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2006年5月31日 (水)

そのとき何してた?

反抗期がなかったんです。

母曰く、愛情注いで育ててきたのに反抗される筋合はない。当たり前!

ごもっとも。

ただ、1度だけ、高校2年生のときに思いきりブチンと切れてしまいまして。

以前、体を悪くして「青春」が送れなかったと書きました。

夢があるし、恋だってしたい。周りの子は当たり前にしてるのに。

なんで私はできないの! 私の言っていることわがまま?

なんか壊れてる。

17歳の私は我慢が限界に。

で、どうしたかというと、何もかも放り出そうとしました。

もう嫌。なんにもしない! 医者にも行かない! 学校も辞める!

そう家族に宣言。

生まれて初めて部屋中のものをひっくり返して閉じこもりました。

ただし、ご飯はちゃんと食卓で食べるし、お風呂もトイレも入りました。

閉じこもりきれていない…。性に合わなくて…。

その間、母と兄は何も言いませんでした。後に聞いたのですが、必ず立ち直ると

わかっていたから、1度思いっきり感情を爆発させたほうがいいと思い、

待っていたらしいです。

結局、こんなことしても仕方がない、意味がないとわかっていましたし、

前へ進むしかない。何よりいろいろとものをぶちまけたことで、

部屋が散らかっているのが許せなかった!

せっせと片付けました。もう2度とやらないと誓いながら。

反抗期(?)は1週間という短さで終了。

1週間ぶりに学校へ行くと、「風邪大丈夫?」と友達に言われました。

ああ、私は「風邪を引いていたのね」と笑ってしまいました。

3歳の頃からの友達がいます。

ミニ反抗期から3年経ったある日、笑い話として彼女にその話をしました。

聞き終わってひとこと。

友達「そのとき友達として私、何してた?」

私「学校行ってたんじゃない?」

友達「ええっ!」

私「なんで?」

友達「いや、全然気づかなかったから」

私「そりゃそうだよ、高校違うもん」

友達「え? 高校?」

どうやら高2と中2を聞き間違えたらしいのです。

「なんだ~、びっくりした。毎日一緒にいたのになんで気づかなかったのかと思って」

とほっとしています。でもすぐまじめな顔で「ごめん、何も知らなくて…」

と言ってくれました。

その後は他愛ない話をしましたが、内心、小躍りしちゃうくらいジ~ンと感動。

もう、嬉しいこと言ってくれちゃって!!

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2006年5月30日 (火)

部屋で壁に激突!

歩き姿は重要。

以前、そう書きました。

「遠くを歩いていてもわかる」と言われるほど「へニョン」とした内股の歩き方。

現在も改善中。

効果が出てきたのか、かなりましになってきたと思います。

以前は、けつまずく、転ぶ、いつもどこかにアザがある。

という日常でしたが、歩き方の改善を始めてからは少なくなりました。

なんて油断していたら。

私の部屋は和室で、ローテーブルに正座のスタイルです。

昨日、立ち上がったとき、自分の足につまずいて壁に激突。

痛いやら情けないやらで笑ってしまいました。

さて、マナーを考えるときに言葉がありますが、言葉はなるべく省略せず

丁寧に話すと、それに伴う動作も丁寧になり美しい。

最近、これは歩き方にも言えることではないかと思うことがありまして。

和服のときは転ばないんですよ。なぜかと考えたんですが、

しっかりと帯で固定されることで安定するからでしょうか。

腰が安定することでよい姿勢がキープできる。

さらに、裾が乱れないように丁寧に歩く。そのおかげではないかと。

洋服のときもこのことを意識して歩くようにすればいいと考えました。

自室で壁に激突するくらいですから、まだまだ身についていませんが、

街で見かける着物姿のお姉さんたちのように、粋な歩き方を目指し奮闘中です。

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2006年5月29日 (月)

夢のお告げ?

猫、好きです。ホントに好きです。

でも先週、夢に出てきた猫とは相性がよくなかったようで。

白くてとってもかわいい猫が、うちの中へ入ろうとしている。

しかし、なぜか夢の世界では家に入れてはいけないらしく、私は入ってこない

ように窓を閉めようとしている。

猫は「ニャー」と鳴き続けながらグングン迫ってくる。

かわいい。むげに払いのけるなんてできない。困った。

そのとき!

