き? 私はハタチくらいの頃より今の自分のほうが好きです。

去年、ようやく30になった~と感慨深いものがあったくらいで。

ただ、手相観の方にいわれた通り、ちょっと寂しがりなところもあります。

歳を重ねていくことをウェルカム、ウェルカムエイジング!と言い続けて

いますが、まだまだ若さ至上主義が強い。たまにショゲルことがあります。

そんなとき、フッと思い出すこと。

去年、友達に「ハッピーバースデー♪ 楽しい30代にしようね☆」とメールを

送ったら「おうよ!!」と返ってきたときは、とても嬉しくなりました。

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2006年4月21日 (金)

何かないですかね?

女は進化していく。

誰もが花。

歳はとるのではなく纏うもの。

だからアンチしないでウェルカムエイジングでいきましょう。

そう言ってきてふと思ったことが。

素敵な年配男性を「ロマンスグレー」という言い方がある。

「若さイコール美しい」というのがこの国の昔からの考え方。

素敵な年配女性を表す言葉。あまり聞きませんね。

ロマンスグレー…の女性版

何かないですかね?

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2006年4月19日 (水)

懐かしき、がんばれ自分

10代の頃、体を悪くしていたとき、自分へのエールとして書いたものです。

コイン

今 絶望しているなら

逆の希望があるということ

なら間に合う

幸せに間に合う

生きているのだから

人生のコイン 裏表

私の中の力

ありったけ掻き集め

明るい明日へ裏返す

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2006年4月18日 (火)

覚悟は

10年近い前に書いたもので、読み返して苦笑…。

昔の私へ伝言。

覚悟が決まるのは、まだまだ先のようです。

では。

覚悟

「誰かと生きる」のは覚悟がいるだろう

負の部分も見つめ 受けとめると

本気で覚悟を決めなければ

相手も自分も壊してしまう

例えば今の私にできるか

自信がない

「若さ」の非力を思い知る

時の重みが突き刺さる

焦らせ苦しめるのは時間

味方してくれるのもまた 時間

「季節は待つもの」と聴いたことがある

結論は急ぐな

時はそう語る

覚悟は人の歴史の中で

生まれ育まれる産物

何かを 誰かを大切にするために

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2006年4月17日 (月)

切ない

いつか詩集を出したいと思っています。

今週は書き溜めたものの中から、ウェルカムエイジングに通じるかと

思われるものをいくつか載せたいと思います。

「切ない」

幾度も季節が巡ることで

自然と知っていくことがある

歳を重ねていくということは

「切ない」が増えていくこと

「切ない」すべてを

受けとめられるように もがく

もがいて もがいて 覚悟を決める

そのとき 人は

深く大人に成れるのだろう

「切ない」を覚悟して

抱きしめることができたとき

幸せに抱きしめてもらえるのだろう

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2006年4月13日 (木)

過去からの手紙

以前、「人生ノート」について書きました。

これは出合った言葉をメモしたノートに私がつけた呼び名です。

その人生ノートに新たな言葉をメモし、パラパラとめくっていると、

ハタチくらいの頃に読んだマンガの中の言葉を発見。

「まわりの幸せを願うのは、自分が幸せになりたいから」

これはヒロインの女の子が、自分が幸せでも周りの人が幸せでなければ

気持ちがモヤモヤする。どっぷり幸せと思えないと主張したときの言葉です。

さらに次のページをめくると、

「日本人はどうしてみんなで幸せになろうとしないのですか」とある。

これは大好きな作家、灰谷健次郎さんの本からの言葉。

アグネスチャンさんが、灰谷さんにおっしゃった言葉だそうです。

いいこともあれば悪いこともある。いいときもあれば悪いときもある。

なかなかすべてがうまくいくということは難しい。

けれど、決してこれらを理想論といってはいけない、と改めて

考えさせられました。まわりを見回して、自分にできることを無理なくする。

ただそれだけのこと。

今の自分がそれをおろそかにしているのではと反省。

ハタチの頃は市の福祉協会に登録してボランティアをしていたのに、

いつの間にか自分のことで手一杯になりやめてしまった。

それは言い訳ですね。時間は自分でつくらないと!

ボランティアの他にも、今、一人ひとりが考え行動しなければ

ならないことが溢れかえっている。

「今のあなたはダメよ。しっかり考えなさい!」という

過去の自分からの手紙を読み、冷や汗をかきながら最近の自分を

悔い改め中です。

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2006年4月12日 (水)

し続ける

「しつけとは、し続けること」→マナー本より。

なるほどって思いませんか?

