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2007年9月28日 (金)

私日和

事後承諾になります。

ブロ友、寝起きのパンダさんのブログをお訪ねしたとき、

“私日和”という言葉を目にして、

「あ、いいなぁ。素敵な言葉だなぁ」

と思ったので、使わせていただきます。

江戸しぐさを学んでいると、すべての軸は、要は、

「ひと在りき主義」。

高校生の頃に読んだ、灰谷健次郎さんや小池真理子さんの本が教えてくれたこと。

「ひとは生きているのではなく、たくさんのひとに生かされている」

一緒に過ごすことができなかった祖父の生き方。

「ひとに望むのではなく、ひとにできる事をする。私欲に走らない」

まだまだですが、そうありたいと。

“ひと在りき”

という軸を持てば、人間関係、良識、常識、マナーなどにあまり身構える必要はない。

今、クローズアップされている“品格”も、特別なことではない。

敷居は高くない。

時に失敗したり、誤解があったとしても、大丈夫。

で、

ひとを大切にする自分であるためには。

自分を愛することも大切。

甘やかすのではなく、自分づくりというか、自分を楽しむ。

それによって自分に余白を持つ。

「いかなるときでも、ひとを大切に」と言うのは簡単。

でも、心や体が悲鳴を上げていたら、やはりどこかにゆがみが生じる。

心と体にエネルギーを持っていたい。余白をつくっておきたい。

そこで、スペースづくりとエネルギーを貯めるために“私日和”。

私による、私のための1日。

思いっきり、出し惜しみせず、自分のために時間を使う。

そういう1日を過ごして眠り、朝が来たら。

“まずひと在りきで”、に戻る。

そうやって生きたいから、存分に私日和を過ごす。

私日和を持っていたい。

いよいよ楽しみにしていた「スペイン国立バレエ団」の公演。

存分に私日和を味わいたいと思います♪

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2007年9月26日 (水)

