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2006年10月31日 (火)

実るほど

秩序として「立場」をわけて、上下関係があるのはわかります。

それがないと、混乱して差し障りがでることもありますから。

ただ、それは社会をうまく循環させるための「くくり」的なものであって、

人としての上下ではない。

年上を敬う意味での、敬愛を込めた上下はありますが、やはり人としての上下ではない。

年上でも尊敬できない人もいれば、年下でも尊敬する人はいますから。

相手のことを思って導く意味で、アドバイスをいただけるのはありがたい。

やさしさ、思いやりを感じます。

よかれと思っての発言と、そうでないものって、なんとなくわかりますよね。

人として上に立っている意識でものを言う。

「あっ、今バカにされてるな」と言われた人がわかるような態度。

社会とはこういうもの、という理屈は通らないマナー違反だと思います。

私が2歳のときに他界して、会うことができなかった祖父。

母が子供時代に見たという、祖父の話をしてくれたことがあります。

仕事が忙しくて毎晩帰りの遅い祖父。

会社の運転手さんが自宅へ送ってくださっていたらしく、

家の前に車が止まるとすぐ、祖父が祖母を呼ぶ。祖母は車の音がするとスタンバイ。

母が子供の頃は、バナナが高価なものだったらしく、

形として表わせるのは、時々しかできなかったようですが、

祖母は、バナナやらお菓子やらを手に玄関の外へ。

いつも深々と頭を下げて、当時出来る精一杯で、

夫婦揃って運転手さんに感謝していたそうです。

この話を幼い頃に聞き、会うことが出来なかった祖父を尊敬しました。

「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」ということわざ。

謙虚さと感謝は、最上級のマナーだという教えかな、と認識しています。

そういえば、3月に見た日本アカデミー賞のとき、

憧れの吉永小百合さんも、薬師丸ひろ子さんも、

スピーチがとても謙虚で美しかった。

大好きなジョニー・デップも傲慢さがない。

ビートたけしさんも、あれだけすごい人なのに、芸人さんが語るたけしさんは、

シャイでやさしさの溢れる人柄だそうで。

そう! タモリさんも偉ぶったところがないですよね。

これまで出会った人の中でも、素敵な方はみなさん謙虚。

魅力的な人はマナーに適っていらっしゃるんですね。

よし、がんばろう。

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2006年10月30日 (月)

過信、厳禁!

反省です。

何事にも謙虚であらねばと、改めて思いました。

生まれて初めて「親知らず」の治療中。

歯には自信あったのです。

子供の頃からほとんど虫歯になったことがなく、歯並びもいいと思います。

兄も私以上に歯が丈夫ですし、家系的にも自信ありだったのです。

ということで、これまであまり歯医者さんのお世話になることもなかったのですが、

2週間前から奥歯が痛い。気のせいだと思いたいけれど、痛い。

すごく痛い。先週、慌てて予約を取って行きました。

先生「ああ、親知らずだね。よし、処置しよう。ちょっと痛いよ」

ちょっとって、言ったのに。衝撃的に痛い。

少しバタッと動いた私を見て、「あはは、ちょっと痛いね」と笑う先生。

ですから、ちょっとって!

先生が仰るには、親知らずが悪くなるのは、疲れているとき。

ストレスがあるとき。喉の調子が良くないとき、などらしいです。

「全部だ…」とポソッと言うと、「全部か~」と返す先生。

ふたりで苦笑。

今日、2度目の治療に行ってきました。先週よりはましでしたが、

やはり、バタッとしてきました。

次の診察時に状態を見て、「親知らずくん」の進路を決めるそうです。

「まあ、抜くのがいいんだよね」とのこと。

先生、なら一思いに早く抜いてください。

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2006年10月27日 (金)

多面的な姿に憧れ!