知らないことがある。覚える。終了。じゃないんですよね。

し続けないと、結局自分の身につかない。

今年の初めごろ、母がひとり、部屋でブツブツ何かを言っているので

声をかけると、英語の本を声に出して読んでいたのでした。

母曰く、「最近、英語を話す機会がないから。毎日少しでいいから話さない

と衰える。とっさにでてこなくなると嫌だから」。

母の向上心に感心するとともに、反省でした。

マナーに関しては、アドバイザーになったからには日々精進で、自分なりに

勉強し続けていますが、仕事と離れたものはどうか。

着付けは、お免状をいただき、「私は着られるから」と安心していました。

いけませんね。久しく着物に袖を通していなかったから、帯結びがよろしくない。

ピシッと決まらない。

そのとき、冒頭の「しつけ」について思い出したのです。

独身の私には縁がないことと考えていたのが間違いでした。

自分で自分をしつけないと! 

ということで、今は時間を見つけて週に1日だけでも着物を着るようにしています。

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2006年4月10日 (月)

きっかけは、映画

なぜ、マナーアドバイザーになったのか。

今思うと、マナーに関心を持ち出したきっかけは映画。

小学生の頃、俳優の石原裕次郎さんが亡くなり、追悼番組として

主演映画がたくさん放映されました。

そこに映し出される世界に釘付け。

俳優さんたちの品のよさ。立ち居振る舞い、言葉の美しさ。

作品によって裕次郎さんをはじめ、若者のやんちゃな言動もあるけれど、

全体に流れる雰囲気は上品に思えました。

目上の人に敬意を払った応対。

歩き方、座り方、立ち姿。どれをとっても姿勢がよく、シルエットが美しい。

視線や指先にまで神経の行き届いた仕草がさらに美しくみせる。

特別お金持ちの話ではない。セレブなわけでもない。

ごく庶民の話。

見たのがまだ小学生だったので、そのときは、映し出される美しくシャレた世界を、

ぼんやりと「昔の人って素敵だなぁ」と思うだけにとどまりました。

大人になり、映画を見たときに感じたことがマナーと結びついていると気づきました。

日本が創ってきた文化、日常生活、マナーはつながっている。

そう思い、マナーの勉強、日本文化へと誘われていきました。(続く)

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2006年4月 4日 (火)

着物は女の味方です

自律。

最近この言葉が好きです。「神経」とセットだけの認識だったけれど、

よくよく見ると、いい言葉!

自分を律して、自立するのが大人の流儀ということでしょうか。

そう思うようになったのは、着付けを習い始めてから。

着物は手間がかかる。着る前の準備。着付け。脱いだ後の手入れ。収納。

纏っているときも、足は組めない。裾が乱れないようにとか、帯が崩れない

ように気を配るなど、洋服より動きが不自由。

それが自分を律する鍛錬になる。

洋服にくらべて手間がかかる分、大いなるプラスがある。

手間を愛しみ、自律した和服の女性は、洋服より色気が漂う。

浅草に行くたびに着物姿の女性を見かける。

指先にまで神経の行き届いた立ち居振る舞い。よく櫛を入れた結い髪。

一朝一夕にできるわけもなく、絶えず手間をかけ、自律している自負。

それが本物の美しさ、色気となって表れるのでしょう。

女から見ても素敵! と見入ってしまいます。

もうひとつ、嬉しいおまけが。

「男性も女性も、歳を重ねているほうが美しい」

そう言い続けているのに、童顔ゆえ、軽んじられてしまうことがコンプレックス。

着物はそれをカバーしてくれます。

お手本とする方たちのようになりたいと思い、着物を着て出かけると、

自分なりに律しているためか、着物の魔力か。

いつもより格をあげてみられるのです! 歳相応の応対をされるのです!

ありがたい発見。

もっと鍛錬して、着慣れていって、素敵に着こなせるようになりたい。

そのために自分への合言葉。自律、自律。

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2006年3月29日 (水)

理想としては

女の強さのかたちは円(まる)だと思っています。

円の中心に1本、決して折れない芯がある。

芯の周りに円を描き、芯は表に出さない。見せない。

どれだけ丸くあることができるか。

どれだけ温かくあることができるか。

どれだけ柔らかくあることができるか。

そのために、

どれだけ芯がしっかりしていられるか。

芯をいかに円で包むことができるか。

それが強さ。

いつ尽きるのかわからないけど、死ぬまで歳を重ね続ける。

歳をとるのではなく、

歳をまとう女性になりたい。

これまで様々な場面で出逢えた素敵な淑女たちのように。

理想は

円く、気高く、思慮深く、

青い炎を放ち、それでいてどこかキュートでチャーミング。

そういう女性になりたい!

