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2007年11月30日 (金)

腕におぼえなし

筋トレするぞ!

年の初めにそう誓ったのに、あまりしないまま年末。

先日、反省して、軽くスクワットをしてみると、昔よりスムーズに出来ない。

ため息をついて、ふと中学時代の部活を思い出す。

テニスコートが雨上がりでぬかるんで使えない時。

体力づくりは、学校の外周(約1キロ)を5周の他、腹筋・背筋、腕立て。

正確には覚えていませんが、腹筋・背筋は各100回近く。腕立ては50回くらいだったはず。

この中の、腕立てが嫌いでした。

足は何キロでも平気で歩くので、丈夫さには自信あり。

でも、腕の力は、自慢できることではないですが、まったくなし。

学生時代、体力測定で計った握力は、右が12。左が10。

測定していた同級生に、「カマトトしないで、ちゃんとやって」

と突っ込みを受けましたが、私は全力で臨んでいます。

カマトトが顔を真っ赤にして、眉間にシワを寄せて、腕をプルプルさせる?

真剣だよ! とムカッ。悔しかった覚えがあります。

そこで頑張って鍛えればよかったのに、鍛えなかったから。

大人になって後悔することがありました。

以前、新幹線の車内で喉が渇き、買っておいたペットボトルのお茶を飲もうと思ったら。

開かない。しばしキャップと格闘。しかし、開かない。

仕方がない。近くの席に座っているビジネスマンの方に、ペットボトルを差し出し、

「あの、申し訳ありませんが、開けていただけないでしょうか」とお願い。

快く開けてくださり、感謝感謝でした。

と同時に、自分があまりにも情けなくて。

握力を鍛えなければ! と痛感。

調味料のフタなどは、便利グッズを使わず、ジタバタしながらなんとか開ける。

握っていると握力を鍛えられるらしいゴム製の丸い輪を、

時間があれば握るなどをしているうちに、徐々に握力アップ。

測定はしていませんが、自分が情けなくならない程度にはなっていると思います。

そんなことを思い出しながら、腕立ては今、どれくらい出来るかしらとチャレンジ。

2回で終了。

村上弘明さん主演の時代劇『腕におぼえあり』が大好きでしたが、

私は、腕におぼえなし。

「来年は」と言わず、今から筋トレしなければ!

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2007年11月28日 (水)

“まねぶ”と“らしさ”

