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2006年8月31日 (木)

ええっ! 阿弥陀如来が?

机の中にしまってある大吉のおみくじ。

なんとなく見ていて「観音」の文字に目がとまり、思いだしたこと。

去年の秋、立山のアルペンルートに紅葉を堪能しに行きました。

車の免許がないので、個人で行くと山は大変。

ということで、ツアーで行きました。

さて、観光バスのガイドさんは、その土地土地のエピソードをお話されますよね。

その日のガイドさんは、立山の歴史を話してくれました。

立山の開山について。

立山には佐伯さんという名字の方が多いそうですが、この地を開拓したのが、

佐伯という方だったからなのだそうです。

その昔、佐伯少年は父の大事な鷹を逃がしてしまい、後を追う。

鷹は逃がしてしまったが、熊に出くわす。

熊に一矢報いたが逃げていく。

さらに後を追っていくと、熊に刺さったのと同じ場所に矢の刺さった阿弥陀如来の姿が。

その阿弥陀様にこの地を開拓するように言われ、実行したのだそう。

おもしろいなぁと興味深く聞いていると、彼女は話の締めに入る。

「え~、こうしてですね、佐伯少年は、熊に化けた阿弥陀如来におびき寄せられ

この地を開拓することになったのです」

!!!

私以外、誰も無反応で笑わない。

大笑いすると失礼なので、身をかがめて声を出さずに笑ってしまいました。

ハタチの女の子の手にかかると、阿弥陀如来様は姿を変えてお導きに

なったのではなく、化けておびき寄せたことになるのですね。

新鮮な衝撃でした。

電車内で聞こえてくる女子高生の会話も、言葉の選択、表現に驚くことが

しばしばですが、「おびき寄せ」はクリーンヒット。

基本的には物事、TPOにあった的確で美しい表現、言葉、話し方をするべき。

その土台をしっかりつくって身につけるべき。そう思います。

しかし、基本さえ踏まえていれば、時にはガイドさんのように(いえ、彼女は

ホントにおびき寄せたという認識なのでしょうが)、外した表現を使ってみるのも、

和むかもしれない。

言葉に関して探究心を少々くすぐられました。

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2006年8月30日 (水)

一生モノのおしゃれ

故・向田邦子さんが、著書の中で仰っていたこと。

ことばのお洒落は、ファッションのように遠目で人を引きつけはしない。

無料で手に入る最高のアクセサリーである。流行もなく、一生使える

お得な「品」である。ただし、どこのブティックをのぞいても売ってはいない

から、身につけるには努力がいる。(夜中の薔薇「ことばのお洒落」より)

子どものころから、ことばに関しては厳しく言われてきました。

ちいさなうちは、いちいち細かく指摘されることをわずらわしく思っていました。

しかし、習慣か、刷り込みか。いつの間にか、ことば、話し方に対して強く

興味を持つ自分に気づく。

美しい話し方の人に出会うと聞き入る。

使うことば。間。話し方。声の表情。トーン。

そして、「ことばのお洒落」に出合い、ズドーンと嬉しい衝撃。

素敵なことばは「おしゃれ」なんだ!

スーパーモデルのようなスタイルにはなれない。

高級品や、山ほどのファッションアイテムを持つことはできない。

でも、自分次第で1級品を持つことができる。

じっくりじっくり自分の中に取り入れて身につければ、

「一生モノ」。

目ではなく、耳で引きつけるおしゃれ。

流行りすたりがない。

一朝一夕には無理でも、誰でもことばのスーパーモデルにはなることが可能。

この事実を知ってから、より一層、ことばの世界が好きになりました。

8月22日は向田邦子さんの命日でした。

久しぶりに本棚の奥から著書を何冊も引っ張り出し、読んでいます。

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2006年8月29日 (火)

うかつな「絶対」は禁止!

4年前、水ぼうそうにかかりました。

大人になってからでは大変と聞いていましたが、本当に大変。

お風呂に入っていて、体にポツポツと何かできているのを発見。

湿疹? いやだな。

翌日、増えている。

おかしい。これ、どこかで見たことある。

……。

アッ!

