2007年9月 5日 (水)

セルフケア・マネージメント

♪ある~日、森の中~、くまさんに~…♪

『森のくまさん』。

ストレスが思い切り溜まると、無意識に口ずさむ鼻唄。

この癖というか、シグナル。

なぜなのか、さっぱり理由はわかりません。

ストレスを感じたら、いろいろと解消しようとする。

その前の段階。自分のストレスに気づく。

以前はこれに鈍かった。

というより、子どものころから、大小関係なく、

アクシデントや問題は絶えずあるもの、と冷めた感覚だったことが1つ。

あまり身体が丈夫ではなかったので、ストレスで調子が悪いのかどうか、

判断しにくかったことが1つ。

そんなわけで、自分の体調の悪さやイライラと、

“ストレス”という言葉が結びつかなかった。

鈍い…。

自分とストレスが結びついたのはハタチを過ぎてから。

遅い…。

気づいたものの、上手くセルフケアができず、

今よりずっと、もてあましていました。

どうやってストレスを解消すればいいか。

自分に何をしてあげれば、心も身体も元気にしてあげられるのか。

試行錯誤をくり返し、解消法を探っていく。

20代後半には、ようやくストレスの度合いによっての解消法を持てるようになりました。

まだまだ上手くはありませんが。

日常の中で、自分の状態を把握してセルフケア、セルフコントロールをする。

これは自分へのエチケット。

また、ひとはたくさんの人の中で生きているのだから、他者へのマナーでもある。

もっともっと、上手にストレスと付き合って、

早め早めにセルフケアができるようになりたい! と願っています。

うまくケアできずにストレスが溜まり続けて危険。

という段階になると登場する鼻唄『森のくまさん』。

出没させないようにしないと。

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2007年1月 9日 (火)

正座のしびれをどうするか

欧米か!

が冗談ではなく、正座が苦手な人は多い。

現代の住宅は和室が少ないようですし、習慣がなくなっているのでしょう。

着物姿の人は正座が平気だと思っていました。

しかし、しびれに苦しむ人、意外と多い。

仕事で着ている人は慣れていると思いますが、趣味で着ている人は、

必ずしも慣れているわけではないようです。

「大丈夫ですか」と声をかけると、無理と言いたげに首を振るのが、

精一杯の人もいらっしゃいました。

苦手な理由は「しびれるから」「疲れるから」が多いでしょう。

旅先で出会ったブラジルの方は、和食は素晴らしい。大好き。

でも、正座が…。痛い。

そう言って肩をすくめていらしゃいました。

私は自室が和室で、子供の頃から食事もリビングで椅子に座ってではなく、

ローテーブルに正座。

長時間だったり、体調が悪いと多少しびれることもありますが、

基本的には苦痛がない。

「なんで? コツは?」と聞かれても、「たぶん、慣れ」としか答えようがない。

で、推測なのですが、正月に時間があったので実験してみました。

①姿勢を正す。身体を丹田(おへその少し下あたり)で支えるよう意識する。

 肩の力を抜く。両足の親指を軽く重ね、上下を時々交代する。

②猫背。

③猫背でさらに、疲れないよう、足にかける重心を、

 左右交代交代にする(身体が左右どちらかにやや傾く)。

①、②、③を20分ずつ試しました。

①より、②、③の方が疲れる。そして、若干しびれました。肩もこりました。

①は丹田で身体を支えるのに対して、②、③のように猫背でいると、

丹田には力が入らないので、身体を支える負担はすべて足にいく。

だから足がしびれるし、血が滞って、肩がこるのではないかと。

正座が苦にならない方法は、慣れだと思いますが、習慣がない人。

それでも法事などの必要に迫られるときは。

そう長時間ではないと思うので、①の姿勢での正座をお勧めします。

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2006年12月20日 (水)

