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2007年8月10日 (金)

またひとつ、ウェルカム

近々、年齢という衣装が1枚追加されます。

通算32枚目。

31枚目はきちんと着こなせただろうか。

……、反省点が多数。

もっと大事に出来たのではないか。

もっといろいろな着こなし方があったのではないか。

もう少し上手な使い方が出来たのではないか。

日々の様々なワードローブとのコラボレーション。

30枚ではわからなかった着かたや“自分”。

31枚目を自分のものにしたいと奮闘しているうちに、

知ったことや、見えてきたことがありました。

相性のいいもの悪いもの。

私とは合わないアイテム、私には必要のないアイテム。

31枚目がなければ気づかなかったこと、覚えなかったこともたくさんありました。

私の一部になった31枚目に感謝。

そして、

これから着かたを覚えていく32枚目。

1年後、「素敵に纏えたわ」と思えるように頑張りたい!

諸事情により、8月いっぱいブログを休みます。

9月3日より再開いたしますので、またご覧いただけたら幸せです。

みなさま、よい夏をお過ごしくださいませ!

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2007年8月 8日 (水)

指先の緊張感

どうしたら踊りが上手くなるか。

それは、指先までしっかり神経を行き届かせること。

どなただったか、そうインタビューに答えている方がいらっしゃいました。

聞いたのは10年以上前。

以来、踊っている人を見ると、指先の動きに目がいきます。

素敵だなと思うダンサーは、やはり指先の動きがきれい。

それだけれはありません。

指先に神経が行き届いている人は、腕、腰、足、視線、身体全体がしなやかで優雅。

そして、凛とした緊張感が漂っている。

そういう一流のダンサーは、ステージを降りても動作が美しい。

ただ座っている。ただその場に立っている。それだけで絵になる。

なぜだろう? と観察、分析。思ったのは、

肩の凝らない、心地好い緊張感。

並々ならぬ精進を重ねていることで、心身に沁みこんでいる習慣。

素晴らしいことは日常に取り入れてみる。

「立ち居振る舞いをきちんとしよう」と思うと、

習慣として身につくまでは、つい力が入りがち。

「きちんとしよう」という気持ちが緊張を生み、肩に力が入る。

これでは身体によくない。

身体が無駄に疲れては素敵じゃない。楽しくない。

立つ、座る、歩くなどの基本動作。

お辞儀、食事、物の受け渡し。物の持ち方、扱い方などなど。

日常の行動。まず、指先を意識の起点にしてみる。

指先の動作を丁寧に扱う。

指先を丁寧に、を習慣にする。

手の動きは目に入る。

雑に扱えば自分で気づく。きれいな動作が出来れば、気分がいい。

次第に指先の動きが優雅に思えてくる。楽しくなる。

1つ自信になる。

実際に指先に気を配るようにしていると、

末端から自然と指令が伝わるのでしょうか。

続け! とばかりに、肩の力を入れずに身体の他の部分も、

動作を指先に合わせてくる。

正式な食事のいただき方やお辞儀の仕方などを覚え身につけるためにも、

まず、指先の魔法を楽しんでおく。

心はリラックス。指先は凛とした緊張感。

それから“作法”に移ると、浸透しやすく、楽しいので習慣になりやすい。

日常という舞台で、優雅に踊るダンサーになれる指先の緊張感。

大事にしたい。

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2007年8月 6日 (月)

真夏の恐怖

丑三つ時の話ではなく。

夜風が気持ちいいな~と、のんびり自転車を漕いでいると。

「ダッ!」

バサバサバサバサという羽音と共に、頬に痛みが走ります。

カナブンあたりでしょうか。虫が顔に直撃。

毎年、夏はこの直撃に怯えます。

カナブンに体当たりされるくらいは、まだいい。

真夏の道で最大の恐怖、問題は、セミ!