“学ぶことは、まねぶ(真似して行う)こと”。

以前読んだ本の中に書かれていた言葉です。

「学ぶ」は辞書によると、

①教えを受けて、知識や技芸を身につける。

②勉強する。学問をする。

③経験を通じて知識や知恵を得る。わかる。

④まねる。

お稽古を始めると、まずは基本の形を覚える。

お手本に沿って身につけようとする。

そのためには、お手本を真似する。

モノマネ。真似事。

「モノマネ(ヒトマネ)じゃなく、オリジナルじゃなきゃ」

というように、まねることはあまりよく使われない。

真似ではないオリジナル……何か引っ掛り、違和感を持っていました。

はるか昔から人が存在している。仕事も生活も娯楽も、基本の型、

スタンダードなものはとっくに出来上がっている。

新しいファッションデザインは、服飾の歴史をヒントに生み出されるように、

確立した定番を軸に、いろいろなものが創作される。

大抵のことはそこにあてはまり、ヒントなし、

まったくの無から有の完全オリジナルは少ないのではないでしょうか。

オリジナルとしてはっきりしているのは、自分という人間は唯一無二であること。

自分が存在しているということは、既に“自分にとって”特別なこと。それ以上はない。

だから、大勢の中で平凡であることは、つまらないことでもなんでもない。

個性がなきゃと言われても、個人の性質はちゃんと持っています。

それで充分ですと、生意気なことを20代前半から考え出し、現在進行形。

価値観の問題かもしれませんが、個性的より、

様々なことのスタンダードをしっかり身につけたい。

平凡でも、いいものはいい。上質な平凡にしたらいい。

それに、真似るといっても、例えばお料理。

レシピが同じでも作る人によって微妙に味が違うもの。

お手本を見ながらお習字をしても、やはり人によって違う。

伝統芸能の歌舞伎。

市川海老蔵、中村勘三郎、市川染五郎など、歌舞伎役者は江戸の昔から、

何代目~と受け継がれている。

演目は同じでも、先代、先々代と現在の市川団十郎は違う。

そういうものだと思うのです。

自分というフィルターを通せば、真似てやってみたことでも、

手本にした人(こと)とは違うものなのだと思うのです。

完全に無から有のオリジナルではないけれど、“自分なり”。

“らしさ”って何だろうと、わからずにいましたが、

お手本を「自分」が真似てみて成った形が答えなのかもしれない。

成った形が私らしさ。

学ぶことは、らしさを知ることだと考えていたら、

学生時代もちゃんと勉強したかもしれない、惜しい。

……やっぱりしなかっただろうなぁ。

まあ、これからということで。

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2007年11月26日 (月)

カマキリ殿

吐く息が白い。

もう冬だなぁ~と、張り詰めた空気を感じながら自転車を漕いでいると。

右手ハンドル付近に茶色が見える。

ん? 葉っぱかな? とよく見ると、

茶色のカマキリ。

虫という虫すべてが苦手。

ギョッとして右手を離し、慌てて自転車を止めます。

カマキリ殿にはご退場いただかないと困る。

自主的には動いてくれないので、強制退場させなければ。

素手は無理。

自転車を止めた場所横の民家から、落ちている枝を失敬して、そっとつつく。

ビクともしない。少し強めに、エイッと押す。

ハンドルにぶら下がっているカマキリ殿の前足がハンドルから外れ、

ブラ~ンと身体がのけ反る。

でも一瞬。すぐにシュタッと元に戻る。そして、

思わず笑ってしまいました。

なるほど、蟷螂の斧だわと納得のポージング。

前足をボクシングのファイティングポーズのように構えて、

こちらをじっと見つめて威嚇。

その精一杯の姿がかっこよくもあり、かわいくもあり。

ご退場いただきにくい。

まあ、ハンドルに乗せたまま走るのは無理なので、

再度枝でつつき、無事地面に着地したカマキリ殿。

虫嫌いに舞い込んだプチハプニングでしたが、

威風堂々としたカマキリ殿の、蟷螂の斧ポーズは、

秋に別れを告げ、冬を迎える時期に、ささやかなショーでした。

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2007年11月24日 (土)

幸せに通じる

更新が遅れてしまいました。

どんなときも~どんなときも~♪

まずは、食べる。

ということで、前回、

食べることは、生きること!

ということを書きました。

と同時に、“人として”生きるためには、

食べることは、文化!

でもあると思います。

自宅でリラックスして食べる。

恋人、友人、家族と、大好きな人たちとの外食なら、オシャレをしたり、心が弾む。

仕事上の食事なら、緊張感が伴う。

と、TPOによって様々な感情で食事の時間を過ごす。

食事を楽しむ。会話を楽しむ。

器や、外食ならお店の内装、見える景色、

流れる音楽、店全体の雰囲気を楽しむ。

そのためには守るべきマナーがある。

また、食をとるためには、

穀物を育てる人。野菜を育てる人。家畜を育てる人。魚を獲る人。

“さしすせそ”をはじめ、調味料を作る人。バターを作る人。

調理器具を作る人。器を作る人。

などなど大勢の人の働きがあってこそ、料理をすることができ、

食事をとることができる。おなかも心も満たしてくれる。

やはり、文化。

「食べることは生きること」であり、「文化でもある」。

だから、食べることは幸せに繋がるというか、作り出すというか、

「食べることは、幸せに通じる」と信じています。

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2007年11月21日 (水)

まずは、食べなきゃ

食べることは、生きること!

しっかり食べてエネルギーを得なければ生きていけないので、欠かせない。

食べ物を口にしないと命が危ないということはもとより、

日常を紡ぐためにも、何かを頑張るためにもエネルギーが必要。

弱った気持ちも何か食べると、ポジティブになれる。

10代、20代前半くらいは、悲しいことがあったとき、悔しい思いをしたとき、

絶望したときすら、大泣きしたあとは、必ずおなかが空く。

猛烈におなかが空くので、泣きながらご飯を食べていました。

負の感情はエネルギーを消耗する。

気力を持てないなかで、おなかが空くということは、

良くない状況を打開したい人間の本能的欲求によるパワーなのだと、思い返して実感。

4年前、母が病気になって手術したときも、待合室でおにぎりを頬張っていました。

兄には「こんなときによく食べられる」と言われましたが、

こんなときだから、食べなきゃ看病乗り切れない!