変わり続けることは、いいことだ

極自然なことだと思うのです。

心や身体が変わっていくこと。

ひとそれぞれ、自分の中の基本軸はあると思うので、そこは持ち続けて変わらない。

もしくは、変われない部分だとしても。

望む望まないにかかわらず、ひとは変わっていく、そう思います。

内面では、環境、出会う人との関わり、起こる出来事などで、

いろいろなことを感じ、知り、思考して、変わっていく(成長していく)。

10代の私が、今の私の考えを聞いたら、おそらく「え~」とブーイングする部分も

多々あると思います。

時を経ての自然な変化ですし、今の自分のほうが好きなので、

昔の私に返すのは、「まあまあ。いいんじゃない。今はブーイングで」

と、余裕の笑みです。

身体も、歳ごとに変化する。

現代人は、自然体という言葉が好きなのに、なぜ心身、

特に身体の自然な変化は拒絶するのか。悪しきものとするのか。

例えば、20歳と40歳で、変化がなかったら、怖いです。ホラーチックで。

元々、若さ=美しさと考えていなかったので、ハタチくらいときも、

同年代のひとより、年配の女性が脅威でした。

横に並びたくない。絶対見劣りする。

女として、まだまだ未熟だと思い知らされる、そう思って。

今もそうです。自分より若い女の子より、自分の倍の年齢の女性のほうが怖い。

変化にのまれず、変化を楽しんで血肉にしていった、魅力を放つひと。

太刀打ちできるはずないですから。

最近、鼻の頭にうっすらソバカスができているのを発見。

ハタチのときにはなかった。

以前は疲れても、目の下にクマができることはなかった。

今は、体調が悪いと出るようになったと気づく。

10歳くらいから、いつも目の前の問題にアップアップだったのが、

そういう変化を楽しめる状態が愛おしくて、自分が嬉しくて。

鏡のソバカスを見てニコニコ。

あ~、私、それだけ歩いてきたんだな、がんばったんだな、と。

(すみません、自分好きで)

さて、これからも歳を重ねていく。まず、目指せ、素敵な充実した30代。

そして、この先、以前私が感じたように、私が40代、50代になったとき、

ハタチの女の子が、気後れするくらいの女になりたい!

というのは、夢の1つです。

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2006年12月14日 (木)

当たり前、ではない

最近、つくづく思うことです。

当たり前はない。

映画『暗いところで待ち合わせ』の主人公・ミチルは、事故で視力を失う。

そのことで怖い思いをする。傷つく。

家でひっそり暮らし、外の世界と自分を遮断している。

周囲に迷惑をかけることを恐れている。1歩が出せないでいる。

映画を観ていて、共感する部分がありました。

今は、人並みに元気ですが、これまであまり身体が丈夫ではありませんでした。

無理がきかない。

元々はやんちゃで、じっとしていることがない子でした。

15歳までは、部活で毎日テニスもしていました。が、

高校生になって、段々身体が弱っていくのを感じる。

すごく焦りを感じる毎日でした。

やろうと思うことがある。やりたいことがある。もう溢れんばかりに山ほど。

身体がブレーキ。無理がきかない。

友達と同じことをしても、友達は平気なのに、私は帰宅してから、

頭痛に七転八倒、洗面器抱えてぜぇぜぇ。

うんざりして、1度、ブチッと切れたことがありました(「そのとき何してた?」参照)。

また、母や兄をはじめ、周りに心配をかけていること、

負担をかけ、迷惑をかけていることが申し訳なくて、苦しくて。

比較はいけませんが、「つまらない」「おもしろくない」「やりたいことがない」という若者。

10代、ハタチくらいのころは、腹立たしく思っていました。

じゃあ、代わって、身体。

私はやりたいことたくさんあるの!

