« 情緒かぁ | トップページ | 楽しい文化として »

2006年11月 3日 (金)

再度、リベンジのすすめ

最近、ニュースを見るのが辛いです。

連日、取り上げられているいじめ問題。

命を絶ってしまった子達の遺書。いじめにあっている人、あっていた人から、

番組に寄せられるFAX。

「迷惑かけてごめんなさい」「お荷物はもういなくなるから」

「このまま生きていて、いいのかどうか…」など。

あってはならない理不尽な目に遭ってしまっている状態で、人を気遣う。

そういうやさしい人が、純粋な人がどうして死ななければならないのか。

どれほど辛く、苦しく、絶望していたかを考えると、息をするのも苦しいほど、

辛くて涙が出てきます。

人格は、昨日今日でつくられるものではなく、

長い時間の積み重ねで構成されていくもの。

残念ながら、いじめをする人は長い時間をかけて、

腐った性根をつくりあげてしまっているので、そういう人を100%更生させるのは手遅れ。

それが現実だと思います。だから難しい問題なのではないかと。

以前、『リベンジのすすめ』というものを書いたときに、お話しましたが、

15歳のとき、人生でただ1度だけ、死のうと思ったことがありました。

(詳しくは『リベンジのすすめ』をお読みいただければ。ただ、私の場合、

友達はいい人だらけで、友達にいじめらたりはしていないので、

少しケースが違いますが)

そのとき、私が死ななかったのは「フテブテシクテ自分好きだから」「母娘の絆」

何より大きかったのは、「プライド」と「幸せになりたい」という強い想いです。

小学生になった頃から、母を守れる強い人になりたい。早く大人になりたい、

というのが自分の土台にあり、母娘二人三脚で生きてきたので、

私が今死んだら、母は救えなかったことを一生、悔いながら生きていくことになる。

母の人生を台無しにする。それはでっかいブレーキでした。

(実際は大人になっても全然守れていなくて、心配かけたり、

未だ、守られてしまっていますが…)

そして、バンザイ、自分好き。バンザイ、高飛車なまでのプライド。

そういう性質が私に絶えず、未来を夢見させ、希望を持ち続けさせてくれました。

「絶対幸せになってやる!」と。

その後、15歳のときに私を追い込んだ性質の悪い人たちとは関係無しに、

自分の身のまわりに起こったこと、自分の身に起こったことで何度も絶望しました。

私なりに地獄はありました。

でも、振り返ると、ずっといい友達がいましたし、根が陽気で図太いので、

いっつも笑っていました。幸せな未来を信じきっていましたし。

今もそうです。特に何があるわけでもなく、まだ望んでいて叶っていないこと、たくさん。

年齢的には揺れるお年頃。

しかし、揺れてはいますが、夢いっぱい。希望いっぱい。やる気、溢れまくっています。

きっとこのまま70歳くらいになっても、同じように前だけ見る、

夢見るファンキーな70歳の自分が予想されます。

叶っていないことが多いと、生きる甲斐も多いので、楽しいから、いいかなぁ。

と、自分の実感として、絶望することが起きても、それは永遠じゃない。

もがいて脱出すれば、その先が待っている。

一生その辛い場所で生きなきゃならないなんてことはない。

それでも耐えられないなら、周りにSOSすればいい。その権利あるんです。

その場から逃げたっていい。世界は広いんだから。

死を選択しないで、どうぞ自分をとってほしい。

生きていくことが最優先!

どうぞ、どうぞ、そう思ってほしい、とニュースを見ながら思う日々です。

話が長くなりましたが、19の頃だったと思います。はっきりは覚えていないのですが、

たぶん、自殺のニュースを見て書いた詩です。

ちょっと拙いですが、そのまま載せます。

「あなたを捨てないで」

あなたのハートを捨てないで

何か辛いことがあって 耐えられないのなら

少しの間 やめたらいい 休めばいい

そうできればきっと また何かやろうと思えるでしょう

そこに道が見えてくる だから

あなたのハートを捨てないで

あなたの鼓動を止めないで

迷惑? そんなことない!

