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2006年7月17日 (月)

因果応報は嫌だけれど

嬉しいことが循環するなら大歓迎

じゃんじゃん廻ってほしいもの。

例えば、お店に入ってドアを開けようとしたとき、後ろから人が来るのが見える。

開けて待っていると急かしているようになってしまう。

ゆっくり歩いてタイミングを合わせて開ければ、後から来た人が気兼ねなく入れる。

お店のドアは結構重い。ご年配の方には辛いこともあるのでは。

祖母の生前、誰かが祖母のために、ドアを開けてくれたかもしれない。

待っていてくれたかもしれない。

そう考えると、私がドアを開けて待った誰かは、祖母のためにドアを開けて

くれた人やその縁の人かもしれない。

いえ、全然縁のない人だとしても、「誰かが誰かのために」を繋げていけば

循環するのではないでしょうか。

誰かに席を譲ったら、どこかで母が席を譲ってもらっているかもしれない。

これから譲ってもらえるかもしれない。

私は方向オンチなので、よく見知らぬ人に道を教えていただきます。

なんらかの形で恩返ししているかもしれない。

これからするのかもしれない。

嬉しいことの循環はきっとある!

そう信じています。

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コメント

おはようございます!
私も、子供達によく
「優しさの連鎖」という言葉を
使います。
お姉ちゃんが優しくしたら、
妹も優しくなるよって。
良いことは、たくさん増えて欲しいです。

投稿: 寝起きのパンダ | 2006年7月19日 (水) 08時22分

寝起きのパンダさん、こんばんは。
「優しさの連鎖」素敵な言葉!!
お母さんにそう教えてもらえるお嬢さんたちは幸せですね☆

投稿: 蓮 | 2006年7月19日 (水) 21時41分

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