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2007年3月23日 (金)

まずは小さな1歩、はじめます

何か違う気がする。

小学生のとき、道徳の時間に対して感じていたこと。

教科書を生徒に読ませ、マニュアルにある答えを導き出して、道徳。

マニュアルで道徳心?

空虚に思え、違う方法があるような気がしました。

高校3年の卒業論文。

小学生のときの疑問と、灰谷健次郎さんの本を読んで学んだことをもとに、

教育についてレポートすることにしました。

日本と世界の教育水準、現在の教育のあり方、重要視されている部分、

教育環境などを調査。

また、欧米でのボランティア精神の育まれ方、あり方。

ドイツでは、ゴミに対する意識を小さいうちから持つような教育が徹底している、

などを調べました。

習慣と環境が大切。

幼いうちは大人より先入観が入らない。吸収力・適応性がある。

例えば月に1日でも養護学校と交流を持つ。

課外授業で老人ホームを訪れる機会をつくる。

道徳の時間では、ゴミを含め環境問題を議論しあうなどをしてはどうか。

家庭で教えるべきもあるけれど、これらは学校だからこそできるのではないか。

集団生活でしかできないのではないか。

そうすれば自然に福祉の認識が身につくのではないか、というようなことを書きました。

これはうろ覚えですが、

主要科目の時間を削るわけにはいかないという意見がでるだろうが、

別の時間を持ち、気持ちを切り替えるほうが吸収率がいいとか、

頭がやわらかくなる(不確かです!)など、調べて書いた気がします。

現在の教育制度を批判するような形になってしまったので、

返ってきたレポートには先生から一言だけでした。

「確かに福祉は必要ですね。でも誰もがやる必要はないと思います」

アメリカでは社会的成功を収め余裕のある人ほど、社会に還元するのが当然らしい。

大企業の会長が休日にボランティアのイベントで、集まった人たちのために、

駐車場の誘導をずっと立ち通しでやったりするのだとか。

幼いときからボランティアは身近なもので、親しんでいるから、

習慣として自然にしみこんでいるからゆえでは。

私はボランティアは強制するものだと考えません。

特別なことをするのではなく、日常の中で自分にできることをする。

ただそれだけのこと。それがなかなか。

そこで習慣が大切なのではないかと。

強制ではなく、幼いときから慣れ親しめる環境をつくるのは、

大人の責任だと思うのです。

習慣を得た後、どうするかは個人の問題。

青臭いかもしれないけれど、とても大切なことだという気持ちは、

18の頃と変わっていません。

ハタチの1年間はボランティアをしていましたが、以来していません。

「日常でできることを」ということも久しく考えていない。

『ニワトリはハダシだ』を観て、10代の頃に考えたことを思い出したのはいい機会。

先月だったか、新聞でベルマークについて書かれていたのが気になっていました。

まず小さな1歩として、ベルマーク、集めようと思います。

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コメント

ベルマーク、私も集めています。今は甥っ子の為になっていますが、何もボランティアといっても、特別な事をしなくても、古切手を集めたり、ベルマーク(最近はプリンターの使用済みインクでも良いらしいです)を集めたり、地域の子供会の為に古紙やダンボールを・・・やろうと思えばいっぱい!
蓮さんの言われるように、まず小さな一歩から!

投稿: グッピーちゃん | 2007年3月24日 (土) 16時43分

グッピーちゃん、こんばんは☆
ふたつもコメントありがとうございます!
グッピーちゃんはすでにベルマーク、集めていらっしゃるんですね☆
ホント、特別なことではなく、日常の行動範囲でキョロキョロすればできることはある!
小さな一歩からはじめて、二歩、三歩を探していきたいです。

投稿: 蓮 | 2007年3月25日 (日) 01時43分

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