ヒョコヒョコと歩いて祖母登場。

あっさり猫をよけて窓を閉める。そしてにこやかな顔で居間に座る。

いつの間にか家も、自宅ではなく祖母の家になっている。

あれ? おばあちゃん死んだはずじゃ? と家族みんなで不思議に思いつつ

「シッ。死んだことに気づいてないんじゃない?」

「12年も経ってるなんて知ったらショックだよ。悟られないようにしよう」

と話し合う。祖母を見ると、懐かしい穏やかな顔で微笑んでいる。

と、そこで目が覚めました。

母に話すと「何か意味があるんじゃない?」と言う。

おかしな夢はよく見ますが、嬉しくないものばかり。いつもは気にしませんが、

祖母が出てきたこともあり、珍しく気になり本屋で夢占いの本をチェック。

猫は災いの暗示。ええー! 嫌だ、と思いつつ、「祖母」を調べてみると、

「祖父母が出てきた場合、何か伝えたいことがあって出てきている。

険しい顔の場合、この先困難が待ち受けているので、やろうとしている

ことは見直し検討を。にこやかな顔の場合は、幸運が待っている暗示」

おおっ。幸運の暗示!

ということは、災いが起こりそうなのを祖母がブロックしてくれた、ということでしょうか。

まあ、夢だし、と思ったものの、学生時代、友達と同じ夢を見たことがありました。

その数日後の部活中、同時に転倒してケガしたことを思い出す。

夢のお告げ?

災いって何? 幸運って何?

「まず、自分で考えなさい。楽に手に入るものなんてない!」

祖母→母→私への教え。答えは教えてもらえないようです。

夢占いどうだった? と母に聞かれたので話すと

「おばあちゃんが守ってくれてるのよ!」と大喜び。

……。

母さん、そんなに喜ばれても、まだ何も起こっていないので。

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2006年5月26日 (金)

プロだ!

旅に出たい。

かれこれ半年以上どこにも行っていない。

行く予定も行ける余裕もないけれど、これからの季節ならどこに行くのが

いいかなぁ、と勝手に想像して楽しんでみる。

去年は箱根の登山鉄道で紫陽花を堪能。

また、なんとなく立ち寄った「箱根美術館」がとてもよかったことを思い出す。

庭内全体が静けさの中にあり、青々とした竹庭、日本画の中に迷い込んだような

苔庭の趣。森林浴のように心身を癒されて満足。

そして、旅に出ると景色はもちろん、「人との出会いが宝物」だと聞いたことが

ありますが、まさにそんな出会いが。

苔庭に癒されて館内へ入り、2階の展示室へ。

そこには縄文時代や弥生時代の土器、カメやツボがたくさん展示されています。

そこにひとり、50代後半くらいの男性が。

どうやら展示室の係りの方のようです。

バチッと目が合ったので「縄文時代のものがこんなにハッキリ形を残しているって

すごいですね」と言うと、キランと彼の目が光ります。

土器の説明や昔の人がどんな風に使っていたのか、説明会スタート。

カメもツボも、食料の保存に使われていたこと。

カメは大きくて、そのまま使うと下の方のものが取れないから、土にある程度まで

埋めていた。

夏は腐らないように冷蔵になり、冬は保温のためにと、万能な器であること。

入れていたものは、水、味噌、酒、雑穀、豆類などであることを教えてくれました。

その詳しさに、ここでの案内が長いのかと思いきや1年も経っていないらしいのです。

マニュアルにあるのかなと思うとそれも違う(いや、あるにはあるでしょうが)。

ただ展示室に来た人にあいさつしたり、多少の説明をするだけでは味気ない。

少しでも楽しくおもしろい解説ができたらと、自主的に歴史の勉強をしたのだそう。

わぁ、プロだ!

仕事のプロだと思い「素敵!」と拍手。

新たに展示室に現れた観光客の方から質問をされると、

またまたキランと目を輝かせて小走りで去っていく。

その後ろ姿は、人柄が表れていて、とても美しいものでした。

ああ、また旅がしたい!

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2006年5月25日 (木)

複雑でシンプルだから、余白!