今のところ、遠い…。まだまだきれいな円が描けない。

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2006年3月11日 (土)

適齢期

歳を重ねていくことは、素敵になっていくことです。

ウェルカム、ウェルカムなんです。

女は一生、花盛りなんです。

だから、曲がり角なんてないんです。

そんな気持ちで書いた詩を今日は載せようと思います。

「曲がり角」

そういう年頃ってなんですか

どういう年頃なんですか

適齢期ってなんですか

曲がり角とはなんですか

ここで曲がれと勝手に決める

そんな角では曲がりません

無視して生きます

程よい時期は自分で決めます

まだまだ曲がる気ございません

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2006年3月10日 (金)

黒を着る資格

服を選ぶとき、黒をなるべく避ける。

全身を黒にするのは、喪服を着る必要があるときと、年に1日。

祖母の命日だけ、喪に服するつもりで黒のワンピースを着る。

カラーセラピーがあるように、色が人の心理に与える影響は大きい。

黒って色はキツイ。ドギツイ。

だからピシッとしなければいけないときに、

上下どちらかに黒を使う。また、パンプスを黒にするなど

グッと自分に気合を入れるのに、身に着けることはある。

そうでないときは、まだ未熟な私が着ると、なんだか険が出る。

そんな気がして、全身が黒は、避けてしまう。

以前、テレビで岸恵子さんが、

黒のドレスに、黒のストールを羽織っているのを見て、ビックリ。

全身が黒なのに、なんてしなやかで、やわらかい雰囲気を放っていることか!

ドギツさがどこかへ吹っ飛び、黒を纏った岸さんの笑顔は

人を包み込むような女性特有の強くもあたたかいものだった。

ああ、やっぱり黒は洗練された大人の色だ。

私はまだ、ダメだ。黒は纏いこなせない。

まだ、自分に合格点はあげられない。

淑女への道のりは長いな。

微笑む岸さんを見ながら、しみじみ思ったのでした。

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2006年3月 7日 (火)

離す愛

5年くらい前のこと。

テレビで不思議な光景が。

「これがいまどきの恋愛事情」というような特集で、

10代のカップルが、互いを手錠でつないでいる。

理由は、仲がよい証拠。束縛し合いたいから。

ただ、実際には見たことがないので、浸透したわけではないのでしょう。

私が人間関係で大切に思うのは「程よく距離がとれること」。

どんなに親しい、好きな人でもベッタリ付き合うのは苦手。

人と予定が合わなければ、どこへでもさっさとひとりで出かけるし

まして束縛など恐ろしい。

そういう人間なので、手錠という発想に、ビックリ。

さて、番組では「こういう若者を大人はどう思うのでしょう」との流れ。

街で年配の女性たちにインタビュー。

大方は、かわいいと思う。しょうがない。仕方がない、のどれか。

そんな中、あるひとりの女性に目がとまった。

70歳前後と思われる彼女は

「うーん…幼稚ね。離す愛を覚えたほうがいいわね」と仰る。

それは、バカにした言い方でも、嘆くようでもなく、ただ静かな言い方。

楚々とした佇まい。

自分をよく知っている、さらりと品のいいオシャレ。

マイクを向けられてあがったり、つい笑ってしまうということがない。

問いかけられたので、ただ淡々と自分の意見を述べている。

そのさらりとした感じがスマート

質問に答え終わると、それまでの凛とした涼やかな表情

フッとやわらかな笑顔に。

しなやかな物腰で、お辞儀をして立ち去られた。

1分にも満たない時間だったが、思わず見入ってしまった。

これぞ淑女!

その日は1日気分がよかった。

街中や、知り合いや、映画やドラマの中で

男女問わず、素敵な大人に出会う

そういうとき、なんだか幸せに抱きしめてもらった気分になる。

またひとり、お手本に出会い、その貫禄に触れ、

しかも言葉のプレゼント付き。

「離す愛」。カッコイイ! 理想的!

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2006年3月 4日 (土)

お見事!