うっとり、余韻が。

今日、南青山で開催されている「薔薇の秘密」展へ行ってきました。

薔薇職人の方々が、丹精込めてつくられている薔薇。素敵でした。

バラが好き! と単純に思っていましたが、知っている種類はわずか。

実にたくさんの種類があるんですよね。

会場中のお花がすべて素敵で、何度も行ったり来たり、ウロウロ、ウロウロ。

つい長居をしてしまったので、主催者・麻生さとみさんが、

バラの説明をしてくださいました。

これまで、姿が素敵、香りが好きとボンヤリ見ていたバラ。

会場のバラと、麻生さんのお話で、職人さんたちそれぞれのこだわり、

努力、情熱。そして、携わっていらっしゃる方々のバラへの愛情を感じて、

ますます好きになりました。

今回、バラの展示だけではなく、香りについても説明書きがあり、

6つの小瓶にそれぞれ香りのビーンズが入っていました。

どれもいい香りで、微妙な香りの違いが感じられて堪能。

会場で、「バラの香りのビーンズ」(6種類)が販売されていたので購入。

今、目の前に6種類のかわいいビーンズ。

そのカラフルなビーンズは、見ているだけでも口許が緩みます。香ってきそうで。

なんだか開けるのがもったいない気が。

未開封なら1年は香りが持続するそうなので、

今しばらくは、かわいいビーンズの姿を見るだけで楽しもうかな、と思います。

花は、目だけではなく、鼻でも、いえ、五感をしっかり働かせて、

観賞だけではなく、感じるものなんだとしみじみ思いました。

美しく、気高くの他に、愛らしさや、ときに親しみやすさもあるのだと発見。

多面的なバラの姿に、魅せられつつ、

女として、こんな風になれたらいいな~と憧れました。

余談ですが、白バラ、白木蓮、白梅、かすみ草、カサブランカ、

トルコキキョウなど、白い花に目がない私。

今日のバラが、どれも素敵な中で、やはり白いバラに吸引されました。

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2006年10月26日 (木)

今井美樹発

今さっき、録画しておいた「スタジオパークからこんにちは」という番組を見ました。

今井美樹さんがゲストだったので。

小学生の頃からファンなのです。

歌手としても女優としても大好き。

女性としても、歳を重ねるごとに美しさを増す姿に憧れています。

雑誌インタビューなどは拝見していましたが、長いことファンなのに、

じっくりと語られているのを聴くのは初めて。

いろいろ発見。

司会の方の問いかけにひとつひとつ、丁寧に、きっちり答える。

音楽がとても好きなのだろうということは感じていましたが、

熱い思いを語っていらっしゃいました。ファンとしては嬉しいところ。

そして、番組を見て思ったこと。

なんて真摯に、全力で生きている人なのだろう。

きっと1日の終りはヘトヘトなんじゃないかしら、と心配になってしまうほど。

はたと、自分を省みて考えてみました。

高校を卒業したばかりの頃、ズドーンと気持ちが落ち込んでいて、

何もかもどうしたらいいのか、わからなくなっていたときがありました。

そのとき、ありがたい出会いが。

人生のターニングポイントといいますか、その人がくれた言葉の数々は、

私を変えてくれましたし、自信と希望を与えてくれました。

それらの言葉がなければ、今日までがんばれたかどうか。

きっと人生の方向が全然違っていた…かもしれません。

お会いしたのは数回だけですが、大きな出会いでした。

今、お会いする機会はありませんが、感謝感謝です。

お元気でいらっしゃるといいな。

美樹さんの真摯な在り方を見て、言われた言葉の数々を思い出しています。

言われたことのひとつ、

「自分自身と向き合って生きなさい。嫌ってくらい徹底して自分を見つめるといい」。

自分が定まらないお年頃。ともすれば人と比較してしまいがち。

お言葉を信じて、自分と格闘していたおかげで、潰れないでいられました。

久しく「自分と嫌ってほど向き合う」ことを忘れていましたが、

もう1度、向き合ってみようと思います。

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2006年10月25日 (水)

