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2006年9月29日 (金)

合図

適齢期。

適した年齢の時期。

結婚適齢期という言葉がありますが、結婚に限ったことではなく、

人それぞれ、たくさんの適齢期があるような気がします。

かけっこの速い遅いがあるように、生きるスピードが違うことだってある。

朝の身支度を、短時間でうまく問題なく整えられるひとがいる。

余裕をもって、時間をかけて準備しないとならないひともいる。

身支度に1時間かけて丁度いいひとが、10分で済むひとと同じ時間で出かけたら、

準備不足で不都合が生じる。

社会の中の時計、常識は持ちつつ、自分だけの人生時計もあっていいのでは。

それが今の答えですが、そう思うようになるまで、長いこともがきました。

で、ふと思ったことです。

「合図」

何か やりたいこと 望むことがある

なんらかの事情で 断念せざるを得なかったとする

そこで「何か」を捨て去らず 自分の片隅に残しておく

幾月も 幾年も 日々を紡いだある日

そのときが来る

片隅に残しておいた「何か」

始められるときが来る

再び希望に向かって 

今度こそ希望に向かって

歩み始められるときが

ひとによって いつなのかは違うから

比較して焦っちゃいけない

流されて 本当の「時期」 逃しちゃいけない

自分の準備が出来たら

きっとある日 合図が来る

本当に適した時期に

自分にだけわかる「合図」が来る

もどかしい時は 準備期間

自分だけの人生時計 片隅に

合図が来るのを待って

自分磨きに精を出す

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2006年9月28日 (木)

本のお供

「何か本貸して」「おススメない?」

友達にそう言われて、3冊貸したのですが、一瞬ためらいました。

私が読んだ本はキレイじゃないんです。

グシャグシャにしているわけでも、シミをつけているわけでもありません。

本に書き込みをするので、ページを開いたときに、すっきりしていないんです。

何か感じるものがある箇所、気になるフレーズ、ためになる話などの部分に線を引く。

意味のわからない言葉、あいまいに把握している言葉は、グルッと○で囲んでおく。

後で辞書を引いて確かめる。

そういうページは、ここに線か○があるとわかるように、

ページの端をチョコンと折っておく。

それが1冊につきとても多いので、本全体がスマートではなくなり、バサバサしている。

こんな感じでゴチャゴチャしていて、線だの、○だの、折り目だのがあって、

読みにくいかもしれない。うっとうしいかもしれない。

一応、貸す前に本を見せて「汚いでしょう、これでもいい?」と確認。

友達はおおらかな人なので、「全然問題ない。大丈夫、気になんないから」

と言うので貸しました。

そんなアンダーラインマニア? な私の、読書のお供はシャーペン。

いつでもどこでも本とセットのシャーペン。

時々うっかり忘れると、慌てます。

仕方がないので折り目だけつけておく。

後でページを開いたとき、キレイなのですが、

感じることがその瞬間瞬間なので、何に線を引きたかったのか、

わからないことがあります。

そんなときは、「縁」を逃したな、と悔しくなります。

水色が大好きなので、シャーペンは水色で、手にしっくりくるものだけ! 

と、決めているので、お気に入りの1本をどこででも使いまわしています。

あちこちを移動するシャーペン。ちょっと不便。

そろそろもう1本、手に馴染むものを探そうかと思います。

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欽ちゃんで、現在、過去、未来

日曜日の夕飯時、テレビをつけたら欽ちゃんが旅をしていました。

お見事ですね、欽ちゃん。

出逢うひとたちの「ステキ部分」を、ふれあいの中で自然に、巧みに引き出していく。

しみじみ、人間っていいな、素敵だな、いとおしいな~と、

テレビの前で何度も胸がキュンとなりました。

自分の世界を持つ。好奇心を追求する。自分の人生に励む。

などが、生きていくこと。大事なことだと思います。

それも「人」あってのこと。

いろんな間柄のひとの中にいることが「土台」になり、立っていられるんだな、

生きていられるんだな。

欽ちゃんと、欽ちゃんがふれあったひとたちを見て思いました。

ぼんやりおぼろげな記憶ですが、私がちいさな頃、

24時間テレビを欽ちゃんがやっていたと思います。

欽ちゃんが日本全国を巡り、たくさんのひととふれあっていた。

それを見ていて、ひとが持つ魅力、可能性、強さを学べていた気がします。

また福祉について、国内外の現実が映し出される。

「福祉」が日常生活の中に在ること、遠い世界の話ではなく、

自分たちが生きている世界でのこと。無関係ではないんだ。

そう感じ、福祉について考え意識するようになった、きっかけのひとつだったと思います。

24時間テレビについては、「募金」は変わっていないけれど、

昔見ていたものと何かが変わった気がして、ここ10年くらいはあまり見ていないので、

なんとも言えませんが。

気負わずに福祉を学び、ひとと関わる素敵・魅力を教えられた「過去」。

より具体的にふれあいの力・おもしろさを感じた「現在」。

さて、未来は何を感じるのでしょう。

余談ですが、今の子供たちって、「何」からそういうものを知るのでしょう。

ちょっと知りたい気がします。

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2006年9月27日 (水)

