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2006年11月28日 (火)

とか?

横浜帰り、東急東横線車内にて。

隣に座るハタチ前後とおぼしき青年。

携帯電話の着メロが鳴る。

「もしもしぃ? うん、うん」

話し始めるの?

聞くとはなしに、聞こえてくる会話。

「え?今?…自由が丘とか?」

自由が丘、とか。

とか?

急行との待ち合わせだったか、自由が丘に停車中。

明らかに自由が丘にいるわけです。

とかって、他にどこにいるわけ、と思ったらおかしくなって、

思わず笑いそうになる。失礼になるのでグッと堪えましたが。

日本語は、行間の素晴らしい言葉だと思います。

曖昧表現も好きです。

心豊かに生きるために、日常に文化は不可欠。

でも、きちっとはっきり言うべきものは、断定表現しないと。

メリハリがなくて、文化も活きない。

伝達事項も、曖昧をくせにすると、グダグダになる。

子供の頃、乱暴な言葉を使ったら、ものすごく怒られたので、

「大人で使っている人がいるじゃない」、と反抗したことがあります。

「土台ができていてシャレで使うのと、土台ができていなくて使うのとは意味が違う。

使い分けるって言うけど、土台がグダグダなら、使い分けてるつもりでも、

ごちゃ混ぜになるよ」

さらに、「そんなに使いたいなら、きれいな言葉を覚えることを諦めなさい。

恥をかきなさい」と一喝されました。

きれいな言葉は覚えたいなぁ、恥をかくのは嫌だなぁ。

ということで、土台作りをしようと反省しました。

今、オンとオフで言葉の切り替えをします。くだけた乱暴な言葉も使います。

たまにうっかり、きちんとしなければいけないときに、ポロッと雑な言葉になって、

「しまった!」と冷や汗をかくことも。

現代人が断定的にものを言わないのは、責任を負うことを恐れてのことだ、

と新聞か何かで読んだことがあります。

それが事実かどうかはわかりませんが、そこまで大きな話ではなく、

単純にくせではないかと。

もしくは、はじめからそういう言い方しか知らないのでは、という気がします。

「自由が丘、とか」のお兄さんも、場所くらい断定しようよ。

じゃないと、良い人かもしれないのに、見ず知らずの女に笑い堪えられちゃうよ。

なんて、大きなお世話なことを、車内で考えていました。

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