そんなに冷たくしなくても

先々週、テレビ番組で、尾藤イサオさんがお嬢さんとふたり旅をされていました。

尾藤さん、ダジャレ連発。

ダジャレ。オヤジギャグとも言われますよね。

見ていて気づいたのですが、楽しくあろうとして、

場を和ませたくて言っているのではないでしょうか。

尾藤さん、ダジャレを言ったあと、お嬢さんの方を見て、ニコニコ。

キュートなひとだな~と、和みました。

ハタチの頃、喫茶店でアルバイトをしていました。

常連さんが多かったので、注文や対応を覚えてしまいます。

うたた寝をしていらっしゃる方には、起こさないように頃合をみて、

おしぼりを置いておく。

同じコーヒーでも、あるひとはミルク抜き、あるひとはスプーンを使わない、など。

なかに、ダジャレの好きな方がいらして、時折、ニコニコをダジャレを言ってくる。

あるとき、ココアを注文され、「お待たせしました」と運んでいくと、

ニコッと微笑まれる。ニコッと微笑み返すと、ひと言。

「ココア(ここは)どこ?」

おおっと、と思いましたが、内容はともかく、嬉しそうな笑顔に笑わされました。

オヤジギャグと言って、冷たくあしらわれてしまう節がありますが、

そんなに冷たくしなくても、と思います。

小さい頃からお笑いは大好きです。それなりのこだわりもあります。

だから、ダジャレがおもしろいとは言いません。

でも、それを言うひとは、愛すべき気持ちを持っているような気がします。

「美味しい」「素敵」「素晴らしい」など、心地いい表現がたくさんあるのに、

「ヤバイ」というより、100倍いい。

噂話や中傷、人を貶めることで笑おうとするより、ずっとずっといい。

本当におもしろいと思っている場合…は置いておくとして、

場を和ませようとして、よかれと思って言う場合は、素敵です。心根が。

ダジャレを受けるときに、雰囲気をよくしようという心をキャッチできる。

受け取って、一緒に和やかな場をつくれるしなやかさ、小粋な女っぷり。

身につけられたらいいな、身につけたい。

そう思っています。

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2006年10月24日 (火)

一石三鳥

作法によし、健康によし、美しさも与えてくれる。

一石三鳥なもの。

姿勢。

背筋を伸ばした姿勢と、猫背の姿勢。両方を試してみました。

猫背は肩が凝ります。背筋を伸ばした状態より疲れる。

以前、東洋医学の先生に、「丹田、丹田意識して」と言われたことがあります。

おへその少し下あたりのことですが、その丹田を意識した呼吸をすること。

丹田に意識を置き、上半身はとにかくリラックス。

肩に力は入れないように。

「身体にいいよ~、リラックス! 丹田だよ~」とのことです。

丹田、丹田。リラックス。深呼吸。

なんだか呪文のように響きましたが、いいこと発見。

背筋を伸ばして立ち、深呼吸。

このとき、上半身に入りがちな力を、すべて頭の先からゆっくりと、

丹田へ流し込むイメージをします。

上半身から無駄な力が抜けて、リラックス。

健康によかれと思って習慣にしているうちに、自然と上半身を丹田で支え、

肩や腕はリラックス状態という感覚が身につきました。

鏡に映してみるとわかるのですが、猫背では生き生き見えない。

ちょっと背筋を伸ばしたら、生き生き見えるし、立ち姿がきれいに見える。

さらに、丹田を意識した姿勢を心がけると、無理なく胸を張った状態になるので、

ただ立つより、胸が大きく見える。

お尻もキュッと上がり、お腹も引っ込んで、腰も引き締まって見える。

作法で考えても、人と向き合うとき、背筋を伸ばして応対した方が、

相手にきちんと向き合っていることを伝えることが出来る。

健康によし、美容によし、作法によし。

たかが姿勢、されど姿勢。

活き活き生きるためにも、大切にする「姿勢」を持ち続けたいと思います。

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2006年10月23日 (月)

大人になると、出来ないこと

子供の頃は、よくしていた記憶があるのですが。

スキップ。

いつからでしょうか。しなくなっていた。

道で、ちいさな子がスキップしているのを見ると、

かわいいな~と微笑ましくなりますが、

スキップしている大人は見たことがない。

想像してみても、微笑ましくない。

別にしてもかまわないはず。

でも、なんとなく大人には似合わないのでしょうか。

自分でもしません。

とはいえ、嬉しいことがあったとき、気分のいいとき、

スキップしたくなることがあります。

散歩していて、空を眺めたりしていると、「散歩日和だ~!」と、

気持ちが軽くなり、足が動きそうになる。

ダメダメ、大の大人が突然スキップし始めたら、道行く人が怪しく思う。

ググッと我慢。

少し前のことですが、欲しかったCDがありました。

ただ、20年も前のアルバムで、すでに廃盤になっているらしく、

普通のお店には売っていない。

中古販売店を見つけては覗いてみるのですが、ない。

無理かな、と諦めかけていたとき、何気なく入ったお店にあったのです。

自分で探していたくせに、見つけた瞬間「うそっ」と声に出してしまいました。

即購入。

諦めないでよかった。ツイテルな~、あるものだな~とウキウキ。

帰る道すがら、空を見ると、月がキレイ。これまたウキウキ。

…………。

スキップ、したいな。

周りを見渡してみる。誰もいない。

夜だし、大丈夫かな。やっちゃえ。

(人が通りかかったらどうしよう)

