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2008年5月30日 (金)

サウンドトラック

気合を入れたい! と思うとき、

音楽の力を借ります。

テンションをあげるロック、気持ちが軽やかになるポップス。

映画のサウンドトラックもよく聴きます。

中でもお気に入りは、

『シカゴ』のサントラ。

『シカゴ』は、映画が公開されたときにCMを見て、

絶対観に行かなければ! と感じて観に行きました。

そして、ハマリました。

キャサリン・ゼダ・ジョーンズの歌と踊りが、あまりにかっこよくて。

映画の内容自体は、恐ろしい女たちのゾッとする話ですが、

とにかく出演者たちの歌と踊りがいい!

舞台、歌、踊り。クラシカルなファッション。

好きなものだらけで、DVDでも観たりします。

よく聴くだけではなく、がんばりたいのに、がんばれないとき、

ゼダ・ジョーンズが歌う「オール・ザット・ジャズ」を聴くと、

少し強気になれる。

自信に満ちた、ド迫力の歌いっぷりは、

生きる上で必要な、許容範囲の図太さとフテブテシサを与えてくれる。

映画を観て音楽を気に入ると、サントラを聴く楽しみができる。

サントラを聴くことで、映画を堪能した喜びを、反芻することもできる。

これからも、いい映画とサントラに出合いたい。

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2008年5月28日 (水)

よい明日を

電車内。

考えてみると、不思議な空間。

見知らぬ人たちが、動く密室に乗り合わせている。

ラッシュ時は、身動きもとれない状態。

黙っておとなしく運ばれていく。

疲れて眠る人。

おしゃべりに興じる人。

窓の外を眺める人。

本を読む人。

暇を持て余し、キョロキョロする人。

仕事の資料に目を通したり、勉強をする人。

音漏れさせながら音楽を聴く人や、携帯に向き合う人。

お化粧をする人まで…。

この不思議な空間では、聞こうと思ったわけではなくても、様々な話が聞こえる。

聞きたくない悪口、噂話。

心があたたかくなるような話、会話。

こちらの想像を超えた発想で話を展開する女子高生の会話。

時々、ハッとするような気づきもある。

先日もありました。

読んでいる本が一区切りついたとき、

「よい明日を」

という言葉が聞こえました。

落ち着いたトーンのやわらかい口調。

素敵な表現だなと思い、顔を上げると、

少し離れた席に座る60代くらいの女性と、

電車を降りるらしい20代~30代くらいの男女の会社員らしきふたりが、

軽くお辞儀をし合っています。

「よい明日を」は、座席に座る女性がふたりにかけた言葉のようです。

たぶん別れ際の挨拶なのでしょう。

別れ際の挨拶にはいろいろありますが、

相手の明日がよい一日になるように、と願う言葉を渡せるって素敵。

3人は、面識があるのか、今乗り合わせで会っただけなのか。

間柄はわかりません。

いずれにせよ、耳にした別れ際の言葉は、

たまたま居合わせて聞こえただけの私にも、

一瞬、一日の疲れを忘れ、心地好い気分をもたらしてくれました。

「よい明日を」

なんてあたたかい心をサッと言葉にできる。

人として、女性としてそうありたいです。

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2008年5月26日 (月)

食を思って本を読む

今、食育の勉強をしています。

食べることが大好きで、食いしん坊。

だから、食についていろいろ知りたい。

そして何より、食は生きる上で欠かせない、重要、大切。

これまでも、栄養バランスには気を配っていたつもりではあります。

が、食についてしっかり学び、よりよい食生活を送りたい。

そう思って勉強していると、不思議なもので(いえ、必然?)、

食に関する情報が入ってくるようになる。

『「ナチュラル&オルタナティブ」ヘルスブック』(ほんの木出版)

という本に出合いました。

自然治癒力を高めることを考えるシリーズの本で、その中の1冊、

『「なぜ病気になるのか?」を食べることから考える』を読みました。

健康のための食事、免疫力を高める食事、症状別の食材の摂り方や、

食材の解毒・除毒の知恵などを知ることができました。

本の中で、食に関する本が紹介されており、

それらを読んでさらに食を学ぶ、という楽しみができました。

食いしん坊としては、紹介されている、

村井弦斎著『食道楽』(岩波文庫の復刻版)が気になる。

春夏秋冬の4巻に分かれた小説で、

600種以上の四季折々の料理や食材の話題が盛り込まれているそう。

600種以上の四季折々の料理……知りたい!

