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2008年8月30日 (土)

老若男女のマナー

公共のマナー、大人も直して

先日、新聞の投書欄で目にした中学生の女の子の投書テーマです。

彼女は、電車の中で年配の女性に席を譲ろうとした。

すると女性は、「そんなに年取ってないわ」と怒ったのだそう。

彼女はすごく嫌な気分になったといい、

日頃電車内で見かける大人のマナーの悪さを指摘。

大人は若い世代のマナーが悪いと言うが、自分たちはどうなのかと問いかけます。

そして、マナーは年齢に関係なく守る必要があるはず。

皆が気持ちよくすごせる環境をと願っていました。

彼女の言うとおり、マナーを大事にすることに年齢は関係ない。

老若男女、すべてが大事にすべき。

まず大人がきちんとマナーを大事にしなければ、

小さな子や若い人たちにマナーの心、マナーの意義が届かない。

ましてや、優しさからの行動に噛み付くのは違う。

彼女は悪意で声をかけたのではない。

女性が何歳くらいの方なのかわかりませんが、

彼女の親と同じくらいの年代か、親より年上と思われる人だったとしたら。

彼女がそう判断したとしたら、目上を敬う意味で譲ろうとしたのではと推測。

そう考えたら、優しい子ではないですか。

もし、女性が(私は元気だから、譲ってもらう必要ないわ)と思うなら、

言い方があったのでは。

女の子の気持ちを酌んで、正しい行いをした誇りを守る対応があったはず。

まず優しい気持ちに対して「ありがとう」と感謝を示した上で、

「譲っていただかなくても大丈夫よ」とやんわり辞退すればいい。

皆が気持ちよくすごせる環境。

まず大人が公共のマナーを大事にしなければ。

ただ1つ、女性の気持ちも察します。若さ至上主義の世の中ゆえに、

年齢に対してついピリピリしてしまうのでしょう。

そんな必要がなくなるよう、

“年齢に対する考え方、人が歳を重ねていくことへの感覚”、

社会全体で、変わっていかないと。

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2008年8月27日 (水)

得手不得手

知り合いが、

「掃除機のゴミパックの付け替えが難しい」

と言うので驚いたことがあります。

とても頭がよくて、話は理論的でわかりやすく、

雑学にも長けている方なので、意外でした。

フタを開けて付け替えるだけなのに。一体何に悩むのかしら?

聞いてみると、新しいパックを装着するときに、

うまく取り付けられず、なかなか固定できないらしい。

何度かやり直しているうちに、「あ、出来た」となるらしく、

今なぜ出来たのか、その前と何が違うのかがわからず、

次にまた苦戦するとのこと。

現場を見ていなくても、なんとなく想像がつく。

紙パックのボール紙でできた板の部分を、掃除機内の取り付け口に差し込むための

溝があるから、それに沿って差し込めばすんなりできると思いますよ。

と進言。

一瞬「?」という感じでしたが、すぐに答えを得たらしく、

「なるほどね~、だからか」と納得されました。

その方は、家のなかのこと全般に苦手意識があるそう。

人の意外な“苦手”を聞くと、得手不得手ってあるなぁとしみじみ。

話術があり、人との交渉ごとが得意な人が、

ひとりでする細かな作業が苦手だったりする。

度胸のいい人が、虫だけは大の苦手で、虫退治が出来なかったりする。

でも、万能である必要はない。

得手不得手があるから、自分を活かせる道を人は探す。

仕事でも、趣味でも。

得手を活かすことができれば、生き甲斐が持てる。

不得手部分は、誰もがお互いさまで補い合えばいい。

それをうまく循環するのが“社会”というところ。

だから、社会と関係ない人などいなくて、誰もが社会を大切にする担い手。

誰もが社会を考える責任を持っている。

苦手だなと思う人でも、見知らぬ人でも、

気づかない場所で、自分の不得手を補っている人かもしれない。

自分の得手を活かすことが、誰かの不得手を補っているかもしれない。

「社会と私」を、

そういうところから見てみると、おもしろい気がします。

ちなみに、私は針仕事が不得手です。

マルチカバーや風呂敷など、簡単な直線縫いのものしか出来ません。

自分で服や小物を作れたらどんなにいいか……。

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2008年8月25日 (月)