だんだんと自分がわかるようになってきた。

というか、趣味嗜好が整理されてきたということでしょうか。

物事をシンプルに考えるようになってきました。

また、先日、21、2歳のころに書いた詩を読み返してみました。

その当時はなんとなくそう思って書いただけだと思いますが、

改めて思ったことが。

余白、隙間って必要だな、と。

「心の隙間」

幸せはほんの些細なことにある

ひとつひとつを大切に感じていたい

人生は難しく複雑

幸せはとてもシンプル

ほんのちいさなひと粒ひと粒だから

見落とさないように

見つけられるに

心にいつでも受けられるように

隙間を持っていたい

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2006年5月24日 (水)

ディズニーランドの親戚?

ちょっと恥ずかしいので今まで人には言わなかったことが。

今は多少知っていると思いますが、外食の習慣のない家庭で育ったため、

10代の頃、全然店の名前を知りませんでした。高校生のとき「デニーズ」を

「ディズニーランドの親戚みたいなもの?」と聞いて友達に笑われたくらい

疎かったのです。

基本的に今でもご飯は家で、というスタンス。あまり外食しないので慣れていません。

たしなみとしてスマートでありたいと思うのですが、どうも…。

なんとなくぎこちない行動。疲れを感じていたのですが、最近いくらか外食を

楽しめるようになってきました。

当たり前と言えば当たり前ですが、好きなものを注文すればつくって運んで

きてくれる。食べ終われば片付けてくれる。

後片付けしないでいいなんて

いつもは節約しながら買い物。栄養バランスを考えながら食事。

食べたら後片付けがあるのに。

上げ膳据膳なんて「お金持ちのお嬢様になったみたい」

とひそかに幸せを感じます。

まあ、小さな喜びはいいとして、お店にくわしくはないので、一緒に食事に

行く人任せで、申し訳ないなと思います。

たしなみとして少しは覚えようと店の名前をメモにとるようになりました。

ひとつ発見。

ドラマでメニューがなかなか決まらず「どれにしようかな~」と迷うシーンを

見ていて気づきました。

私はメニューを決めるのが早いです。

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2006年5月23日 (火)

日本はどう?

浅草は日本を堪能できる場所なのでしょうか。

外国人の方が多く訪れる、観光スポット

普段は行っても気になりませんが、先日の三社祭ではふと、

日本はどんな風に映るのか、どんなものに興味があるのかと気になりました。

まず面白かったのは、おみくじ。何を引いたのかわかりませんが、大喜び。

内容は把握しているのかなと思いながら自分のくじを見ると、英語が書いてある。

今までは気づかなかったのでいい発見。

ちなみに、よくおみくじを枝に結びますよね。

浅草寺は確か枝ではなく、結ぶ用の棚(?)のようなものだったと思います。

そこにおみくじをくくりつける人たちを何枚も写真に収めている人が。

お国にはこのような風習がないのでしょうか。とても珍しそうに見入っていました。

また、お土産にどうぞというように「和物」が仲見世に並ぶ。

どんなものに興味がいくのか注目。

日本画の描かれたTシャツや日本人形かと思いましたが、私が見たときは

日本語が書かれたキーホルダーやちょうちん。それから扇子を手にしている

人が多かったです。

そしてやはり、お神輿は食い入るように見て写真を撮る、撮る。

今年は気づきませんでしたが、ふんどし姿で「ソイヤァ!ソイヤァ!」

担いでいる人を見たこともあります。

驚いたことがひとつ。

和服姿の外国人女性がいたのですが、姿勢がよく、足さばきもきれいで

しとやかにこなしていました。

一方、ゆかた姿の日本の女の子は前かがみか、のけぞった姿勢でザバザバ

した歩き方。そのため裾から足が大きく見えてしまっている。

せっかくの和装が…。残念でした。

余談ですが、人力車に乗る人を見かけるたび、

「いいなぁ、乗りたいなぁ」と思うのですが、なんとなく気恥ずかしくていまだ乗れず。

友人に話したら、

「着物で出かけるほうが目立つんじゃない?」と言われました。

確かに、着物は平気。

やりたいことはやらないと、もったいないですよね。

乗ってみようかな…。

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2006年5月22日 (月)

年に1度の大事な日

大好きな浅草

大好きなお祭り

三社祭最高!