幼稚園時代、同じ組の男の子が見せてくれた水ぼうそうの痕に似ている。

明日、病院へ行こう。そう思って就寝。

朝、ものすごいかゆみで目が覚める。

全身かゆい!!!

鏡を見ると、顔が腫れ上がっている。四谷怪談のお岩さんのよう。

コメディ版だけど。伊右衛門、いないけど。いえ、伊右衛門は怖いから嫌だけど。

近所の病院へ行くと、あまりの状態に看護婦さんがすごく気遣ってくださる。

さらに院長登場。

女の子の顔にもし痕が残ったらいけない!

うちでうかつなことはできないからと、市立病院へ紹介状を書き、

電話で事情も伝えてくださるとのこと。

3時近くになっていましたが、市立病院へ移動。

普通その時間に一般の診察はないらしく、あきらかに迷惑そうな皮膚科医登場。

腫れ上がった顔より、前の病院の先生の、痕が残らないようにという発言への

不安より、「かゆい!!!」ことに不快な私。

医師は私を見るなり、「あらら~、こりゃひどいわね~!」

さらに、「アバタもエクボだから。絶対痕残るから!」を診察中4回もくり返します。

年頃の女性に対しての失礼な発言に、看護婦さんがハラハラして、

気遣ってくれているのがわかる。

むやみに争いたくない。大人気ない人と競ってはダメ。

ということで、怒りMAXな私は、

「絶対? 絶対って言ったわね。ホッホ~、絶対ひとつも痕残さないで

治してやるから、謝罪しなさいよ!」

と心の中で思いました。

なにより、かゆい!!!

これを解決したい。後はどうでもいい心境でした。

帰宅後、この話に母は、私が傷ついたのではと心配してくれましたが、ないです。

失礼な人にはめっぽう強いので。

その後1週間外出できず、薬を塗り続け、10日で完全に復活。

さいわい、痕はひとつも残りませんでした。

みずぼうそう騒動で学んだこと。

かゆみと怒りは最強。

よほどのことでない限り、むやみに絶対と言うべきではないのでは。

むやみな「絶対」はマナー違反だということ。

そして、最初の病院の関係者の方々、市立病院の看護婦さんの人柄から、

思いやり、温かさは人間関係の中で必要不可欠だと改めて感じました。

これは絶対です。

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2006年8月28日 (月)

パトラッシュのように

道でゴールデンレトリバーとすれ違って思い出したこと。

一昨年の秋、母の友人が病気で亡くなりました。

その人は私がまだ3つ、4つの頃からの付き合い。

とてもかわいがってもらい、「年の離れたお姉さん」という感じでした。

オシャレで、子ども好きで、面倒見がよく、いつも明るい彼女。

大の犬好きで、晩年、ゴールデンレトリバーを飼っていました。

名前は「ゴンちゃん」。

人懐っこくて、甘えん坊で、雷が鳴るとパニックを起こす。

恐怖のあまり、小屋の屋根を突き破って逃げ惑う。

そのくせ、シラーッとした顔をして、前足でトンと人を小突き、

「撫でろ」と要求。

撫でてやるとウットリする愛い子です。

そのゴンちゃんが去年死んだらしいのです。

彼女のお姉さんにそのことを聞いた母は、

「きっと○○ちゃんのところへ行ったんだね」とさみしそうに言いました。

不思議だなぁと思いました。

ゴンちゃんは病気だったわけでも、老犬なわけでもなく息を引き取った。

「絆」?

感覚的な、感情的なことかもしれませんが。

アニメ『フランダースの犬』で、主人公の少年ネロと一緒に死んだパトラッシュのように。

運命といってしまうことはできません。

ただ、「絆」というものは確かにあり、人間が介入できない「何か」は、

あるのだろうと感じました。

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2006年8月25日 (金)

近距離!

朝方のこと。

ものすごく近距離で、ツクツクボウシの声。

虫という虫すべて、ものすごく苦手。

あまりに近距離の鳴き声に、ガバッと起きました。

まさか、部屋の中に!?