四季折々といえば、もう10年以上前に読んだ、水上勉さんの

『土を喰う日々―わが精進十二ヶ月―』も、大好きな“料理本”、“食本”。

昨日、久しぶりに手にとりました。

かなりのページにドッグ・イヤーでしるしをして、線が引かれており、

ざっとしるし部分を辿って読みました。

その中で好きな言葉を2つほど。

貧しいものでも、小さなものでも、まごころがあれば、

大きな、ゆたかな喰いものになる。これが人の行だ。

精進の極意は季節を喰うところにある

「まごころ」と「季節(旬・自然)と共にあること」

食育を勉強していく上で、自分の中にしっかり刻んでおきたい。

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2008年5月23日 (金)

紅茶の衣替え

真夏でも熱い紅茶を飲みます。

でも、暑くなってくると、アイスティーも飲みたくなる。

透明なグラスに注いだ琥珀色の紅茶。

グラスの中でキラキラ光る氷。

アイスティーを作るようになると、夏を感じる。

じんわり暑くなってきたこのごろ。

そろそろアイスティーを作ろうかと。

クセがなく、ライトな飲み心地の“キャンディ”という茶葉で淹れて、

ストレートで飲むことがほとんど。

気分次第で、アイス・ミルクティーにしたり、

アイス・フルーツティーや、アイス・ハーブティーにしたり。

紅茶はホットでもアイスでも、とにかくバリエーションが多くて楽しめる。

しかも、とても身体に優しい飲み物で、どんな料理ともマッチする万能選手。

(料理によって、ベストマッチな適温が違う)

1年中、欠かせません。

今年の夏は、デザート感覚のアイスティーも味わいたい。

ティーパンチやティーフロートを楽しんでみようかと思います。

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2008年5月21日 (水)

春夏秋冬

人生はよく季節に例えられる。

若い季節は春、青春。

やがて季節は移り、夏。

この時期は、人生真っ盛り、なんて言葉を耳にします。

春、夏と過ごしたら、秋が来るはず。

人生を季節になぞらえる言葉。

なぜか秋冬に関しては、パッと出てこない。

表現される言葉は、歓迎的ではない気がする。

なぜか?

やはり、若さ至上主義と関連しているのでは。

春や夏とは違う、秋冬のよさ。

秋だからこそ、冬だからこその素晴らしさがあるはずなのに。

「いつまでも青春」と、春にこだわらなくてもいいのでは。

秋冬には、秋冬のよさを味わわないと、もったいない……。

秋は収穫期。

春、夏を経たからこそ、育て上げた自分の収穫物がある。

それを堪能できる。

花で考えても、春は咲く。秋は染まる。

いいえ、誰か、何かに染まるのではなく、

自分のプロセスが自分を染める。

咲くのとは違う味わい。

素敵じゃないですか。

そして、冬。

草木が枯れ、冷たく張り詰めた空気が漂う。

その静寂の中、凛と佇む裸木は、どこか威風堂々としている。

修飾をいっさい除いた潔い美しさ。

そこにいるだけで放つ存在感。

厳しい気候の中で輝く、冬独特の美しさを魅せる自然。

それは、熟練された大人と通じるものがあるのではないでしょうか。

人生を振り返り、老いを、様々な思いを受けとめて時を過ごす。

寂寥を伴った荘厳な美しさ。

春や夏とは違う、春や夏にはまだ無い魅力。

やがて来る季節。

しっかり自分を収穫したい秋。

取捨選択し、シンプルに上質なあり方ができたらいいと願う冬。

そのためにも、時期的には夏だと思う現在。

熱さにへこたれず、しっかり実をつけていかなければ。

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2008年5月19日 (月)