ということで、浅草の三社祭に行ってきました。

年に1度、心から日本人であること、日本をいいなと改めて思う日です。

今年も神輿! 神輿! と胸を高鳴らせて浅草寺へ。

ものすごい人だかりの中、到着したときは、ちょうど一番大きな神輿が社殿前に。

神輿の上で強面のお兄さんたちがふんどし姿で笛を吹いたり掛け声を出しています。

神輿が移動して眼前に迫ってきたときは、その迫力で一気にテンションが上がる。

その後も次々と神輿が現れ「エッサァ! エッサァ!」「ソイヤァ! ソイヤァ!」

掛け声が響き続く。私の興奮も続く。

毎年しみじみ思うこと。

担ぎ手の男も女もみんなカッコイイ!

男衆はふんどし姿に法被、ねじり鉢巻やらタオルを頭に巻く。

女衆はふんどしとはいきませんが法被にねじり鉢巻。

キリッとして粋でいなせ!

個人的な見解ですが、若者の担ぎ手はキラキラしていて素敵です。大好きです。

しかし、見ていて最もいいなぁと思うのは、「中高年」の担ぎ手

生き生きと輝く目。活気と迫力のある掛け声。担ぐ姿も貫禄ものです。

皆、美しい! ホントに美しい! 

違いはなんなのかと考えてみると

「味」でしょうか。

若者と中高年が同じように担いでいても、刻んできた時の長さが、

味わい深く感じられる。伝わるのではないかと思います。

今年も存分に神輿を堪能し、エネルギーを注入。

「兄貴、姐さん、カッコイイです!」

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2006年5月19日 (金)

ああ、情けない

一度身についたことってなかなか変わらないらしい。

小学校へ上がる前、電車に乗ると母に「お金払っていないんだから座らない!」

と言われ、立っていました。手すり、届かないけど…。

小学校に上がると今度は「子供は遊ぶのが仕事。疲れたらいつでも休める。

大人は違う。働いているの。どんなに疲れても仕事があるの。大人が優先!」

ということで、やっぱり立たされていました。座ってもいいのは、よほど具合の悪い

ときに母の膝の上に座るか、すいているときのみ。混んでくれば疲れた社会人に

譲るのが決まりでした。

やっぱりまだ、手すり、届かないんですけど…。

今、もう十分大人です。疲れもします。

具合が悪いとか、よっぽど疲れていると、堂々と座りますが、そうでない場合、

一瞬ためらってしまう。つい挙動不審にキョロキョロ。私より年上の人はいないか、

疲れてそうな人は? と確認してしまう。

染みついた習慣を憎らしいと思います。スンナリ座ればいいのに。

さて、そんな要領の悪い私。いつものように電車で立っていると

「お譲ちゃん、ここ座りな」と声をかけられました。

目の前に座っている70代とおぼしき女性です。

??? と驚く私に

「私はもう次で降りるから」とおっしゃる。

「なら次まで座っていらしてください」とお断りすると、

「無理しなくていいから!」と立ち上がろうとなさる。

どうやら具合が悪いと思われたらしいのです。

結局、降車駅まで座ってもらい、それから座らせていただきました。

ハァ、情けない。元気なのに!

一体、どう人の目に映っているのか。黙って考え事をしていると「大丈夫?」

と病人扱いされることが多い。

それにしても年配の方に席を譲られるなんて!

確かに昔は体が弱かったけど、今は元気です!

こんな誤解を受けないためにも、空いていれば座ればいい。

絶対立っていなきゃいけないことはないわけで。

もっと柔軟な対応をしようと思いました。

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2006年5月18日 (木)

とりあえず言っちゃえ

大嫌いだったんです。

とりあえずって言葉が。

なんだかその場しのぎな気がするというか、誠実じゃない! 感じがして。

またまたガッチガチな考え方なんですが。

しかし、今年に入ってからでしょうか。

違う使い方があるのでは? だとすれば、ありかな、と思い始めました。

どうも私は時間に追われるとか、自分を追いつめてバタバタしていないと

がんばれない。

本来は暇があればフラフラ散歩に出たり、ボーッと空を眺めて過ごす

のんびり屋なのです。

オンとオフを切り替えて、やるべきことをやるときに、のんびり屋では

成り立たない。

だから自分を追いつめてバタバタ、というパターンをくり返していました。

なんだか忙しなく、スマートではないですよね。

そこで「とりあえず」くん、登場です。

やるべきこと、やろうと思っていることを周りに宣言してしまう。

とりあえず言ってしまう。

不思議と「言ったからにはやろう」ということで、バタバタしなくても、

無理なく淡々と行動できるんです。

「とりあえず」を解禁したおかげで、オンとオフの切り替えがうまくなり、

ストレスも軽減してきたような気がします。

願わくば、いちいち「とりあえず」言わなくても、スマートに生活できる

ド~ンと構えた人になりたい。

……。

「とりあえず」一歩ずつ、ということで。

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2006年5月17日 (水)