夜、雨戸を閉めるときにでも侵入した?

いや、だったら夜のうちにわかる。

鳴き声は、どうやら雨戸のついていない小窓付近。

おそるおそる近づいて、そっとカーテンを開けると、

窓の外に張り付いて鳴いていました。

おおっ! とのけぞりましたが、待つだけ待って、

短い命を懸命に生きているのに、邪魔しては悪い。

驚かさないように、そっとカーテンを閉めました。

昨日の話の続きのようになりましたが、

パート2ということで、ゆく夏へと、くる秋へ。

生まれてはじめての俳句。一句ずつ。

温暖化 涼しくなれと 打ち水を

法師蝉 儚きいのち 燃ゆる声

お粗末でした。

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2006年8月24日 (木)

ゆく夏、くる秋

8月23日。

カレンダーを見ると「処暑」とある。

隅っこの説明によると、

処暑…二十四節気のひとつ。暑さが止むという意味。

    ようやく朝夕は風も涼しくなる時期。

なるほど。

暑さには強いほうで、部屋の扇風機はあまり出番なし。

猛暑の夜も、扇子1本で充分だったので、気づかないうちに夏の終わりになっていました。

1年を通して、空を見るのが大好きです。

青空に限って言えば、晩夏から初秋の青空がいちばん好きなので、

ウキウキしてきます。

自宅以外、どこにいても冷房だらけで冷えてしまう不快感も、

空パワーで解消。

もうすぐ秋! 食欲の秋。芸術の秋。

そして個人的には散歩の秋。

ものすごく肌が弱いので、夏の間、たとえ日差し対策をしていても、

極力日中の外出は控えていました。

でも、もう2週間もすれば、思う存分散歩ができるようになるはず。

蝉の声にゆく夏を感じつつ、一段と空が高く思える青空に、

くる秋への期待が高まる1日でした。

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2006年8月23日 (水)

流さない美学

涙は女の武器じゃない!

女性が仕事を持つのが当たり前な現代。

昔ほど、泣けば許されると思っている、と言われなくなったと思います。

実際、そう言われたくない、そう思われたくないとふんばり、

こらえて流さない人が多いのでは。

が、現実とは逆に、映画、ドラマでは、昔の作品より最近のものの方が、

男女共に安易に泣く場面が多い。

人前ではなく、ひっそり泣くならわかるのですが、躊躇せず、どこででも

堂々と泣かれると。

美学がほしいな、と思ってしまいます。

決して涙を流してはいけないとは思いません。

どうにも堪えられずに泣いてしまうことはありますから。

人の死に直面する、愛、友情などで流す涙は当然ですし、尊い。

しかし、日常の中では流せる涙より、とどめるもののほうが、重く深い気がします。

内出血してしまうから。

あっ、この人、今泣きたいだろうな、堪えているんだろうな、と伝わったとき、

その人を愛おしく感じ、大切に思えます。

その人のために何か出来ることをしたい! 出来ないだろうかと考えます。

取り立てて関心のなかった人が、必死に涙をとどめているのを見て、

たちまち好感をもつこともしばしば。

余談ですが、先日の高校野球。

早実の斎藤くんの流した涙。苫小牧の田中くんが流さなかった涙。

どちらも美しかった。

スポーツで流す涙はいい! OK。

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2006年8月22日 (火)

自己防衛

子どものうちは大人が守ってくれます。

大人になれば、自分で自分を守らないといけない。

「大丈夫?」

会うたびに開口一番、そう言って何かと心配してくれる友達が、

夜道の歩き方を伝授してくれました。

胸を張り、ちょっといかり肩にする。

冬場なら、コートのポケットに手を突っ込んで、大またでガツガツ歩く。

とにかく女らしくせず、早歩きで!