女優は華だ。

夕べ、テレビで日本アカデミー賞を見て、しみじみ思った。

10代から60代まで、幅広い年代の女優が、

ドレスアップして会場を彩る。

その中で、特に輝いている女優がふたり。

吉永小百合さんと薬師丸ひろ子さん。

しなやかな立ち居振る舞い、美しい日本語、やわらかな微笑み。

大ベテランのふたりは、偉ぶったところがなく、それどころか

スピーチでは、亡くなった関係者に思いをはせ、

デビュー当時から見守り、支えてくれた人たちへの感謝を述べるなど、

じつに細やかな心が伝わるすばらしいものだった。

その姿勢は、彼女たちが受賞したときだけではなく、

共演者の受賞のときにも見られた。

2時間の間、カメラは何度も彼女たちを映す。

いつ映っても、微笑を絶やさず、周りにあたたかい空気が流れて見えた。

女優として、女として、しっかりと自分を積み重ねてきた時間が

あれだけの優雅な貫禄と、艶やかな華を醸し出すのだということを

やさしく、しかしガツンと見せ付けられた時間でした。

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2006年3月 2日 (木)

化粧の心

若い子の化粧と大人の化粧は違う。

何が違うか。

「化粧の心」が違う。

ハタチの頃、なぜか化粧が嫌になり、

かたくなに拒絶しているところがあった。

そんな私を知人の40代の女性の言葉が変えてくれた。

「化粧ってね、ただ自分を飾ることでも、オシャレするだけのもの

でもないのよ。心遣いであり、真心なの」

「誰かに会うとき、あなたに会うために、それにふさわしく

自分を整えてきました。装うだけでなく、心も『シャン』としてきました」

それを表すものだと彼女は教えてくれました。

若いときは、自分をよくみせようとすることに重点を置いていてかまわない。

テクニックを身につけ、アレコレ試みて、TPOや自分に似合う形を、

肌に感覚を覚えさせることが大切だと思う。

そうして大人になった女の化粧は、身につけたものを使いこなす貫禄がある。

ツヤや弾力が減っても、シワがあっても、自分の形をもっている人は

堂々とした輝きを魅せる。

ただキレイなだけではなく、余裕が感じられる。

それは大人の化粧の心には、装う以外に、人を包み込む菩薩力があるから。

まだ、自分の形を見つけられていないが、化粧の心を胸に

菩薩力にたどり着きたいものです。

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2006年3月 1日 (水)

大人時間

「若い」「女の子」と言われることにさよならする。

次に始まるのは何か。

大人時間。

人生は圧倒的にこちらが長い。

若いときは大切だが、大人の人生も大切。

よく「女は灰になるまで女」という。

そう、一生現役なんだから。とどまることなんてない。

期限なんてもうけず、進化を楽しみたい。

大人時間をいとおしみ、充実させたい。

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2006年2月28日 (火)

格の上がった女はブランドです

ガール、レディ、ウーマン。

女の人を形容する言葉がいくつかある。

レディも、ウーマンも大人の女を意味するものなので、

自分がよりどちらになりたいか、似合うか。

それは個人の問題で、どちらでも素敵だと思う。

大切なのは、ガールではないということ。

それを示しているのが、映画「マイ・フェア・レディ」。

オードリーヘプバーン扮する花売りの少女が、

洗練された淑女になって、社交界の花になる物語。

かわいい少女が美しい淑女になることを描いている。

ガールでいることより、レディになることのほうが、

女としてグレードアップするということでないだろうか。

そう、やはり女は時を積み重ねて、より磨かれるんです。

いつまでもガールって言葉が似合う女でいるより、

格をあげないと。

たとえば、

川原亜矢子さんや小泉今日子さん、岸恵子さんは、

レディという言葉が似合う。

山口智子さんや今井美樹さん、夏木マリさんは、

ウーマンという言葉が似合う。

どちらも共通して

年齢にのまれていない。さらりと歳をまとっている。

1年1年、年齢を迎え入れ、自分というブランドをつくりあげている。

芸能人だからブランドと言えるというわけではなく、

女として自分を見つめ、確立していることで、洗練されているから。

これこそが、ウェルカムエイジングなあり方。お手本です。

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2006年2月27日 (月)

「せっかくなので」

女は誰もが花です。

可憐なもの、気高いもの、また、華やかだったり、清楚だったり。

どの花も、その花だけの美しさがあり、

キレイじゃないものなどひとつもない。

どんな花であるかはその人次第だが、

女という花のあり方は、草花より、花樹のほうがふさわしい。

草花は、野に咲いていてもキレイだが、

切り花として花瓶に活けられた形がいちばんいい。

一方の花樹は、地に根を張った太い幹、大きな木。

高いところで凛と咲き誇っているのが、最も美しい。

女は年齢で枯れない。

だから、切り花になってわざわざ寿命を縮めることはない。

女が年々キレイになることと、花樹は同じ。

梅にしても、桜にしても、細く小さな苗木より、

何年も何十年も時を積み重ねた大木の方が花時が見事。

そして、花樹の花暦がステキ。

温室の花と違い、一年中咲くわけじゃない。

一度、花を散らした後、

は光を蓄え、

の切なさを受け流し、

の寒さを耐え切って、

再び

雪解けと共に、美しい姿を魅せる。

女と生まれたからには、私はそういう花なんだと

プライドをもち、歳をまとっていきたい。

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2006年2月25日 (土)