“あがりかまち、クリア”の法則

幸せが訪れますように。一緒に楽しく暮らそうね。

そんな願いをこめて“ハッピー”と名づけた犬。

CMで小雪さんが抱いている犬を見ると、思い出す。

子どもの頃のこと。

生後2ヶ月の白い仔犬。

知り合いから飼わないかと言われ、大喜びでもらいました。

まだ幼いので、庭の犬小屋ではなく、玄関に仮の住みかを用意。

学校から帰り鍵を開けるとき、玄関の中からク~ンと鳴き声が聞こえる。

パタパタと飛び跳ねる音がする。

かぎっ子としては、自分の帰りを喜んで迎えてくれることが、

無垢に甘えてくる小さな存在が、愛おしくて幸せでした。

が、1ヵ月後に発病。懸命に看病するも、ひと月後に亡くなりました。

後でわかったのですが、ハッピーを産んだ母犬が病気だったらしく、

出産後に亡くなり、生まれた仔犬も全員同じ病気で亡くなったとのこと。

幸せにと思って、ハッピーと名づけたのに…。

生まれたときから病気だったなんて! と、ハッピーの運命を思うと、

悲しさと悔しさを噛みしめました。

愛おしい仔犬が残してくれたもの。

今は室内で飼うのも、ごく普通ですが、昔は犬は犬小屋が多かった。

まだ幼いので部屋で飼いたかったのですが、許可が出ず。

母の言い分としては、日中誰も家にいない。

誰もいないのに、家の中につないでおくとかわいそう。

つながないでおいて、走り回って物が落ちてきたら危ない。

外で自然を感じながら過ごすのが、いちばんいい。

……ハッピーのためならと納得。

ということで、幼いハッピーは、ある程度大きくなるまでは、

と玄関の特設スペースが住みかになっていました。

玄関のあがりかまちは、仔犬にとって高い段差。

グンと立ち上がると、かろうじて前足が乗るくらい。

ハッピーはチョンと前足を乗せると、そのまま横歩きで移動。

玄関の角へ来ると、お尻を壁にトンと当て、反動で体を持ち上げ、

見事に上るのです。

そして、トコトコと駆け、愛くるしい笑顔で居間へやってくる。

上れないはずなのに、いったいどうやって? と不思議だったので、

決定的瞬間を見たときは感動でした。

かまちを上るのに、背が届かない→どうする→反動を利用する。

素晴らしい工夫の力。

時間がないなら、時間がないなりの。

お金がないなら、お金がないなりの。

今あるもので、今の自分で、というように、工夫する大切さ。

工夫がうまくいったときの達成感、楽しさ、充足。

小さなハッピーが教えてくれた、残してくれた工夫の力。

私の財産です。(活かせているかは、時々怪しい…)

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2007年9月24日 (月)

ヒーローズ

大人が選ぶ映画ヒーロー。

3週間くらい前でしょうか。テレビで特集していました。

1位は『パイレーツ・オブ・カリビアン』でジョニー・デップが演じた、

ジャック・スパロウ。大好きなジャックで納得。

他に、ジェームス・ディーン。スティーブ・マックイーン。グレゴリー・ペック。

ショーン・コネリー。シルベスタ・スタローンなどの名がありました。

ジョニー・デップは、私の中で別格なので置いておくとして。

映画ヒーローかぁ、と考える。

好きな俳優はたくさんいる。その中で“ヒーロー”というと。

ジャッキー・チェン。ジェット・リー。真田広之さん。

メル・ギブソン。デンゼル・ワシントン。金城武さん。

トム・クルーズ。ヴィゴ・モーテンセン。

などなど、映画ヒーロー多数でヒーローズ。

そして、スティーブ・マックイーン。

小学生のときにテレビで『タワーリング・イン・フェルノ』を観て、ヒーローになりました。

11、2歳で、確か40代後半だったマックイーンにノックアウトされた私。

今でいえば小学6年生の女の子が、

真田広之さんや佐藤浩市さんのファンになるようなもの。

ちょっと渋い選択かもしれない。

ひとつ気になったこと。

映画ヒーローのランキング、のはずなのに。

ベスト30の中に『羊たちの沈黙』のレクター博士が入っていました。

……レクター博士? なぜ? ヒーローではないでしょう! と納得できず。

他にも何役かヒーロー? と思うものがあり、

ヒーローの基準って何だろうと少々不思議が、疑問が残りました。

以上、ちょっとしたミーハー話でした。

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2007年9月21日 (金)