と、思いながらのスキップは、スリルもプラスでなかなか、

いえ、すっごく楽しかったです。

30メートルほど行ったところで、自転車が通りかかったので、終了。

チビッ子のように、お天道様の下で、とはいきませんが、

お月様の下で、スリルを伴ったスキップの、

なんとも言えない味わいを知ってしまいました。

なかなか出来ませんけれど。

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2006年10月20日 (金)

キーワード

「言葉遊び、大好きでしょう」

知人に言われたことです。はい、大好きです。

文字は「あ」から始まり、50音しかないのに、

言葉はすべてを網羅することはできない。無限大!

覚えた言葉を理解したつもりになっていても、時が経つと、違う解釈を発見。

新しい感覚で向き合っていたりする。

飽きることがない。

19歳くらいの頃、「キーワード」という詩を書きました。

今、読み直してみると、物足りない。

19の自分は尊重しつつ、書き直したくてウズウズ。

考え直しながら、今の自分の心境、感覚を楽しみました。

「キーワード」

好きな言葉

温かさ 強さ 潔さ 図太さ

笑顔 真心 良識 感謝 聡明

一期一会 大胆素敵 楽天性

粋 愛 美 大人 祈り 誇り 貫く

思いやり しなやか 凛々しい かっこつける

信じる 足掻く ありがとう プロセス

切ない 自律 美学 未完成 距離感

I love my life     to you

嫌いな言葉

戦争 権力 暴力 束縛 優劣 強制

常識 迎合 主従 徒党 傲慢 見返り

マニュアル ノリ ヤバイ カリスマ

勝ち負け 易しさ 事なかれ主義

勝てば官軍 だから(例…世の中そういうものだから)

give me  決めつけ 唯我独尊 無関心

好きでこうありたいと願う言葉

どれだけ近づくことができているだろう

どれだけ大切にできているだろう

嫌いでこうありたくないと思う言葉

うっかり受けとめたりしていないだろうか

どちらも時々再確認して

私が私らしく生きていられるよう

心に留めて自覚していたい

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2006年10月19日 (木)

