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2006年6月30日 (金)

リベンジのすすめ

すごく言い方は悪いですが、心からの思いです。

モノは考えよう、ということで。

ふてぶてしくて、自分好き。

かわいげないですが、時には役立ちます。

中学3年のときのこと。

15歳の女の子が抱えるにはしんどい問題に向き合っていました。

それでも、幸い友達には恵まれていて、笑って過ごす毎日。

自分なりに精一杯生きていました。

ところがある日、心無い同級生に意地悪なことをされ、目の前が真っ暗。

人生でただ1度だけ「死のう」と思いました。

がっ!

ふてぶてしさ発揮。

号泣した後、気づいたんです。

なんで死ぬの? 悪いことしてないよ? 幸せにならないままで?

まだ恋もしてないよ!

私の気持ちを傷つけた子、私が死んだ後も生きて恋したり、青春するんだよね。

……。

死ねない。

幸せにならないと!!

復活。

自分好きバンザイ。

そんな体験から生まれた詩です。

「リベンジのすすめ」

何か悪いことをしたわけでなく

理不尽な攻撃を受けてしまったなら

傷つき絶望したのなら

決して死んではいけません

苦しんだだけで人生を終わらせては

絶望した意味ありません

リベンジしなくちゃなりません

傷つけるのではありません

陥れてはなりません

暴力 殺人などとんでもありません

平気で人を踏みにじる人は阿呆です

たいした人ではありません

輝いてやるのです

幸せになるのです

そう心に決めたとき

あなたはその人たちがなれない

素敵な人になるのです

強い人になるのです

最高のリベンジを始めましょう

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2006年6月29日 (木)

菩薩のようなひと

女としてこうありたい、こうなりたい。

イメージで描いているものもありますし、実際にお手本にしている人もいます。

小学1年生のとき、風邪をひいたのか、学校で具合が悪くなりました。

できるだけ我慢したのですが、ついに限界が。

ウッ!

トイレに駆け込もうと廊下に出たところでリバース。

……。

ちょうど休み時間で、教室も廊下もにぎわっています。

チビッ子大騒ぎ。

体は苦しい。床には汚物。服も汚れた。

それをたくさんの人が見ている。

もう頭の中は真っ白。

騒ぎに気づき、隣のクラスの先生がやってきました。

20代後半くらいの女の先生です。

先生が真っ先にしたのは、私に笑顔を向けたこと。

「大丈夫だよ」と言って。

「汚ね~」という男の子に

「汚くないよ」とやわらかい口調と笑顔で言います。

子供たちを教室に戻し、バケツと雑巾を用意してテキパキと片付ける。

その間も私に「大丈夫だよ」「がんばったんだね」とやさしく声をかけてくれます。

その後、曇った表情をまったくせず、笑顔のままで汚物を片し、カーディガンの

汚れを拭い、私を保健室に連れていくまでピリピリした感じは一切なし。

最後まで微笑み続けてくれました。

救われました。

先生の菩薩様のようなそのあり方は、今でも私の指針です。

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2006年6月28日 (水)

