2007年12月19日 (水)

お正月の伝統あれこれ

新しい1年を迎える準備。

門松、しめ縄、鏡餅、おせち、初詣などなど。

今は住宅事情で、門松やしめ縄も簡略化されていることが多い。

簡略化した形をなんとなく受け継いではいても、元々の意味は薄れているものも。

子供の頃を思い返しても、正月の決まりだからおせちを食べる、しめ縄をするなど、

意味を考えたりしませんでした。

行事の理由、どれも良くあるようにという願いが込められているんですよね。

☆お正月

お正月にはその年の「歳神さま」が家々を訪れ、祝福を与えてくれる特別な日。

☆門松

歳神さまは門松に降りるとされ、暮れの28日までに飾る。

29日では「苦飾り」、31日では「一夜飾り」になるので避ける。

松と竹を使い、竹の端を斜めにそぐもの、節と平行に切るもの、

梅を加えて松竹梅にするなどがある。

☆しめ縄

その年の新しいわらで作る。門口に張るのは、歳神さまのいらっしゃる印で、

邪気払いでもあった。江戸時代になってから正月のめでたさを表わす、

縁起物の装飾的な飾りになった。

飾るのは門松同様28日までに。

☆鏡餅

魂は丸くて白いものに宿る。古代の日本人はそう信じており、

丸くて白い「お白石」というものを供えていたのが、やがて餅に変わった。

鏡は、神社のご神体として崇めるように、神霊を写しとるものとされ、

鏡餅は、あらたま(新しい魂)を写しとる餅という意味。

※お年玉は、あらたまの宿った鏡餅を家族に分配したことが始まり。

門松を飾る立派な門がないので、毎年、お店で売っている小さな門松を玄関先に飾り、

これまた小さなしめ縄を玄関のドアに吊るす。

という、小さな「お正月迎え」の我が家です。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年11月24日 (土)

幸せに通じる

更新が遅れてしまいました。

どんなときも~どんなときも~♪

まずは、食べる。

ということで、前回、

食べることは、生きること!

ということを書きました。

と同時に、“人として”生きるためには、

食べることは、文化!

でもあると思います。

自宅でリラックスして食べる。

恋人、友人、家族と、大好きな人たちとの外食なら、オシャレをしたり、心が弾む。

仕事上の食事なら、緊張感が伴う。

と、TPOによって様々な感情で食事の時間を過ごす。

食事を楽しむ。会話を楽しむ。

器や、外食ならお店の内装、見える景色、

流れる音楽、店全体の雰囲気を楽しむ。

そのためには守るべきマナーがある。

また、食をとるためには、

穀物を育てる人。野菜を育てる人。家畜を育てる人。魚を獲る人。

“さしすせそ”をはじめ、調味料を作る人。バターを作る人。

調理器具を作る人。器を作る人。

などなど大勢の人の働きがあってこそ、料理をすることができ、

食事をとることができる。おなかも心も満たしてくれる。

やはり、文化。

「食べることは生きること」であり、「文化でもある」。

だから、食べることは幸せに繋がるというか、作り出すというか、

「食べることは、幸せに通じる」と信じています。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年11月 2日 (金)

ゆっくり、じっくりと

姿の渋さと、手に持ったときの適度な重み。

あ~、なんだか気持ちにしっくりきて、落ち着くなぁ。

先日の旅行で、旅館の部屋に用意されていた鉄瓶の話です。

お茶を飲み、のんびり鉄瓶を眺めていたら、

「“日本”って感じの道具だなぁ…好きだなぁ」としみじみ。

帰ってきてからも、ふと思い出す鉄瓶。

以前、籐の家具を作っている職人さんとお話したとき、

自分にしっくり馴染むものを、じっくり探すことが大切だと教えていただきました。

それを思い出し、昔ながらの日本の道具が気になり始めました。

洋食器が大好き。

雑貨屋に溢れる欧米の雑貨類も大好き。

見ていると、かわいいものにときめき、ロマンティックなものにうっとり。

楽しくてウキウキした気分になります。

一方で、和食器、和雑貨も大好き。

こちらは、やはりDNAということでしょうか。

見ていると、スーッと落ち着きます。

自室は和室で畳。ローテーブルに座布団。

着物を納めた茶箱。寝具は布団。用途万能な風呂敷。

お気に入りの湯のみ。茶筒、茶み。

今年、ほしかったつげ櫛を買ってから、ブラシを使わなくなりました。

髪を結い上げるにも、あれこれアレンジするにも、つげ櫛1本で。

生活に“和道具”が添っている。

だから、洋の道具にときめくのと違い、和道具は落ち着くのかも。

台所用品や日用雑貨、化粧小物など、調べてみれば、

魅力的な日本ならではの道具がたくさん。

籐家具職人さんの言葉のように、しっくり馴染む、ずっと愛していける物に出合いたい。

丁寧に手間をかけ、使うほど味わい深くなる道具。

長い時間をかけて、少しずつ、ゆっくりじっくり探していきたい。

選びに選んだ、必要な大切な物のみを、身のまわりに置く。

昔の人がしていた清貧な暮らし。

それが辿り着きたい理想です。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2007年10月 3日 (水)

やっぱり姿勢は基本!

ああ、そういうことなのね!

スペイン国立バレエ団の公演で感じたこと。

男女ともに、洗練・美しいとは、どういうことなのか。

内面世界は簡単にわかるものではなく、人間関係を紡いでいく中で、

感じ取っていくものだと思うので、雰囲気、外観、形に関しての話です。

ダンサーがみな美しい。

容姿端麗、モデルのようなスタイル、というわけではありません。

女性は、あまり細~い人はおらず、肉感的。

男性は、とても背が高いとか、足が特別長いわけではない。

「それがどうした、そんなことは瑣末なこと」と教えられるほど、

在りようがなんとも魅力的。

豊かな表情。

指先・足先までしっかり行き届いた神経。

体の中心にしっかり芯を据えた上での、しなやかな動作。

“生きた”瞳、生きる強さの輝きを全身から放っている。

そして、衣装をきちんと着こなし、場に見合ったきちんとした髪型。

自分に誇りを持った紳士淑女の立ち居振る舞い。

大事なのはそういうことなのだと思います。

健康・立ち居振る舞い第一。

スタンダードを丁寧に身につけた上で、感性豊かに生きること。

それが洗練・美しさをもたらし輝くのだと。

男の子。

髪型を気にしすぎたり、ジーパンを地面にひきずって歩くより、

スタンダードを粋に着こなすほうが男前。

今すぐナナメ立ちをやめるほうがかっこいい。

女の子。

過剰なダイエットをしたり、若さに固執することなどない。

体に負担をかけすぎる靴で無理な歩き方をしないで、

活き活き動ける方がきれい。

いろいろな意味での“姿勢”の大切さ。

改めて教えられた公演でした。

ほぼ2年ごとに来日しているらしいので、また2年後、絶対みたい!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年10月 1日 (月)

太陽の国からの贈り物

幸せを感じてきました。

充実した私日和♪

スペイン国立バレエ団の公演を鑑賞。

とても前の席だったので、ダンサーの表情も、華麗な指先・足先の動きもよく見える。

第一幕『ボレロ』。

ダンサーたちが刻むリズム。

ステップ、曲。まず音が耳から入る。

心地好い。

優雅で躍動感のある踊りが、目を釘付けにする。

曲とともに迫力を増すリズムが、客席へも振動を伝える。

耳で目で、からだ全体でボレロの世界を体感させてくれる。

パンフレットに、「ボレロのメロディーを視覚化」という言葉が出てきます。

その通りにダンサーたちが素晴らしい表現力で、舞台を創り上げていました。

フィナーレに向けて強まる高揚感。

客席から魂だけステージへ持っていかれています。

第二幕『ラ・レジェンダ』。

ギタリストと歌い手が入ります。とても好みの音楽。

スペイン! を存分に味わえる舞踊にふさわしい衣装。

情熱的な踊り。

舞台上で生きた芸術を魅せてくれる美しきダンサーたち。

一幕は、魂がスコーンと『ボレロ』の世界へ持っていかれた感じだったのに対し、

二幕の『ラ・レジェンダ』は情熱的な世界に高揚しつつ、優雅なダンサーをうっとり鑑賞、

という感じでした。

スペイン熱、一気にヒートアップ。

エネルギーを存分に貯えました。

来年は英会話を始めようかと思っていましたが、スペイン語も。

心が揺れます。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年9月19日 (水)