よく木や電柱でバタバタ音を立てているので、

そちらに気をとられていると、地面からブワーッと飛び上がる。

当たりはしませんが、毎年必ずスレスレを通るのは恐怖。

毎年、夏が過ぎるまで「どうぞ当たりませんように!!」

と祈るばかりです。

丑三つ時ではなく、と言いましたが、真夏になると放送される怖い映画や怪奇特集。

お化け屋敷は一切怖くないのに、テレビで見ると怖い。

怖いのに見てしまう。

真夜中、暑さで起きたとき、何気なくテレビをつけたら、

稲川淳二さんが出ていると、バチッと目が覚める。

失礼ですが、話を聞く前に「怖い…」と思ってしまう。

なぜ、怖いと思うものを見てしまうのでしょう。

実際に自分でも心霊現象に遭遇したことはあります。

怖いことは怖かったですが、思い出しても「ああ、驚いたなぁ」くらい。

ホラー映画や怪奇特集の方は、フィクションなのに「ギャッ!」とのけぞって小さく悲鳴。

今年もテレビをつけて特集していたら、見てしまうでしょう。

ひとつ、勘弁してほしいこと。

怖いものを見ているときに鳴る電話。

これがある意味いちばん怖いかも…。

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2007年8月 3日 (金)

「それいゆ」の名のように、あたたかく

 もしこの世の中に、風にゆれる『花』がなかったら、

人の心はもっともっと、荒んでいたかもしれない。

 もしこの世の中に『色』がなかったら、

人々の人生観まで変わっていたかもしれない。

 もしこの世の中に『信じる』ことがなかったら、一日として安心していられない。

 もしこの世の中に『思いやり』がなかったら、淋しくて、

とても生きてはいられない。

 もしこの世の中に『小鳥』が歌わなかったら、

人は微笑むことを知らなかったかもしれない。

 もしこの世の中に『音楽』がなかったら、

このけわしい現実から逃れられる時間がなかっただろう。

 もしこの世の中に『詩』がなかったら、

人は美しい言葉も知らないままで死んでゆく。

 もしこの世の中に『愛する心』がなかったら、人間はだれもが孤独です。

大好きな中原淳一さんのお言葉です。

別冊太陽の「美しく生きる 中原淳一 その美学と仕事」という本で出合いました。

美しく語られているこれらのことは、とてもシンプルで力強い。

且つ、中原さんが、少女たちにたくさんのことを伝え導いていらしたという雑誌、

「それいゆ」の名のように、太陽のあたたかさを感じます。

語られていることは、どれも“生きる”のに欠かせないものばかり。

久しぶりに思い出して読み返したら、じんわり沁みる。

なんだか嬉しくなり、書かれている大切なことへの感謝の気持ちで載せました。

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2007年8月 1日 (水)

カイセキを解析して精進したい

食いしん坊の好奇心。

和食。

日本料理とひと口に言っても、

「本膳料理」 「懐石料理」 「会席料理」 「精進料理」と様々。

各土地土地の「郷土料理」もある。

旅に出ると、その土地ならではのものを食べるのが楽しみ。

カイセキリョウリ。

懐石と会席がある。

懐石料理は、元々お坊さんが修行の際、空腹で精神の集中力が落ちると、

おなかに温石(おんじゃく)といって温めた石をあてて、

空腹と飢えをまぎらわせたことが始まり。

そこから、お茶を飲むようになり、簡単な食べ物をとるようになっていったもの。

懐に石を抱いていたので懐石らしい。

会席料理は、会合の席で出される日本料理で、酒宴向けの料理。

江戸時代に料理茶屋が始めたもてなし料理が最初らしい。

懐石料理。

20代半ばくらいまでは、おとなの食事、豪華なものと思い込んでいました。

高級なお店などもありますが、基本的には高級食材を使っているわけでもなく、

栄養バランスがよく考えられた、実にシンプルな料理。

器の配膳は、取りやすいように考えられており、器に四季を取り入れたり、

デザインで遊ぶことで見た目にも楽しめるよう工夫されている。

特別な料理ではなく、日常の料理に十分使えるものなのだと発見。

少々食べ過ぎたかな、少し食費を抑えたいというとき、

精進料理を生かしたメニューにします。

精進料理は、肉や魚など動物性食材を使わず、野菜や大豆加工品、

海藻類で作るものなので、身体にも食費にも優しいので好きです。

それを懐石料理に倣って、器や配膳で演出すると、

少しのご飯もたっぷり堪能した気分。

和食の魅力。工夫の余地。

とても奥が深そうなので、楽しみたい!

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