頼っていいじゃない 

周りの人 

あなたが消えてしまうより ずっといいと思うはず

感謝の気持ちは 元気になれたとき

できるなにかをすればいい

「ありがとう」と言えばいい

真心 きっと伝わるから

急がないで 焦らないで

笑顔の未来を信じて

自分を選んで

あなたを捨てないで

|

« 情緒かぁ | トップページ | 楽しい文化として »

コメント

私は勇気がなかったので、死にたいと思ったことはあっても実行できませんでした。死ぬのが怖かったから。死んだら楽になると思っていました。でも死んだ後もつらいかもと思うと死ねなかったり。
今でもつらい現実から逃げたいと思うことがありますが、親より先に逝く親不孝だけはしたくないと思う心もあり、なんとかこの世でお世話になっています。
自分だけがつらいんじゃないとわかっていても、子供はどうして良いのかわからないのでしょうね。まわりにいる大人たち、そういう子供たちの事、気付いてあげられない、あげる余裕もないのでしょうか?自分さえ良ければよい、そういう人が多くなったのですね。悲しいけど、現実です。そしてこういうことを書いている私も、その一人。なかなか自分の事で精一杯で。

投稿: グッピーちゃん | 2006年11月 3日 (金) 20時46分

私は、辛いことがあっても、死にたいと思ったことは一度もありません。
だって、怖いから。
私も、自分が大好きだから。
たとえ、世界中の人が私のことを嫌いになっても、私は私が大好きだから、死なせません!
死ぬ勇気があるなら、なんだって出来る!
そう思って、負けないでほしいです。

投稿: ユリコ | 2006年11月 4日 (土) 14時53分

はじめまして。いつも閲覧させていただいてます。今回は共感したので
どうしても一言感想を残したくて・・。
私も昔は辛い事ありました、でもどんなに辛い事があっても死ぬという選択肢は無いと思っています。
だっていい友人と大好きな家族がいるから、それだけで幸せだし自分を大事にしたいから。もし今そんな子がいたなら
もう一度だけ考えて欲しいと願います。
傷つけられた人は人に優しく愛する事が出来る。これはあなたの力なんだ!
自信を持って生きて欲しい。そうすれば
絶対に幸せがそこにある!

投稿: 茶目太朗 | 2006年11月 4日 (土) 15時54分

グッピーちゃん、こんばんは。
子供のうちは、今置かれている時間が、すべてに感じてしまうのかもしれませんね。永遠に続くような恐怖を感じたり。選択肢がいくつもあることを、大人が教えて守ってあげないといけない。それはときに、逃げ道をつくってあげることではないかと思います。生きて笑顔になれること。絶対的最優先ですよね。


ユリコさん、こんばんは。
自分を大好きでいることって、おっきな力ですよね。自分好きはいいことだ!っていつも思ってます。
「世界中の人が私のことを嫌いになっても、私は私が大好きだから、死なせません!」。さすがユリコさん。その言葉、感動しました☆はい、私も私が好きだから、死なせません!
全国の死を選択しようとしている人に、そう思って生きてほしいと願います。


茶目太朗さん、こんばんは。
はじめまして。
訪問いただき、ありがとうございます。
茶目太朗さんが仰るように、命を絶とうとする前に、もう1度、考えてほしいと思います。未来があること。生きていると、幸せがあること。未来まで待てなくても、ほんの些細なことでも、踏みとどまれる何か大好きな人、もの、事。愛すべき何かがあるはず。最たるものは自分だと思いますし。
実感として、絶望って、悪いことだけではなく、乗り越えることができると、自分に与えてくれるものが大きい!それは幸せへと繋がっている。確信できます。
「これはあなたの力なんだ!」というお言葉にハッとしました。人はそういう素晴らしい力を持っているんですよね。その力に気づいて欲しい!

投稿: 蓮 | 2006年11月 6日 (月) 01時40分

おはようございます。
中学生って、感受性が豊かで、学校がすべて
みたいになってしまうところがあるのでしょうか。
私にも覚えがあります。
上の子が今、中学生なので心配でもあります。
悲しい事件のニュースを見るたびに「連さんの詩を読ませてあげたい!」って心から思っています。

投稿: 寝起きのパンダ | 2006年11月 6日 (月) 06時08分

寝起きのパンダさん、こんばんは。
どうしても学生には、学校だけが場所に思えてしまう子が多いのかもしれないですよね。
「違うの!そこは永遠に居続ける場所じゃないよ!」と伝えたい。大人が伝えないとって思います。
違う場所も、選択肢も大人は知っているのだから。

投稿: 蓮 | 2006年11月 6日 (月) 23時55分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/55128/4048362

この記事へのトラックバック一覧です: 再度、リベンジのすすめ:

» イジメを助長する行為 [七田式で右脳開発!!]
七田式で右脳開発へようこそこういうのはイジメ、もしくは「イジメを助長する行為」とは言わないのかな? http://www.youtube.com/watch?v=W6GowET2vGs お笑いなら何でも許されるわけではないし、そもそも、なにも面白くないぞ。これを笑っている人間の神経が... [続きを読む]

受信: 2006年11月 3日 (金) 21時33分

« 情緒かぁ | トップページ | 楽しい文化として »