今は夏なのでコートはありませんが、夜道では勇ましく歩くようにしています。

また、電車では「痴漢」という問題が。

冤罪があったり、女子高生が気に入らない相手を、

わざと痴漢だと騒いで陥れるという話を聞いたことがあります。

こうなると、痴漢被害は男性も女性もということになります。

本物の痴漢に触れられるのは嫌だし、冤罪被害者をつくってもいけない。

モラルハザードによるひずみのひとつと言えるのではないでしょうか。

安易なもの言いはできない問題ですが、男女共に自己防衛が必要なことだと思います。

最後に1つ。

「痴漢はおとなしそうな人を狙うと思う」

「一見おとなしく見えるから、ボーッとしてたらダメだよ!」

以前、友達にアドバイスを受けました。

ずっと気を張っているわけでも、ピリピリするわけでもないですが、

「触ったらひっぱたく!」くらいの気構えをもち、シャンとするようになってからは、

不愉快な思いはしなくなりました。

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2006年8月21日 (月)

愛しい写真に会いはぐる

ショックです。

新聞の切り抜きをしようと、ここ数週間の新聞を読んでいて固まりました。

行き忘れたのです。星野道夫さんの写真展!!

大好きな星野さんの写真。

写真展のことを新聞で知ったとき、確かに大喜びしたのに。

何をやってるんだ私は! と泣きたくなりました。

やっと見られると思ったドラクロアを見られなかったとき以来、

ズーンと落ち込みました。

そういえば久しく美術館にも美術展にも行っていない。

寂しいな。

気持ちを立て直そう。

今、星野さんの写真を見ると、行かなかったことのショックを払拭できないので、

東山魁夷の画集をチョイス。

大好きな「冬華」「晩鐘」「夕静寂」「緑潤う」「白馬の森」「郷愁」

そして、はじめて本物を見たとき、感動しすぎて数分、その場を離れることが

できなかった「道」。

画集で見てから目を閉じて、記憶の中の実物と対面。

だいぶ立ち直りました。

私、単純でよかった。

しかし、行き忘れるとは、たるんでますよね。

気を引き締めないと。

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2006年8月18日 (金)

風呂敷にたどり着いたのは

間の悪さは健在。

お墓参りを兼ねて、お盆の前日から3日間、母の実家へ行っていました。

にもかかわらず、お盆の初日、久々の貧血。

足手まといになってはいけないので、ひとり、留守番。

お詫びの気持ちで、せっせと仏壇の掃除をしました。

掃除が終わってから遺影に「ごめんね~」と謝りながら、

「おじいちゃんって、どんな声だったのかな」と思いました。

私が2歳のとき、祖父は他界したので、写真でしか知りません。

思い出がない。

母が話してくれることでしか祖父を知る術はありませんが、

母の思い出の中の祖父を尊敬しています。

ここ1年くらい、風呂敷がマイブーム。

本を買ってみると、風呂敷は実に様々な用途で使える。

過剰包装する必要がなく、際限なく使えるので、地球にやさしい。

ただの布なので、たたんでしまえば場所をとらない。

布があれば簡単に自分で作れる。

ということで、よく行く手芸用品のお店で、風呂敷に出来そうなものを

探しては、買い溜めています。

和文化の勉強を始めてから興味を持ち出したのですが、

先日、母から知らされた話。

祖父はカバンとして風呂敷を愛用していたそうです。

思い出はなくても、祖父とつながっているんだなぁと思えて嬉しくなりました。

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2006年8月10日 (木)

リアルな絵本

映画、ドラマ、舞台。

お芝居を観るのが大好きです。

一体、いつからか。

ちいさいとき、兄とテレビで観ていたヒッチコックチャップリン

母が連れて行ってくれた舞台「ラマンチャの男」

原点はもっとちいさい頃。もっと身近なところでした。

母が読んでくれた童話。絵本。

芝居調に読む。

登場人物の声色はすべて変える。

おもしろいので飽きないし、もっと読んで、もっと読んでとリクエスト。

リアルに絵本を読む母。

楽しくていいのですが、ひとつ問題が。

怖い本もリアル。

「ねないこだあれ」という絵本があったのですが、私を寝かしつけるときに読む。

この本は夜遅くまで起きている子供を悪い子だと、おばけが現れてあの世へ

連れて行ってしまう話。

普段はすんなり早く寝る子でしたが、うっかりテンションがあがって眠れない

ときは恐怖でした。

「ああ、遅くまで起きちゃった。だめだ、連れて行かれる…」

もう1冊。昔話の「山姥と牛飼い」。

山姥対牛飼いの話ですが、母が演じる(?)山姥が怖い!