アトラクティブ・スマイラー

誰かを笑うことは意地の悪い行為ですが、

誰かと一緒に笑うことは、魔法の力を持ちます

オードリー・ヘップバーンのエレガントさについて書かれた本にあった言葉です。

“誰かを笑う”、“誰かと笑う”。

「を」と「と」の違いだけで、恐ろしく意味が違う。

誰かを笑う笑い。悪意や意地の悪さが表れた顔や声。

高笑いだったり、口の端が上るニヤリとした表情だったり。

そういう人を見かけると、下品! 醜い! と思います。

まだまだ未熟で、時にサラッと流せず、嫌悪が表情や口調に出てしまうことがあります。

しなやかに対応できるようになりたい。

と、私の未熟っぷりは置いておいて。

邪ではない笑い。笑顔。

ひとの笑った顔ってきれいだと思います。

“アトラクティブ・スマイラー”(心魅きつける微笑みをもった人)という言葉。

以前、雑誌で知りました。

孤児や何らかの事情で両親の保護を受けられない環境で育った子どもの中に、

しばしば見られるそうです。

みんなに好かれたい、気に入られたいという思い、

嫌われたらどうしよう、見捨てられたらどうしようという、

強迫観念のようなものからくるのだとありました。

微笑んだ顔になんとも魅せられる、というひとは確かにいる。

どこか切ない印象が伴うのは、プロセスの何かがそうさせるのかもしれない。

そう思うと切ない。

心理学や精神医学のことはわからないので、使い方が違うかもしれませんが。

邪のない笑顔。

幸せを感じての笑顔。

赤ちゃんの笑顔。そして、

誰かのために、愛情や思いやり、優しさから生まれる笑顔。

そういうものは皆、アトラクティブ・スマイルではないでしょうか。

ひとが経験した悲しみや切なさは、簡単に消えるものではない。

消えることはないかもしれない。

それでも、切ないアトラクティブ・スマイラーにも、

あたたかいアトラクティブ・スマイルが降り注いで沁み込んだら、素敵。

冒頭の言葉のように、魔法の力、生きる力になるものなんだと信じます。

「笑顔の魔法」。笑顔の力は大きい。

ひとからひとへ、あたたかいアトラクティブ・スマイルが伝わり繋がる社会。

少しずつでもそうなっていけたら。そう願います。

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2007年9月19日 (水)

スペインが呼んでいる、かもしれない

使いどころ、安心どころ

という我が家に受け継がれる法則にのっとって買いました。

10日間悩んだ末に、『スペイン国立バレエ団』の公演チケット。

新聞広告に“フラメンコ”、“ボレロ”、“スペイン”という文字。

観たい!……先月1本舞台を観たばかりだし、贅沢よね…。

いや、芸術にお金を惜しんではいけない。

と、行く、行かないを頭の中でくり返すこと10日。

普段、贅沢してないし、春先だったか、『アントニオ・ガデス舞踊団』は見送ったのだから、

今回はいいかな、と結論。

買うまでは散々悩んだのに、いざチケットを手にすると、

今月末に向けてテンションが上る。チケットを手に小躍り。ゲンキンな。

さらに、先週の新聞に映画の広告。

『サルバドールの朝』というスペインの映画。

すごく興味を引かれ、絶対観たい! と思いました。

スペインが呼んでいる♪ (という思い込み)

5,6年前から、理由もなく急に“スペイン”と思ってから、なぜかスペインに惹かれます。

大好きな“太陽”の国だからかしら。

もしくは、単なる気まぐれな思いつきかも。

実際にスペインに行くことはできないけれど、今年の秋は、

食欲の秋ではなく、スペインの秋になりそうです。

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2007年9月17日 (月)

ルビーの指輪

パールのネックレス、パールの指輪、ゴールドの指輪。

そして、ルビーの指輪などなど。

皆、祖父、祖母から母がもらったもの。

アクセサリーをあまり身につけない母。

ということで、自動的に私の元にやってきたアクセサリーたち。

ゴージャスに大きなものではなく、シンプルで小さな石でも、宝石は宝石。

石のついた指輪には、自分はまだ釣り合わないと思い、10代の頃には使えず。

20代も、数回しか登場せず。

まだ未熟ではありますが、30を過ぎてようやく、

少し肩の力を抜いて身につける機会が増えてきました。

ただ1つ、パールのネックレスだけは、まだOKが出せず、一切出番なし。

そんな中で唯一、釣り合うかどうか関係なく、20代の頃から度々出動している指輪。

祖母が母に贈ったという、ルビーの指輪。

母が大病して緊急手術したときをはじめ、その後、安心のための定期検査。

調子が悪いからと病院へ行くときなど。

そういう日に、ルビーの指輪を身につけます。

「おばあちゃん、お願い。お母さんを守ってね」という願いで。

先日も、調子が悪いというので検査。

いつもは、しんどそうだなと判断したときにだけ付き添っていたのですが、

今回は、顔色がよくなかったので「私も行こうか」と言う前に、

一緒に行ってほしいと母から言ってきました。

まずいかなぁという気持ちがあったのでしょう。

いつものように指輪を身につけ、検査前でお茶が飲めない母の代わりに、

縁起物でお茶を飲み、病院へ。

ポリープがあり、入院にはならず、日帰りで無事切除。

祖母が守ってくれたようです。

一安心で帰宅。しかし、私が貧血でダウンしてしまいました。

季節の変り目だというのに、油断していたかもしれない。

健康管理を怠らないようにしなければ! と、ただただ反省です。

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2007年9月15日 (土)