居たい場所探しゲーム

電車の中吊りを見るのが好きです。

特に広告のキャッチコピー。

「うわっ、うまいこと言う!」と思うものを見つけると、その言葉との出合いが

嬉しくてジーッと広告に見入ったりします。

最近のお気に入りは住宅の広告のコピー。

「これから 居たい場所」

なんとなくいいな、と感じました。

居たくない場所。居なきゃならない場所。居るべき場所も居場所。

現実にはこれらの場所は多いし、付き合わないわけにはいかない。

居たい場所、心地いい場所だけにいることはできない。ありえない。

そう考えながら広告を見ていて、ふと思いだしたこと。

「人間その気になれば世界中どこへだって行ける。どこでだって

生きることができる。言ってみれば世界中が居場所

昔、知り合いが言っていた言葉。

世界中が居場所。居たい場所。居なきゃならない場所。

居るべき場所。今、居る場所。

居場所。居場所。

しばらくの間、自分の中で「プチ居場所ブーム」

雨上がりのビル街を歩いていて、空を見たら虹がかかっているのを見つける。

そこはたちまち心地いい場所になる。

気持ちが塞いでいるとき、たまたま出会ったちいさな子に満面の笑みで

手を振られ、空気の悪い雑踏も素敵な場所になる。

居なきゃならない場所で、1杯のお茶を飲んで深呼吸すると、

居られる場所に気持ちが切り替わる。

ささやかな「居たい場所探しゲーム」

結構楽しい。

今は意識的にやっていますが、そのうち自然に習慣にまでなり、

特技にしたいと思っています。

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2006年6月27日 (火)

思わず嫉妬するくらい

しばらく映画館に行っていなかったので、1本だけでは収まらず、もう1本観ました。

「海猿」です。

前作とテレビドラマを観ていたので、完結を観ないわけにはいかない!

この作品が好きな理由はたくさんありますが、いちばんの理由は

主人公に惹かれたこと。

日常生活が紡がれているときは誰でもそれなりに「いいひと」

良くないことが起こる。アクシデントに遭う。

自分が望まない状況に置かれたとき、どうしようもなく人の本質が出る。

主人公・仙崎大輔は

決してカッコイイ完全無欠のヒーローじゃない。

スマートにためらいなくなんでもやってのけるわけじゃない。

戸惑って、迷って、苦悩して。

まっすぐで、正直で、熱い。

そして行動力!

人のために行動できるというか、行動で人を大切にできるひと。

仙崎くんは望まない状況、アクシデントの中で、ひたすらポジティブに動く。

人を思うことができる。本能的に人を思う。

信じることのできるひと!! と感じました。

思わずヒロインに嫉妬するくらい。

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2006年6月26日 (月)

したたかに

あっ、好きな俳優がたくさん出てる。

それが動機で映画「花よりもなほ」を観てきました。

じっくりスクリーンとのデートを堪能。

クスッと笑い、えっ、おおっ、と驚いたり発見したり、

ちょっぴりツキン、ズキンと痛みを感じる。

そして、目からウロコの考えや言葉。

約2時間、いろんな感覚を積み重ねて、観終わったときには、

ほんわかした気持ちでこの映画を好きになっていました。

「したたか」という言葉。

よくないものとして使われますが、実は結構好き。

なぜ好きなのか自分でもうまく理由が掴めていませんでしたが、

この映画を観てはっきりしました。

「したたか」には「良いしたたか」「悪いしたたか」があるのだと思います。

人を傷つける、バカにする。

人を貶める、踏みにじる。

人の人生を狂わせる、潰す。

そんな要素を含んだものは「悪いしたたか」。

生きていく、生き抜くため。

自分や人の人生を守るために。

良い方向へ向けていくためのポジティブなものなら、それは

「良いしたたか」であり、「強さ」「あたたかさ」ではないかと感じます。

「花よりもなほ」の軸に「良いしたたか」があるように思え、

それ故に、じんわりあたたかさが沁みた気がします。

あ~、観てよかった!

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2006年6月23日 (金)

マニュアル

モノによっては必要。

ただ、マニュアルの前に人ありきではないかと思います。

「マニュアル」

幾年月も時が流れて

この世に歴史がある

「今」はいつでも新しい

何もかも

誰も彼も

その時にしか存在しない

分類なんて無駄なこと

すべて正確になど当てはまらない

マニュアルに頼り過ぎると本能は退化する

アテになるのは

自分が感じて

学んだことだけ

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2006年6月22日 (木)

