2010年11月14日 (日)

アンチエイジングが極まって、さて

女性たちはアンチエイジングを選んだ。

ひと昔前くらいまで、ある程度の年齢になると、

「おばさん」という呼び方で、女性の魅力は切られていました。

しかし、アンチエイジングの登場で、女性は立ち上がった。

年齢で自分を切らず、磨いていく。

その努力の賜物でしょう。

おばさんと言われる呼称を脱ぎ捨て、キラキラ輝く女性が増えている。

その在り方はエイジレスなひととされ、実年齢より若く見えるひとが多い。

長きに渡る、若さ至上主義に閉じ込められていた、

「女は灰になるまで女」であるという真実。それを取り戻した。

取り戻し始めてから、しばらく経ちますが、若さに軸を置いた美しさは、

ある程度円熟し、極めたのではないでしょうか。

そろそろ、別角度にも目を向けていい頃合のような気がします。

若さ至上主義が長すぎて、「若さ」が呪縛になっているような。

女性の魅力を狭めてしまっているような。

若い(若く見える)だけが、美しさをつくるなら、本当に若い人だけが、

真にキレイだということになる。

・・・・・・・・・・・・・・・。

そうかなぁ。どうしても、そう思わないんです。

女性の魅力・美しさを、円グラフで考えてみると、

これまで言われてきた部分は、円のすべてではない。

まだまだ他の要素があるはずです。

アンチエイジングを選び、年齢で自分を切るのをやめた。

アンチエイジングによって、若さに軸を置いた輝きは円熟期を迎えた。

その自信を胸に、円グラフの残りの部分を磨いていく。

そうすれば、女性が女性であることをより楽しめるし、誇れると思うのです。

そういう時期にきているのではないでしょうか。

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2006年10月24日 (火)

一石三鳥

作法によし、健康によし、美しさも与えてくれる。

一石三鳥なもの。

姿勢。

背筋を伸ばした姿勢と、猫背の姿勢。両方を試してみました。

猫背は肩が凝ります。背筋を伸ばした状態より疲れる。

以前、東洋医学の先生に、「丹田、丹田意識して」と言われたことがあります。

おへその少し下あたりのことですが、その丹田を意識した呼吸をすること。

丹田に意識を置き、上半身はとにかくリラックス。

肩に力は入れないように。

「身体にいいよ~、リラックス! 丹田だよ~」とのことです。

丹田、丹田。リラックス。深呼吸。

なんだか呪文のように響きましたが、いいこと発見。

背筋を伸ばして立ち、深呼吸。

このとき、上半身に入りがちな力を、すべて頭の先からゆっくりと、

丹田へ流し込むイメージをします。

上半身から無駄な力が抜けて、リラックス。

健康によかれと思って習慣にしているうちに、自然と上半身を丹田で支え、

肩や腕はリラックス状態という感覚が身につきました。

鏡に映してみるとわかるのですが、猫背では生き生き見えない。

ちょっと背筋を伸ばしたら、生き生き見えるし、立ち姿がきれいに見える。

さらに、丹田を意識した姿勢を心がけると、無理なく胸を張った状態になるので、

ただ立つより、胸が大きく見える。

お尻もキュッと上がり、お腹も引っ込んで、腰も引き締まって見える。

作法で考えても、人と向き合うとき、背筋を伸ばして応対した方が、

相手にきちんと向き合っていることを伝えることが出来る。

健康によし、美容によし、作法によし。

たかが姿勢、されど姿勢。

活き活き生きるためにも、大切にする「姿勢」を持ち続けたいと思います。

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2006年10月11日 (水)

自分へのサービス

新人女優が段々キレイになっていく。

メイクや装いを覚え、うまくなっていく、ということも、

もちろんあると思いますが、それだけではない気がします。

何?

たぶん、「意識」ではないかと。

人の視線。

どなただったか、舞台に出ているとき、とても脚がキレイになる。

ひと舞台ごとに、引き締まってキレイになっていくのを感じる、

と仰っている役者さんがいました。

「人によく見られたい」という本能的な願いが、自分に指令を出して

「我、よくあらん」とする。

容姿、服装、姿勢、行動、仕草などを身ぎれいにする。

→多少なりとも評価される。→自信と余裕が生まれる。

→磨いている外見に見合ったように、内面も充実させたい。

→エンドレスな向上心。

そういう自意識が、キレイになる循環を生むのではないでしょうか。

塩月弥栄子さん、橋本保雄さん共著の

『目くばり 心くばり 気ばたらき』は、

マナーや、サービス業にあるべき「おもてなしの心得」が書かれた本です。

マナー、人が思い合って生きていくことの必要性、

そこから得られる豊かさが学べました。

その中に、

「誰も見ていなくても、やるべきことはやる」

「“どこかで誰かが見ていてくれる”という意識を頭に置いておけば、

    生き様も好転すると思います」

という言葉が出てきます。

美しくありたい、人によく思われたいというのは、当然の願いで、

尊い心だと思います。

我、よくあらん   我、美しくあらん

そう思って自分を磨くことは、人の視線の中でも、自分ひとりの空間でも続くこと。

ずっと続く作業は、自分へのサービス、おもてなし、では。

歳を重ねて醸し出される美しさは、熟練した接客術、極上のおもてなしと、

通じるところがあるのではないでしょうか。

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2006年7月 4日 (火)