おとな堂々

不思議に思うことがある。

女の子は幼いときから「女」としての性分をもっている。

だから物心つくころにはオシャレに関心をもち、自分をよくみせようとする。背伸びする。

私にも、覚えがある。

母親の化粧台の前で、口紅をつけたりパウダーをパタパタはたいてみたり。

テレビの中の歌手や女優に憧れて、しぐさを真似てみたり。

小学6年のとき、塾に母親のパンプスをはいていき、「生意気だ」と先生に言われた。

服装は、少しでも大人っぽくみえるものばかり選んで着ていた。

大人っぽくみえることがキレイにみえる、と考えていたから。

ただ、中学3年のとき、「大人っぽい服ばかり着ていたけど、その歳だから似合うものがいちばんいいと思う」

と、あるタレントが言っているのを聞いた。そのときから

「ああ、等身大でいいんだ。それがいちばんよくみえるんだ」

と知り、歳相応へとシフトした。

等身大のオシャレをしつつ、いつかあんなふうに素敵になりたいと、お手本にするのは、やはり大人の女性たち。

しかし、最近、気になることがある。 

お手本である女性たちの変化。

服装、雰囲気が、若い女の子と変わらない。

でも、若い女の子ではないので、本来の美しさが消されてしまっている。

残念!

若いときは背伸びをするのに、やっと大人になると、なぜ、大人であることをやめてしまうのか。

若くなくなるとオシャレをしないなんてことはないわけで、磨き続けるのだから、

堂々と「大人」していればいいんじゃないかと。

だって、オシャレな大人は憧れるくらいカッコイイんですから。

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2006年2月24日 (金)

ほめて伸ばす

言葉が悪い!

言い方が悪い!

考え方がネガティブ!

そういうものが世の中に蔓延している。

「歳をとる」「老化する」「もうウン歳」「衰える」「おばさん」「賞味期限」。

マインドコントロールのようにくり返されると、誰だって不安になる。

怯える。自信をなくすこともある。

でも、いい加減そんなものにふりまわされるのはごめんだな、と。

どうしようか…。

なら、違う言葉に換えて、暗示から解放すればいい。

「歳をとる」は「歳をまとう」。

「老化する」は「進化する」。

「もうウン歳」は「やっとウン歳」。

「衰える」は「円熟する」。

「おばさん」は「淑女」。

「賞味期限」は…そんなものない!

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2006年2月23日 (木)

女の進化論「美しい人には理由(わけ)がある」

キレイな人がいる。

決して若いわけではない。仮に45歳だとして、美しさはこう形容される。

「とても45歳には見えないわ」「いつまでも若くてキレイ」

違うんです。

若く見えるからじゃない。45歳に見えないからじゃない。

魅力的だからキレイ、なんです。

湯上りたまご肌より、グンと輝きを放っている。

笑いジワがあっても、キラキラしている。

年齢にのまれない「キレイ」。理想的だなぁ。絶対いい。

のはず、なんだけど…。「若さ至上主義、日本」。評価低いなぁ。

大人の女性をほめるとき、ただ「キレイですね」「素敵ですね」でいいのに

なぜか「歳のわりに」「お若く見えて」が、もれなくついてくる。

???

いやいや、歳は歳でしょう。若くある必要がない。

アンチエイジングで若さを保つっていうけど、いま、人生80年時代。どうするんだろうか。

いずれ限界がくる。そのときはもう終わり? ババアになったらおとなしく女を終えろってこと?

ふと、友人の言ったことを思いだす。

「美人ってさ、それなりに理由があるよね」。

なるほど。キラキラしている理由は、進化しているってこと。

そう考えると、若さとの別れなんて、ちっちゃい、ちっちゃい。

大丈夫なんです。

「期限」という定義がそもそも、間違いでしょう。

将来40代、50代になることは、むしろ誉れであって怖いことじゃない。

結論!本当のキレイな人を目指すには

ウェルカムエイジングなんです。 

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