スペインが呼んでいる、かもしれない

使いどころ、安心どころ

という我が家に受け継がれる法則にのっとって買いました。

10日間悩んだ末に、『スペイン国立バレエ団』の公演チケット。

新聞広告に“フラメンコ”、“ボレロ”、“スペイン”という文字。

観たい!……先月1本舞台を観たばかりだし、贅沢よね…。

いや、芸術にお金を惜しんではいけない。

と、行く、行かないを頭の中でくり返すこと10日。

普段、贅沢してないし、春先だったか、『アントニオ・ガデス舞踊団』は見送ったのだから、

今回はいいかな、と結論。

買うまでは散々悩んだのに、いざチケットを手にすると、

今月末に向けてテンションが上る。チケットを手に小躍り。ゲンキンな。

さらに、先週の新聞に映画の広告。

『サルバドールの朝』というスペインの映画。

すごく興味を引かれ、絶対観たい! と思いました。

スペインが呼んでいる♪ (という思い込み)

5,6年前から、理由もなく急に“スペイン”と思ってから、なぜかスペインに惹かれます。

大好きな“太陽”の国だからかしら。

もしくは、単なる気まぐれな思いつきかも。

実際にスペインに行くことはできないけれど、今年の秋は、

食欲の秋ではなく、スペインの秋になりそうです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年7月18日 (水)

匠の誇りと心

“職人”・“プロ”とお会いできるのは嬉しい。

お世話になっている方への贈り物を買いに、デパートへ行ったときのこと。

ギフトコーナーを後にして、大好きな食器を眺めて歩いていると、

籐の家具スペースを発見。

椅子、カゴ、ベッドなどが並ぶなかで、職人さんが椅子を作っていらっしゃる。

なかなか籐の家具作りを見る機会はない。

じっと見入っていると、「おもしろい?」と職人さんに声をかけられました。

「おもしろいです!……気、散りますか?」と尋ねると、

「いやぁ、問題ないですよ」と答えてくださる。

10代の頃から修行を始め、今は同じ道を選んだ息子さんと、

工房を切り盛りしていらっしゃるらしい。

親方曰く、籐ならいいものだろうと考える人がいるけれど、

相性や縁があるから、じっくり選んでほしいと。

いくつも並ぶ椅子を指し、「お嬢さん、座ってごらんなさい」と促します。

1つ目の椅子に腰掛け、背もたれまで深く座り込んでみる。

なんとも心地好い。

2つ目、3つ目と4つまで座ってみる。

みな丁寧にしっかり作られているので座りやすい。

けれど、どれも微妙に座ったときに感じるものが違う。

1つ目に戻って座る。

「これが1番しっくりくる!」と言うと、

親方は「そういうことなんですよ」と微笑みます。

もっとしっくりくるものも、あるかもしれない。

それぐらいよく吟味して自分の1点に巡り合ってほしい、と。

ベッドは、正確な値段は高すぎて忘れてしまいましたが、

何十万もして「手が出ない~!」とため息。

しかし、良いものを選んだら、一生モノ、孫の代まで継げるものだとか。

ベッドだけではなく椅子さえ、手も足も出ない。

あまり長くお話を伺って邪魔をしてはいけないと、お暇することに。

と、その前にもう1度しっくりきた椅子に座り、

「いいなぁ……いいなぁ、いつかほしい!」と心からの叫び。

親方は微笑んで、

「そのときは妥協せずに、馴染むものを手にしてくださいね」

「一生モノですから。そういうご縁、巡り合ってくださいね」と見送ってくださいました。

籐の家具とひとの縁をたくさんつくり上げてきた親方。

お話してくださったとき、家具作りの誇りを感じました。

そして謙虚。

静かに語る瞳は光りが溢れ美しい。

話しながらも、しっかりカゴを編む手もまた、心が映し出されているようで、

あたたかい感じがして美しい。

15分ほどの時間でしたが、素敵な出会いができました。

しまった! 握手してもらえばよかった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年4月25日 (水)

風ことば

時々、気分転換に酔ってみる。言葉に。

風ことば。

風流・風情・風味・風雅・風格・風懐・風鑑・風姿

風薫る・風光る・風林火山・花鳥風月・風光明媚・風姿花伝

などなど。

風は、感覚でいろいろなものをもたらす。

暖かさや寒さを肌に伝える。

花の香り、磯の香り、新緑の中の独特の香りを乗せてくる。

波を起こし、葉を揺らし、自らを鳴らし、音を作り出す。

雲を動かし、花や木々を揺らし、水を揺らし、動きを見せる。

けれど、風自体には姿がない。

不思議な存在。

風鑑とは物事を見分ける力を指し、

風姿とは“うるわしい姿”という意味だと辞書にある。

実体のないうるわしいもの。

この辺りに風ことばが伝える“粋”のヒントがありそう。

和歌や俳句、詩はすべてを述べない。

行間にある深い心を自分の感覚で汲みとり、

そこにあるものにそっと心を添わせる。

そういう行間・曖昧を愛し楽しむ日本文化が、風ことばを生んだのでしょうか。

とすると、そういうことばの生まれた時代のひとは“粋なおとな”!

話好きでついつい多弁になる私は、まだまだ野暮で子どもだな、

と痛感しつつ、未熟ついでに。

能に興味を持ち出して、風姿花伝に行き当たりました。

なんとなく耳にしたことはありましたが、

世阿弥が書いた能楽論だとは知りませんでした。

風姿花伝。

風の姿、花の言伝。

うるわしい花のこころ?

風に乗せた花の伝言?

キャァ~素敵!! と能楽論に関係なく、勝手に考えて大喜び。

完全に酔いきりました……失礼いたしました。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年4月18日 (水)

能と美人

男女ともに、「わぁ、素敵!」「あっ、美人さんだ」

と感じる人がいる。

50代、60代、70代の方。

20代、30代、40代の素敵な人もいる。でも少し違う。

何が違うのかしら。

50代以上の方の何が憧れを抱かせるのかしら。

・・・・・・・・・・・・・・・・。

これまで美人だと感じた紳士淑女を思い浮かべて、考える。

頭の中で動く紳士淑女。分析、分析。

無駄がない。

仕草・動作・言葉・語り。そして佇まい。

シンプルなのです。

「合理的」とは違います。シンプルは、単純とも違う。

そして、しなやか。

その人の積み重ねてきた思考や、

育んでいらした心が無駄をそぎ落としている。

その人の歴史からエッセンスを抽出し凝縮され、

内に沁み込んだ感性が、洗練された姿を持たせているのだという気がします。

と、ここまで考えて思い出したこと。

何かの本で読んだ話です。

能。

能は動作を最小限に抑え、演者の内で凝縮された力となる。

能の舞の美しさは、それゆえらしいのです。

時を積み重ね、洗練された人のあり方は、能と通ずるものなのかもしれない。

能。

まだ観にいったことがないので、劇場へ行って観たい。

芸術を味わうとともに、能の世界の美、じっくり勉強したい!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年2月19日 (月)

夢の世界に連れてって

新聞にアントニオ・ガデス舞踊団の公演の広告が載っていました。

観たいなと思いながら、一昨年の12月に観た舞台を反芻。

ず~っと観たかったスペインのダンサー「ラファエル・アマルゴ」のカンパニーの公演。

割といい席がとれ、アマルゴはもちろんのこと、ダンサー達のパフォーマンス、

カンパニーの歌姫の歌声が素晴らしくて大満足でした。

小学生のときに観たレビューに魅せられて以来、踊りに惹かれます。

アマルゴは、たまたまテレビで見て、フラメンコからスタートしていると知りました。

父方の叔母が若い頃、フラメンコダンサーだったと、以前母から聞いたことを思い出し、

「観てみたい」と興味がわく。

さっそくアマルゴを調べてみたら、ますます興味がわいた。

絶対観たい! と思い続けて1年。ようやく観るチャンスが!!