ストレスがたまると

泣くのは嫌。

買い物。

がんばって貯めて「エイッ」と使うとスカッとするけど、めったにできない。

さて、どうやってストレス解消するか。

発散の仕方はレベルによって変わります。

レベル1

自分なり癒しのアイテム。

音楽、映画、本、写真集、画集。それから散歩。

レベル2

食べる。食べる。

普段からよく食べますが、さらに「育ち盛り」に帰ります。

レベル3

磨く。

ティーポット、ティーカップ、お皿、グラスなどの食器。

お鍋、フライパン、オタマ、裏ごし器などの調理器具。

一心不乱に磨きます

イラッ、モヤッとした気分も洗い流したようで、ピッカピカになると、

スカーッとします。

レベル4

最終段階になると、ひたすら寝る。

時間の許す限り寝る。

隙をみては寝る。

電車内で立ったままでも爆睡します。

眠っている間にエネルギーが蓄積されるのでしょうか。

寝れるだけ寝ると、驚くほどポジティブシンキングが甦ります。

食べて眠って、文化に触れてエネルギーが循環する。

人間ってうまくできているものですね。

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2006年6月21日 (水)

女優帽

色が白い。

肌が弱い。

のぼせやすい。

というわけで、日差しは天敵!

しかし、歩くのが大好き。散歩大好き!

夏の外出に日傘は欠かせませんが、せっかくの散歩に傘を差すのが

わずらわしいこともある。そこで、

今年はド~ンとつば広の帽子を買いました。

UVカット機能があるもので、紫外線完全シャットアウト。

子供の頃からの憧れだったんです。

映画の中で女優さんがかぶっている、つば広帽子。

10代やハタチくらいでかぶれば、かわいらしいものなのでしょうが、

憧れはエレガントな装い。

「女優帽はエレガントじゃないとダメ!」と決め込み、まだ早い、早いと

なかなか自分にOKを出せませんでした。

まだエレガントには程遠い。

女優さんのようなゴージャスな帽子には手が届かない。

手の届くものならいい。

手の届く価格でド~ンとしたつば広帽子に出合い、一目惚れ。

真っ白なその帽子にシフォンのリボンを巻いたり、コサージュをつけて

今の自分に見合った「女優帽」に仕立ててみました。

もうすぐ夏本番。

「マイ女優帽」に大いに活躍してもらいます。

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2006年6月20日 (火)

実栄心

「虚栄心は身を滅ぼす」

母の若い頃に祖父が言っていた言葉だそうです。

子供の頃によく聞かされました。

身の丈に合わないもので取り繕っても、そこにあるのは「よさ」ではなく

「むなさしさ」だよ、と。

子供の私は、単純に「よくみえない」ならやらない、と思いました。

この教えには感謝しています。

見栄をはらないと楽ですね。

お金や物など物理的なもの、立場や自分の状態など現象的、心理的なものも、

「今の自分だと、どう?」で判断すればいい。

ダメだと判断すれば、「現時点では、縁がないいうことで!」と引き下がれる。

くやしいけれど、

現象的なものなら「ふさわしいところまでいってやる!」とモチベーションになる。

物理的なものなら「ふさわしい私になったときにまた合おうね~」と思える。

そのときは「せつない」ですが、「むなしく」はならない。

人間、よく思われたい、見られたいのは当然の願い。

そこに実が伴っていないと、「虚栄」だとよくない。

「実栄」ならいいということですよね。

現実の自分を誇る気持ち。

実栄心。ということでしょうか。

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2006年6月19日 (月)

浅草発、愛情

頭が痛い。

昨日のことです。

朝から頭痛プラス貧血でぐったり寝込んでいました。

暇だな…。

テレビをつけると、ドキュメントを放送している。

なんと三社祭じゃないですか!

三社祭に情熱を燃やすふたりの女性を取り上げた番組。

ひとりは、ダンナさんとふたりの子供と浅草に暮らす女性。

息子さんが初めて青年部での参加となり、ダンナさんは50歳。今年で

青年部を引退。家族そろって神輿を担ぐのが夢だったそうで、叶うのは

今年が最初で最後。

祭りのひと月くらい前から番組でその様子を追っていた。

「素敵だな、江戸っ子一家」と思いながら見ました。

もうひとり。生粋の江戸っ子の女性。

幼いときから祭りに参加してきた彼女は、三社祭に対して熱い思いを語る。

4月に出産し、三社祭には間に合うと喜ぶも、間近になって産後の状態が

思わしくなく、無理をすると歩行困難になるかもしれない、と医師に絶対安静

言い渡される。

すし職人の弟さんは幼い頃から一緒に担いできたから、誰よりも担ぎたい姉の

気持ちがわかる。だから止めるのは自分の役目と言う。

担ぎたい気持ちと葛藤しながら当日を迎える彼女。

半纏に身を包む。

葛藤は続く。

神輿が近づく。

苦渋の決断。

体は大事。

半纏を脱ぐ。

切なそうな彼女。

娘の気持ちが痛いほどわかる父親はせめて代わりに自分が!