マイブーム、ラジオ体操

毎日「ゆる体操」を始めて8ヶ月。

すごい効果です。

極度の血行不良、冷え性は年中無休

真夏でも手足が冷たくて周りに「そんなにひどいの?」と聞かれるたび、

手を触れると「死んでるみたい」と言われる始末。

冬場はこれでもかっ! というくらい防寒してもガタガタ震えて過ごす日々。

それが!

今年の冬は特別防寒しなくても全然冷えない。

35.0度くらいの低体温が36.0度超え。人間らしい温度を体感。

なぜ!?

ゆる体操のようです。

これまでお灸に行けば、一向に改善しない血行にベテランの先生を悩ませて

しまった。

薬膳酒を飲んだら酔っ払う。

ちなみに下戸ではなく、お付き合いで飲まなければならないときには、

たしなみますが、日本酒は合わないらしいです。

この一件で酔うと笑い上戸になると判明。

強固なまでの血行不良がかなり改善。もっともっと改善したい。

ゆる体操、柔軟に加え、ここで新たなアイテムを投入。

ラジオ体操。

これなら気持ちよく、無理なく体を動かし、ほぐせそう。

子供の頃の記憶を辿り、チャンチャンチャチャンチャンチャンチャン~♪と

イントロから口ずさみ、かつ舌のいいおじさんの声を思い浮かべつつ、

イチ、ニ、サン、シ…と思いだせるだけやってみる。

おおっ、気持ちいい。わっ、楽しい。

ラスト、深呼吸を終えると頭もスッキリ。

侮り難し、ラジオ体操。

じわじわヤミツキになりかけています。

子供の頃、夏休みのラジオ体操はあまりきちんと参加していませんでした。

まあ、子供の頃はやらなくても、暇さえあれば野原を駆け回って運動していたから。

言い訳ですが。

ゆる体操にしろ、ラジオ体操にしろ、ヨガにしろ、ピラティスにしろ、

意識的に運動することは、大人にこそ必要!

そんな気がします。

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2006年5月12日 (金)

ファッションリーダー

年齢ごとに変わるところもありますが。

自分にとってのファッションリーダーでしょうか。

何人か、素敵だな、と憧れる人がいます。

今日はその中で、子供の頃からおしゃれをするときの軸になっている人。

中森明菜さんについて書きたいと思います。

最近は、ドラマ「プリマダム」に出演されていて、素敵な装い健在。

なんでも着こなす人だ、と思いながら見ています。

17年前に出版された「CRUISE」(出版元・ほんの木)という彼女の本が

あります。写真集とは少し違い、ファッション・ブックとして創られたもの。

上質なファッション雑誌という感じです。

装いが、かわいらしいもの、ワイルドなもの、セクシーなもの、エレガントな

ものと変幻自在。

この本を読んで、服、靴、帽子、アクセサリー、メイク、髪型など、アイテム

だけでなく、雰囲気作りも大切。それを装うのはどんな街か状況か、なども

大切だと知りました。そのトータルで、美しさを作るのだと知りました。

手にした頃は子供で、本の中のエレガントなファッションは似合わないと思い、

「いつかこういうファッションにふさわしい人になりたい」と眺めるだけでした。

今はまだ、ふさわしい人にはなっていませんが、年齢的にはいいお年頃に

なったと思います。

ファッションも「カタチから」ということで、そろそろエレガントな装いをしたい

な~と計画中。

最後に、本に載っていた文章で素敵なものを2つ紹介させていただきます。

「レースに縁どられた服には優しさの余韻がある。その繊細な透かし模様の

合間からデリケートな心が見え隠れする。女が女であることを忘れずに、いつ

までも変わることなく持ち続けるであろうロマンティシズムを、この服に託して」

「恋にも仕事にも前向きで挑み、感情的になることも、媚びることもない。凛と

した表情をその顔にたたえ、通り過ぎた後にも潔い風が吹く。飾りをいっさい

排除したオーソドックスな服には、そんな大人の女の知性が滲み出る」

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2006年4月26日 (水)