場の空気

大雨の影響でしょうか。

夕べは更新しようと思ったら、ネットに接続できない!

何度かチャレンジしてみるもエラーの表示。

あきらめました。

朝起きてから、以前同じようなことがあったとき、

一旦モデムの接続を外して、つけなおしたらつながったことがあったのを思い出す。

やってみました。あっさりつながりました。

文明って…。やっぱり機械はわからない。

さて、今日は私の失敗談を。

自分の意見は大事。

意思を通すのも大事。

でも、場の空気も大事。

それらのバランスをうまくとっていくには、柔軟性が必要ですよね。

ひとの輪の中で会話するのに、バランスが必要不可欠だと実感したのは、

中学生のときでした。

クラスに、女の子に評判のいい男の子がいました。

モテる子、というのではなく、

「おしゃれだよね」「やさしいよね」「おもしろいよね」と、人当たりのよさで評判がいい。

人当たりがいいのは、同じクラスにいてよくわかる。

でも、彼がひとを小バカにした発言をしているのを何度も聞いてしまった。

それでいい印象をもっていませんでした。

なので、「やさしいよね~」と同意を求められたとき、「うん」とは言えませんでした。

悪口になってしまうので、理由は言えません。

でも、いいひとだと思えないひとを「やさしい」とは言えない!

と、融通が利かない頑固者になってしまったのです。

「あまり話したことがないからわからない」とあいまいにしておけば十分。

それを「え? やさしいと思わない。おもしろいとも思わない。というか好きじゃない!」

と、きっぱり言ってしまいました。

場が一瞬、止まりました。凍らせてしまいました。

そのことで、ものすごい自己嫌悪に陥ったので、いまだに覚えています。

大、大、大反省でした。

うちに帰ってもず~んと沈んでいたので、母にどうしたのか問われました。

わけを話すと、

「うん、言う必要のないことは言わないほうがいいね。まあ、言っちゃったものは

しょうがない。もう言わなきゃいいんだから」とアドバイス。

そしてひと言、課題を与えてくれました。

「『黙して語らず』ってことばがあるのよ」

場の空気。行間。あいまいに濁すという思いやり、マナー。

などなどを考えるきっかけになった失敗談でした。

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2006年9月25日 (月)

久しぶりにマンガ三昧

金曜日に風邪をひいて熱を出しました。

土曜日は熱も下がり、回復しましたが、まあ、ゆっくりのんびり過ごそう。

ということで、本を読んだり、録っておいたビデオを見たり。

朝から何も予定を立てず、気ままに過ごしていました。

ぼんやり本棚を眺めていたら、写真集や画集のカテゴリーの中の、

「赤ちゃんと僕」というマンガの画集が目にとまりました。

この画集は、何年も前のことですが、白泉社の方にお会いする機会があり、

このマンガが大好きだということを申し上げたら、

「よかったら、どうぞ」と、いただいたものです。

久しぶりに取り出して見ているうちに、マンガが読みたくなりました。

本棚の収納が足りなくなっているので、ずっと昔に読んだもの、

10年以上前に買ったマンガなどは、押入れに収納しています。

収納している箱から取り出し、全18巻を一気に読みました。

それだけでは済まず、他のマンガも読み出します。

かなりの数を読んで満足し、元通り納めました。

すっかりマンガモードになり、本棚のマンガも読みふけりだしました。

土曜の午後は、音楽をかけ、お茶と紅茶を何杯も飲みながら、

マンガ一色で過ごしました。

たまには、こんな風に過ごすのもいいですね。

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2006年9月23日 (土)

秋風邪?