神輿の担ぎ手の中に入っていき、必死に担ぐ。

それはわずかな時間だったようですが、お父さんは64歳。

50歳の人が今年で引退を決めるほどハードな神輿。

どれだけ大変なのか、想像に難くない。

それでも担いだ親心。

テレビの前で思わず涙。

人が人を思う心、愛情。それに伴う行動。

尊くて美しい。

グッときますね、あったかい人の心。

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2006年6月16日 (金)

常識?

生意気!

なんですが、「○○だから」という感覚が好きじゃないんです。

今、これが流行っているんだから

そういう時代だから

世の中そういうものだから

どうも腑に落ちない。

大事なことが抜け落ちている。

「世の中そういうものだから」という理由で、何かをしたり、選ぶなら

「人はいらない」

何かをするのが

「その人じゃなくても、私じゃなくてもいい」

「誰でもいい」

ということになってしまう。

それじゃ、企業優先、経済優先で、人を二の次、ながしろにしてきた

社会構造と同じ。

私は、弱さ、自分かわいさから、時には日常の中であれこれ言い訳を

してしまいます。

でも、「世の中そういうものだから」という言い訳だけはしない!

という思いから書いた詩です。

「常識」

世の常とされていること

必ず正しいとは限らない

世の常を積み重ね続け

気づくと重くて1歩も動けない

そんなことにならぬよう

世の常1枚拾うたび

持つか破くか考える

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2006年6月15日 (木)

大人の器

去年、念願の着付けを習いにいきました。

先生も、生徒さんたちも、いい方ばかり。

毎回、着付けや帯結びを覚えていく充実感。

週1度のお稽古が楽しくて楽しくて!

半年があっという間でした。

ひとまず基本科を卒業し、お免状をいただきに伺ったとき、ちょうどお稽古が

なく、先生ひとり。

ちょっとお茶でも飲みましょうか、ということで近況や他愛のない話をしました。

私は少々頑固なところがあり、人に悩みを打ち明けたり、弱音を吐くことが

ヘタで、苦手なのですが。

その日はめずらしく弱音が出て、流れでシリアスな話をしました。

先生は特に解決策を促すわけでも、喝を入れるでもなく、絶妙な相槌で

話を聞いてくださいます。

なんだか安心して思う存分話していくうちに気持ちが楽になり、

言うだけいったらスッキリ。

話を聞き終わった先生が言ってくださった言葉。

「弱音でも愚痴でもなんでも、ここに来て言いなさい。何がしてあげられる

わけじゃないけど、言っちゃうことでスッキリするでしょう」

さらに

「何十年、たくさん人に会ってきたけど、いろんな人がいるから。

 みんなあれこれ、ここで話していくわよ。私も生徒さんに『聞いてちょうだい!』

 って話したりするし。お教室はずっとここにあるから、いつでもいらっしゃい!」

嬉しかったです。

本当に愚痴を言いに行ってはいませんが…。

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2006年6月14日 (水)

梅雨を楽しむ

6月といえばアジサイ。

街や花屋さんでアジサイを見かけると、ジメッとした梅雨もそれなりに楽しい。

アジサイ。

中学生のとき、初めて浴衣を誂えてもらったのがアジサイ柄。

あれこれ悩んだ末、「10年経っても着られるように」ということで選んだものです。

あれから16年目。

中学生のときに1度着ただけ。

去年、再び着るまで長いこと眠っていたので、新品のようにきれいな状態。

背もほとんど伸びなかったし、まだこれから十分に活躍しそうです。

梅雨が明けると本格的に夏。

夏が来ると行われるもの。

花火大会!