今は風邪一つひけないんだから!

と、結局3つも食べました(3つは、エネルギーにしても食べすぎ?…やはり食いしん坊)。

元気があれば、なんでもできる

と、アントニオ・猪木さんが仰っています。

その元気のためには、食べなきゃ。

食べることは、生きること!

そして、できるなら、

活き活きと、自分を活かして生きたい。

まずは、食べなきゃ。

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2007年11月19日 (月)

盲導犬ピンバッチ

盲導犬を理解してもらい、支援を願うイベント。

所用で出かけたデパートで、開催されていました。

盲導犬育成の支援や、視覚障害を持つ方へのサービスを提供している団体が、

行っているというそのイベント。

5頭の盲導犬とPR犬がいて、触れ合うことが出来ます。

しっかりと訓練され、実際に盲導犬として活躍する犬たち。

吠えません。決して突然ひとに対して飛びついたり、ガブッなんてこともない。

初めて会う見知らぬ大勢の人々に囲まれても、興奮することなく、

穏やかに向かい合います。

私も、きれいな瞳でみつめられ、あったかいぬくもりを感じて触れ合いました。

売り上げの10%が盲導犬育成事業に寄付されるという、

盲導犬のチャリティグッズを販売していて、募金も呼びかけています。

募金をして、何か1つ買おうとグッズを見てみると。

携帯ストラップ、カレンダー、リボンマグネット、エコバッグ、ペンなど様々。

その中で、カバンなどにつけてPRできるピンバッチと、

かわいいパピー(訓練を受ける前の仔犬)の写真が表紙のノートを買いました。

その時にいただいたチラシによると、

現在(2007年3月末)、日本で活躍しいてる盲導犬数は全国で965頭。

対して、視覚に障害があり、盲導犬を希望している方は、7800名おられる。

全然足りない。

確かに盲導犬を街中で見かけることは滅多にない。

それではいけない。

また、盲導犬の育成は、ほとんどが支援や寄付で成り立っている。

!!!

集めた年金保険料は私利私欲の泡と消え、国のお金は納得のいかない使い道が多い。

その一方で、災害や薬害、企業優先による人的被害、必要な福祉は資金不足。

憤りを覚えずにはいられない。

帰りの電車の中でムカッとしてきたその時、

さっき触れ合った盲導犬のきれいな瞳を思い出す。

むやみにムカムカしても仕方がない。身体によくない。

出来ることは何かを考えようと、深呼吸。

とりあえず、ピンバッチを持ち歩いて、微力ながらPRします。

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2007年11月16日 (金)

師匠が走る前に

「師匠が走る12月。忙しすぎて倒れそ~」

以前、友達からきたメールです。

なるほど~、“師走”だから、師匠ねぇ。

うまいこと言う。

と印象深かったので、師走という言葉を目にすると、彼女のメールを思い出します。

確かに12月はいろいろと慌しく忙しい。

アタフタしている間に、気づけば残り数日。

お正月の準備、おせちを作って燃え尽きて、

クテッと疲れて、炬燵でぼんやりしながら年越し。

1年の締めくくりだから、気ぜわしいのは仕方がない。

にしても、少しゆとりを持ちたい。

あと半月で12月。

今年、やり残していること、やっておかなければならないこと。

年内に、きっちり済ますべき、あれやこれや。

師匠が走り出す前に、スタートしておこうと思います。

今年はゆったり、でもシャッキリした気分の年末にしたい!

そういえば、去年の暮れ、筋トレするぞ! と誓ったのに。

筋トレ、あまりしませんでした。

反省。

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2007年11月14日 (水)

オトナって

オトナって!