油断大敵。

ユリコさんのブログで夏風邪対策を学び、

「よし、今年は絶対夏風邪ひかないぞ!」と誓う。

おかげさまで、夏風邪にやられることもなく、無事秋を迎えました。

大好きな秋を迎えてウキウキしていると。

昨日、朝からなんとなく調子が出ないな~と思っていたら、

夜、熱を出しました。

あまり熱を出さないのですが、久々に出ました。38.2度。

めったにない38度越えだったので、体温計をまじまじと眺めてしまいました。

風邪をひいたときは、おとなしく寝るのがいちばん。

ということで、「タモリ倶楽部」を見て、楽しそうに製本に挑戦するタモリさんに

和んでから、ぐっすり寝ました。

今朝は目覚めもよく、36.4度。復活いたしました。

ぶり返さないように、部屋でおとなしく、よく晴れた空を眺めつつ、

本を読んですごしています。

風邪ということで、ふと高校生の頃に書いた詩を思い出し、

古いノートを引っ張り出してみました。

風邪をひいてネガティブになる、かわいいときがあったのね私、と振り返りつつ。

「風邪ひき」

風邪をひくと弱気になる

治ると嘘みたいに

ポジティブになる

弱気になっていたこと

笑えてしまう

今 苦しいことがあっても

きっと風邪と同じ

なんとかそこを抜け出すと

笑い話に変えられる

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2006年9月21日 (木)

ごめんね……

衝撃的な場面に遭遇。

某デパートへ便箋を買いに行きました。

入口を入り、目的のフロアへ向かっているとき、後ろから、

「もう! 何してんのよ!!」

という声が聞こえたので、振り返った瞬間、

5歳くらいの女の子が、母親らしき女性に引っ叩かれていました。

あっ、と思った瞬間、

「もう! なんで?」「すごいヤダ~!」と言いながら、

女性はバシバシと女の子を叩きます。

あっけにとられて動きが止まりました。ふと気づくと、

私と同じように何人ものひとが驚いて動きを止めています。

母娘に何があったのかわかりませんが、少なくとも、

「母親が子供をたしなめている」のではなく、「ヒステリーを起こしている」

としか見えません。

「叱ると怒るは違う」と、よく母が言っていたのを思い出し、

その女性に「怒らないで話をしてあげてください」と言いたいと思いました。

でも出来ませんでした。

カーッとなっているひとに話をするのは難しい。

何より私にブレーキをかけたのは、私が独り者だということです。

もし、その女性と話し合ったとき、「母親って大変なのよ!」

「親になったこともないひとに何がわかるのよ!」

と経験論を出されたら、返す言葉がない。

そんなことを考えて、一歩踏み出せません。

女の子を見ると、お母さんに嫌われたくない思いからでしょうか。

もしくは捨てられまいとしているのでしょうか。

泣きながら、必死で母親のスカートを握っています。

胸がつぶれる思いがします。

ダメだ、言わなきゃダメだ。どうしよう、と考えているうちに、

女性は、グイっと女の子を引っ張ってデパートを出て行きました。

買い物中も、電車の中でも、母親のスカートを握る女の子が思い出され、

勇気を持って女性に話をしなかったこと。自分をとったことを悔やみました。

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2006年9月20日 (水)

迷子のカメ子、救いの手

渋谷が苦手です。

必ず、迷うので。

用がないと行きません。

1度、渋谷公会堂へ行くのに迷ったことがあります。

駅で出口を確認。地図も確認、したはずなのに。

考え事をしながら歩いていて、気づくと住宅街。

たぶん、いや間違いなくここに渋谷公会堂はないよね。

6時半開演のライブ。時計を見ると6時10分。

慌てます。

通りかかった女性に道を尋ねます。

「すみません。渋谷公会堂へはどう行ったら…」

と言うと、不思議そうな顔で

「渋谷公会堂? ここ渋谷ではありませんよ」と仰る。

渋谷じゃない? 渋谷で降りましたよ?

あっけにとられる私に、

「わたくし、これから渋谷に参りますから、よかったらご一緒に。駅すぐそこですから」

駅がすぐそこ? 渋谷に行く? ここはどこ?