今年はどこに行こうかと考えながら、日曜に浴衣を引っ張り出し、

ちょっと着てみてテンションがあがる。

今まで履いていた下駄がどうやら寿命のようで、新しく買うしかない。

探しに探してお気に入りを発見。

そこで、やらなければならないことを紙に書き出し、すべて片付けたら

自分へのご褒美として買おうと決めました。

現在、達成度8割くらい。

週末には購入できそうです。

どうぞ、売り切れませんように!

というドキドキ感。嫌いじゃなくて、これも楽しかったりします。

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2006年6月13日 (火)

しなやかに歌って

山口百恵さんの歌のタイトルです。

先日、ふと耳にして懐かしく思い出しました。

リアルタイムで聴いたことはありませんが、引退されたあとの特集で

いろいろなヒット曲を聴いた中の一番好きな歌です。

「しなやか」という言葉がチビッ子ながらに素敵なものに思えて好きでした。

初めて聴いたときにはわかりませんでしたが、詞の内容は切ない

しかし!

百恵さんは、にこやかに、やわらかく歌っていた。

「しなやかに歌って 寂しいときに」

「しなやかに歌って この愛を」と。

さらに

「静かにときは 流れていくの 夜はいつでも朝に続くはず」という歌詞が。

チビッ子の私は、これは優しいひとの歌なんだ、とだけ思っていました。

少し大きくなってからもう1度聴いて、切ない歌だと気づいたときにビックリ。

百恵さんは、にこやかに、静かに、やわらかく歌っていた。

切なげには歌わない。

たぶん、この歌を歌う百恵さんの姿が、初めて感じた素敵な大人のあり方

だったような気がします。

大人は「喜怒哀楽」を子供のようには見せないのだと。見せない分、

その世界は深いんだろうな、と感じました。

素敵な大人=しなやかなひと

そう自分の中にインプットされました。

百恵さんが引退されたのは22歳くらいだったとおもいますから、

「しなやかに歌って」を歌っていたのはそれよりも前。

ものすごく若いときだった! すごい!!

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2006年6月12日 (月)

右? 左?

別にどちらでもいいことですが。

凝り性ゆえに。

お箸、包丁、ペンは右手で使うので、当然右利きだと思っていました。

しかし3年前に「あれ? 左利き?」と言われました。

以来、自分が右利きか左利きか、何かにつけ気になる。

確かに左手を使うことが多い。

右手でカバンを持つのは左手で物を出し入れをするからだと気づく。

駅の自販機は左手でお金を入れる。

気にし始めて発見。コインの投入口は右側にあって、右利き用なのですね。

そして自動改札絶対左手です。

1度、右手で入れてみたら、慣れていないのでかえって手間がかかりました。

普段も腕を交差させなければならないので不便ですが、右手よりしっくりくる。

昨夜は湯飲みを持つのが左手だと判明。

結構、左手が活躍しているようです。

ただ、両方使える器用な手というわけではなく、右手で使っているものは右のみ。

左手を使っているものは右だと不自然なのです。残念。

このあいだ、「その研究熱心さ、違うことに活かせば」との指摘を受けました。

ごもっとも!

ですが、あまり意味のないこと、役に立ちそうもないことに興味を持ち、

夢中になる性格は変わりそうもありません。

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2006年6月 9日 (金)

三つ子の魂、恐るべし

遅い。

何をやるのも遅いのです。

それはもう、小さいときから。

「何かやり出すと最後まできっちりやるんですけどね…その…始めるまでが

遅いんです。じーっと考えて納得してから始めるので」

小学生のとき、母が担任の先生から言われた私の評価です。

そういえば、給食を食べるのも遅かった。

「比較はしない!!」が我が家の家訓(?)なので、ゆっくり自分と

向き合っているうちに人生もゆっくりスローテンポになっちゃいまして。

世間的には、いろいろとせっつかれ出す20代半ばに感じたことを書いた詩を。

「カメの主張」

多角的にモノを考えられたらいいのに

どこをどう見たらいいのか

どこに何があるのか

どうすればいいのか

判らない 見えない

三つ子の魂百まで

納得して行動に移すまで

すべての成長と適齢期

人よりずっと遅いんです

のろまなカメのくせに

よそ見をしたり休んだり

道草なんかも食らうけど

なるべく首を引っ込めず

必ず歩いて行きますから

急かさず 突かず

長い眼を持っちゃくれませんか

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2006年6月 8日 (木)