チャの木

365日、欠かせないもの。

お茶。

気持ちを休めるために、わずかでもお茶を楽しむ時間を持つようにしています。

先月、友人から台湾土産にと烏龍茶をもらいました。

ほんのりとした香りにマイルドな口当たり。

とても好きな飲み心地を長く楽しむため、ティーキャニスターでしっかり保存。

週に1回だけ飲むことにしています。

烏龍茶葉の缶には、淹れ方の説明が丁寧に書かれており、

そのなかに、「茶葉発酵度35%」と記されていました。

お茶は、紅茶でも日本茶でもみな、もとはチャの木。

チャの木からお茶を作る製法の違いで、

チャの木の生葉を発酵させる「発酵茶」。

生葉を発酵させない「不発酵茶」。

その中間的な処理の半発酵茶と別れる。

紅茶は発酵茶。

日本茶は不発酵茶。

烏龍茶は半発酵茶。

烏龍茶は半発酵茶なので、どのくらいの発酵度かを明記してあるのでしょう。

同じ木から作られるのに、製法の違いで別物のお茶になるおもしろさ。

さらに、紅茶や日本茶と一口にいっても、様々な種類があり、味わいがそれぞれ違う。

烏龍茶葉の缶に、丁寧に発酵度が記されているのを見て、

改めてお茶の世界の奥深さ、おもしろさを感じました。

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2008年8月23日 (土)

現代の大和撫子

木曜日、見事に金メダルを手にしたソフトボールチーム。

連日の試合で疲労は極限ではないかと思うも、試合中の選手たちの顔は、

力強い目が光りを放つ。最後まで全身全霊で戦った彼女たちの勇姿は、

男前ならぬ女前!

テレビの前で勝利を祈りながら観戦。

おおいに楽しませてもらい、感動。

昨晩の「報道ステーション」を見て、再び感動。

ソフトボールチームの特集の中で、“16人目の選手”の存在を取り上げていました。

16人目というのは、アキレス腱のケガで北京を断念せざるを得なかった、内藤恵美選手。

彼女は、スタンドで試合に“参加”。選手たちに声援を送ります。

決勝当日、同じポジションの西山選手に声をかけ、カードに書き込んだメッセージを渡す。

カードが映っていましたが、実に細やかで力強く、あたたかいメッセージ。

彼女の人柄が伝わります。

いざ、決戦。

選手たちの手首には、内藤選手の背番号「6」のリストバンド。

そして全員、内藤選手がデザインして作ったというお守りを身につけて試合に臨みます。

「内藤さんのために」、「内藤さんと一緒に」そういう思いで。

そして、勝利。

選手たちはスタンドの内藤選手に駆け寄り、

お守りを握りしめながら、「内藤さんのおかげです!」と笑顔で呼びかけます。

記念撮影時、選手たちの手には首にかけた金メダルと内藤選手のお守り。

そして、内藤選手のユニフォームを掲げることで、

彼女と共に勝利チームとして写真に納まっていました。

その表情は、試合中の女前な勇姿とは違う、女性らしいやわらかな笑顔。

選手全員が信じ合い助け合い、チームメイトのためにがんばった。

16人目の選手のために、16人目の選手と共に戦った。

大和撫子だわ、と感動。

もはや大和撫子という言葉が死語のようになっている感があります。

しかし、じゃあ大和撫子ってどういう女性のあり方なのか。

極端に考えすぎず、昔ながらの女性のいいところと、

今の女性の持ついいところを合わせた、

「現代の大和撫子」のあり方があってもいいのでは。

それを構築していけたらいいのでは。

彼女たちを見ていて、改めてそれを考えました。

現代の大和撫子は、

強くて思いやりがあって、愛情深い「for you」な女性でなきゃ。

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2008年8月20日 (水)

未然行動という責任

責任っていうのは、何かが起こってからとるもんじゃない。

何かが起こる前に動くことだ!