手も口ほどにものを言う

人と会うとき、最初は目を見ます。

「目は心の入口」なのでしょうか。

その人が何を感じているか、思っているかがいちばんわかると思うので。

人との関わりの中で、コミュニケーションをとるために目を見るのは普通ですよね。

私はさらに、出逢った人で興味をもったり、好感をもつと相手の手が気になります。

手フェチってわけじゃないですが。

指が長いとか、キレイに手入れしてあるとか、爪がどうとか、そういうことはどうで

もいいんです。

例えば、テレビのニュースやドキュメンタリーで農家のおじいさん、おばあさんが

インタビューを受けている。

手をじっと見てしまう。

その手は、たくさん生きてきたことを、がんばってきたことを物語っている。

年月の分だけ、なんというか人を受け止める、受け入る懐のあたたかさ

感じます。

また、職人さんの手も好きです。

何かをつくっている手。紡いでいる手。

なんだか、やさしい感じがして好きです。

ちなみに赤ちゃんの手は、まだスタート地点なので歴史は物語っていませんが、

よく宙に向かって手を掲げてバタバタしているのは、何かをつかもうとしている

ようにも見えませんか。これはこれで、始まる「人生」を表しているようで、かわい

いなぁと思います。

余談ですが、男性の手は、大きくてゴツゴツした「無骨」って言葉の似合う手が

好きです。

やっぱり手フェチ?

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2006年5月16日 (火)

接客美人

ハァ、お見事!

そう思う店員さんっていませんか。

巧みな話術で買う気にさせるのが上手な人。

「商売のプロだわ」と感心させられます。

私は強固なまでに財布の紐が固いので、つい買ってしまうということがありません。

そういう人間のことは嗅覚鋭く勘が働くのか、はたまた私が「ほっといてバリア」

放っているのでしょうか。放置されることが多いです。

そこで、他のお客と店員のやり取りを見て、日常生活に活かせる部分を吸収しよう

と、そのコミュニケーション能力の高さをじっくり観察してしまいます。

また先日、喫茶店に入ったときのこと。

店はこじんまりとしており、テーブルとテーブルの間が狭い。

ほぼ満員の状態。

応対してくれたのは背の高いウェイターさん。

ケーキと紅茶を注文すると、人のよさそうな笑顔を向けてくれました。

その後も大きな体をかがめて店内を忙しく動き回ります。大きな体では狭い

テーブルの間を移動するのは大変そうで必死という感じです。

スマートな接客ではありません。

しかし、動きはせわしなくとも、お客に向き合うときは「誠心誠意もてなす!」

という気持ちが伝わるような一生懸命さ全開の感じのよさ。

ついついその動きに注目。

すると、彼の接客を受けている人はどの方も優しい目で彼を見ている。

うっかりコーヒースプーンを落としてしまうハプニングに必死のウェイターさん。

お客は嫌な顔をせず、微笑む。

なんとなく店全体がなごやかであたたかく、居心地がいい。

また来ようと思わさせられました。

ウェイターさんの人柄とそれを受ける人々のほのぼのとした空間。

これは接客美人の力によるところが大きいのでは、と感じました。

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2006年5月15日 (月)