恐怖でおもらしせんばかりに怖い!

読んでもらってしばらくは、道で見かけるおばあちゃんが皆、

本当は山姥なんじゃないか、とって食われるんじゃないかと怯えていました。

ちなみに、今も進化を続けているらしい山姥ギャル(なんて呼ぶかわかりません)。

ばったり出会うとちょっと怯えます。

お知らせ

明日から17日までお休みします。

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2006年8月 9日 (水)

1年の計は

誕生日にもあり。

「自分の誕生日に、スタッフやお世話になった方々に、自分が生まれた年の

ワインとメッセージカードを贈りました」

タレントさんがそう語った雑誌のインタビュー記事を読んだことがあります。

素敵だなと思い、それから誕生日に対する感覚が少し変化。

祝ってもらうだけじゃなく、感謝の日。

ありがとうを言いたい人たちに何か贈れたら、と思いますが、

なかなかできませんね。

「祝って!」って催促になってしまう危険が。

近年、誕生日は元旦同様、自分の1年を振り返る。

新たに過ごす年を考え、きちんと年を重ね、歳を纏えるように、

目標を定めるようになりました。

ひとつひとつ、歳を重ねていけるのは嬉しい。

じっくり自分と向き合ったあとは、ガッツリ食べます。

ショートケーキ。

今は、母親が「おめでとう」と祝ってくれたり、

友達から「ハッピーバースデー」メールをもらったり。

感謝の日として、さりげなく何かお返しできるようになるまで、

もう少し、祝ってもらうだけに甘えていようと思います。

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2006年8月 8日 (火)

いのちに添う

ストレスが溜まった状態。

イライラ、ピリピリ。

険が出る。

そういう時は、自分が悪い波動を出しているのでしょうか。

花の持ちがすごく悪いときがありました。

お水や栄養剤をあげても、鉢植えも切り花も、ぐったりしてきて枯れてしまう。

いったいなぜ?

思い返してみると、いろいろ悩んでストレスを溜めていた時期でした。

きっと、私のストレスを感じとってしまっていたのでは。

反省です。

鉢植えで育てるにしても、切り花を飾るにしても、「いのちに添う」ことなんですよね。

人なら対話ができるし、態度で示すこともできる。

動物も行動で伝えることができる。

でも植物は姿で表すことしかできない。

自分がどんな状況、状態であろうと、花に水をあげるときは、気持ちを切り替えて、

やさしい思いを注げる人間でありたいです。

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2006年8月 7日 (月)

そろそろ冬眠を終えてもらって

うさぎグッズ、ハンカチ、オルゴール、食器など。

少しずつ集めているコレクション。

考え考え、ゆっくり増やしていけたらと思っています。

ひとつだけ、衝動買いしてしまうコレクションが。

便箋。

手紙が好きなので。

哀しいかな、現代は公私の別なく電話、メールが多い。

便箋たちの出番は少ない。

それでも、何軒かちょこちょこと立ち寄る店があり、新しい便箋が入っているかチェック。

ピンとくるものはパッと買ってしまう。

春夏秋冬。季節のものを買うたびに、四季っていいなぁと感じます。

気軽に書ける葉書にも、素敵なものがたくさんあるし、一筆箋もいい。

数行の短い手紙は、好きな色の折り紙を買ってきて、花形の小皿を模って、

便箋にすることもあります。

買う量に比べて出番が少ないので、長らく冬眠中のものも多い。

手紙文化、復活してほしい。

と、受身でいましたが、自分からコツコツ、手紙キャンペーンをしていこうと思います。

また、いろいろ計画中なので、来年には眠りを覚まして活躍してもらえそう。

手紙は、時候の挨拶、相手との関係や用件によって、前文、末文を考えるのも楽しい。

ちなみに、結語は女性の場合、「かしこ」が多く使われますが、一般的な手紙なら、

やわらかく終えられるように「ごめんくださいませ」を使うのが好きです。

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2006年8月 4日 (金)