ドラマ『太陽と海の教室』での、織田裕二さん演じる教師の言葉です。

言われてみればその通りと思い、ハッとしました。

故意ではなくても、悪意がなくても、

何かが起こってしまったら、責任をとらなければいけない。

ただ、“何か”に対して、早く対処しておくことで、“起こるべきではないこと”を、

未然に防ぐことができるかもしれない。

とすれば、「何かが起こる前に動かなければ」。

ストーカー事件をはじめ、身の危険を感じて警察に相談しても、

「事件が起こってからでなければ動けない」とあしらわれてしまう。

そのために事件が起こり、最悪の結末を迎えてしまう。

そういう話をニュースで知るたびに、やるせない気持ちになります。

事件だけではなく、生活の中には、大なり小なり責任がある。

責任を取りたくないから、“何か”をやらないのではなく、

“悪い何か”にならないよう、“悪い何か”が起こらないために、善処する。

同じエネルギーを使うなら、そのほうがいい。

それをドラマに教わった気がします。

心がけます。

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2008年8月18日 (月)

北京オリンピック

感動。

見ていて気持ちがいい。

連日、熱戦が繰り広げられている北京オリンピック。

各種目の選手たちのがんばり、勇姿に感動をもらい、

勝ち取ったメダルに拍手。

そして、今回見ていて嬉しかったもう1つのこと。

選手たちの素晴らしさ。

試合後のインタビューでの受け答え。

全体的に言葉遣いがきれい。謙虚。そして、

皆さん共通して、支えてくれた人、応援してくれた人、

テレビの前で応援してくれている日本中の人への、感謝を必ず口にしていました。

おそらく、日本中でたくさんの子供が選手たちの活躍を楽しみ、感動していると思います。

テレビに出ている人の言動が、子供に与える影響は大きい。

今のテレビは、普通に話す言葉がひどすぎる。

良識を疑いたくなる言動が多すぎる。

選手たちを見つめる子供たちが、素晴らしい姿に憧れを感じるなら、嬉しい。

光りが見える。そんなことを考えました。

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2008年8月11日 (月)

理想の暮らし

理想の暮らし、清貧。

ずっと以前、水上勉さんの本の中で“清貧”という言葉と出合いました。

(あ、いいな)と感じ、背筋がピーンとなった記憶があります。

清貧。

最初は、モノクロ時代の映画に出てくる暮らしをイメージ。

イメージには、原節子さんをはじめ、当時の女優さんの品のいい立ち居振る舞い、

美しい言葉遣いがセットになって浮かびます。

現代に欠けているけれど、必要なものでは。

そう思い、いつしか、清貧は私の中で理想となっていきました。

高度経済成長前の日本社会を映す映像、ニュース、書物。

それらに触れて気づいたこと。

品格とは、暮らしの中から生まれるもの。

贅を望むのではなく、質を求める暮らし。

審美眼を鍛えて、シンプルに質素に暮らす。

丁寧に日常を紡ぎ、文化を大事にして心豊かに生きる。

そのためには工夫がいる。

自分なりの考えがいる。手間ひまもいる。

それこそが、現代に必要であり、最も品格ある生き方ではないでしょうか。

頭を使い、感覚を鍛え、清貧で上質な暮らしに辿り着きたい。

1週間、ブログを休み、来週の月曜日にまた更新する予定です。

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2008年8月 8日 (金)

残暑お見舞い申し上げます

昨日が立秋。

夏の便りが立秋を境に、

「暑中お見舞い」から「残暑お見舞い」になる。

暦の上では立秋を過ぎて残暑。

残っている暑さというより、今がピークのような気がする。

夏が終りに近づいているというより、真っ盛りのような気がする。

立秋と言われてもピンとこない。

昔の暦だから今に合っていない。

子供の頃、いえ、つい最近までそう思っていました。

7月、暑い季節になったから、

「暑い中、お見舞い申し上げます」だから、暑中お見舞い。

まだまだ暑さのスタートだから、暑い中、元気で過ごしてほしい。

どうぞお身体を大切に。

という相手への気遣いの心を込めて「暑中お見舞い」。

8月、暑さの勢いが増す。まだまだ暑い日が続く。

ということは、暑中ということになる。

けれど、最も暑いからこそ、“暑中”とするより、“残暑”としたほうが、

「暑さ寒さも彼岸までって言うし、暑さも残り少しかな。

もうすぐ秋の声も聞こえてくるかな」

便りを見てそんな風に感じられて、一時の涼を得られるような気がする。

昔の人は、もしかしたら、そういう願いを込めて、立秋を過ぎたら、

残暑、としたのかもしれない。

季節の便りはよくできているものですね。

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2008年8月 6日 (水)