叔母の話を聞いていなければ、観ることに繋がらなかったので、

何が幸せをもたらしてくれるかわかない。

それほどたくさん観ているわけではないですが、舞台はいいですね。

芝居も踊りも大好きです。

その日・その公演でしかないものがあり、

リアルタイムに目の前で進行する話やパフォーマンス。

その臨場感・緊張感、舞台上・客席に流れる独特の空気。

映画館とはまた違う心地よさ。

年初めに観たいと思っていた舞台を1本観逃しましたが、なるべく多く観たい。

アントニオ・ガデスはちょっと行けそうにないけれど、何本観られるだろうか。

とりあえず、今年20周年の『レ・ミゼラブル』は観たい。

期間中に誕生日がありその日に観られたらと、ネットで調べたら、

当日ではなく、前日が観たいキャストの組み合わせだったので、

誕生日イブのチケットが無事取れるよう、自分に運があることを祈ります。

こんなときだけ、神頼み……。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2007年2月12日 (月)

おお、時代劇

長い間のフラストレーション、払拭。

今年の大河ドラマ『風林火山』は、「時代劇を見ている!」と感じられて好きです。

『功名が辻』や『新撰組!』も、ドラマとして楽しみましたが、

時代劇というより現代劇風。

どうした違いかしら?

それを考えながら昨夜の放送を観賞。

所作、発声、姿勢、作り出す雰囲気などが、ちゃんと時代劇仕様。

一朝一夕ではない土台がある役者陣が、時代劇ならではの渋みを持たせている。

時代劇は日本独特の文化。伝統芸能の1つと考えてもいいものだと思います。

歌舞伎、能、文楽、狂言、落語など長く長く修行を積み、

じっくりしっかり世界観や技術、味などを心身に染み渡らせて人を魅了する。

時代劇にもそれがほしい。

農民の役なら終日田んぼや畑仕事で猫背の所作、町人仕様、町娘、姫君、

武家、公家仕様と様々あるはず。

「武士は食わねど高楊枝」のように、武士たらんとしているはずの武士役の若手俳優が、

渋谷か青山を歩いているところを連れてこられた人かと思うほど、斜め立ちだったり、

慣れない和服で所在定まらない感じだと、ため息が。

近年、時代劇のサマになる俳優が減ったのがとても寂しい。

新たな人が出てきていないのが寂しい。

いいなぁと思う俳優さんを発見するとこの人、戦国物なら誰が似合うかな、

幕末なら…と空想するくせがあります。

実際いいなぁと思った人が時代劇に出ることはあまりないので、残念。

今年の大河、主役の内野聖陽さんは文句なしに魅せてくれます。

武田信玄役の市川亀治郎さんは美形という感じではないのに、お美しい!!

すでにテレビの前で「亀さま」呼び。

武田信虎役の仲代達矢さんは、不気味な信虎がお見事過ぎて、

出てくるたびに私の腕はゾッとする証の鳥肌全開です。

今年1年は、時代劇フラストレーションもなく、楽しめそうです。

それとは別に、今後の時代劇文化のために、

村上弘明さん、渡辺謙さん級の時代劇スターの出現、切望しています!

| | トラックバック (2)

2007年1月19日 (金)

からすの勝手でしょ~?

昨日、真剣に「教養」について思うことを書いたのに。

なんだかふざけたタイトル。

おぼろげな記憶ですが、小さい頃、テレビで志村けんさんが、

「か~ら~すぅ~、なぜ鳴くの~、からすの勝手でしょ~」と歌っているのを

聴いたことがあり、「うん、確かにからすの勝手だよなぁ」と納得した覚えが。

チビッ子の私は、本当にそういう歌があるのだと思っていました。

小学生時分のある日、母が『七つの子』を歌っているのを聴いて、

別バージョンの歌があるのか。あるいは、よく即興で歌を作って歌ってくれていたので、

その類かと思い、尋ねてみました。

母は衝撃のようでした。

この子は童謡を知らないの?! と。

『赤とんぼ』『しゃぼん玉』『小さい秋見つけた』『春の小川』などなど、

スタンダードなものは学校で教わった気がする。

でも、それほど数は多くない。

なんて悲しい時代なの! と嘆く母。

童謡は詩が、メロディが素晴らしい。叙情的で情緒があって。

美しさがあって、と力説。

それからは、私に童謡を覚えさせようと思ってか、いや、

他にもシャンソンやビートルズも歌っていたので、たぶん、

単に自分が童謡を好きだからなのでしょう。

家でよく童謡や小学唱歌を歌っていました。

おかげでかなり多くの歌を覚えました。

今まであまり考えたことありませんでしたが、童謡の詩を思い浮かべてみると、

確かに叙情的で情緒に溢れ、言葉が美しい。

母や伯母、叔父の会話から考えると、私が子供の頃は、

すでに童謡を聴く機会も、知っている曲も少ない。

今の小学生はどうなのだろう。

童謡の詩が書かれた時代の美しい風景が減ってきている今、

それが歌われたものまで聴く機会をもてないのは、さみしいかも。

そういえば、東京で育った友達は、家の周りが自然だらけの所で育った私を、

うらやましがっていました。

「いいな~、私、田舎暮らしに憧れてるの~!!」

そう語る表情や口調は、かなり自然に飢えているんだ、と感じるものでした。

童謡の詩。世界。もっと知りたいな、探ってみたいなと思うこの頃。

まずはCDを買って聴いてみようかなぁ。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2007年1月18日 (木)

教養を考える

愛用の辞書・大辞林によると、

教養

①おしえそだてること。

②社会人として必要な広い知識。またそれによって養われた品位。

③単なる知識ではなく、人間がその素質を精神的・全人的に開化発展

    させるために学び養われる学問や芸術など。

文化。やはりひとによって重要なものなのですね。

辞書の説明の通りに受け取って考えてみると、教養のあるひととは、

文化に関心があり、知った知識で自分を磨き、品格を身につけたひと。

社会人としてということは、社会を見つめる目を、意識をもっているということ。

必要以上のお金至上主義。あっさり起きすぎる殺人。政治・環境問題への無関心。

比較・勝ち負け(優劣)シンドローム。

企業最優先でひとが軽んじられる構造。

世相、ニュースや社会問題を見て考えると、「教養」が見えない。

学問で考えれば、大学まで出ているひとは多いし、現代は小さいうちから

「英才教育」花盛り。「教育」水準は決して低くない。

なのに、教養や品位は…。

大昔の日本は、諸外国から憧れられる文化的で教養のある国だった、

ときいたことがあります。

口で品格とか美とか言うだけでなく、大仰なことではなく、日本全体で、

教養というものを見つめるべきでは、と思います。

自然を愛し、芸術を愛し、文化を育む。

殺戮を拒絶し、平和を願い、日常を慈しむ。

社会、地域でみんなが「思いやり」を持ち合って生きる。

そうなっていけたら、と思います。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2006年12月12日 (火)

