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2006年7月21日 (金)

生きる甲斐

先週、「スイッチを押すとき」という舞台を観ました。

「だれか」が生きていくために、「だれか」が自ら命を絶たされる。

生を、人生を奪われる。

という、ディープな設定の舞台です。

ググッと舞台の中に自分の感覚をもっていかれ、苦しい。

苦しいけれど、セリフから、役者の方がたの「言葉にしない部分」から

気づかされたものがたくさんありました。

感じたことを言葉にしたいと思うのに、気持ちがうまくまとまらない。

困った。困ったときのいつもの方法。

時間をおく。友達と会ってテンションを上げる。お助けMDを聴く。

そうして考えて1週間。

舞台の少年少女の立場には立てない。同じ状況に置かれたことがないのに

「わかる」「かわいそう」などとは言えない。

以前「リベンジのすすめ」という詩を載せましたが、あれは

「死なないでほしい」願いで書きました。

また、好きな歌詞にちなんで「未完成」の回で生きる意味に

ついて書きました。

今回、舞台を観て「受けとったもの」を元に、「リベンジ&未完成」的な

ものを書きました。

やわらかさが足りず、スポコンのようですが。

「生きる甲斐」

「何か」を望む

強く 望む

手を伸ばす 懸命に伸ばす

その手を叩き落とされる

がんばるほど 強く叩き落とされる

もがいても もがいても 

扉は開かない

どうしたらいいのか

次第にわからなくなる

いつから?

自分のために泣いていない

苦しい今を受けとめている

当たり前として

慄然とする

同時に

かすかな 自分の中の力にも気づく

「何か」を願う心

「生きたい」「活きたい」という欲求

不意に耳にした ことば

「なんのために生きるのか? 笑って死ぬためだろ」

今のままでは自嘲になる

諦めの笑いは嫌だ

ならどうする?

「生きる意味」

本当のところは

「いつか」死ぬときまでわからない

今 わかるのは

「幸せになりたい」という願い

「幸せになるんだ!」という決意

心の真ん中に

「いつか死ぬときは笑って」を据え

手を伸ばし続ける

また叩き落されるかもしれないが

生き抜いていく

生きて活きて 生き抜けば

伸ばした手がボロボロでも

心から笑える確信がある

生きる甲斐 あるなぁ

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コメント

こんにちは!
深いテーマのお芝居ですね。
叩き落とされた手を、また伸ばす強さを
持ち続けていたいです。

ps.長女が演劇部で、昨日発表会を見てきました。
  連続で5本観たら、さすがに頭痛がしました。

投稿: 寝起きのパンダ | 2006年7月24日 (月) 11時48分

寝起きのパンダさん、こんばんは。
テーマが深いので、観ていてすごく力が入ってしまいました。
しかも客席と舞台が近い。一番前の席だったので役者さんが目の前に立っている。
それも新鮮な体験でした。
お嬢さん、演劇部ですか。お芝居が好きなんですね。なんだか親近感♪

投稿: 蓮 | 2006年7月24日 (月) 22時26分

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