許せないことと、ひとの可能性

今日は、少々表現がきつくなります。お許しくださいませ。

朝も夜も、ニュースを見れば、殺人事件。

新聞も暴力、殺人。

しかも、ビックリするような動機。

もちろん、どのような動機でも、絶対してはならないことですが。

「ムシャクシャしてたから」 「頭にきたから」

「カッとなって、つい」 「気に入らないから」

というような、わけのわからない動機群。

もはや異常事態。

あまりに殺人が起こりすぎている。

世界では、今尚、「戦争」という決してあってはならないことが、絶えることなく続いている。

日常を破壊されているひとがいる。命を奪われているひとがいる。

罪なき子供たちが、劣化ウラン弾や地雷によって、どんな状態を背負わされているか、

苦しみ続けているか。

映像はニュースで流されている。さまざまな媒体で、情報は得られる。

意識を持てば、知ることは出来る。

「死ね」と言うひとがいる。たくさんいる。

当たり前のように、たやすく使う。

怒りを覚えます。

「死ぬ」ということがどういうことか、いっさいわかっていないとしか思えない。

裏を返せば、「生きる」ということもわかっていないのでは。

「いきる」は、生きると書く他に、「活きる」とも書きます。

自分を、人生の時間を活かして生きたい。

誰もが願うことですよね。

ひとの命を、人生を奪うひと。「死ね」って吐くひとたちは、

世の流れに乗っていれば、なんとなくそれなりに楽しく過ごせる。

特にあれこれ考えなくても、うまくやっていければいいや。

そんな感覚なのではないでしょうか。

病気や貧困に苦しむ。自分の時間を活かして生きることが出来ないことの痛みを、

知らないのでは。

自身のことでも、周りのひとのことでも、絶望というものを感じたことが、

ないのではないでしょうか。

少しでも感じたことがあるなら、「死ね」なんて言えないはず。

しかし、ならば、病気なり貧困なり、その立場にならないと、理解出来ないのか。

そんなことはないはず。

ひとには想像力があります。あとはそれを使おうと思うかどうか。

想像力を使えば、相手の立場に思いを馳せ、考え、理解しようとする。

一人ひとりが少し、ひとに、「命」というものに想像力を使えば、

安易に「死ね」と言えなくなるのでは。

そういう環境を作り出すことが出来るのでは。

暴力や殺人を、減らすことが出来るのでは。

可能性はある。そう信じたいです。

そういう私も、まだまだ未熟な発展途上人。

腹が立つこともあります。思いやりのない、あたたかさのないひとに出くわすと、

「ひっぱたいてやりたい!」と思ってしまうこともあります。

「力という、そんな方法しか見つからない程、幼くありたくない」

なにかの本で読んだ言葉です。

もっとたくさん思考しよう。想像力を磨いて、おとなでありたい。

そう思う日々です。

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2006年10月16日 (月)

無数の手

一生、縁が切れることのないひと。

自分自身。

ハタチを過ぎた頃から、自分を律して、自分で立って、

と「じりつ」の意味を考えるようになりました。

次第に見えてくる。

服、野菜、お肉、お魚、日用品の数々。

自転車、道路、電車、街のあらゆるもの。

みんな誰かが携わって出来ている。動いている。

自分自身を「生きている」けれど、無数の存在と関わり、「生かされている」と。

「じりつ」には、たくさんの答えがあると思います。

そのうちの1つは、自分は一生自分と関わって生きる。

それは、無数の手に囲まれ生かされながらだと、認識しておくこと。

そんな気がします。

「無数の手」

どんなときも

数え切れないひとの手を通したものに

囲まれ 生きている

すべてのものに 生かされている

たとえ ひとりで生きていても

この世に独りで生きているわけではない

でも

私を生きるのは 私しかいない

「疲れたから、誰か明日私になって」

なんてことはできない

私を決して捨てられない

一生

私自身と付き合い 生きていく

せっかく生まれてきて

目には見えない無数の手に触れて

生かされているから

いつか終りが来るまでは

クタクタでも 目いっぱい生きてやろう

ココログフリーが、明日からメンテナンスで2日間、

更新できないようなので、また木曜日に。

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2006年10月13日 (金)

祝・放送開始♪

ちょっと勝手に宣伝を。

来週月曜、夜7時より、日本テレビにて「結界師」というアニメがスタートします。

少年サンデーにて連載中の、田辺イエロウさん作のマンガです。

サンデーは、子供の頃、兄が読んでいた影響で読み出し、今でも読んでいます。

イエロウさんと面識はなく、知り合いでもないのですが、

イエロウさんのお母様が、母の友人なのです。

漫画家になられたと伺ってはいましたが、お名前を存じ上げなかったので、

連載当初、知らずにおもしろいと思って読んでいました。

少し経ってからお名前を知り、驚きました。

以来、周りの人に「結界師」ってマンガがあるのよ、読んでみてと、

ひっそり応援しています。

ずっと、いつかアニメになったらいいな~と思っていたら、実現!