美術館のルール

別にルールが決まっているわけではないですが。

美術館に行くとき、気をつけていることがあります。

1.カップル(10代~20代半ばくらい)の近く

2.年配の女性の集団の近く

では、なるべく鑑賞しない。

全員がそうではありませんが、確率が高い。

何が。

おしゃべり率。

しかも、たいがい声が大きい。

カップルの場合、男性が「ここのタッチが~~」からはじまり、

批評、ダメ出し、真新しくない情報などを女性に披露。

いえ、がんばって勉強してきて、語りたいのかもしれない。

美術の勉強をしているのかもしれない。

でも、お願い、出てから喫茶店かどこかで演説してください。

鑑賞しようとしている横で、批評をされると、一瞬、感覚を遮断されてしまうので。

年配の女性の集団の場合、まったく関係のない話が繰り広げられることが多い。

何をしに来ているのか、お尋ねしたくなります。

映画館でもあります。

上映前はいいとして、館内が暗くなり、予告編が始まっても、ペラペラ、ペラペラ。

さすがに、本編が始まればやむだろうと思うも、時々、まだ続ける人がいる。

同じ空間にいて、これから2時間映画を観るのに、雰囲気を悪くしたくない。

いつもは自然に納まるのを祈り、待ちますが、1度、

「○○さんがねぇ~」と新たに始めたとき、ブチッときて、

「はじまってますよ!」と注意しました。

以前、年配の、第2の人生かな、

という感じのご夫婦の近くで絵画を鑑賞したときのこと。

旦那さんが、奥さんにだけ聞こえるくらいのちいさな声で、静かに、

画家のこぼれ話や、ためになるミニ知識をお話されている。

短くエッセンスだけをパッと。

批評ではなく、穏やかに、画家や「絵」に対する愛情が感じられる表現。

思わず、聞き入って、心のなかで「へぇ~」と思い、ウンウンうなずいてしまいました。

おふたかたがそれに気づき、ニコッと微笑まれたので、恥ずかしくて苦笑い。

いい機会を得たなと、とても気分のいい絵画鑑賞になりました。

芸術を鑑賞する場で、言葉を発するなら、

あの紳士くらい、洗練されていないといけないな。

芸術や、他の鑑賞者へのマナーだなと、今でも教訓にしています。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年11月 7日 (火)

楽しい文化として

お作法の時間。

というのが、高校生のときにありました。

茶道の基礎知識、お茶のいただき方、点てかた、懐紙の使い方を教わりました。

残念なことにほとんど覚えていません。

あとは、和室での心得や、卒業前に東京・九段下にある九段会館で、

ディナーのいただき方・実践というようなことが催されました。

「ディナーって、庶民には関係ないな」というのが当時の感覚。

高校生の頃の私には、マナーが「学びどき」ではなかったようで、

もったいないことをしたと悔やまれます。

「素敵な大人、レディ」になりたいと、小さな頃から憧れがありました。

それは、言葉とか仕草が美しいとか、人との関わり方のエレガントさ、

サラッと自分にあったオシャレをしているとか、そういうことに対して。

マナーは、お金持ちでもそうじゃなくても関係なく、

人に必要なルール、美しさ、教養のこと。

それをまだ高校生の頃は、セレブリティな人たちの世界だと、

勝手に思い込んでいる節がありました。

家族揃って外食が当たり前な時代。うちはまったくしたことがなかったし、

車もなかった。家族旅行すら覚えがない。

小学生のとき、友達から家族旅行という言葉を、はじめて知ったくらいだったので。

そういうものがあるんだ~、と。

「文化、自然、人」が人生に幸せをくれるもの、と教えられて育ったので、

セレブへの憧れは一切なし。いえ、勝手なイメージなんですが。

セレブの世界は怖そうだと。

ところが大人になってから気づく。文化こそが幸せをくれるなら、

マナーは文化でしょう? 

普通の人こそ、大切にしなきゃ!

社会の秩序を保つため。共通のルール。

社会人として身につけていなければならないもの。

人づき合いの中で知っておくべきこと。

これが基本ですが、これだけで考えると、少々緊張しませんか?

知らないと恥をかくのではないか、など。

自分の内面を、磨ける、美しく出来る文化。

覚えていくと、知らないでいるより実りが増える。

そう捉えると楽しい気がします。

普通の暮らしに沿った「文化」として、マナーを考えていきたいと思っています。

明日、明後日はお休みします。また金曜日に。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年10月27日 (金)

多面的な姿に憧れ!

うっとり、余韻が。

今日、南青山で開催されている「薔薇の秘密」展へ行ってきました。

薔薇職人の方々が、丹精込めてつくられている薔薇。素敵でした。

バラが好き! と単純に思っていましたが、知っている種類はわずか。

実にたくさんの種類があるんですよね。

会場中のお花がすべて素敵で、何度も行ったり来たり、ウロウロ、ウロウロ。

つい長居をしてしまったので、主催者・麻生さとみさんが、

バラの説明をしてくださいました。

これまで、姿が素敵、香りが好きとボンヤリ見ていたバラ。

会場のバラと、麻生さんのお話で、職人さんたちそれぞれのこだわり、

努力、情熱。そして、携わっていらっしゃる方々のバラへの愛情を感じて、

ますます好きになりました。

今回、バラの展示だけではなく、香りについても説明書きがあり、

6つの小瓶にそれぞれ香りのビーンズが入っていました。

どれもいい香りで、微妙な香りの違いが感じられて堪能。

会場で、「バラの香りのビーンズ」(6種類)が販売されていたので購入。

今、目の前に6種類のかわいいビーンズ。

そのカラフルなビーンズは、見ているだけでも口許が緩みます。香ってきそうで。

なんだか開けるのがもったいない気が。

未開封なら1年は香りが持続するそうなので、

今しばらくは、かわいいビーンズの姿を見るだけで楽しもうかな、と思います。

花は、目だけではなく、鼻でも、いえ、五感をしっかり働かせて、

観賞だけではなく、感じるものなんだとしみじみ思いました。

美しく、気高くの他に、愛らしさや、ときに親しみやすさもあるのだと発見。

多面的なバラの姿に、魅せられつつ、

女として、こんな風になれたらいいな~と憧れました。

余談ですが、白バラ、白木蓮、白梅、かすみ草、カサブランカ、

トルコキキョウなど、白い花に目がない私。

今日のバラが、どれも素敵な中で、やはり白いバラに吸引されました。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2006年8月21日 (月)

愛しい写真に会いはぐる

ショックです。

新聞の切り抜きをしようと、ここ数週間の新聞を読んでいて固まりました。

行き忘れたのです。星野道夫さんの写真展!!

大好きな星野さんの写真。

写真展のことを新聞で知ったとき、確かに大喜びしたのに。

何をやってるんだ私は! と泣きたくなりました。

やっと見られると思ったドラクロアを見られなかったとき以来、

ズーンと落ち込みました。

そういえば久しく美術館にも美術展にも行っていない。

寂しいな。

気持ちを立て直そう。

今、星野さんの写真を見ると、行かなかったことのショックを払拭できないので、

東山魁夷の画集をチョイス。

大好きな「冬華」「晩鐘」「夕静寂」「緑潤う」「白馬の森」「郷愁」

そして、はじめて本物を見たとき、感動しすぎて数分、その場を離れることが

できなかった「道」。

画集で見てから目を閉じて、記憶の中の実物と対面。

だいぶ立ち直りました。

私、単純でよかった。

しかし、行き忘れるとは、たるんでますよね。

気を引き締めないと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月21日 (金)

生きる甲斐

先週、「スイッチを押すとき」という舞台を観ました。

「だれか」が生きていくために、「だれか」が自ら命を絶たされる。

生を、人生を奪われる。

という、ディープな設定の舞台です。

ググッと舞台の中に自分の感覚をもっていかれ、苦しい。

苦しいけれど、セリフから、役者の方がたの「言葉にしない部分」から

気づかされたものがたくさんありました。

感じたことを言葉にしたいと思うのに、気持ちがうまくまとまらない。

困った。困ったときのいつもの方法。

時間をおく。友達と会ってテンションを上げる。お助けMDを聴く。

そうして考えて1週間。

舞台の少年少女の立場には立てない。同じ状況に置かれたことがないのに

「わかる」「かわいそう」などとは言えない。

以前「リベンジのすすめ」という詩を載せましたが、あれは

「死なないでほしい」願いで書きました。

また、好きな歌詞にちなんで「未完成」の回で生きる意味に

ついて書きました。

今回、舞台を観て「受けとったもの」を元に、「リベンジ&未完成」的な

ものを書きました。

やわらかさが足りず、スポコンのようですが。

「生きる甲斐」

「何か」を望む

強く 望む

手を伸ばす 懸命に伸ばす

その手を叩き落とされる

がんばるほど 強く叩き落とされる

もがいても もがいても 

扉は開かない

どうしたらいいのか

次第にわからなくなる

いつから?