と言って子どもがバタバタするCM。

子どもが眠ったあと、夫婦でこっそりお茶漬けを食べる。

実は子どもは起きていて、美味しそうにお茶漬けを食べる両親を、

襖からそ~っと覗き、冒頭の「オトナって!」となるわけです。

何年か前に放送されていて、

「僕だって食べたいのに、大人ばっかりずるい!」

という少年の怒りがかわいくて好きでした。

先日、CMの少年とはまったく別の意味で、「オトナって」と思うことがあり、

久しぶりに少年のバタバタっぷりを思い出しました。

大叔父さまを伊豆に訪ねたとき、せっかくなので、大叔父さまと一緒に伊豆観光も。

祖父が子どもの頃遊んだという白浜海岸の水の美しさに感動。

裸足で歩いたので、水や砂の感触が気持ち好い。

下田の海を一望できるロープウェーに登り、

黒船が停泊した辺りも見ることが出来ました。

それから、水族館。

大好きなペンギンを見たり、ラッコ、エイなどを見て楽しみます。

そして、アシカショー、イルカショーを見物。

イルカショーの中で、飼育員さんが、

「これからお客様のどなたかに、イルカに指示を出していただきます」、

「指示を出してみたい方、いらっしゃいませんか」と尋ねます。

(やってみたい!)

と思うも、客席には、小さな子が何人もいる。

子どもが動物と触れ合うのは良いこと。

せっかくの機会だから、誰かチビッ子がと思い、

「はい! やってみたいです」とは言えません。

しかし、誰も手を上げない。

「今日のお客様は皆さま遠慮深いようで」と言いながら、

飼育員さんが一人の女の子を指名。

お母さんに連れられてステージへ上った女の子は恐る恐る指示。

途中泣きそうでしたが、ラストでは彼女にプレゼントが。

イルカちゃんが鼻先で運んできた小箱には、指示する女の子の写真が。

3つ、4つの指示の間に最初の指示を出す姿を、

係の方が写真に納めて、現像していたようです。

大きなイルカが怖そうでしたが、きっといつか、

いい思い出になると思います、なるといいなぁ。

となると、手を上げなくてよかった。

オトナって、

自分に子どもがいなくても、子どもが大事。

……チビッ子ちゃんがいなくても、なんとなく恥ずかしくて、手、上げなかったかも。

オトナって、いえ、オトナも素直さは持っていなくっちゃ!

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2007年11月12日 (月)

念願の

おじいちゃんができました。

祖父は私が2歳のときに亡くなり、父方の祖父とは縁がなく、

“おじいちゃん”を知らなかったのですが。

「叔父さんは、(母の)お父さんに似ているかもしれない」という母の発言がきっかけ。

祖父の郷里・伊豆に住む、祖父の弟である大叔父さまに、

会ってみたいと思うようになりました。

なかなか訪ねる機会が持てずにいましたが、先日ようやく行ってきました。

お昼前に伊豆に着き、改札を出たところでポンと母の肩を叩く人。

初めてお会いする大叔父さまでした。

満面の笑みで、よく来た! と迎えてくださいます。

お昼ごはんを食べて大叔父さまのお宅へ移動。

初めて伺うのに、不思議な感覚。

母の実家である横浜の親戚の家が大好きで、行くと心が和みます。

それと似た感じ。居心地が好い。

大叔父さまの奥さんである大叔母さまも、あたたかく迎えてくださいます。

ご先祖様、曾おじいさまの仏壇に手を合わせ、

祖父や大叔父さまの話をたくさん聞かせていただきます。

何度も何度も出てくる祖父への感謝の言葉。

そのたびに涙ぐむ大叔父さま。祖父が亡くなって30年。

兄弟の絆の深さがひしひしと伝わってきます。

写真でしか知らない祖父を、大叔父さまに感じることができました。

そして、兄弟助け合っていた歴史が、

祖父が家族を大切にしてきたことが、

母たち姉弟に受け継がれ、母はもちろんのこと、

伯母や叔父がくれる愛情になって、私を守ってきてくれていたのだと、

気づくことができました。

今回の伊豆行き。

私にとって、とても必要なもの、持つべき時間でした。

11月。祖母の命日が近い。

今のタイミングで祖父の郷里を訪れたのは、

祖母が持たせてくれた機会なのだと思います。

家族のたくさんの愛情に守られて生きているのだと感じ、

ひたすら感謝、感謝。

2日間ですっかり大叔父さまが大好きになり、帰りは名残惜しかった!