しがみつく相手

昨夜は、貧血でダウンしてしまい、更新が遅れました。

不届き者かもしれませんが。

特に何の信仰もありません。

お寺や神社が大好きです。

仏像に惚れ惚れします。

教会の建物や雰囲気も好きです。

十字架のアクセサリーが好きでよく身につけます。

日本文化は仏教と関連が深い。

西洋文化はキリスト教と関連が深い。

その他にも世界中、様々な文化は宗教的なものと関わりが深い。

そういう中で知る考え方や言葉は興味深く、心に残るものもあります。

ただ、そこから信仰しようとは思いません。

先月、新聞に興味深い記事がありました。

生まれたばかりの赤ちゃんは、本能的に母親の愛を信じ、乳房にしがみつく。

人間、こういう本能は一生続くのだろう、と書かれています。

さらに、「だから人はどうしても何かを信じる」と書かれており、

この先は、仏教について語られていました。

結びには「何かを信じて生きるなら、心の底から納得できるものを信じたい」

「無垢な赤ん坊だって、50年もたてば、しがみつく相手を自分で選ぶ」とありました。

人はどうしても何かを信じる。

……何?……何かあるかしら?……特にない…。

人を信じてはいます。人の言葉を信じます。力をもらえます。

それは“しがみつくもの”ではない。

記事にあったもので考える。

神、ピンとこない(私が“神”と思えるのは、すべての“自然”なので)。

社会、それは、ひとが紡いでいくもの。

地位・肩書き、興味なし。

その他は、何だろう。

仕事・夢は、信じるって話ではない。

お金、違う。

恋、これも信じる信じないとは違う。

考えてみると、結構難しい問題。

強いて信じていると言えば、「現実」と「時間」かな、と。

現実には嘘が潜んでいることが多々ある。

嘘の隠れた事実。手探りで掴まなければならない真実。

自分の考え・感覚が変われば、現実がガラッと違うものになることもある。

幸でも不幸でも、楽しくても厳しくても、一切関係なく進み続ける時間。

こちらには嘘がない。

決して時間が平等だとは思わない。

恵まれて時間を過ごす人もいれば、絶望の中で過ごす人もいる。

長く時を刻む人もいれば、志半ばで亡くなる人もいる。

不平等なものだと感じます。

嘘のない“時間”の中で、嘘を含んだ“現実”にしがみつく。

そのためには、自分が感じること・考え判断すること・選択することに頼るしかない。

ちょっと強引な結論。

強くもないし、欠点はどっさり。自信があるわけではありません。

それでも結局、信じてしがみつく相手は、私自身なのだと。

物事によって、歳月で考えは変わりますが、

きっとしがみつく相手は一生変わらないのだろうなぁ、という気がします。

と、本来はここまでだったのですが、昨夜の貧血で1つ追加。

しがみつく相手。健康!

アントニオ猪木さんがよく、「元気ですか~! 元気があればなんでもできる!!」

と、仰っていますが、あれ、真理ですね。

何をやるにもまず、元気がなくちゃ。

元気がなければ、頑張りたいことも頑張れない。

健康第一!

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2007年9月12日 (水)

モノは言いよう? 考えよう?