砂場とプライド

先日のことです。

電車の窓から見えた公園の砂場で遊ぶ、小さな子たちを見て、思い出したこと。

幼稚園児のときのことです。

よく遊んでいた友達がいました。

ふたりで遊んでいるときは仲良しでいいのですが。

ただ、彼女はお兄ちゃんと妹がいて、3兄妹。

3人セットになると、なぜか意地悪をしてくる。

腑に落ちない。

意地悪するくらいなら、私と遊ばなきゃいいじゃない。

兄妹がいないと、また遊ぼう遊ぼうと言ってくるって、どういうつもりだろう。

何度も続くといい加減うんざりして、理不尽さを許せない気持ちがフツフツ強くなる。

4歳になるくらいの頃、母に、

「人には誇りがある。尊いもので、誰にでもそれを守る権利がある。

どんなときでも誇りを持って生きなさい。大切にしなさい」と言われました。

さらに、

「人の誇りを傷つけることは最低なこと。絶対にしてはいけないこと」

とも言われました。

以来、「プライド」にはこだわるようになりました。

さて、園児の私。

兄妹がいないと仲良くしようとするのに、

3人束になると意地悪されることに頭にきています。

納得できません。

どうしようかしら。

ある日、彼女と幼稚園の砂場で遊んでいるときのこと。

彼女は真っ白なタイツを穿いています。

彼女曰く、

「今日はよそいきのタイツなの。お母さんが絶対に汚しちゃダメって」とのこと。

絶対やってはいけないことを、やらかしてしまいました!

「ふ~ん」と答えながら、彼女のタイツに砂をかけて汚しました。

悪いです…、園児の私。このことに関しては本当に懺悔です。

砂がかかって汚れた白いタイツ。

彼女には衝撃です。ずっと泣いていました。

お迎えが来るまで、日が暮れて真っ暗な園のお庭でずっと泣き続けていました。

彼女の妹が私に、

「なにしたんだよ! 謝れ!」と言いながら、バシバシと私を叩き続けますが、

チラッと冷ややかな目で妹ちゃんを見るだけで、私は何も言いません。

悪いですね、私。思い出しでも恐い。

チビッ子だから出来たのだと思います。

今はとてもそんなひどいこと出来ません。

3兄妹には予想外だった私の反撃。

なぜ私が反撃したのか。自分たちが意地悪していたせいだと気づいたのか。

それで反省したのかどうかは分かりません。

ただ、その後、3兄妹の意地悪は一切なくなりました。

どうやら、私のことは、「怒らせたら怖い子」と認識したようです。

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2008年5月14日 (水)

十人十色のカレー

隠し味。

使う肉。

具の大きさ。

辛さの好み。

人によってあれこれ違うカレー。

隠し味にカカオはよく聞きます。

そのカカオ。何でとるかは人によって違う。

コーヒーだったり、チョコレートだったり。

乳製品なら、ヨーグルト、チーズ、ココナッツミルクなど。

その他、りんご、ハチミツ、醤油を少々などもある。

隠し味は何を使っているか、尋ねてみると、意外な発見があって楽しい。

使う肉も、牛、豚、鶏と作る人によってそれぞれ。

私は、豚挽き肉です。

そして、具。

具がゴロッと大ぶりなもの。

極力、具は少なくサラッとシンプルなもの。

好みとしては、具だくさん。

しかし、具は大ぶりではなく、具の姿はあまり確認できない見た目。

私は、カレーを作るとき、玉ねぎ、肉、ニンジン、じゃがいも、トマト、

ニンニクなどのスタンダードなものの他に、家にある野菜をふんだんに使います。

残り野菜もさばいてしまいます。

ブロッコリー、きのこ類、ナス、かぼちゃ、ピーマンなど。

トマト以外、すべてみじん切り。

ニンニクと玉ねぎをしっかり炒めて冷まします。

その間に残りの野菜をみじん切り。

みじん切りした野菜と、冷ましたニンニク・玉ねぎをミキサーに入れます。

適量の水を加えてミキシング。

トロッとしたら鍋に移し、赤ワインを入れて炒めた挽き肉、さらに適量の水、

月桂樹の葉を入れて煮込み、ルーを入れ、

隠し味を加えながらさらにじーっくり煮込みます。

野菜が多いとカレーの味を邪魔しない? と尋ねられたことがありますが、

そんなことはないです。美味しい自信があります。

このカレー。

野菜嫌いの人に、野菜への抵抗をなくす1つの試みとしておススメ。

ニンジン嫌いの友人は、「美味しい」と喜んで食べておりました。

我が家のカレー。

ベースは「具の見えない具だくさんカレー」で、

気分で肉を変えるというもの。

さらにカレーを楽しむために、もっといろいろな隠し味を知りたい。

隠し味は何を入れているか、ふと思い出したとき、人に尋ねています。

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2008年5月12日 (月)