人生をエンターテイメント

一時、洋画しか観ていない時期がありました。

作品がおもしろいと役者にも興味がわく。

強い意志。誇り。人生を楽しむ姿勢。

社会への関心、問題意識の高さ。

立場を逆手にとり、考えなければいけないこと、やるべきことを示してくれる。

自分がいろいろなものを得られた分、還元しようとする責任感、使命感。

粋だわ! カッコイイ! 

と夢中になっていました。

そういう時期に、聴いていた曲にあわせてフッとおもいついて書いた詩です。

私は「セレブ生活」に憧れがないので、読み返すと、出てくる人がセレブばかり

なので、どうしようかと思いましたが。

たまには、こんなノリノリな感じもいいかな、ということで。

「Hollywood Life Style 」

最初は真似事でもいい 作家でもまずは模写から

学んでいくっていうでしょ なりたい私を目指して

ワイルドなキャサリン チャーミングなメグ スマートなサンディ

キュートなヘップバーン エレガントなニック コケティッシュなレネー

欲張りなほどに魅力的

現実味のない夢だと笑われるけど構わない

理想高いならそれだけ 磨く張り合いあるじゃない

ジョニーデップが好き マットデイモンも好き

トムもレオも素敵 デンゼルワシントン 大人の実力派

きっとどこかにいる 無謀な賭けを楽しみたい

アルマゲドンのグレース セリフにこうあった

I love my life  そう言い切れるのはかっこいいじゃない

さあ 幕開けるわ 身の程知らずのショータイム

クラシカルなファッション 『シカゴ』なダンス&シャウト

ジュリアみたいにスマイル それだけじゃなくて

やるべきこともある スーザンみたいに

社会への意識を持たなくちゃ

さあ 幕開けるわ NGもいいわ ご愛嬌よ

たった1度のlife 「どうせ」「だって」はやだ!

フテブテシイほどに やってしまえばいい

私の描くステージ タフに演じりゃいい

人生をエンターテイメント ようは遊び心

たった1度のlife たった1度のlife…

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2006年8月 3日 (木)

コンプレックスは!

チャームポイントにしてしまいなさい!

以前、ドーンと落ち込んでいたときに、ある方からいただいたお手紙に

書かれていた言葉です。

このコンプレックスとは見た目の話ではなく、気持ちの問題などいろいろですが。

とってもありがたいのですが、当時はそう言われても、と素直に受け取れませんでした。

ああ、もったいない!

その手紙には、「コンプレックスをチャームポイントにできたとき、コンプレックス

が幸せを教えてくれるはず」とも書かれていました。

さて、これは見た目の話ですが、私の両手の小指は生まれつきギューンと

カーブしています。絶対まっすぐにならない。

コップを持つとき、立てたくもないのに勝手に小指が立つ。

人にそれを指摘されるのも嫌でした。

また、正式に調べていませんが、神経がうまく伝わっていないようで、

手話の勉強をしようとしたときも、思うように動かない。

手話の基礎もうまく動かせない。

手自体は平均的なサイズだと思いますが、カーブした小指だけはちいさい。

手を好きになれない。コンプレックスでした。

それも悔しいので、少しでも好きになろうと、ピンキーリングを買って

小指と仲良くしようと考えました。

商品棚の1番小さいサイズが3号。ゆるい。

店員さんにお願いして倉庫から1号を出してもらう。

少しゆるい気がするけれど振ってみても落ちない。

これ以上だと0号を特注しかないとのこと。1号購入。

お店で試したときは大丈夫でしたが、ときどきスルッと落ちるのは

困りますが、今もつけています。

そんな努力あってか、今は手紙の言葉を受け入れられるようになりました。

以前は指を人に見られたくなくて、手を引っ込めがちだったので、

懺悔を込めて、お風呂でセッセとマッサージして可愛がっています。

今のところ、指から幸せを教えられてはいませんが、何を発見できるのか、

ワクワクしています。

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2006年8月 2日 (水)