自分のために泣いていない

苦しい今を受けとめている

当たり前として

慄然とする

同時に

かすかな 自分の中の力にも気づく

「何か」を願う心

「生きたい」「活きたい」という欲求

不意に耳にした ことば

「なんのために生きるのか? 笑って死ぬためだろ」

今のままでは自嘲になる

諦めの笑いは嫌だ

ならどうする?

「生きる意味」

本当のところは

「いつか」死ぬときまでわからない

今 わかるのは

「幸せになりたい」という願い

「幸せになるんだ!」という決意

心の真ん中に

「いつか死ぬときは笑って」を据え

手を伸ばし続ける

また叩き落されるかもしれないが

生き抜いていく

生きて活きて 生き抜けば

伸ばした手がボロボロでも

心から笑える確信がある

生きる甲斐 あるなぁ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年7月10日 (月)

だわ

痛恨のミス。

今年の初めに憧れの岸恵子さんが岡本健一さんとフランスを巡り、

案内する番組が放映されました。

その日、朝から忙しくしており、見はぐりました。

ビデオに撮ることも忘れるという失態。

その番組がありがたいことに昨夜、BS朝日にて再放送!

岸さん素敵!

洗練されていて、オシャレで知的でしなやかな貫禄。

それでいて、キュートでチャーミングさも感じられる。

ホォーとため息をつきながら見入り、あっという間の1時間半。

フランスの歴史や街のひとコマ、人びと。岸さんの思い出。

みな興味深くおもしろい。

その中で、とても印象に残るのは岸さんの立ち居振る舞い。

美しい。

背筋が伸びていて優雅で力強く、かろやか。

もうひとつは言葉。

正しい日本語とか、丁寧に話す日本語というだけではなく、

声の表情、トーン、テンポ、間、速度などを含めトータルに美しい言葉。

岡本さんと森の中をサイクリングしている場面での

「あら、ここ坂になってるんだわ」のひと言。

「~だわ」

最近あまり聞かない語尾。

私も使いませんが、響きがきれいで聞き心地がいい。

また、岡本さんがフランス語を覚えるコツは? と問うと、

日本語を学ぶこと、美しく話すこと、母国語を愛することに尽きるそう。

言葉の世界は奥が深いですね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年7月 6日 (木)

誰だろ、誰だろ

この人の名前、どこかで見た。

この人、ここにも参加してる。活躍してるんだ。

CDアルバムのクレジットで、アルバム制作に携わった人の名前や感謝を

示す人の名前を見るのが好きです。

好きだと思う曲はコーラスが素敵なことが多く、誰が歌ってるのかしらと

確かめたことがきっかけ。

ミュージシャン、エンジニア、アーティストのマネージャー。

スタイリスト、ヘアメイク、フォトグラファーなどなど。

全員読みます。

すると、知り合いでもないのに、この人、前回のアルバムにも参加してた。

今回はカメラマン違うんだ。ベーシスト、○○のアルバムにも参加してた。

と、親近感がもてる。

大量生産されている商品でも、人の手が通っていると感じられて好きです。

Special thanks もアーティストによって個性が出ておもしろい。

映画を観たときのエンドロールも最後まで観ないと動けない。

すべてが流れてスクリーンが白くなり、カーテンがかかりだすと、

「あ~、観た~」と充実感がきます。

エンディングテーマが流れ出した途端、席を立ってしまう人がいますが、

最後までみようよ~。帰るの? エンドロール流れてますよ! と思ってしまう。

予定があるのかもしれない。急いでいるのかもしれない。

大きなお世話ですが、時間があるなら客電がついてから立ってもいいのでは。

ちなみに、みなさん。

パンフレットは映画が始まる前と終わった後、どちらに見ますか?

私は、帰宅してからじっくり反芻しつつ読むのが好きです。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2006年6月26日 (月)

したたかに

あっ、好きな俳優がたくさん出てる。

それが動機で映画「花よりもなほ」を観てきました。

じっくりスクリーンとのデートを堪能。

クスッと笑い、えっ、おおっ、と驚いたり発見したり、

ちょっぴりツキン、ズキンと痛みを感じる。

そして、目からウロコの考えや言葉。

約2時間、いろんな感覚を積み重ねて、観終わったときには、

ほんわかした気持ちでこの映画を好きになっていました。

「したたか」という言葉。

よくないものとして使われますが、実は結構好き。

なぜ好きなのか自分でもうまく理由が掴めていませんでしたが、

この映画を観てはっきりしました。

「したたか」には「良いしたたか」「悪いしたたか」があるのだと思います。

人を傷つける、バカにする。

人を貶める、踏みにじる。

人の人生を狂わせる、潰す。

そんな要素を含んだものは「悪いしたたか」。

生きていく、生き抜くため。

自分や人の人生を守るために。

良い方向へ向けていくためのポジティブなものなら、それは

「良いしたたか」であり、「強さ」「あたたかさ」ではないかと感じます。

「花よりもなほ」の軸に「良いしたたか」があるように思え、

それ故に、じんわりあたたかさが沁みた気がします。

あ~、観てよかった!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月19日 (月)

浅草発、愛情

頭が痛い。

昨日のことです。

朝から頭痛プラス貧血でぐったり寝込んでいました。

暇だな…。

テレビをつけると、ドキュメントを放送している。

なんと三社祭じゃないですか!

三社祭に情熱を燃やすふたりの女性を取り上げた番組。

ひとりは、ダンナさんとふたりの子供と浅草に暮らす女性。

息子さんが初めて青年部での参加となり、ダンナさんは50歳。今年で

青年部を引退。家族そろって神輿を担ぐのが夢だったそうで、叶うのは

今年が最初で最後。

祭りのひと月くらい前から番組でその様子を追っていた。

「素敵だな、江戸っ子一家」と思いながら見ました。

もうひとり。生粋の江戸っ子の女性。

幼いときから祭りに参加してきた彼女は、三社祭に対して熱い思いを語る。

4月に出産し、三社祭には間に合うと喜ぶも、間近になって産後の状態が

思わしくなく、無理をすると歩行困難になるかもしれない、と医師に絶対安静

言い渡される。

すし職人の弟さんは幼い頃から一緒に担いできたから、誰よりも担ぎたい姉の

気持ちがわかる。だから止めるのは自分の役目と言う。

担ぎたい気持ちと葛藤しながら当日を迎える彼女。

半纏に身を包む。

葛藤は続く。

神輿が近づく。

苦渋の決断。

体は大事。

半纏を脱ぐ。

切なそうな彼女。

娘の気持ちが痛いほどわかる父親はせめて代わりに自分が!