お会いしたこともありませんが、なんだか我がことのように嬉しくって書いちゃいました。

「はっきりしてるね、頑固と言うか」と、人に言われてしまいますが、

融通が利かないというか、お世辞が言えないというか。

いい加減、柔軟性が必要だと思いつつ、いいと思ったものにしか、

「いい!」と言えない性分。

どんなに好きな役者さんが出ていても、作品に興味がもてないと見ません。

おもしろいところを探せるかもと、ドラマなら1回目を見て、

ピンとこないと次から見ません。

お芝居がよくても、歌手活動がいいと思わない方だと、歌は聴かないなど。

……。はっきりし過ぎ、ですね。

それなりに大人の対応を覚えてきたつもりですが、パーソナルな趣味嗜好には、

頑固者と化してしまう。たぶん、ずっと変われないでしょう。

おっと、話が脱線してしまいました。

「結界師」。私はおもしろいと感じているので、好きです。

月曜夜7時(名探偵コナンの前)、日本テレビです。

よろしければ、ご覧くださいませ。

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学びたいスイッチ

勉強は、したいときが学びどき。

子供の頃、母に言われた言葉です。

人生は長い。学ぶことは果てしなくある。

何かを学びたいって思ったら、そのときが「何か」をいちばん吸収できるとき。

そのときに一生懸命勉強すればいい。

と、いうことらしいです。

今は、興味を持ったことを学ぶのが大好きですし、楽しくてしょうがないのですが、

子供の頃は嫌いでした、勉強。

「勉強しなさい!」とは全然言われず、言われたのは、

「学校の勉強ができるかできないかなんて、たいしたことじゃない。

それより、例えば、いじめをするとか、人が傷つくことに鈍感であるとか、

やさしさを持たないとか、善悪を考えないとか、そういうことは許さない。

人として最低。勉強ができたって、そういうことがわからなければ最低。

絶対に許せないこと」

熱く語るので、冗談で「もし、そんな風になったらどうするの?」と尋ねたら、

「命がけで性根を叩きなおす」と真顔で言われました。

自分のことは二の次で、とにかく人のために動きすぎる母なので、

説得力があり、肝に銘じました。

今、遅ればせながら、「学びたいスイッチ」が入ったようで、

あれを知りたい、これを知りたいが満載。

まだまだ人生は長い。いっぺんにはできない。日常もある。予算の限りもある。

少しずつ、一生かけて学んでいこうと思います。

途中、スイッチが切れて、お勉強タイム中断、というときもくると思います。

そういうときは、またスイッチが入るのを待って、日常を紡いでいきたいと思います。

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2006年10月11日 (水)

自分へのサービス

新人女優が段々キレイになっていく。

メイクや装いを覚え、うまくなっていく、ということも、

もちろんあると思いますが、それだけではない気がします。

何?

たぶん、「意識」ではないかと。

人の視線。

どなただったか、舞台に出ているとき、とても脚がキレイになる。

ひと舞台ごとに、引き締まってキレイになっていくのを感じる、

と仰っている役者さんがいました。

「人によく見られたい」という本能的な願いが、自分に指令を出して

「我、よくあらん」とする。

容姿、服装、姿勢、行動、仕草などを身ぎれいにする。

→多少なりとも評価される。→自信と余裕が生まれる。

→磨いている外見に見合ったように、内面も充実させたい。

→エンドレスな向上心。

そういう自意識が、キレイになる循環を生むのではないでしょうか。

塩月弥栄子さん、橋本保雄さん共著の

『目くばり 心くばり 気ばたらき』は、

マナーや、サービス業にあるべき「おもてなしの心得」が書かれた本です。

マナー、人が思い合って生きていくことの必要性、

そこから得られる豊かさが学べました。

その中に、

「誰も見ていなくても、やるべきことはやる」

「“どこかで誰かが見ていてくれる”という意識を頭に置いておけば、

    生き様も好転すると思います」

という言葉が出てきます。

美しくありたい、人によく思われたいというのは、当然の願いで、

尊い心だと思います。

我、よくあらん   我、美しくあらん

そう思って自分を磨くことは、人の視線の中でも、自分ひとりの空間でも続くこと。

ずっと続く作業は、自分へのサービス、おもてなし、では。

歳を重ねて醸し出される美しさは、熟練した接客術、極上のおもてなしと、

通じるところがあるのではないでしょうか。

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2006年10月10日 (火)