鬼じゃないんだから

「スーパーのレジ袋は、ちゃんと断ってるよ!」

友人が言ったひと言。

なぜか、必死です。

一緒にご飯を食べに行ったとき、私のマイ箸を見て、

慌てて出た言葉が「スーパーのレジ袋は~」。

なぜ急にレジ袋の話をするのか???と思いながら、

「あ、そうなの」と答えると、ホッとした様子。

以前、彼女の家に遊びに行ったときにも、似たようなことがありました。

食事をご馳走になり、後片付けを手伝っているときのこと。

人様の家は、自分の家とは勝手が違うので、

「不燃ごみはどこに捨てたらいい?」と分別を尋ねると、

「あっ、ごめん!」と怯えます。

???

「えっ、なんで謝るの?」

「……、あまりちゃんと分別してないから……」

なるほど。いや、だからといって、なぜ私にごめん?

彼女曰く、私の家の細かく分別したゴミ箱を見て、

「偉いね、ちゃんと分別してるだ~」と言った彼女に対して私は、

「偉くなんかないよ、普通分別するでしょ」と答えたらしいのです。

それが恐かったと。

以来、彼女には、ゴミや環境に対して厳しい人と認識されているようです。

環境問題には関心があります。

これからもっと勉強しようと思っています。でも、

鬼じゃないんだから、恐がられるのは嫌だなぁ。

きっと分別の話をしたときの私が、

キツイ言い方や態度だったのでしょう。

短気は損気。

ものの言い方、伝え方は大事ですね。

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2008年5月 9日 (金)

十を聞いて一を知る

心地好いカルチャーショック。

「一を聞いて十を知る」しか考えたことがなかった。

何もかも聞こうとせず、要求せず、「察する」。

それを身につけることが大切だと思って生きてきた。

十を聞いて一を知る

雑誌『クロワッサン』のインタビュー記事。

憧れの岸恵子さんのお話の中に出てきた言葉です。

フランスのインテリ階級の人たちは、ちゃんと理解するまで何度でも説明を受ける。

豊富な語彙を駆使し、議論をする。

その姿勢を岸さんは謙虚だと仰る。

謙虚に、

十を聞いてもやっと一くらいしか分からないのだという精神を持ったほうがいいと。

一を聞いて十を知るというのは、早合点で軽率だとも仰っていました。

“察しの美学”というものがありますから、

一を聞いて十を知ることは大切なのだと思ってきました。

でも察するには、たくさんの思考が必要。

そのためには、一を聞いてパッと判断するよりも、

しっかりと十を聞いて、考えて答えを出すほうがいい。

そのほうが、“物事の本質を察する”ことができるのではないか。

察した上で、十を聞いてもそれはまだ一なのだとわきまえる。

これからは、それを大切にしたい。

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2008年5月 7日 (水)

ひと安心

連休前、口蓋にできた潰瘍のMRI検査を受けました。

今日、結果を聞きに行ったところ、

「腫瘍は無いので安心してください」とのこと。ただ、

潰瘍は小さくなってきており、状態も前回よりいいが、完全に消えたわけではない。

これは治さなければならない。

先生の見立ては、

・診察を受け始めて1ヶ月強、うがい薬しか処方していない。

・つまり潰瘍は、自分の力で小さくなってきた。

・このまま自然治癒力で治るかもしれない。

ということで、経過観察となりました。

少し間をおいてどうなるか。さらに良い状態になるかを確かめる。

そして最後にもう一度、細胞の検査をして、5段階評価の1か2、

安心のラインになればOK(自然に消えていくのだと思います)。

と、とても丁寧に説明していただきました。

どうやら自然治癒できそうです。

今回、最初は耳鼻科へ行って、炎症だと診断されました。

薬を処方されるものの、状態が悪化しているように思い、

お世話になっている歯医者さんに相談。病院を紹介され現在に至ります。

医者(病院)の選択の重要性。医者との信頼関係。

丁寧な診察と対話、説明の大切さを強く感じました。

そして、歯科医院の先生、現担当医師に感謝です。

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2008年5月 6日 (火)

私の1滴

9条世界会議に行ってきました。

5月4~6日、千葉県の幕張メッセで行われたものです。

その中の5日の分科会に参加しました。

9条世界会議は、

国際紛争解決の手段としては、武力による威嚇や武力の行使をしない。

戦争を永久に放棄する。軍隊や戦力を保持しない。

という憲法9条を、日本だけのものではなく全世界共有の財産としよう。

戦争をなくし、武力によらない平和を地球規模に!