神輿の担ぎ手の中に入っていき、必死に担ぐ。

それはわずかな時間だったようですが、お父さんは64歳。

50歳の人が今年で引退を決めるほどハードな神輿。

どれだけ大変なのか、想像に難くない。

それでも担いだ親心。

テレビの前で思わず涙。

人が人を思う心、愛情。それに伴う行動。

尊くて美しい。

グッときますね、あったかい人の心。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年6月 6日 (火)

美味しい! おいしい?

旅のスタートは日光東照宮。

表門をくぐってすぐ左に、三猿のいる神厩舎があります。

おおっ~懐かしの三猿! と眺めていると、ツアーの団体が。

個人で行くと気楽ですが、ツアーのいいところはガイドがあること。

ちゃっかり団体さんの後ろにくっついてガイドさんの説明を聞いちゃいました。

なぜ神厩舎に猿の彫刻が彫られているかというと、

昔から猿は馬を病気から守るとされたためなのだとか。

ほ~、とツアー客と一緒に感心。

その後、鐘楼、陽明門までついていき、説明聞き放題。

団体さんから離れた後、眠り猫、鳴龍を見て、拝殿で参拝。

そこで大好きな白檀の香りにつられて御香守を購入。

ところで、神社といえばやっぱりおみくじ

表門手前でくじ発見。

末吉。

微妙、と思ったら、鳴龍のところで「鳴龍みくじ」発見。引いちゃいました。

大吉!

昔から龍好きだから、きっとこっちが当たり、と都合よく解釈。

ちなみに、翌日行った湯元温泉寺でも「天然貴石入り開運おみくじ」をつい引きました。

大吉!

末吉→大吉→大吉。

上り調子ってことね、とまた都合よく解釈。

さて、旅の楽しみのひとつといえば、食べ物。

ホテルの夕食は懐石料理。和食はいいですね。目でも味わえる。

先付けの胡麻豆腐の美味しさに「これは期待できる!」と感じたとおり、

出てくるもの出てくるものに顔が笑いっぱなし。

天ぷらが出たのですが、天つゆではなく緑色の粉が。

わさび? と思いきや、抹茶の粉とお塩を合わせたものだそう。

それに天ぷらをチョンとつけていただくと美味しい!

家でも食べたいと思い、売っているのかホテルの方に伺ったら、売っていない

とのこと。作りかたは企業秘密らしく聞けませんでした。残念!

でも、抹茶と塩を合わせて試してみようと思います。

そして湯波。あまり食べたことがなかったのですが、今回、お昼に食べた

湯波そば。懐石料理の湯波蒸し、寄せ湯波、湯波の天ぷら。

どれも美味しくて、すっかり湯波のとりこ。しばらくはまりそうです。

さて、最後のおいしいは、お風呂。

たまたますいていて露天風呂に人がいない。

貸切! と贅沢な気分を満喫。

翌朝もタイミングよく貸切状態。

ゆったりと体を温めて何時間も歩く散策に備えました。

明日は自然満喫編です。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2006年6月 5日 (月)

旅に出てきました

1泊2日で、日光に行ってきました。

少し前に、行く予定も余裕もないと言いましたが、行っちゃいました。

贅沢? 予定組めるかしら? と思いましたが、都合つけて行っちゃいました。

日光。

ずっと行きたい場所のひとつだったんです。

小学校の修学旅行で行ったことはあるのですが、子供でしたから。

色々と見たにもかかわらず、友達とキャッキャとはしゃいでいた記憶ばかり。

いいものがたくさんあるのに、ちゃんと味わえていなかった。

ということで、今回はしっかり味わってきました。

東照宮で、人間の造ったもののすばらしさを。

華厳の滝、湯ノ湖、湯滝、戦場ヶ原に小田代ガ原などで、自然の偉大さ、

荘厳さ。新緑の清々しさを。

他にも泊まったホテルの夕食で懐石料理の美味しさを堪能。

そして

やはり、旅といえば人との出会い!

今回も何気ないものですが、いい出会いがたくさんありました。

今週は、旅で感じたことを書いていきたいと思います。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2006年6月 1日 (木)

優しい女

10代の頃は作詞家になりたかったんです。

最近はアーティスト自身が詞を書くことが多いですが、私が子供の頃は

作詞家の作品が多かったのです。

10歳くらいからだったと思います。歌を聴くときに詞が好きかどうかが

重要なポイントになりました。

大人になってからなぜそんなに詞にこだわるのか考えて出た答え。

憧れです。こういう女性になりたいという。

確か鶴田真由さんだったと思いますが、以前、インタビュー記事の中で

女優という字は「優しい女」と書く。そうなりたいと語っていました(違って

いたらごめんなさい)。

そのとき、「優しい女」ってどんな女?と考え、

「あたたかい」「懐が深い」「信じる強さがある」「しなやか」「自律してる」

とイメージ。

結論を出して、子供の頃からずっと好きであり続けている歌を改めて聴いてみる。

歌の中の女性は「優しい女」ばかり。こういう人になりたい。こう在りたいという

具体的なものがそこにありました。

今も、ものを書くときや、自分の生き方、在り方を考えるときの軸は子供の頃から

現在までに出合った詞にあるような気がします。

それらの歌を集めてMDをつくり、聴いては「こうなりたい。こう在りたい」

と思っています。

お守りですね。

お知らせ

明日は都合により、お休みします。では来週、月曜日に。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年5月26日 (金)

プロだ!

旅に出たい。

かれこれ半年以上どこにも行っていない。

行く予定も行ける余裕もないけれど、これからの季節ならどこに行くのが

いいかなぁ、と勝手に想像して楽しんでみる。

去年は箱根の登山鉄道で紫陽花を堪能。

また、なんとなく立ち寄った「箱根美術館」がとてもよかったことを思い出す。

庭内全体が静けさの中にあり、青々とした竹庭、日本画の中に迷い込んだような

苔庭の趣。森林浴のように心身を癒されて満足。

そして、旅に出ると景色はもちろん、「人との出会いが宝物」だと聞いたことが

ありますが、まさにそんな出会いが。

苔庭に癒されて館内へ入り、2階の展示室へ。

そこには縄文時代や弥生時代の土器、カメやツボがたくさん展示されています。

そこにひとり、50代後半くらいの男性が。

どうやら展示室の係りの方のようです。

バチッと目が合ったので「縄文時代のものがこんなにハッキリ形を残しているって

すごいですね」と言うと、キランと彼の目が光ります。

土器の説明や昔の人がどんな風に使っていたのか、説明会スタート。

カメもツボも、食料の保存に使われていたこと。

カメは大きくて、そのまま使うと下の方のものが取れないから、土にある程度まで

埋めていた。

夏は腐らないように冷蔵になり、冬は保温のためにと、万能な器であること。

入れていたものは、水、味噌、酒、雑穀、豆類などであることを教えてくれました。

その詳しさに、ここでの案内が長いのかと思いきや1年も経っていないらしいのです。

マニュアルにあるのかなと思うとそれも違う(いや、あるにはあるでしょうが)。

ただ展示室に来た人にあいさつしたり、多少の説明をするだけでは味気ない。

少しでも楽しくおもしろい解説ができたらと、自主的に歴史の勉強をしたのだそう。

わぁ、プロだ!

仕事のプロだと思い「素敵!」と拍手。

新たに展示室に現れた観光客の方から質問をされると、

またまたキランと目を輝かせて小走りで去っていく。

その後ろ姿は、人柄が表れていて、とても美しいものでした。

ああ、また旅がしたい!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年5月23日 (火)

日本はどう?