丈夫に動き回れるなら、どんな辛いことでもやる。

がむしゃらにやりたいの! と何十回も思いました。

今は、失礼なこと、決して考えてはいけないことだとわかりますが、

まだハタチくらいのころは、

「もし今すぐ丈夫な身体になれるなら、寿命が40歳くらいまででいい。

その間にがむしゃらにがんばって生きる! このまま死んだように長く生きてたって

意味がない!」なんて発言をしました。とんでもない不届き者ですね、私。

しかも、他に当たる人がいないから、母に向かって言いました。

娘にそんなことを言われた母がどんな気持ちだったか考えると、

もう愚か者過ぎて、謝っても謝りきれない。

その後、悪くなるだけなったら、ゆるやか~に、健康を取り戻していき、

少しずつ丈夫になってきました。

今は、「人生に『もう遅い』はない!」をモットーに、1歩ずつ、1つずつ、

自分のペースでいろいろなことをやっていこう。人生を味わっていこう。

そして、元気に夢見る70歳を目指そう、と思っています。

自分の持っている、感じている「当たり前」は、絶対ではない。

というより、当たり前ってないのでは。

映画を観た後でそんなことを考え、母に幼き非礼を詫びたら、言われました。

うん。確かに当たり前はないかもしれないね。

例えば、あなたはダイエットをしたことがないけれど、やせたいひとには嫌味だし、

童顔でハタチくらいに間違われるのが嫌って言うけれど、

少しでも若くいようとしているひとが多いんだから、感じ悪いだろうね。

と。

なるほど。反省です。

悩みはひとそれぞれで、みんな一生懸命なのだと。

ひとつ学びました。

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2006年11月16日 (木)

考え方が変わると、体質も変わる?

駅で、見事な千鳥足のサラリーマンを目撃。

酔った人はよく見かけるし、千鳥足も目にしている。

それでも、あまりに見事な千鳥っぷりに釘付け。

左右均等に揺れる。倒れそうで倒れない。

千鳥賞をあげたいと思うくらい。

芸人さんのお手本になりそうな千鳥足。

なんだかその姿がチャーミングで、階段を上っていくのを見送りました。

自分の周りでお酒を飲む人たちを見ていて、お酒好きなんだなぁ、

楽しそうだなぁと思います。でも、考えてみると千鳥っているのを見たことがない。

みんな強いということ?

実は10代の頃、お酒に対して、少々、拒絶がありました。

酔った人が苦手で、飲んでくだをまいている人を見ると、イライラ。

「飲まなきゃやってられない」という言葉にまた、イライラしていました。

泣くこともできないくらい辛くても、飲めない人だっているでしょう。

そういう人はどうするのよ! と相当、感情的になっていました。

母方の家系はあまりお酒に強くないのですが、父親の一族は皆、

恐ろしいほど酒豪。私も飲めるくちになるのかなぁ、と思っていました。

しかし、血の巡りをよくするために飲んだ、おちょこ1杯の養命酒で酔っ払うほど、

身体がお酒を受け付けない。完全に下戸だと認識していたのです。

ハタチを過ぎてから、お酒に対して、年々、少しずつ軟化。

それでも、お酒を飲んで攻撃的になったり、悪態をついたり、

絡んでこられるのはパスです。

しかし、友達など周りの人を見ていて、お酒が好きで飲むとか、楽しいお酒とか、

付き合いで飲むとか、いろいろあることを知っていく。

そうして接していくうちに、飲まなきゃやってられない人を、

非難する気持ちがなくなりました。

きっとそういう人は、お酒がストレス解消なんだ。そうして自分を保てるなら、

私が嫌!なんていう権利はない。尊重すべきことだと考え直しました。

私にだって、嫌なことがあったとき、ストレスを解消する方法がある。

気分転換を図る。同じこと。

自分の解消法はよくて、酔うのはダメなんておかしい。

そう気づいてからは、酔っている人を見ると、場合によってはキュートだなぁ、

愛しいなぁと感じるようになりました。

不思議なもので、お酒や酔うことに対して考え方、感覚が変わると、

体質も変わるのでしょうか。

ここ2年くらいでお酒、飲めるようになりました。

まあ、たまに付き合いで、食事のときに白ワインをいただくとか、ビールをちょこっと、

という程度ですが。

その程度でも、若干酔って、ずっとニコニコ、ヘラヘラ笑っている自覚があります。

私は、お見かけした方のような見事な千鳥足ができる自信はありません。

たま~にちょこっと飲むだけに、とどめていようと思います。

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2006年8月29日 (火)

うかつな「絶対」は禁止!

4年前、水ぼうそうにかかりました。

大人になってからでは大変と聞いていましたが、本当に大変。

お風呂に入っていて、体にポツポツと何かできているのを発見。

湿疹? いやだな。

翌日、増えている。

おかしい。これ、どこかで見たことある。

……。

アッ!

幼稚園時代、同じ組の男の子が見せてくれた水ぼうそうの痕に似ている。

明日、病院へ行こう。そう思って就寝。

朝、ものすごいかゆみで目が覚める。

全身かゆい!!!