かっこつけます

あまりいいように使われていない言葉ですよね。

でも悪いことだと思いません。

かっこう(格好)。辞書で引くと

・外見、姿

・体裁、世間体

・状態、ありさま

とあります。

とすると、「かっこつける」のは、よくあろうとする向上心といえるのでは。

ならば、いいことなのではないでしょうか。

「よくありたい」と思うのは自然なこと。

マナーはある意味「格好」をつけることでもありますから。

かっこうよくなろうと、かっこつけるのは、いいことだ

と、またまた都合よく考えます。おしゃれをするし、お化粧もする。

素敵な人になりたいので、もっともっとマナーや内面も磨きに磨いて

バシバシかっこつけていきます。

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2006年3月11日 (土)

適齢期

歳を重ねていくことは、素敵になっていくことです。

ウェルカム、ウェルカムなんです。

女は一生、花盛りなんです。

だから、曲がり角なんてないんです。

そんな気持ちで書いた詩を今日は載せようと思います。

「曲がり角」

そういう年頃ってなんですか

どういう年頃なんですか

適齢期ってなんですか

曲がり角とはなんですか

ここで曲がれと勝手に決める

そんな角では曲がりません

無視して生きます

程よい時期は自分で決めます

まだまだ曲がる気ございません

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2006年3月10日 (金)

黒を着る資格

服を選ぶとき、黒をなるべく避ける。

全身を黒にするのは、喪服を着る必要があるときと、年に1日。

祖母の命日だけ、喪に服するつもりで黒のワンピースを着る。

カラーセラピーがあるように、色が人の心理に与える影響は大きい。

黒って色はキツイ。ドギツイ。

だからピシッとしなければいけないときに、

上下どちらかに黒を使う。また、パンプスを黒にするなど

グッと自分に気合を入れるのに、身に着けることはある。

そうでないときは、まだ未熟な私が着ると、なんだか険が出る。

そんな気がして、全身が黒は、避けてしまう。

以前、テレビで岸恵子さんが、

黒のドレスに、黒のストールを羽織っているのを見て、ビックリ。

全身が黒なのに、なんてしなやかで、やわらかい雰囲気を放っていることか!

ドギツさがどこかへ吹っ飛び、黒を纏った岸さんの笑顔は

人を包み込むような女性特有の強くもあたたかいものだった。

ああ、やっぱり黒は洗練された大人の色だ。

私はまだ、ダメだ。黒は纏いこなせない。

まだ、自分に合格点はあげられない。

淑女への道のりは長いな。

微笑む岸さんを見ながら、しみじみ思ったのでした。

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2006年3月 3日 (金)

歩き方の恐怖!

目の前を歩く女子高生を見ていて、気がついたこと。

歩き姿は危険です。

彼女たちを見ていて、何かに似ている、と考えました。

そう、淑女とは言いがたい人たち。

共通しているのは、気を抜いていて、油断していること。

重心がやや後ろにあり、足が外股に開いているので、

ふんぞり返っているように見える。

もったいない!

シャンと背筋を伸ばして、一本線を歩くように歩くだけで、

グッとキレイな雰囲気になるのに。

ふんぞり返って見えるくらいなら、モデルを意識して

気取って歩く方がカッコイイんじゃないだろうか。

まあ、そういう私も、ひどい内股を友人に

「遠くからでも分かるくらい変だよ」と言われて以来、

歩き姿がしなやかでカッコイイ女性を見かけると、

参考にして、歩き方を改善中です。

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2006年3月 2日 (木)

化粧の心

若い子の化粧と大人の化粧は違う。

何が違うか。

「化粧の心」が違う。

ハタチの頃、なぜか化粧が嫌になり、

かたくなに拒絶しているところがあった。

そんな私を知人の40代の女性の言葉が変えてくれた。

「化粧ってね、ただ自分を飾ることでも、オシャレするだけのもの

でもないのよ。心遣いであり、真心なの」

「誰かに会うとき、あなたに会うために、それにふさわしく

自分を整えてきました。装うだけでなく、心も『シャン』としてきました」

それを表すものだと彼女は教えてくれました。

若いときは、自分をよくみせようとすることに重点を置いていてかまわない。

テクニックを身につけ、アレコレ試みて、TPOや自分に似合う形を、

肌に感覚を覚えさせることが大切だと思う。

そうして大人になった女の化粧は、身につけたものを使いこなす貫禄がある。

ツヤや弾力が減っても、シワがあっても、自分の形をもっている人は

堂々とした輝きを魅せる。

ただキレイなだけではなく、余裕が感じられる。

それは大人の化粧の心には、装う以外に、人を包み込む菩薩力があるから。

まだ、自分の形を見つけられていないが、化粧の心を胸に

菩薩力にたどり着きたいものです。

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