浅草は日本を堪能できる場所なのでしょうか。

外国人の方が多く訪れる、観光スポット

普段は行っても気になりませんが、先日の三社祭ではふと、

日本はどんな風に映るのか、どんなものに興味があるのかと気になりました。

まず面白かったのは、おみくじ。何を引いたのかわかりませんが、大喜び。

内容は把握しているのかなと思いながら自分のくじを見ると、英語が書いてある。

今までは気づかなかったのでいい発見。

ちなみに、よくおみくじを枝に結びますよね。

浅草寺は確か枝ではなく、結ぶ用の棚(?)のようなものだったと思います。

そこにおみくじをくくりつける人たちを何枚も写真に収めている人が。

お国にはこのような風習がないのでしょうか。とても珍しそうに見入っていました。

また、お土産にどうぞというように「和物」が仲見世に並ぶ。

どんなものに興味がいくのか注目。

日本画の描かれたTシャツや日本人形かと思いましたが、私が見たときは

日本語が書かれたキーホルダーやちょうちん。それから扇子を手にしている

人が多かったです。

そしてやはり、お神輿は食い入るように見て写真を撮る、撮る。

今年は気づきませんでしたが、ふんどし姿で「ソイヤァ!ソイヤァ!」

担いでいる人を見たこともあります。

驚いたことがひとつ。

和服姿の外国人女性がいたのですが、姿勢がよく、足さばきもきれいで

しとやかにこなしていました。

一方、ゆかた姿の日本の女の子は前かがみか、のけぞった姿勢でザバザバ

した歩き方。そのため裾から足が大きく見えてしまっている。

せっかくの和装が…。残念でした。

余談ですが、人力車に乗る人を見かけるたび、

「いいなぁ、乗りたいなぁ」と思うのですが、なんとなく気恥ずかしくていまだ乗れず。

友人に話したら、

「着物で出かけるほうが目立つんじゃない?」と言われました。

確かに、着物は平気。

やりたいことはやらないと、もったいないですよね。

乗ってみようかな…。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006年5月22日 (月)

年に1度の大事な日

大好きな浅草

大好きなお祭り

三社祭最高!

ということで、浅草の三社祭に行ってきました。

年に1度、心から日本人であること、日本をいいなと改めて思う日です。

今年も神輿! 神輿! と胸を高鳴らせて浅草寺へ。

ものすごい人だかりの中、到着したときは、ちょうど一番大きな神輿が社殿前に。

神輿の上で強面のお兄さんたちがふんどし姿で笛を吹いたり掛け声を出しています。

神輿が移動して眼前に迫ってきたときは、その迫力で一気にテンションが上がる。

その後も次々と神輿が現れ「エッサァ! エッサァ!」「ソイヤァ! ソイヤァ!」

掛け声が響き続く。私の興奮も続く。

毎年しみじみ思うこと。

担ぎ手の男も女もみんなカッコイイ!

男衆はふんどし姿に法被、ねじり鉢巻やらタオルを頭に巻く。

女衆はふんどしとはいきませんが法被にねじり鉢巻。

キリッとして粋でいなせ!

個人的な見解ですが、若者の担ぎ手はキラキラしていて素敵です。大好きです。

しかし、見ていて最もいいなぁと思うのは、「中高年」の担ぎ手

生き生きと輝く目。活気と迫力のある掛け声。担ぐ姿も貫禄ものです。

皆、美しい! ホントに美しい! 

違いはなんなのかと考えてみると

「味」でしょうか。

若者と中高年が同じように担いでいても、刻んできた時の長さが、

味わい深く感じられる。伝わるのではないかと思います。

今年も存分に神輿を堪能し、エネルギーを注入。

「兄貴、姐さん、カッコイイです!」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月11日 (木)

純粋でないと大人になれない

今日のタイトルは昨日読んだ阿木燿子さんの本に書かれていた言葉です。

「う~ん、純粋ねぇ」と考え、連休中に従姉妹の子供たちに会い、子供の純粋さ

に触れたことを連想。そしてふと、自分の子供の頃のことを思い出してみると…。

みなさん、サンタクロースを信じていました?

私は3つか4つの頃には正体に気づいてしまっていました。

まず、母は戸締り厳重人なので、完璧な戸締りです。サンタさんの入る隙は

どこにもない! うちには煙突もない!

そして、プレゼントの包装が駅前のおもちゃ屋のもの。決定打です。

外国に住んでいるサンタさんが? うちの近所で買うの?

ダメ押しで、普段は駅前のおもちゃ屋を素通りの母がプレゼントリサーチの

ために私を連れて行きます。

サンタさんにお願いするもの決めておかないとね~」と言って。

ああ、お母さんが何を欲しいか知るためか~」と思いました。

子供を喜ばせようと演出してくれている母をがっかりさせたくない。

そう思い、信じているフリをしていました。またまたかわいくない。

大人になって母にこの話をしたら「うわっ、ショックだわ」と結局がっかり

させてしまいました。友人たちも「いや~、かわいくない! そんな子絶対嫌!」。

ええ、私も同感です。

また、子供の頃、「積み木崩し」をはじめとした非行を問題にしたドラマが

ありました。母がそれらを見せないようにするので、なぜかと問うと、

「影響を受けるといけないから」とのこと。私の返答がまた、かわいくない!

「ないない。何か嫌なことがあるからグレるっていうけど、問題は解決しない

じゃん。手間が増えるだけでしょ。面倒なことは嫌!」

小学生の発言としてどうでしょう。ピュアさがない。

むしろ友人たちに「メルヘンさん」と言われる今の方が、多少純かもしれません。

ああ、順番が逆。今からしっかり大人にならないと。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年5月10日 (水)

まずい、気をつけないと!

「おおっ!」という話を知りました。

草柳大蔵氏の本で知ったことです。

「ぶす」という言葉。

女性に対して使われるよくない言葉ですが、「ぶすっとしている」

「不機嫌そうにしている」「無愛想にしている」という意味もあるのだそう。

また「ぶす」は「附子」と書き、トリカブトからとった猛毒のことなのだとか。

これが黒砂糖とそっくりなので、このことを題材にした狂言の演目があるそう。

トリカブトのぶすをなめて「苦り切った顔をすることを、ぶすっとしている」

表現していて、またひとつ意味が加わっている。

ものすごく納得。「ぶす」って表情のことなんですね。表れる、表される情。

顔だけじゃなく、声の表情、動作の表情

考えてみると、人に会ったとき好感を持つか持たないか、表情によることが

大きいような。

ということは、人にもそう思われるわけで…。

いい出会いばかりではないので、気をつけているつもりでいます。

でもわかる人にはわかってしまうかも。気づかないうちに油断して

「ぶす」っとした表情になっていることがあるかも、と冷や汗でした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年5月 8日 (月)

いいかげんでダイタンステキ

占いを都合よく使っています。

以前、そう書きました。そのとき手相観の方について書きましたが、その方に

考えすぎて悩みやすい性格を見透かされました。そして

「お気楽主義でいきましょう!」そう言われ、自己改善。

しばらくして雑誌だったか、どなたかの本か、お助けアイテムとなる言葉に2つ

も出合いました!