ありがたいお言葉に、ご一緒させていただきました。

駅までの道すがら、おしゃべり。

私「ありがとうございます。渋谷ってどうしても迷ってしまって…」

女性「渋谷も変わってしまいましたからね。わたくしなどは地元ですから

   わかりますけれど、入り組んでしまいましたから…」

時間が気になり前傾姿勢でしたが、「わたくし」で始まるきれいな語り口。

自然と姿勢を正してしまいました。

ついた駅は井の頭線の神泉駅。ちょっと寄り道がすぎました。

切符を買ってホームへの移動。電車待ちの間や車内で、

「駅に着いたらまっすぐに進んでエスカレーターで降りて……」と、

公会堂までの道順を説明してくださいました。

渋谷に着く直前にお礼を言い、さあ、走るぞ! と準備。

ドアが開きかけたところで、女性はにこやかに、

「楽しい時間を」と言ってくださいました。もう一度ペコッと頭を下げ、

全速力で公会堂へ向かいました。

走りながら、迷いすぎの自分に呆れました。

そして、助けてくださった女性。

あんな素敵な大人になりたいな~と思いました。

到着したのは、6時45分。

幸い、開演が遅れていて、ギリギリセーフでした。

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2006年9月19日 (火)

間違い電話

喫茶店が大好きです。

パリジェンヌが出てきそうなくらい「お洒落なお店」より、

洗練されつつ、どこかのんびりくつろげる。

そういうお店が好きです。

この間入ったお店が、そんなリラックスムードでした。

ゆっくり紅茶を飲んで、ボンヤリしていたら、席の近くの電話が鳴りました。

スススッと店長らしき女性がやってきます。

「はい、○○です」と明るく応対。

「え? いいえ、違いますよ。何番におかけですか?」

「はい、ええ……あっ、うちは×××5です。ええ……いいえ、はい」

間違い電話のようですが、彼女は嫌な顔をしない。

声色が変わることもない。

終始、静かでやわらかいトーンでした。

まあ、お店で受ける電話。

間違いとわかったからといって、邪険にしないのはわかります。

しかし、それだけではない気がしました。

ビジネスマナーでは、電話応対をした人が会社の窓口。

会社の顔になる。

会社名を名乗っている以上、間違い電話に邪険な応対をすれば、

「感じが悪い」と会社全体にイメージがついてしまう。

電話応対は非常に重要な接遇。

ただ、プライベートとなると、ビジネスと違い、緊張が伴わないのでは。

喫茶店で、間違い電話の応対を聞いていて、

間違い電話に対する自分の態度を思い返してみる。

……。

たぶん、無愛想。

そんなことを考えていたら、タイミングよく(?)間違い電話が。

喫茶店の女性を思い出し、静かに応対。

すると、「あっ、そう」ガチャン。

間違えないのがいちばんですが、間違えたときの誠意も大切ですね。

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2006年9月18日 (月)

どうでもいいこと

ドラマの登場人物の名前だったか、日常の出来事か。

質問内容は忘れましたが、人にものを尋ねられたときのこと。

ちょっと不思議に思ったので、「なんで私に聞いたの?」

と言ったら、

「どうでもいいようなこと、よく覚えてるから」との返事。

確かに。

でも、どうでもいいようなこと。取り立てて役に立たないことって、

おもしろいことがたくさんあるような気がします。

また、どうでもいいようなことが結構気になります。

待ち合わせ中に、ツバメの巣を発見。じっと観察。

時々、親鳥がエサをもって帰ってきます。

4羽のヒナ。3羽までエサをもらった時に友人が来たので、その場を離れました。

4羽目が無事エサをもらえたかどうか、気になる。

俳優の大和田伸也さんの名前が思い出せなくて、友人に電話。

私「今、大丈夫?」

友人「大丈夫だけど」

私「大和田獏のお兄ちゃんの名前って何?」

友人「はっ?」

私「大和田獏のお兄ちゃんの名前。どうしても思い出せなくて」

友人「あ~、えっと…大和田伸也じゃなかった?」

私「そうだ! よかったスッキリした~。ありがと。元気?」

友人「元気だよ」

私「よかった。なにより。じゃあね」

昨日は、以前よく行っていたケーキ屋で、顔見知りになり、

「おススメ」を聞いたりしていた店員さんが、なんという名前だったのか、

思い出せなくて気になりました。

思い出せないと思うと、思い出したい。

聞きたくても、友人たちはその人を知りません。聞けない。

考えた末、電話帳を取り出し、あ行からチェック。

大林さんでした。

「お」だったので、割と早く見つかりホッとしました。

渡辺さんとかじゃなくて、よかったです。

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2006年9月15日 (金)

願い事

すっかり秋ですね。

自然あり放題の家の周りでは、そこここから虫の声。

虫。苦手ですが、秋に聞く声はいいですね。

大好きな秋を満喫する気分が高まってきています。

今日は短めに、五行詩を。

「願い事」

願い事は

願ったら叶うのではなく

そこから始まる

そこから始める

自分への誓い

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2006年9月14日 (木)