「ようは融通が利くからなんだよ」

少し前になりますが、今年の高校野球。佐賀北高校が優勝した勝因について、

お話されていた方々の会話の中に出てきた言葉。

電車に揺られながら、ん? どういうこと? と聞き耳。

曰く、

常連校のように、有名な監督ではない。

他県からスカウトしてきたエリートが揃っているわけでもない。

そこにはおそらく、常連校のような完璧なマニュアルはないだろう。

でも、選手が毎日一生懸命練習に励み、全体で勝った。

部員みんなの手作りの力。

ああでもない、こうでもないと努力して積み重ねたものが、花開いたはずだ。

必勝マニュアルがない分、その場その場で今、何をするのがベストか判断する。

すべきことが決定していく。

ということで、先の「ようは融通が利くからなんだよ」に繋がるらしい。

……常連校の生徒たちも、血の滲むような努力をしているに違いない。

高校球児は、みんな頑張っている!

を心にとどめた上で、おじさまたちのお話を考えてみる。

マニュアルは基本を作るために活用。指針となるものは必要。

その先は自分で考えて、基礎を応用しながら自分で切り拓いていけ、ということか。

如何ようにもアレンジができるよう、余白をもっておく。

そして臨機応変に進め、ということか。

うん、しなやかに生きるためには大切なことだわ。

と、ちょっぴり学生になって授業を受けた気分。

電車内は、いろいろな人がいて、いろいろな話をしている。

聞くとはなしに、聞こえてくる。

眉をひそめたくなるような話もあるけれど、

時々、知らなかったことを知ることがある。

ためになることもある。

本を読むのを中断して、ミニ講義受講。

ちょっとした融通?

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2007年9月10日 (月)

四季と地域と食べ物

まだまだ暑いですが、秋ですね。

秋になると食べたくなるもの。

栗おこわ。

地域によっては夏前に開催されるところもあるようですが、

秋といえば、運動会。

そのときのお弁当は、必ず栗おこわだったのです。

もう定番となっており、学生じゃなくなってからも、9月になると、

「ああ、そろそろ栗おこわだ」とワクワクします。

とてもわがままなこだわり。

栗おこわは、自分では作らない。

子どものころの思い出と、娘としての甘えです。

母の栗おこわが食べたい、と。

先日、豆類を収納している缶に、ささげが入っていたので、そろそろかなぁ、と期待。

四季折々、必ず食べたいもので季節を感じます。

春になると、「そろそろ筍だ。筍ご飯と若竹煮、作らないと♪」

夏には、スイカとトウモロコシに浮かれ、大量に買えるトマトに小躍りします。

自家製のシソを料理に使い放題♪

秋には、栗おこわ、ナス尽くし。

冬は、特に…あ、年末におせちを作って燃え尽きます。

また、日本全国、各地の話をするとき、最初にパッと食べ物が浮かんでしまいます。

北海道と聞けば、六花亭の「バターサンド」や、

旅の途中で立ち寄った市場の新鮮な野菜の美味しさを思い出す。

宮城県と聞けば、「萩の月」。

青森と言えば、りんごや、以前、母の知人からいただいた「いくらのしょうゆ漬け」が

美味しかったなぁと反芻。

山梨は「ほうとう」。栃木は「湯葉」が美味しかった。

京都は「おたべ」。広島は「お好み焼き」。

香川の「讃岐うどん」。福岡の「めんたい」。

パッと浮かんだものを挙げましたが、まだまだたくさん。

まだ知らない、土地ならではの食べ物「郷土料理」を知りたい。

決して、食いしん坊だから、だけではなく。

食は「文化」ですから。

なんて、言い訳…。

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2007年9月 7日 (金)

カラフル・ライフ?