と呼びかけるものです。

分科会に、エクアドルのコタカチ郡知事の、アウキ・ティトゥアニャさんが、

パネリストとしていらしていました。

様々なお話の中で、ハチドリが山火事を消そうとした物語を例に出して、

お話になる場面がありました。

ハチドリがちいさなくちばしで、1滴1滴水を運び、火事を消そうとする。

森の動物たちは、それでは火は消えないとバカにする。

けれど、ハチドリは言う。

「確かに私だけでは無理です。でもみんなでやれば火を消すことができるかもしれない。

私は、私ができることをするだけ」

以前からこのハチドリの話は好きでしたが、好き嫌いとは別に、

昨日はずっしり、しっかり心に届けられました。

世界から戦争をなくすのは、とてつもなく大変なこと。

太古の昔からくり返され、未だになくなる気配はない。

むしろ、厳しい状態。

だからといって、戦争をなくすなんて無理なんて思っては絶対にいけない。

戦争は悲劇しかない。

戦争は絶対反対。

そのためには、たくさんのことを知らなくては。

たくさん考えなくては。

ちいさなハチドリの言葉のように、私にできることをする。

戦争をNOだという考え、信念をしっかり持つ。

今回の世界会議に集まったたくさんの人。

今回会場に来なくても、戦争をNOだと思うたくさんの人。

「私にできること」をする1人ひとりがたくさんいれば、

「ひとり」の1滴も海になる。

私は1滴でもいい。

1滴を持つことが大切なんだ。しっかり1滴を持とう。

そう感じました。

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2008年5月 3日 (土)

おとなの歌

ドラマティック。洗練されている。粋。

そして、少し寂しくて、切ない。

“おとなの歌”のイメージ。

子供の頃に聴いて、よくわからないけれど、“おとなの世界”だなぁと感じた曲は、

寺尾聰さんの「ルビーの指環」

10代のときにカッコイイと思ったのは、

高橋真梨子さんの「ジョニーへの伝言」

そして3,4年前だったでしょうか。度肝を抜かれました。

ちあきなおみさんの「喝采」

聴き終わったとき、まるで1本映画を観たかのような気分になりました。

あまりに感動したので、ちあきさんの他の楽曲に興味を持ち、

聴いてみると、1曲1曲すべてがドラマティック。

ちあきさんの歌に出逢って、おとなの歌を聴く楽しさの入口をくぐったような気がします。

しかし、“おとなの歌”だなぁと思う曲。最近のものでは少ない。

去年、70年代の楽曲をあれこれと聴くようになって楽しんでいました。

最近は、さらにもっと昔の楽曲に興味があります。

洗練されていて、ドラマティックな世界に心が弾む。

もっとたくさん、昔の曲を聴きたい。

いや、おとなの歌を聴きたい。

音楽の楽しみがドッと増えました。

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2008年5月 1日 (木)

暗示?

先日、口蓋にできた潰瘍のMRI検査を受けてきました。

2月にも別件でMRIを受けたので、今年2度目。

MRIは検査部分の撮影をするため、横になって身体を固定される。

その際、技師に言われる一言、

「撮影中は動かないでくださいね」。

別に難しいことは何もない。横になってじっとしていればいいだけ。

それなのに、なぜか、無駄に緊張してしまいます。

いざというとき、アクシデントが起きたときの度胸はいいほうだ、という自負があります。

しかし、日常の些細なことや、人が気に留めないようなポイントで

緊張するタチといいますか、クセといいますか。苦手で。

今回のMRIでも、「動かないでくださいね」の一言がスイッチで、

「はい」と返事をした途端、のどが苦しくなって咳き込み出してしまいました。

普段、のどが苦しくなることなんてあまりないのに。

なんとか早めに咳を鎮め、撮影開始。

検査時間は30分ほど。

「動かないでくださいね」の暗示(?)で、無駄に緊張したせいで、身体に力が入り、

思いっきり肩がこり、就寝前のストレッチにいつも以上の時間を費やすハメになりました。

もっとも、検査の最後の方は眠ってしまいました。

緊張すら大雑把な結末。

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