ミクロとマクロ

ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン

ラグビーの精神でよく聞く言葉。

子供の頃から、ラグビーを観るのが好きです。

と言っても、ゴロゴロしながらテレビで観るだけですが。

いまだに細かいルールはわかっていません。

ただなんとなく、チーム一丸となって進んでいく感じが好きなのかもしれません。

チームメイトを信じて、ボールをつないでつないでいかなかれば、点は取れませんから。

高校1年のとき、現代社会の時間が大好きでした。

普段は教科書どおり授業が進行しますが、時々、

先生のオリジナルで社会を教えるといいますか、

関心を持つように導いてくれる授業がありました。

その中で「ミクロ・コスモスマクロ・コスモス」という話がありました。

「小さい宇宙と大きい宇宙」を「自分のパーソナルな世界」と、

人と共有する世界(社会)」と捉えて話が進みます。

大人になると、ふたつの世界のバランスをうまくとることが、

高校生の今より重要になってくる。

ひとは、どちらかの世界だけで生きることはできない。

どちらも大切な世界。

ミクロ・コスモスをつくりあげながら、マクロ・コスモスに関心を持ち続け、

ふたつの世界を存分に味わって生きていってほしい。

というような内容の授業でした。

この授業を受けたとき、ラグビーの「ワン・フォー・オール~」を思い出しました。

ミクロとマクロのふたつの世界。

どちらのほうが大切ということではなく、どちらも大切だということ。

マクロ・コスモスの中で、ミクロ・コスモスを持って生きている。

そこに、ラグビーの

ひとりはみんなのために。みんなはひとりのために」があったら素敵だな、と。

冬になると、みかんを食べ食べラグビーを観ては、「ワン・フォー・オール~」を

思い出す。

素敵な言葉。

ラグビー、もっと広がらないかな~。

サッカーや野球並みに観戦人口増えないかな、と毎年願っています。

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2006年9月13日 (水)

静かなひと

大声を出すひと。怒鳴るひと。

わめくひと。ドスのきいた声のひと。

そういう人は、とくに怖いと思いません。

突然大声を出されて驚くことはありますが、「怖い!」よりは、カチン。

無理むり押さえつけようとしている感じに、カチン。

ビクつかせて、反論できない心理状態にもっていこうとするアンフェアさに、カチン。

10代の頃は短気だったので、大声を出されると、きつく言い返してしまっていました。

最近は、大人になって、ひと呼吸おくことを覚えましたが、

さらに憧れて目指している「かたち」。

「静かなひと」

静かなひとが実は、いちばん強いのではないか、という気がします。

理不尽な物事にも、危機的状況にも、日常の中でも、

まず、ひと呼吸おける。

そして、毅然として、淡々と対応できるひと。

凛と涼やかで、必要に応じて微笑むことすらできるひと。

それは男女の別なくです。

そういうひとに、自分の間違いやよくない部分を、静かにたしなめられたり、

諭されると反論できません。反抗できません。

指摘されたときは、図星なので「痛い」ですが、心にやさしく残ります。

静かなあり方で、説得力もあって……、そんなおとなの領域。

目指していきたいと思っています。

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2006年9月12日 (火)

誰もが持つ宝石

「誇り」って大切ですよね!

「人の誇りを汚してはいけないし、どんなときでも、誇りを持って生きなさい」

と子供の頃に言われたのを素直に受け、「誇り」というものを、

宝石のように思ってきました。

誰もが持っている宝石。一生モノの宝石。

さて、人には一人ひとりに名前があります。

相手との関係によって呼び方はいろいろですよね。

また、名前のわからない方に話しかけるときは、

「お名前は…」とはじめに聞いてしまう場合や、

「あの…」とか、「すみません…」もしくは相手の視界に入って、

一度ほほえみかけて用件から切り出すなど、

様々なコミュニケーション方法があります。

しかし、なぜか、高齢者に対してはまったく面識がないのに、

「おじいちゃん」「おばあちゃん」呼び。

???