笑顔の交換、好感

人ってやっぱり人が好きなんだ。

今回の旅でなんとなくそんな気がしました。

人との関わりっていいことばかりじゃない。嫌な思いもたくさんする。

それでも、人は人を嫌いになりきれないのではないか、という思いを強めました。

旅での出会い。

まず、いちばんインパクトがあったのは、お世話になったホテルの

フロントマネージャーさん。

ロビーでウェルカムドリンクを運んできてくれたあたりで、既にユーモア溢れる

キャラクターを見せる。

ドリンクがゆずのジュースで、お肌にいいらしく、隣のテーブルの女性たちに

「飲んだら今よりもっと美人になっちゃう。楊貴妃もびっくり!」と全力でサービス。

部屋へ荷物を運んでくださるとき、浴衣やトイレの説明、お風呂の説明、

湯ノ湖の説明と、どれも普通には説明しない。

とにかく楽しく盛り上げよう、人を笑顔にしようという気持ち満載

ずっと年上の方でしたが、その人柄はなんてチャーミング! 

と思わずにはいられない。

楽しい気分にさせていただいたことに感謝、感謝! でした。

2つ目の出会い。

夕食のときに1回だけ廻ってこられた着物姿の年配の女性。

女将さんでしょうか。

物腰がやわらかく、静かな微笑みは、懐石料理と同じく気品に満ちている。

しっかり歳月を重ねてきたことを表すように歳を纏った素敵な人でした。

またひとり、ウェルカムエイジングのお手本発見!

最後は、特定の人ではありませんが、湯ノ湖と小田代ガ原を散策中、

たくさんの方とすれ違いました。

そういうとき、「こんにちは」とあいさつを交わすのがならわしですよね。

もう楽しくて楽しくて、会う人会う人と「こんにちは~」と笑顔を交わしました。

こちらが笑い顔だということもあるかもしれませんが、ほとんどの方は笑顔。

「形式だから」というだけのものではない気がしました。

2度と会わないかもしれないけれど、ほんの一瞬、自然の中にいることを

共有している感覚が嬉しくて、心から気持ちよくあいさつし合えるのでは

ないかと思いました。

ひとつ改めて感じたことが。

すれ違った人の中に、何人も海外からいらした方がいました。

私は思いっきり日本語で「こんにちは!」。

日本語で返してくる人、お国の言葉で返してくる人と様々。

そこに笑顔がセットであればそれで十分でした。

笑顔って強い。偉大。

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2006年6月 7日 (水)

散歩セラピー 旅先編

6月2日。暑からず寒からずの気候。散策日和。

最初のポイントは、いろは坂。

いろは坂といえば、ひたすら続くカーブが有名で、小学生のときはクラス中が

カーブにはしゃいで周りの景色が目に入っていませんでした。

今回はしっかり見ました。

右も左も青々とした木々が輝いている。

「昔は気づかなくてごめんね~」と思いながら堪能。

次のポイントは華厳の滝。

エレベーターで100メートルほど降りて展望。水の流れ落ちる音が心地好い!

私は滝、海、湖、川と、水が大好き。水のある場所なら安心するくらい好きです。

泳げないけど。

水好きにはたまらない滝の迫力。荘厳でどこか寄せつけないような迫力

感じました。

エレベーターのお兄さんの話では、普段、流れ落ちる量は毎秒2トンほど。

6月2日は3トンだったらしいです。これが台風の翌日には毎秒100トン!に

なることもあるのだとか。3トンでも迫力なのに、100トンって一体!?