大叔父さまは力強く手を握り、あったかい笑顔で、

「兄さん(祖父)の代わりに、おじさんをおじいちゃんだと思えばいい!」

と言ってくれました。

ということで、大叔父さま改め、おじいちゃん。

また来年も会いに行きたいと思います。

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2007年11月10日 (土)

シークァーサー

お気に入りになりそうです。

母が沖縄の物産を扱うお店でセールだったからと、

ドサッと買ってきた、シークァーサー。

初めてのシークァーサー。

すだちと同じように料理に使うのかしら?

「身体にいいんだって」、「使い方はいろいろらしいわよ」と母。

そんなアバウトな。

とりあえず料理に使うことに。

①ささがきしたゴボウをサッと湯通し。

 水気を切り、ごま油で炒める。

 塩を適量ふり、パリッと仕上げる。

という箸休め料理にパセリを散らし、絞ったシークァーサーと、

塩少々を混ぜたものをかけて食べました。

ビタミンをいただいている♪ 感じがして結構満足。

②いわしを三枚におろし、塩コショウ。

 小麦粉をはたいて焼き、ジュッとシークァーサーをかける。

すだちと同じ使い方。マッチして美味しい。

③ドレッシングとして使用。

 「挽き肉をみじん切りした玉ねぎと炒めて保存しておくと、持ちがいい」と本で読み、

多めに買って3回に分けて使います。

1つは野菜炒めに、2つ目はサラダに、3つ目はそぼろに、という具合に活用。

そのサラダにシークァーサーを使いました。

フライパンでニンニクのみじん切りを炒め、そこに炒めておいた挽き肉&玉ねぎを

加えてワインと醤油各適量を加えてさっくり炒め、熱を冷まします。

お皿にレタスを適当な大きさに千切って敷き、プチトマトを添え、炒めたものを乗せる。

シークァーサーの絞り汁と、塩少々とオリーブオイルを混ぜたドレッシングをかけて、

食べました。

レモンかバルサミコ酢と、塩・オリーブオイルで作るドレッシング。

シークァーサー・バージョンも加えようと思います。

④シークァーサー・ティー

 ネットで調べてみたところ、グラニュー糖を入れるといいらしいのですが、

 紅茶に甘味を入れるのは好みではないので、ストレートティーに加えました。

 ローズヒップ・ティーのように適度な酸味で、

 しゃっきりしたいときにいいかなぁという感じです。

長くなってしまいました。

食いしん坊なので、食べ物のことになると、つい熱が入ってしまう…。

シークァーサー。

ビタミンが豊富で美容にいい他、疲労回復、発がん抑制、

血圧を下げるなどの効果があるらしい。

低血圧なので、これ以上下げたくはないですが、とにかく身体にいいらしい。

収穫時期が終わって、利用しているお店では果実は11月中旬で今年は終了。

知ったばかりで終了は寂しいですが、これが自然なんですよね。

果実はまた来年。あとは果汁のビンを買うかも…自然じゃないけど…、

せっかく気に入ったので、もう少し凝ってみたい!

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2007年11月 7日 (水)

メッセージカード

ありがとう、という気持ちをさりげなく伝えたいとき。

とても便利なアイテム。

メッセージカードや一筆箋。

季節もの、動物もの、和の情緒漂うもの。

ロマンティックでエレガントなもの。

ホッと和む、かわいらしいものと様々あって、選ぶのも楽しい。

楽しい時間を過ごした最後に、

「楽しかったです、ありがとう」と気持ちを。

本やCDなど、借りたものを返すときのお礼に。

ほんの一言二言の言葉を伝えるのに最適。

季節に添ったご挨拶、用件、余韻ある言葉を味わう手紙とは、

また違うよさ、おもしろさ。

旅館で仲居さんへ心づけをお渡しするときにも使います。

ポチ袋もデザインが色々あり、

「ほんの気持ちです」、 「心ばかり」など、

印刷されているものを活用するのもいいと思います。

私はメッセージカードに

「心ばかりですが ご笑納くださいませ」と書いて、

メッセージカード用の封筒に入れてお渡しします。

気軽に使えるメッセージカードと一筆箋。

そろそろ冬らしい、ほんわかとしたものが出ていると思うので、

チェックしにいかなくては。

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2007年11月 5日 (月)