ご冥福をお祈りして

ウェルカムエイジングをテーマに書こうと思っていましたが、予定を変更して。

社会学者の鶴見和子さんがお亡くなりになりました。

去年、母が購入した「クロワッサン」に鶴見さんのインタビューが掲載されていました。

その号は、素敵な大人の女性のインタビュー満載だったので、1冊もらってしまいました。

すばらしい記事なので書きたいことが山とあるのですが、2つほど抜粋。

人間は自然の一部なのだから、人間が自然を破壊することは、人間が

    自分で自分を滅ぼすこと

世界規模であらゆることが危機的状況にある現在。無関係な人は誰もいない。

しっかり担っていかなかればいけないことだと思います。

広島、長崎に緑は戻り、人は生活を始めた。が、それは元とは同じではない。

   違った形で蘇るの。「回生」するんです。回復と回生は違うの

これは戦争があってはならないという話で語られたものです。

とても勉強になりました。

ここから少し話が逸れますが、「回生と回復」と聞いて思ったこと。

人は何度でもやり直すことができる。今の自分を良しとしなければ、

自分次第でいくらでも違う自分へと変えていける。

それは新たな時間を積んでいくこと。

過去がなかったことになるわけではない。

過去から変わっても、過去が変わるわけではない。

嫌なことがあっても、絶望してもエネルギーを貯めて復活して

「さあ、ここからがんばるか!」

というリスタートは大好き。

気に入らないこと(もの)はなかったことに。

最近、ニュースで見るような「リセット」と称してすべてを壊すなんて許せない!

良かろうと悪かろうと、確かに自分の時間は進んでいく。

嫌なことや悲しいことがいっぱいある。

だから、

いいことが光るし、生きていく甲斐がある。そう思います。

最後に鶴見さんのお言葉をもう1つ。

「何事も、それぞれの事例について自分で判断しなきゃだめよ」

もっと見て、聞いて、考えて、判断力を鍛えていきたいです。

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2006年8月 1日 (火)

内緒!

「そんなこと言って誰がハッピーになるわけ?」

田村正和さんがドラマの中でおっしゃった言葉。

テレビの前で拍手。まったくその通り。

言って何の意味があるの? というようなことを言う人が苦手です。

キツイ、厳しい言い方でも、そこに愛情があり、導いてくれる言葉はありがたい。

また、楽しくないことでも、相手のためになることや、自分の誇りを守るためなら

話さなければならない。

でも、そうじゃなければ胸に収めるべきでは。

相手が話したそうだったり、話してきたら聞きますが、言わないなら聞きません。

距離感は人間関係を保つ鉄則だと思うので。

ちいさな子は言っていいことと悪いことの判断力がまだないから、

大人が教えればいい。

大人にそれをやられると辛い。ダメだと言ってもそうそう変えないから。

人を見下す発言。ののしり発言。悪口。噂話などを言う人は、共通して

イキイキと楽しそうに話す。

知り合いに、なんでも知りたがる噂大好きな女性がいました。

バッタリ出くわしたとき、グイグイ迫って立て続けの質問。

私のことだけではなく、誰々はどうしてる? どうなの? 知ってる?

サラリとうまくあしらえたらよかったのですが、当時の私にその技術も

余裕もない。

あと1分もその場にいたら「お願い、黙って」といってしまいそうだったので、

あまりスマートな方法ではありませんが、自分の口に人差し指をあて、

笑顔をつくって「内緒!」とだけ言って走って逃げました。

以来、なんだか吹っ切れて、ハッピーにならない言葉に対しては距離をとり、

無になることを覚えました。

願わくば、アンハッピーな言葉をひとが使わなくなれば、と思います。

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