鏡を見ると、顔が腫れ上がっている。四谷怪談のお岩さんのよう。

コメディ版だけど。伊右衛門、いないけど。いえ、伊右衛門は怖いから嫌だけど。

近所の病院へ行くと、あまりの状態に看護婦さんがすごく気遣ってくださる。

さらに院長登場。

女の子の顔にもし痕が残ったらいけない!

うちでうかつなことはできないからと、市立病院へ紹介状を書き、

電話で事情も伝えてくださるとのこと。

3時近くになっていましたが、市立病院へ移動。

普通その時間に一般の診察はないらしく、あきらかに迷惑そうな皮膚科医登場。

腫れ上がった顔より、前の病院の先生の、痕が残らないようにという発言への

不安より、「かゆい!!!」ことに不快な私。

医師は私を見るなり、「あらら~、こりゃひどいわね~!」

さらに、「アバタもエクボだから。絶対痕残るから!」を診察中4回もくり返します。

年頃の女性に対しての失礼な発言に、看護婦さんがハラハラして、

気遣ってくれているのがわかる。

むやみに争いたくない。大人気ない人と競ってはダメ。

ということで、怒りMAXな私は、

「絶対? 絶対って言ったわね。ホッホ~、絶対ひとつも痕残さないで

治してやるから、謝罪しなさいよ!」

と心の中で思いました。

なにより、かゆい!!!

これを解決したい。後はどうでもいい心境でした。

帰宅後、この話に母は、私が傷ついたのではと心配してくれましたが、ないです。

失礼な人にはめっぽう強いので。

その後1週間外出できず、薬を塗り続け、10日で完全に復活。

さいわい、痕はひとつも残りませんでした。

みずぼうそう騒動で学んだこと。

かゆみと怒りは最強。

よほどのことでない限り、むやみに絶対と言うべきではないのでは。

むやみな「絶対」はマナー違反だということ。

そして、最初の病院の関係者の方々、市立病院の看護婦さんの人柄から、

思いやり、温かさは人間関係の中で必要不可欠だと改めて感じました。

これは絶対です。

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2006年7月 4日 (火)

マイブーム、ラジオ体操

毎日「ゆる体操」を始めて8ヶ月。

すごい効果です。

極度の血行不良、冷え性は年中無休

真夏でも手足が冷たくて周りに「そんなにひどいの?」と聞かれるたび、

手を触れると「死んでるみたい」と言われる始末。

冬場はこれでもかっ! というくらい防寒してもガタガタ震えて過ごす日々。

それが!

今年の冬は特別防寒しなくても全然冷えない。

35.0度くらいの低体温が36.0度超え。人間らしい温度を体感。

なぜ!?

ゆる体操のようです。

これまでお灸に行けば、一向に改善しない血行にベテランの先生を悩ませて

しまった。

薬膳酒を飲んだら酔っ払う。

ちなみに下戸ではなく、お付き合いで飲まなければならないときには、

たしなみますが、日本酒は合わないらしいです。

この一件で酔うと笑い上戸になると判明。

強固なまでの血行不良がかなり改善。もっともっと改善したい。

ゆる体操、柔軟に加え、ここで新たなアイテムを投入。

ラジオ体操。

これなら気持ちよく、無理なく体を動かし、ほぐせそう。

子供の頃の記憶を辿り、チャンチャンチャチャンチャンチャンチャン~♪と

イントロから口ずさみ、かつ舌のいいおじさんの声を思い浮かべつつ、

イチ、ニ、サン、シ…と思いだせるだけやってみる。

おおっ、気持ちいい。わっ、楽しい。

ラスト、深呼吸を終えると頭もスッキリ。

侮り難し、ラジオ体操。

じわじわヤミツキになりかけています。

子供の頃、夏休みのラジオ体操はあまりきちんと参加していませんでした。

まあ、子供の頃はやらなくても、暇さえあれば野原を駆け回って運動していたから。

言い訳ですが。

ゆる体操にしろ、ラジオ体操にしろ、ヨガにしろ、ピラティスにしろ、

意識的に運動することは、大人にこそ必要!

そんな気がします。

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