おとなの良さ、復活を望む

子供が襲われる事件が多発している。

ニュースを見るたび、暗く、やるせない気持ちになります。

子供の頃、かぎっ子でした。

母はニュースを見て、子育てが昔じゃなく今だったら、とてもかぎっ子には出来なかった。

でも、実際には、今、子育てをしている母親たちがいる。かぎっ子もたくさんいる。

どれだけ不安だろうかと思うと、胸が痛いと言いました。

子供の頃、留守番中に、窓の外に怪しいおじさんが立っていて、

無言で雨戸を開けたり閉めたり、家の周りを歩き回ったり、ということがありました。

パニックを起こし、友達にSOSすると、友達のお父さんが飛んできてくれました。

安全を確保したところで母の勤め先に連絡すると、大慌てで早退してきましたが、

それまでは、隣の家に預けられました。

それだけでも号泣するほど怖かったのに、今の事件は恐ろしすぎる。

小学3年か4年の頃、毎週日曜日の朝、近くの土手まで、

ジョギングしていたことがあります。

そのとき、いつも、野良仕事をしているおじいさんがいました。

ある日、「おはようございます」と挨拶したら、

「毎週感心だね~。お譲ちゃん、ちょっと」と呼び止められて、

畑の横に咲いているカンナとちいさな花たちを切って束にして、

「持って帰んな~」とくれました。

しばらくしてジョギングをやめてしまい、おじいさんに会うことはなくなりましたが、

いまでもカンナを見ると、そのおじいさんを思い出します。

家の近所に工務店があり、いつ通っても職人さんたちが忙しく働いていました。

社長夫婦が大変面倒見がよく、子供好きで、よく遊びにいきました。

カンナで削った木屑の匂いや、電気ノコで木を切る職人さんの姿を、

もらったお菓子を食べながら見るのが大好きでした。

私のほかにも近所の子達が、よく工務店の庭先や店先で遊んでいました。

職人さんたちは仕事に精を出しながら、

おおらかにチビッ子たちを見守ってくれていた気がします。

子供のときに出会うおとなは、襲ってくるひとではなく、

こういう人たちでなければいけない。

核家族時代だからこそ、未婚も既婚も、どこのうちの子かも関係ない。

日常、自分の行動範囲の中で、目にとまる子供たちをおおらかな目で見守る。

そういうおとなが溢れる世になってほしい、ならなきゃいけないと感じます。

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2006年10月 9日 (月)

運動オンチの体育会系?

いえ、体育会系ではないですね。祭り好き?

体育の日ということで、なんとなくスポーツについて考えてみました。

人生を勝ち負けで表わしたり、人を上下・優劣で分けたり、

そういうことは大嫌いですが、スポーツの真剣勝負は大好き!

自分が苦手な代わりに、スポーツをしている人を応援するのは大好きです。

昔から、我が家のテレビでスポーツ中継がよく流れていたので、自然と観ていました。

ただ、ルールは大雑把な把握。それでも、なんとなく楽しめ、盛り上がります。

それから、体育祭。

運動が不得意なので、活躍の場はありませんが、大好きでした。

なんともいえないウキウキした気分、上るテンション。

スタート時点では、退屈だな~と思っていても、いつの間にか応援席で大興奮。

友達に、「いつもさ、最初は一緒に面倒だねって言ってるのに、結局最後は

すんごく楽しそうだよね、興奮してるし」とよく言われていました。さらに、

「お祭り大好きだもんね」とも。

ああ、スポーツを観ているときのテンションは、何かに通じていると思ったら、

祭り。

お祭り好きが、スポーツ観戦にも表われているようです。

「祭り」に例えては、真剣に戦うアスリートには失礼でしょうか。

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2006年10月 6日 (金)

秋の声

いいもの発見。

昨日、パソコンのトラブルを解決していただいてから、本屋に寄りました。

店内を行ったり来たり。あれこれと気になるものをチェック。

そして出合いました。

『季節のことば辞典』という本です。

この本は、四季のあらゆることがわかりやすく分けられており、

読みやすくて、なかなかおもしろそうです。

浮かれ気分で帰宅。昨夜からさっそく読み出しました。

順を追って読みたいところですが、今は秋。

春から読むと……。

秋まで待ちきれないので、秋の章からスタート。

その中に、「秋の声」というものがあります。

秋の声→もの悲しい秋の風情を感じさせる音。風の音など。

という説明。

風の音。

それはたんに、音だけのことではなく、匂いや肌触りを含めたものかもしれない。

秋の声。

空からも、海や川からも、大地からも、風に乗ってきているのかもしれない。

日常は、自然以外の音で溢れている。

時として「ノイズ」と言えるかもしれない。いや、生活音に慣れすぎて、

自然の声を聴くことを遠ざけてしまっているのかもしれない。

味気ないことをしている気になりました。

日本に生まれ、日本で生きているのに、四季について知らないことが多い。

今、五感をしっかり使って、秋の声を聴きたい。

そして、四季折々の日本を感じて生きていけるよう、

じっくりいろんなことを知っていきたいと思います。

まずは『季節のことば辞典』を読みふけります。

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2006年10月 5日 (木)

お手上げ!

月曜日の夜から、嫌な予感はしていたのです。

どうもパソコンの様子がおかしい。

火曜日の夜、更新を終え、ドラマを観てからお風呂でのんびり。

再びパソコンをつけると、フリーズ。

再起動してみても、動きがとにかく遅い。ネットもつながらない。

…………。

ウイルス?

セキュリティソフトでスキャンしたら、ウイルスはない。

???