お兄さんは「勇気のある方は台風の後にまたお越しください」

と言ってエレベーター内を笑いに変える。お見事。

勇気、出さなきゃいけないんですね…。

1日目は中善寺湖を少し眺めたあたりで日も暮れ始めたのでホテルへ移動。

中禅寺湖は、ポツリポツリと釣り人がいる程度。腰まで浸かった釣り人に一瞬

ビックリ。

2日目はチェックアウトが11時とゆっくりなので、荷物を置いて目の前の

湯ノ湖を一周散策。

木の根っこで転ばないように足元に気をつけつつ、鳥のさえずりや黄緑、

深緑の中、森林浴気分で歩くのは、なんとも気持ちのいいものでした。

途中に湯滝があり、滝下まで降りて滝を堪能。

前日の華厳の滝とは違い、光が降り注ぎ、左右に新緑を従えた湯滝は

親しみやすく清々しい迫力の滝でした。

秋の紅葉もいいだろうな~と想像膨らむ湯ノ湖廻りは1時間半ほどで味わう

ことができました。

その後、とっても人のいいフロントマネージャーのいるホテルを後にして

すぐそばの湯ノ平湿原へ。

ここがよかった!!

湿原の横に湯元温泉源泉があり、硫黄の匂いが立ち込め、そこここで

ポコポコとお湯が沸いている。

見上げれば静かな山に色々な木が青々と生きずき、目の前の湿原には

鴨が遊び、大地では温泉が沸き続けている。

なんだかホッとする組み合わせで、穴場というか、すごく期待していたわけでは

なかった分、いいところを発見! と嬉しくなりました。

さて、今回は母娘ふたり旅。

母の希望は新緑を満喫したい! 新緑の中を歩きたい! というもの。

いよいよ今回のメイン。戦場ヶ原~小田代ガ原の散策。

バスで三本松下車。昼食をとっていざスタート。戦場ヶ原展望台で湿原を

見渡した後、三本松から赤沼まで20分弱歩く。途中振り返ると

広がる戦場ヶ原と後ろにそびえる山々が壮大で「あ~今旅してるんだ~」

と実感。

赤沼から小田代ガ原の散策コースへ。

木々に光が差し込み、鳥のさえずる道が果てしなく続いて、どれほど歩いても

全然疲れない。まさに森林浴効果!

途中、すれ違う人とあいさつを交わしたり、花と一緒に活けられそうな小枝を

拾ったりと楽しむ。ゆうに2時間以上は歩きましたが、疲れるよりどんどん

元気になっていったくらいでした。

その後、竜頭の滝方面へ歩いていきましたが、霧が出てきたので滝上で少し

滝を眺めて帰路につきました。

余談ですが、小田代ガ原の散策コースで、母が「熊が出たりするんじゃない?

鈴持ってないわよ」というので「怖がりだね~、大丈夫、出ないから」と根拠なく

断言したものの、途中、

「熊出没 多発 注意」

とご丁寧に口を開けて吠える熊さんのイラストつき看板が!!

ちょっと怯えました。自然の中へ行くのに鈴は必需品のようです。

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2006年6月 6日 (火)

美味しい! おいしい?

旅のスタートは日光東照宮。

表門をくぐってすぐ左に、三猿のいる神厩舎があります。

おおっ~懐かしの三猿! と眺めていると、ツアーの団体が。

個人で行くと気楽ですが、ツアーのいいところはガイドがあること。

ちゃっかり団体さんの後ろにくっついてガイドさんの説明を聞いちゃいました。

なぜ神厩舎に猿の彫刻が彫られているかというと、

昔から猿は馬を病気から守るとされたためなのだとか。

ほ~、とツアー客と一緒に感心。

その後、鐘楼、陽明門までついていき、説明聞き放題。

団体さんから離れた後、眠り猫、鳴龍を見て、拝殿で参拝。

そこで大好きな白檀の香りにつられて御香守を購入。

ところで、神社といえばやっぱりおみくじ

表門手前でくじ発見。

末吉。

微妙、と思ったら、鳴龍のところで「鳴龍みくじ」発見。引いちゃいました。

大吉!