「おじいちゃん」「おばあちゃん」は、孫が呼ぶだけでいいのではないでしょうか。

歳を重ねていくことは尊く、素敵なことだと思いますが、孫以外の人に、

名前ではなく、「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼ばれては、

ご当人に疎外感を感じさせてしまうのではないか、という気がします。

どこでだったか忘れてしまいましたが、以前お店で、

何か尋ねる70代くらいの女性に、店員は、

「おばあちゃ~ん、いいですか。あのね……」。

店員は見た感じ20代半ば。口調はちいさな子に話すよう。

女性の表情がどこか寂しげに見えて、胸が痛くなりました。

一人ひとりの名前も宝石。

大切にし合えたらいいな、と思います。

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2006年9月11日 (月)

助かった~

久しぶりに金縛りに遭いました。

金縛りがくるときは、なんとなく「危ない!」とわかります。

圧縮されるような感じといいますか、部屋の上下左右が段々縮まってきて、

閉じ込められるような感覚がきます。

それから、何かがグーンと迫ってくるような気がして、

まずいな、と思ったときには体は動かない。

10代の頃はよくこの感覚に襲われていましたが、ハタチを過ぎてからは減っていました。

この世の人ではない人が最後に姿を現したのは数年前。

旅先で、兄妹らしきちいさな男の子と女の子でした。

お化け屋敷は一切恐くないのですが、恐い映画、ドラマ、怪奇特集は苦手です。

でも、恐いものみたさで見て後悔します。

以前、『スクリーム』を見た直後に電話が鳴って、悲鳴を上げたことがあります。

自分で恥ずかしくなりました。

しばらく金縛りに遭っていなかったので、心構えができておらず、

嫌な感覚が襲ってきたときに、少々パニック。

押さえつけられるような感じ。あっ、人が現れるかもしれない。

「無理! いま出てこられても耐えられない!」と焦る。

どうしよう。どうやってこの状況を脱したらいい?

お経?

そんな心得ないよ~。なんていうんだっけ?

ナムアミダブツ? ナンミョー…なんとか! ナントカ? 何? なんだっけ?

と混乱している間にも、嫌~な気配が強くなる。

ダメだ、なにか来てる。あ~ダメだと気が遠くなりそうになった瞬間、

とっさに出てきた言葉は「おばあちゃん!」でした。

おばあちゃん? 何で? と思いましたが、

とにかく「おばあちゃん!」と叫んだ瞬間、解けました、金縛り。

朝起きてから、何で「おばあちゃん」だったのかしら、と考えてみました。

その晩、叔父から祖母の13回忌の日にちが決まったと電話があったのです。

それで祖母のことを思い出していたからかもしれません。

叔父に感謝です。身内はありがたいですね。

心を込めてお墓参りをしてきたいと思います。

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2006年9月 8日 (金)

月がとっても光るから~♪

いきなり浮かれたタイトルですみません。

詩を書こうと思っていたのですが、夕べ見たことがおもしろかったので、

それを書こうと思います。

昨日、横浜に行っていました。

母親の実家が横浜なのですが、考えてみると横浜の観光スポットには、

あまり行ったことがない。

……もったいない。

ということで、日が暮れてからになりましたが、みなとみらいにちょこっと行ってみると、

巨大な観覧車。照明がキレイ。

絶叫マシンは一切怖くないのですが、観覧車はダメです。

どんなにちいさなものでも乗れません。目の前にそびえる観覧車。

もし、乗らなければならないとしたらと想像して、ゾゾッと怯えました。

見る分には楽しい観覧車を眺めながらテクテク歩いていると、

日本丸というその船は、日中だと観覧できるようですが夜なので、陸で見るだけ。

でも船ってロマンがあっていいですね。

ウキウキするというか、ワクワクするというか。

我が癒し系の「タモリさん」も船が好きだって言ってたな~。

早く『パイレーツ・オブ・カリビアン』観たいな~。終わる前に観ないと!

と考えながら、しばらく右往左往しつつ眺めたあと、

何か食べようと近くのビル(名前を忘れてしまいました)へ移動。

移動中、もう一度船を見ようと振り返って「アッ!」と声を上げてしまいました。

日本丸のマストとマストの間に、見事な月。

船と月。絵のように抒情的な風景。

帰りの電車の中でも、行ってよかった!とウキウキ。

しばらくするとウトウト。最寄り駅近くでは爆睡。

直前で目を覚まし、下車。

駅を出て、日本丸越しの月を思いだし空を見上げる。

「アッ!」再び。

首都圏とはいえ、さすがビルひとつない、遮るものがなにもない所。

空が高い。

月の輝きが横浜で見た感じと違う。何が違うのかしら……、

色!