天然アロマセラピー

香りの癒し。

夜寝るときなど、アロマポットで好きな香りを楽しんだり、

生活の中の香りで、ふっと癒される瞬間が好きです。

絶えず香りが漂うというよりは、一時ふわっと香るのがポイント。

ほのかに香る洗顔クリームで、顔を洗いながらリラックス。

ラベンダーのボディソープで、身体を洗いながらリラックス。

湯上りにつけるボディーローションやパウダーのほのかな香り。

仏壇のお線香から漂う白檀の香り。

洋服ダンスに入れている、防虫用の天然ヒバチップの香り。

収納箱からハンカチを取り出すとき、ポプリが香る瞬間。

バッグを開けるとき、中の匂い袋がわずかに香る瞬間。

布団を干した後のお日さまの香り。

今の時期は、布団に敷くイ草の香りや、

各種料理に合う摘みたてのシソの香りなども、心地好い。

洋服ダンスに入れる天然ヒバチップは、下駄箱や玄関に置いたり、いろいろと重宝。

先日、買い物中に各種天然ヒバ売り場に遭遇したので、少々買い足し。

ヒバチップの香りを嗅ぐと、ほんわりやさしい懐かしさを感じる。

木の香り→自然界を感じるからだろうと思っていましたが、もう1つ理由がありました。

子供の頃、近所に工務店があり、道に面した作業場の前で、

職人さんの作業を見るのが好きでした。

木材を扱っているから、作業場に木の匂いが漂っている。

それが心地好くて癒されたものでした。

様々な香りが好きな中で、木の香りに懐かしさを感じて落ち着くそのルーツ。

子供の頃の思い出にあったようです。

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2008年8月 5日 (火)

もうずっと昔のこと?

他界した祖父は大正3年生まれ。

ということは、祖父の両親は明治生まれで、祖父の祖父母は明治の初め、

ひょっとすると幕末あたりに生まれているかもしれない。

幕末。

そう遠くないご先祖様が生きていた時代だと考えれば、

歴史の中の話だけではなく、近くに感じる。

第2次世界大戦はもっと近い。

少し前、テレビの街頭インタビューで、63年前の戦争を、

関心なさそうに、「もうずっと昔のこと」だと言う男性を見ました。

もうずっと昔のこと? 

最近では、8月6日、8月9日に何があったのか。

8月15日は何の日か、認識していない人もいるらしい。

2度と戦争はしない、という誓いを、

一人ひとりが、しっかりと信念としてもっていなければいけないのに、

戦争の痛み、悲しみ、戦争に対する恐怖心などが、

遠いところに置き去りになってきている気がして怖い。

もうずっと昔のこと?

いいえ。

20年後、50年後、戦争がもっと昔のことになったとしても、忘れてはいけない。

もう戦争はあってはならないことだということは、語り継がれるべき。

2度と戦争はしないという誓いは受け継いでいくべき。

そう思います。

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2008年8月 2日 (土)

行楽のルール

夏本番。

様々なイベントが開催され、どこも大賑わい。

それゆえ、気をつけなければ危険も多い。

毎年都内で大々的に開かれる花火大会へ、

数年前に行ったとき、物凄い数の人が訪れていました。

来る時は、徐々に集まり出す人々も、

花火大会が終われば一斉に帰路に着くため駅へ向かいます。

一人ひとりがルールを守り、気を配りあわなければ、危険な状況。

誰かが身勝手に振舞えば大事故になりかねない。

家族連れで来ている人が多いので、子供もたくさんいる。

にもかかわらず、わがままに振舞う人がいるもので。

牛歩のごとく進む列の中、不平不満をくり返し口にする数人のグループがいました。

ようやく駅へ着いたとき、危険を避けるために、改札の入場制限をもうけていました。

不満グループはそれが気に入らないらしく、

「なんで区切るんだよ」、「どんどん入れたらいいじゃないか」、

「なんだよ、使えね~なぁ、駅員」とブツブツ。

駅員さんは事故が起きないよう、客の安全を考え、

細やかに注意を払い、汗だくになりながらフル回転しています。

実際、駅員さんたちのがんばりで、事故にならず、

確実に安全に人々は帰っていくことができたと思います。

行楽を楽しむには、ルール厳守! 思いやり必須!

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