人生色々

黒をとても素敵に着こなしている人を見ると、「すごい」と思います。

私は黒をオシャレに着こなす自信、まだ持てないので。

黒。

最もキツイ色だから、やわらかく、しなやかで凛とした雰囲気で着るのは、

かなりの難易度。

身につけないことはないですが、なるべく避ける色。

自信をもって黒なのは、髪だけ。

テレビや本で、美輪明宏さんが色の持つ意味をお話されているのを拝見してから、

“色と自分”を意識するようになりました。

身のまわりには、なるべく明るくてやわらかい色を置くようにしています。

自分の中に良心・やわらかさを育てられるように。

10代の頃、とても短気で、「アグレッシブで熱い」と友達に言われていました。

思い返すと、その頃に好んで身につけていたのは、キツメの色が多かった。

今でも基本は熱いですが、前面に出さないようになれたのは、

年齢のおかげと、色のおかげ。そんな気がします。

ファッション、インテリア、花、そのほか身のまわりに置く色と、

もっとうまく付き合いたい。そしてより良い生活にしていけたら。

余談ですが、よくバラ色の人生といいますよね。

ひと口にバラと言っても、種類も色もたくさん。

人生色々、バラも色々。

一番好きなのは白いバラですが、やはり種類は豊富。

目指すバラ、探ってみようかなぁ。

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2007年9月 5日 (水)

セルフケア・マネージメント

♪ある~日、森の中~、くまさんに~…♪

『森のくまさん』。

ストレスが思い切り溜まると、無意識に口ずさむ鼻唄。

この癖というか、シグナル。

なぜなのか、さっぱり理由はわかりません。

ストレスを感じたら、いろいろと解消しようとする。

その前の段階。自分のストレスに気づく。

以前はこれに鈍かった。

というより、子どものころから、大小関係なく、

アクシデントや問題は絶えずあるもの、と冷めた感覚だったことが1つ。

あまり身体が丈夫ではなかったので、ストレスで調子が悪いのかどうか、

判断しにくかったことが1つ。

そんなわけで、自分の体調の悪さやイライラと、

“ストレス”という言葉が結びつかなかった。

鈍い…。

自分とストレスが結びついたのはハタチを過ぎてから。

遅い…。

気づいたものの、上手くセルフケアができず、

今よりずっと、もてあましていました。

どうやってストレスを解消すればいいか。

自分に何をしてあげれば、心も身体も元気にしてあげられるのか。

試行錯誤をくり返し、解消法を探っていく。

20代後半には、ようやくストレスの度合いによっての解消法を持てるようになりました。

まだまだ上手くはありませんが。

日常の中で、自分の状態を把握してセルフケア、セルフコントロールをする。

これは自分へのエチケット。

また、ひとはたくさんの人の中で生きているのだから、他者へのマナーでもある。

もっともっと、上手にストレスと付き合って、

早め早めにセルフケアができるようになりたい! と願っています。

うまくケアできずにストレスが溜まり続けて危険。

という段階になると登場する鼻唄『森のくまさん』。

出没させないようにしないと。

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2007年9月 3日 (月)

脱力でスタート

ご無沙汰しておりました。

今日から復活します。またよろしくお願い致します!

さて、お盆前にサクッと32歳になりました。

特に何も予定の決まっていない日曜日。

今までなんだか誕生日は、

気合を入れなければ! 大事に過ごさなければ!

と、無駄に力が入って疲れることが多かった…。

新たな1年をいい年にしたい気持ちから、

スタートが肝心! と気負って疲れてしまう。

そこで今年は、“脱力の日”とすることにしました。

朝、日曜ということもあり、のんびりと8時半起き。

リラックスした格好で、ゆったり紅茶を飲む。

ストレッチをして、ぼんやりテレビを見て和む。

午後からちょこっと買い物に出かけ、万年筆と本とCD、

マルチカバーを作るための布を購入。

喫茶店で大好きなチーズケーキを堪能して帰宅。

こんな風に、なんてことない時間が、なんだかとても心地好い日でした。

新たな1年を脱力でスタートしてから、調子がいい!

長年、解決策が見つからずに困っていたことも、

サクッと良い方へ向かい出し、ほぼ解決のメドがついてきました。

気合が空回りしないよう、時々思いっきり脱力する。

気負いがあればあるほど、一旦、脱力するって大事なのかもしれない。

そう思った1年のスタートでした。

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