横浜では周りにたくさんの光りがあった。

ここでは周りになんの光もない。月明かりオンリー。

輝き方が違うのです。晴れていたので月明かりで雲も見える。

遮るものがないので、星も大きく明るく見える。

ホーッと気持ちのいいため息が出ました。

ひとつの月で、2度のおいしい、という楽しい夜でした。

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ポイ捨て禁止! キャンペーン

雑踏の歩道。

キレイに手入れされた木々や、花壇を見ながら歩くと、ホッとします。

それが、植木の上に、ポンと菓子パンの袋が捨てられている。

花の横に紙くず。哀しい気持ちになります。

そこへきて、前をゆく人がポイっとたばこを捨てる。

アッ!! と反応し、腹立たしく思っていると、通りの向こうのサラリーマンと目が合う。

きっとポイ捨てを目にしていると思いますし、それに対して露骨に思いっきり

嫌な顔をした私と目が合った。

私はひとりで歩いていても感情が顔に出る方だと思います。

あきらかに道に迷っているとわかるようで、助け舟を出されることが多い。

大人なんだから、もう少しポーカーフェイスで歩こうと思いつつ、

おもしろいものを見つけると思いっきり顔が緩んだり、驚くことがあると、

ビックリした顔になる。

うまくいかないなぁと思っていましたが、ポイ捨てにムッとした私の顔を見た

サラリーマンのお兄さんの反応を見て、これはいいかもしれないと思いました。

物騒ですから、ポイ捨て人に物申す勇気は出せませんが、

平然と去ってゆく背中に「ごみはごみ箱!」と念を送り、

軽蔑視線を送る。

道を歩いていて、いちいち人のことを気にとめないと思います。

私も人のことを見ていないので、知り合いにバッタリ会っても気づかず、

「ちょっと!」と呼び止められたりします。

それでも、ポイ捨て現場100回に1回でも、目が合ったサラリーマンのお兄さんのように、

見る人がいるかもしれない。

その人が「ポイ捨てしたら、あんな風に見られるのか」

と思ってポイ捨てをしない…かもしれない。

そうしたらめっけもの。

意味のないことかもしれない。いいやり方ではありません。

ちいさなちいさなことですが、今はこれしか思いつかない。

ひそか~な運動中です。

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2006年9月 6日 (水)

ゆっくり奮闘中

ちょっと立ちどまって。

岸恵子さん、吉永小百合さん、向田邦子さん。

スーザン・サランドン、山口百恵さん、小林聡美さん。

風吹ジュンさん、シャーリズ・セロン、今井美樹さん。

オードリー・ヘップバーン、鶴見和子さん、薬師丸ひろ子さん。

澤地久枝さん、東ちづるさん、橋田幸子さん。

夏川結衣さん、川原亜矢子さん、木村多江さん。

中村喜春さん、緒方貞子さん。

長々とお名前を羅列してしまいまして、すみません。

これまで、素敵だなと憧れ、あり方、考え、美しさ、生きる姿勢など、

私淑を受けた方々。尊敬する方々です。

ちょっとめげたときや、投げやりなときなど、この方々を思いだし、

「いいの? こんな風になりたいんじゃないの?」

と、自分に問いかけ、気持ちを立て直します。

先にあげた方々のように歳を纏って、素敵な女性になれるように、

ゆっくり奮闘していきたい。

また明日からがんばります。

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2006年9月 5日 (火)

あたたかな道路を

久々に自転車で転倒。

車道と歩道の段差に対して、ハンドルの加減でタイヤが平行になってしまい、

キュッと曲がってしまったのです。

こんなときに限ってハイヒール。うまく受身がとれませんでした。

ひねった足にイラつきながら、この国の道路はずっとこのまま変わらないのかな、

と考えました。

ハタチのときに、少しだけボランティアをしていたことがあります。

そのとき、福祉コーディネーターの方に勧められて、ボランティアの講座を

1週間受けました。最終日に、障害者通所施設で実習。

20人ほどのボランティアがいたので、人手が足りるからと、急遽、

散歩に行くことになりました。

生まれてはじめて車椅子を押しました。

押すのがヘタなせいで、乗り心地を悪くしたらどうしようと、おっかなびっくり。

15分もすると、なんとなく加減もわかってきて、ホッとしましたが、

かわりに驚く発見。

振動です。

車椅子を押している手に伝わる振動。

どんな道にも多少の振動がかかるのはわかります。

普段、歩いているときにはまったくわからないアスファルトの道路。

でも!