試せることはすべて試しましたが、いかんせん機械に弱い。

プロに任せよう。

何度かお世話になっているパソコンの専門家にSOS。

あいにく水曜が定休日なので、今日、持ち込みました。

作業開始から約40分。

アナログ人間には、なんだかさっぱりわからない作業が繰り広げられました。

ええっと、数時間前に説明していただいたのですが、大雑把な把握状態。

ウイルスではなく、一番の原因はセキュリティソフトの問題だそうで。

そのほかにも、素人ではわからないパソコン内の無駄なものを、

整理してくださったらしいのです。

普通に使っているだけでも、パソコンを使い続けていると、

「無駄なもの」がたまっていくらしいのです。

そうすると動きが鈍くなったりするらしい。

なので、半年に一回くらいそれを整理したほうがいいとのこと。

その作業は、こちらにはさっぱりわからないので、

半年くらい経ったらまた、パソコンをクリニックに行こうと思います。

フリーズしなければ、パソコンの「ケア」を知ることもなかったので、

今回のトラブルは、ラッキーな出来事でした。

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2006年10月 3日 (火)

裾か福か

お裾分け…もらった物や利益の一部をわけて人に与えること。

辞書にはそう書いてあります。

この言葉には、「お福分け」という言い方もあります。

別の言い方ということは、「お裾分け」と「お福分け」は、

同じ意味ということになります。

意味が、「人に分け与えること」ということは、あげる側がいう言葉。

例えば、

「この柿、実家から届いたものなんですけど、たくさんあるので、

お裾分けで…、どうぞ召し上がってください」という感じで。

そのような使い方で、私も覚えていました。

しかし、このような場合に使うのは、「お福分け」。

「お裾分け」は分けてもらった側が使うのが本来のところのようです。

「○○さんからのお裾分けの柿です」という風に。

このことを学んだとき、日本語って素敵だな、としみじみ思いました。

自分に恵まれた「福」を誰かと分け合おうという気持ちで、「お福分け」。

誰かに訪れた「福」。

その福の裾を分けて頂いたことを、「お裾分け」と言うことで、

謙虚な気持ちを表している。

一字違えることで、なんだか気持ちが和らぐ気がしませんか?

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2006年10月 2日 (月)

なんとか間に合いました

ギリギリセーフでした。

先週『パイレーツ・オブ・カリビアン―デッドマンズ・チェスト―』を観てきました。

何か欲しいものがあるとき、やりたいことがあるときなど、

これを片付けたら買おう。これをクリアしたらやろう。

ここまで終わったら、自分にOKを出そう。

日常の中で、「1つやるべきことをやったら、1つ自分の望みを叶えよう」、

と決めているのですが、スロー人な私。

ちいさなことから大きなことまで、モタモタしているうちに先送り、

で涙をのむことがしばしば。

映画も、公開からだいぶ経つのになかなか観に行けず、DVDで観ることになりそう…。

『チャーリーとチョコレート工場』は、劇場鑑賞を逃し、DVDだったので、

焦っていたのですが、滑り込みセーフで公開中に観ることが出来ました。

前回、うっかりパンフレットを買い忘れるという痛恨のミスをしたので、

今回は劇場に入ってすぐ買いました。

予備知識を一切入れたくなかったので、パンフレットは見ず、

何も考えずに鑑賞。

すっきりしました。

ジョニー・デップ演じるキャプテン・ジャック・スパロウ。

煮ても焼いても食えないジャック。とぼけて、おちゃめで、かわいいジャック。

ちょっとずるくて、立ち回りのうまいジャック。

でも、なんだか人を惹きつけるジャックを楽しみながら作品を満喫。

パンフレットに、大人も子供も同時に楽しめると書いてある通り、

楽しいエンターテイメント作品だと思いました。

それでいて、登場人物たちそれぞれの思惑が絡み合って、

「おとな」な行動をとるのが、妙にリアルでおもしろかったです。

いろんな思惑で話が進む中、ただひとり、まっすぐひたむきに頑張る、

オーランド・ブルーム演じるピュアなウィルくん。

ジョニーファンですが、確かオーランド・ブルームが同じくらいの歳だということも

手伝って、気づくと、「続編では幸せになるといいね~、頑張って望みを叶えてね!」

と応援していました。

続編の公開は来年5月だとか。

今度は滑り込みではなく、早めに行けるようにしたいと思います。

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