①「いい加減は良い加減」

こう変換すると、なんて素敵な言葉! と感動。また「手加減」も手の加減で

物事を調節すること。とすると、2つとも本来あまりいい意味では使われないけれど

別口でバランス感覚を表すものだと解釈。

②「大胆不敵→大胆素敵」

カッコイイ! たった一文字換えるだけでなんてオシャレ! とこれまた感動。

ハタチになったくらいの私に、2つの言葉は大人を連想させました。

「目指せ、良い加減のバランス感覚を持った大胆素敵な大人」が頭の片隅に

いつもある。また、そのためにも、「日常を楽しんで観る、楽観主義」を心がけ

少しずつ自己改善していくようになりました。

現在、相変わらず考えに考えますが、「割り切る」ことを覚え、かなり肩の力は

抜けてきました。

まだまだ「大胆素敵な大人」とはいきませんが。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年5月 2日 (火)

言葉の活用&お知らせ

明日3日から7日までお休みいたします。

さて、今日のテーマですが、言葉。

自分を鍛錬し、高めていくのに、言葉が持つ意味は非常にありがたい存在。

最近、気に入って心にとどめているものを、いくつか書き出したいと思います。

「しつけ」

身を美しくするで、躾。

「びがく」

美を学ぶで、美学。

「つや」

豊かな色で、艶。

「あい」

心を受けるで、愛。

「まごころ」

真の心で真心。

次は私が思っただけですが、

「いとおしむ」

辞書では①愛着を感じて大切にする。 

      ②深い愛情を持ってかわいがる。

ひらがなにして「いと おしむ」と考えると

いと…非常に、大変

おしむ…①無駄に失われないように大切にする。

     ②価値のあるものと考えて大切にする。

とあります。

愛おしむは、失いたくないとても大切なものに対して

使うものなのでしょうね。

まだ使ったことはありませんが。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年4月28日 (金)

半分愛して

寺山修司さんの詩のタイトルです。

座右の銘にしている大好きな詩、3つの中の1つ。

出合ったのは中学2年のときです。

『半分愛して』

半分愛してください

のこりの半分で

だまって海を見ていたいのです

半分愛してください

のこりの半分で

人生を考えてみたいのです

中学生の私は「カッコイイ!」と憧れを覚えました。

半分っていうのがいいな、と。

「過ぎたるは猶及ばざるが如し」とも言いますし、

ご飯も「腹八分」が体にいい。

以前、「離す愛」という言葉に出合ったことを書きましたが、

「半分愛して」にしても洗練された大人の領域。目指す理想です。

今、書いていて気づいたことですが、「半分愛してください」だけではなく、

自分も「半分愛して、のこりの半分で人生を考える」のが、

大人の流儀なのでしょうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月17日 (月)

切ない

いつか詩集を出したいと思っています。

今週は書き溜めたものの中から、ウェルカムエイジングに通じるかと

思われるものをいくつか載せたいと思います。

「切ない」

幾度も季節が巡ることで

自然と知っていくことがある

歳を重ねていくということは

「切ない」が増えていくこと

「切ない」すべてを

受けとめられるように もがく

もがいて もがいて 覚悟を決める

そのとき 人は

深く大人に成れるのだろう

「切ない」を覚悟して

抱きしめることができたとき

幸せに抱きしめてもらえるのだろう

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年4月 5日 (水)

春!春!花!

ん?

今朝「今日は仏滅か」とカレンダーを見ていたら、5日のところに

「清明」と書いてある。何だろう?

カレンダーの隅に説明が。

清明…二十四節気のひとつ。清浄明潔の略。

    春先の清らかで生き生きした様子を

    いったもの。花々が咲き始める時期。

辞書には加えて「万物清く陽気になる時期」とある。

3月あたりから、ミモザ、白木蓮、桜、チューリップと、春を告げる花を見るにつけ、

ふんわり暖かい気分が高まってきていた。そして今日は清明だと知って

「ああ、冬の寒さを乗り切って、いろんなことが動き出す季節なんだ」と実感。

あいにく一日中雨模様でしたが、万物生き生きするためには、雨の恵みも

受けないと。

そう思うと、これはこれで、清明な日ということでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 1日 (土)

いざ、和の世界へ

日本文化和の世界をしっかり勉強したい、知りたい。

そう思い、1年くらい前からポツポツ学びはじめました。

その中の1つが着物

昔は教室があったわけではなく、各家庭で覚えたのだから、

本を読んで自分で覚えられるだろう、と本を購入。

着物は、母が若い頃に祖母に誂えてもらったものを譲り受け、いざ。

…よくわからない。

手順は分かるが、実際にやってみると、図解だけではよくつかめない。

やっぱり餅は餅屋かな、と思い、お教室で指導を受けようと決意。

タウンページで着付け教室をチェック。

ピンときたところに即、電話。

翌日から通い始めました。

半分期待、半分不安を持ちつつ、スタートしてみると、

楽しくて夢中になり、どっぷりと着物の世界にはまっていきました。(続く)

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2006年3月25日 (土)

「いつもそばに」マリアの毛布その2

音楽が生活に欠かせません。

ということで、数ある好きなアーティストの中で、「マリアの毛布」な方がたについて

書いていきたいと思います。

ウルフルズ

あったかい。パワフル。ポジティブ。トータス松本さんが持つ、

男の人特有の色気ある歌声に力、もらっています。

両手放しで大好きです!

今井美樹

美樹さんが新しい楽曲を発表するたびに、宝物が増えます。

女性としても、年々やわらかさを増して輝いていく姿は憧れ。

まさにウェルカムエイジングな人。

槇原敬之

あったかい人に違いない。絶対そうだ。

そう思わずにはいられないメロディーと詞、そして声。

ほんわかした気持ちになります。

薬師丸ひろ子

透明感のある声に癒されています。それになんといっても女優さん。

表現力の凄さ。詞の世界をググッと聴かせてくれます。

1枚アルバムを聴くと何本もドラマを見たような満足感。

BETTE MIDLER

特に『THE ROSE』『WIND BENEATH MY WINGS』は、

めげているときに聴くと心に沁みます。

STING

聴くと落ち着きます。とにかく好きです。

社会活動をしているところも尊敬しています。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年3月24日 (金)

「ちっぽけで、幸せ」マリアの毛布その1

星野道夫さんの写真が宝物です。

きっかけは8年前。母の強い勧めで、銀座の「松屋」で行われていた

写真展を見に行ったこと。

星野さんが好きだったというエンヤの曲が流れる会場を歩く。

鮮やかに写される野生動物たちの姿。アラスカの大地。エスキモーの人びと。

その一枚一枚が、知らない世界を教えてくれる。

歩を進めるたびに、自分の鼓動がドン、ドンと大きくなっていくのをハッキリ自覚。

躍動感、厳しさ、美しさ、切なさ、雄大さ、かわいらしさ、あたたかさ、

ぬくもり、気高さを見せてもらい、心が浄化される感じがしました。

そして思ったこと。私ってちっぽけだな。

ネガティブな意味ではありません。だから幸せだと思ったんです

地球は広い、大きい。さらに宇宙なんてなると、理解がおよばぬくらいのスケール。

そのほんの一角にいるに過ぎない。

なんだか、悩んでいることも、ゴチャゴチャ考えていることも、

たいしたことないよ。

そう思えて、グワーッと体に力がみなぎり、おおらかな気持ちになったんです。

今もグダグダと悩み虫が頭をもたげてくると、写真集を開いて、

心を浄化しなおしています

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月 4日 (土)

お見事!

女優は華だ。

夕べ、テレビで日本アカデミー賞を見て、しみじみ思った。

10代から60代まで、幅広い年代の女優が、

ドレスアップして会場を彩る。

その中で、特に輝いている女優がふたり。

吉永小百合さんと薬師丸ひろ子さん。

しなやかな立ち居振る舞い、美しい日本語、やわらかな微笑み。

大ベテランのふたりは、偉ぶったところがなく、それどころか

スピーチでは、亡くなった関係者に思いをはせ、

デビュー当時から見守り、支えてくれた人たちへの感謝を述べるなど、

じつに細やかな心が伝わるすばらしいものだった。

その姿勢は、彼女たちが受賞したときだけではなく、

共演者の受賞のときにも見られた。

2時間の間、カメラは何度も彼女たちを映す。

いつ映っても、微笑を絶やさず、周りにあたたかい空気が流れて見えた。

女優として、女として、しっかりと自分を積み重ねてきた時間が

あれだけの優雅な貫禄と、艶やかな華を醸し出すのだということを

やさしく、しかしガツンと見せ付けられた時間でした。

| | コメント (0) | トラックバック (1)