毎年掘り返される道路。細かくボコボコになっている。

手に伝わる振動がかなり大きいので、

車椅子で全身にかかる振動はいかほどのものか。

講習の帰り道、あちこちキョロキョロ見回しながら歩いてみる。

アスファルトのデコボコが多い。

車道と歩道の段差が高い。

日本の道路の段差は高い。先進国では、日本のように段差はつけないと、

以前ニュースで見たように記憶しています。

ハタチのとき、道路の整備がやさしくないことに驚き、今回、

自転車で転倒したことで、あれから何年もそのままであることに気づく。

同時に、道路の整備状態を知ったにも関わらず、何年もそのことを忘れていた

自分に情けなくなりました。

みんなで考えること。問題意識を持ち、その感覚を維持するためには、

習慣づけないと。と、考えた学生時代を思い出しました。

高校の卒業論文で、教育について書きました。その中で、

週1時間でもいいから、福祉の時間(道徳ではなく)をつくったらどうか、

市町村の行政と協力して、老人ホームや障害者施設と過ごす時間を

つくったらどうか。

そういう時間は生きた教育になるはず。

思考すること、思いやり、人はみな違うことを学び、尊重を覚えるのでは

と書きました。

残念ながら、文章力不足か、先生には伝わらず、

「福祉は大切ですね。でも、誰もがやる必要はないです」

と、一笑に付されてしまいました。

学生時代から離れ、今の教育現場がどうなのかわかりませんが、

今でも、論文に書いたことを願います。

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2006年9月 4日 (月)

三つ子の魂?

初恋の思い出。

一昨年、母の友人のお通夜で初恋の人と再会。

ちょこっとお話しただけですが。

さて、なぜ再会したのか。

その人は母の友人の弟さんなのです。

もっと言うと、幼稚園のお友達のお父さんなのです。

メグちゃんという子のお父さんなので、通称「メグパパ」。

メグちゃん一家とは、小学校に入学するとき、メグちゃん一家が引っ越すまで、

家族ぐるみのお付き合いがありました。

もう、メグパパが大好きで、大好きで懐いていました。

メグちゃんの家へお泊りしたときに、お風呂も一緒に入ったし。

あったかくて、おもしろくて、いろいろなことを楽しむ前向きな人。

毎年、夏祭りでは神輿を担いでいました。そして、

ちいさいときなので、うっすらとした記憶ですが、

行動で人を大切にできるやさしい人だったと思います。

人柄は覚えているのに、はて? どんな顔をしていたかしら?

母に聞いても、

「ええ~? ○○ちゃんの弟って認識しかなかったから…どんな顔だった?」

なんと、聞き返されてしまいました。

一昨年、母が友人のお見舞いに行ったときに、メグパパが来ていて、

少し話をしたそうで、私の初恋がメグパパなんだと話したそうです。すると、

「じゃあ、夢を壊さないように会わないほうがいいな~」

と言ったらしいのです。

いえ、夢が壊れるもなにも、顔、覚えていないので。

皮肉にも、その数ヵ月後、母の友人のお通夜でお会いしました。

このような形で再会したくなかった。彼女に生きてほしかったから。

お通夜は母がずっと泣いていたので、しっかりしなきゃ! と気を張っていたのですが、

終了後、メグパパにご挨拶。

「悔しいね…」と静かに言われ、張り詰めていたものが緩み、

泣きそうになったので、コクンとうなずくだけしかできませんでした。

数ヶ月経ち、少し気持ちの落ち着いた母に、

「そういえば、初恋の君と再会した感想は? がっかりした? しない?」

と聞かれました。

愚問です。若さ至上主義ではないので。

若いときより素敵な俳優さん、大好きな年配の俳優さんがたくさんいるくらいですから。

「別に夢、壊れなかったよ。もともと顔、覚えてないし。大好きだった人に、

はじめて顔がついた感じかな。やさしいメグパパ、ダンディ編を見ただけで」

と答えました。

答えながら、チビッ子時代の淡い初恋を回想。

先にあげた、大好きだったメグパパの人柄は、

今考える理想のタイプとあまり変わらない。

やはり三つ子の魂はあるのでしょうか。

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2006年9月 1日 (金)

スロー人、カメ子

ヘタのよこずき。

服や帽子などは高度で作れないけれど、

日常的な雑貨、極カンタンなものを作ったりします。

そのときミシンを使うより、手縫いが好きです。

ホントはたんに、ミシンの扱いがうまくないからなのですが。

服飾関係の仕事をしている友達は、コートはまでチャッチャと作ってしまう。

プロはすごいなぁと感嘆しつつ、何事もスローペースの素人。

ゆっくりと身の回りのものを作っていけたらと思います。

「ひと針 ひと針」

均一じゃなくてもいい

手早くなくてもいい

自分のペースで

ひと針 ひと針

1日 1日を繕っていきたい

お茶でも飲みながら

空でも見上げながら

ひと針 ひと針

ゆっくり 愛おしみながら

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