昔から龍好きだから、きっとこっちが当たり、と都合よく解釈。

ちなみに、翌日行った湯元温泉寺でも「天然貴石入り開運おみくじ」をつい引きました。

大吉!

末吉→大吉→大吉。

上り調子ってことね、とまた都合よく解釈。

さて、旅の楽しみのひとつといえば、食べ物。

ホテルの夕食は懐石料理。和食はいいですね。目でも味わえる。

先付けの胡麻豆腐の美味しさに「これは期待できる!」と感じたとおり、

出てくるもの出てくるものに顔が笑いっぱなし。

天ぷらが出たのですが、天つゆではなく緑色の粉が。

わさび? と思いきや、抹茶の粉とお塩を合わせたものだそう。

それに天ぷらをチョンとつけていただくと美味しい!

家でも食べたいと思い、売っているのかホテルの方に伺ったら、売っていない

とのこと。作りかたは企業秘密らしく聞けませんでした。残念!

でも、抹茶と塩を合わせて試してみようと思います。

そして湯波。あまり食べたことがなかったのですが、今回、お昼に食べた

湯波そば。懐石料理の湯波蒸し、寄せ湯波、湯波の天ぷら。

どれも美味しくて、すっかり湯波のとりこ。しばらくはまりそうです。

さて、最後のおいしいは、お風呂。

たまたますいていて露天風呂に人がいない。

貸切! と贅沢な気分を満喫。

翌朝もタイミングよく貸切状態。

ゆったりと体を温めて何時間も歩く散策に備えました。

明日は自然満喫編です。

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2006年6月 5日 (月)

旅に出てきました

1泊2日で、日光に行ってきました。

少し前に、行く予定も余裕もないと言いましたが、行っちゃいました。

贅沢? 予定組めるかしら? と思いましたが、都合つけて行っちゃいました。

日光。

ずっと行きたい場所のひとつだったんです。

小学校の修学旅行で行ったことはあるのですが、子供でしたから。

色々と見たにもかかわらず、友達とキャッキャとはしゃいでいた記憶ばかり。

いいものがたくさんあるのに、ちゃんと味わえていなかった。

ということで、今回はしっかり味わってきました。

東照宮で、人間の造ったもののすばらしさを。

華厳の滝、湯ノ湖、湯滝、戦場ヶ原に小田代ガ原などで、自然の偉大さ、

荘厳さ。新緑の清々しさを。

他にも泊まったホテルの夕食で懐石料理の美味しさを堪能。

そして

やはり、旅といえば人との出会い!

今回も何気ないものですが、いい出会いがたくさんありました。

今週は、旅で感じたことを書いていきたいと思います。

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2006年6月 1日 (木)

優しい女

10代の頃は作詞家になりたかったんです。

最近はアーティスト自身が詞を書くことが多いですが、私が子供の頃は

作詞家の作品が多かったのです。

10歳くらいからだったと思います。歌を聴くときに詞が好きかどうかが

重要なポイントになりました。

大人になってからなぜそんなに詞にこだわるのか考えて出た答え。

憧れです。こういう女性になりたいという。

確か鶴田真由さんだったと思いますが、以前、インタビュー記事の中で

女優という字は「優しい女」と書く。そうなりたいと語っていました(違って

いたらごめんなさい)。

そのとき、「優しい女」ってどんな女?と考え、

「あたたかい」「懐が深い」「信じる強さがある」「しなやか」「自律してる」

とイメージ。

結論を出して、子供の頃からずっと好きであり続けている歌を改めて聴いてみる。

歌の中の女性は「優しい女」ばかり。こういう人になりたい。こう在りたいという

具体的なものがそこにありました。

今も、ものを書くときや、自分の生き方、在り方を考えるときの軸は子供の頃から

現在までに出合った詞にあるような気がします。

それらの歌を集めてMDをつくり、聴いては「こうなりたい。こう在りたい」

と思っています。

お守りですね。

お知らせ

明日は都合により、お休みします。では来週、月曜日に。

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