ヒロインと笑顔

大人が選ぶ映画ヒロイン。

というテレビの特集を見ました。

以前、同じ番組で「大人が選ぶ映画ヒーロー」という特集があり、

面白かったので、ヒロインはどんな人が? とある程度予想しながら見てみると。

予想通り、オードリー・ヘップバーン演じる『ローマの休日』のアン王女でした。

納得。

他に、ビビアン・リー、ジュリア・ロバーツ、キャサリン・ゼダ・ジョーンズ、

マリリン・モンロー、アンジェリーナ・ジョリー、ジュリー・アンドリュースなど。

ベスト30に挙がったヒロインを見ていて思ったこと。

童話のヒロインとは違う。

ふんわり可愛い子じゃない。

王子様次第じゃない。

映画ヒロインたちは、皆強い。

そして、幸せを待つのでも、誰かが運んでくれるでもなく、

自分から探しに行く、掴みに行く、作り出す意識の人が多い。

男前ならぬ、女前?

悔しい思いをして、泣いて、悩んで、揺れて迷って。

もがいて自分と格闘して探し出した、心の“納得しどころ”で、

もろもろの“負の部分”を受けとめる。

生きたヒロインの笑顔は可愛いだけじゃない。

それゆえ人を魅了してやまないのだろうなぁ。

何もかも円満で、ハッピー・エンドでにっこり、でなくても。

切ない気持ちで。悲しみの中で。

過酷な状況に向き合うとき。

ヒロインは笑顔を見せる。

ヒロイン願望はありませんが、ヒロインたちから、

笑顔が持つ意味の深さを知った気がします。

笑顔の素敵な女性になりたい。

ちなみに、笑顔のお手本といいますか、

この人の笑顔は天下一品! と思う、憧れの笑顔の持ち主は。

今井美樹さんとジュリア・ロバーツ。

彼女たちらしい笑顔が大好きです。

私も、私らしい笑顔を築いていきたい!

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2007年11月 2日 (金)

ゆっくり、じっくりと

姿の渋さと、手に持ったときの適度な重み。

あ~、なんだか気持ちにしっくりきて、落ち着くなぁ。

先日の旅行で、旅館の部屋に用意されていた鉄瓶の話です。

お茶を飲み、のんびり鉄瓶を眺めていたら、

「“日本”って感じの道具だなぁ…好きだなぁ」としみじみ。

帰ってきてからも、ふと思い出す鉄瓶。

以前、籐の家具を作っている職人さんとお話したとき、

自分にしっくり馴染むものを、じっくり探すことが大切だと教えていただきました。

それを思い出し、昔ながらの日本の道具が気になり始めました。

洋食器が大好き。

雑貨屋に溢れる欧米の雑貨類も大好き。

見ていると、かわいいものにときめき、ロマンティックなものにうっとり。

楽しくてウキウキした気分になります。

一方で、和食器、和雑貨も大好き。

こちらは、やはりDNAということでしょうか。

見ていると、スーッと落ち着きます。

自室は和室で畳。ローテーブルに座布団。

着物を納めた茶箱。寝具は布団。用途万能な風呂敷。

お気に入りの湯のみ。茶筒、茶み。

今年、ほしかったつげ櫛を買ってから、ブラシを使わなくなりました。

髪を結い上げるにも、あれこれアレンジするにも、つげ櫛1本で。

生活に“和道具”が添っている。

だから、洋の道具にときめくのと違い、和道具は落ち着くのかも。

台所用品や日用雑貨、化粧小物など、調べてみれば、

魅力的な日本ならではの道具がたくさん。

籐家具職人さんの言葉のように、しっくり馴染む、ずっと愛していける物に出合いたい。

丁寧に手間をかけ、使うほど味わい深くなる道具。

長い時間をかけて、少しずつ、ゆっくりじっくり探していきたい。

選びに選んだ、必要な大切な物のみを、身のまわりに置く。

昔の人がしていた清貧な暮らし。

それが辿り着きたい理想です。

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