警戒心の必要性

週末、宅配便が届きました。

ハンコを押してお礼を言い、玄関を閉めて思い出したことが。

10年くらい前。

ピンポーンとベルがなるので玄関を開けると、50歳くらいの男性が立っています。

某新聞社の勧誘でした。新聞社や電話会社やその他でも、勧誘に対しては、若者

の特権(?)、いえ、必殺技でしょうか。

「今、親がいないからわかりません」ですべて乗り切っていました。

勧誘の人は「じゃあまた来ます」と言って帰りました。

後日、また同じ人が来たとき、母が応対しましたが、その人が帰った後、

母に叱られました。

どうやら勧誘の人に忠告されたらしいのです。

「お嬢さん、素直に玄関の鍵開けましたよ。危ないでしょう。私が悪人だった

らねぇ。それにシツコイ勧誘があるんですよ。中に入り込んだりサインするまで

座り込んだり。もっと警戒心持たないと

そう言われて恐ろしかったらしいです。

以前、私が帰り道で変な人に声をかけられ追いかけられたことがありました。

幸いそのときは近所の方に助けていただきましたが。

過去に女優の山口智子さん宅に、宅配業者を装った男が押し入った事件が

あったこともあり、こんこんとお説教されてしまいました。

されてしまいました、と言ってはいけませんね。母は心配していってくれている

わけですし、新聞社の方もありがたいです。

当時は「確かに私が悪いけど、そんなに怒らなくても…」なんて思う罰当たり者

でした。もし、タイムマシーンがあるなら「心配してくれる人、叱ってくれる人がい

るのは幸せなことなんだぞ!」と当時の私にお説教したいです。

その後はインターホンで確認、のぞき窓で確認、チェーンをして開けて確認。

など、しつこいくらい警戒するようになりました。

なにより、自己防衛は大人の義務だと知ることになった出来事でした。

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2006年5月12日 (金)

ファッションリーダー

年齢ごとに変わるところもありますが。

自分にとってのファッションリーダーでしょうか。

何人か、素敵だな、と憧れる人がいます。

今日はその中で、子供の頃からおしゃれをするときの軸になっている人。

中森明菜さんについて書きたいと思います。

最近は、ドラマ「プリマダム」に出演されていて、素敵な装い健在。

なんでも着こなす人だ、と思いながら見ています。

17年前に出版された「CRUISE」(出版元・ほんの木)という彼女の本が

あります。写真集とは少し違い、ファッション・ブックとして創られたもの。

上質なファッション雑誌という感じです。

装いが、かわいらしいもの、ワイルドなもの、セクシーなもの、エレガントな

ものと変幻自在。

この本を読んで、服、靴、帽子、アクセサリー、メイク、髪型など、アイテム

だけでなく、雰囲気作りも大切。それを装うのはどんな街か状況か、なども

大切だと知りました。そのトータルで、美しさを作るのだと知りました。

手にした頃は子供で、本の中のエレガントなファッションは似合わないと思い、

「いつかこういうファッションにふさわしい人になりたい」と眺めるだけでした。

今はまだ、ふさわしい人にはなっていませんが、年齢的にはいいお年頃に

なったと思います。

ファッションも「カタチから」ということで、そろそろエレガントな装いをしたい

な~と計画中。

最後に、本に載っていた文章で素敵なものを2つ紹介させていただきます。

「レースに縁どられた服には優しさの余韻がある。その繊細な透かし模様の

合間からデリケートな心が見え隠れする。女が女であることを忘れずに、いつ

までも変わることなく持ち続けるであろうロマンティシズムを、この服に託して」

「恋にも仕事にも前向きで挑み、感情的になることも、媚びることもない。凛と

した表情をその顔にたたえ、通り過ぎた後にも潔い風が吹く。飾りをいっさい

排除したオーソドックスな服には、そんな大人の女の知性が滲み出る」

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2006年5月11日 (木)

純粋でないと大人になれない

今日のタイトルは昨日読んだ阿木燿子さんの本に書かれていた言葉です。

「う~ん、純粋ねぇ」と考え、連休中に従姉妹の子供たちに会い、子供の純粋さ

に触れたことを連想。そしてふと、自分の子供の頃のことを思い出してみると…。

みなさん、サンタクロースを信じていました?

私は3つか4つの頃には正体に気づいてしまっていました。

まず、母は戸締り厳重人なので、完璧な戸締りです。サンタさんの入る隙は

どこにもない! うちには煙突もない!

そして、プレゼントの包装が駅前のおもちゃ屋のもの。決定打です。

外国に住んでいるサンタさんが? うちの近所で買うの?

ダメ押しで、普段は駅前のおもちゃ屋を素通りの母がプレゼントリサーチの

ために私を連れて行きます。

サンタさんにお願いするもの決めておかないとね~」と言って。

ああ、お母さんが何を欲しいか知るためか~」と思いました。

子供を喜ばせようと演出してくれている母をがっかりさせたくない。

そう思い、信じているフリをしていました。またまたかわいくない。

大人になって母にこの話をしたら「うわっ、ショックだわ」と結局がっかり

させてしまいました。友人たちも「いや~、かわいくない! そんな子絶対嫌!」。

ええ、私も同感です。

また、子供の頃、「積み木崩し」をはじめとした非行を問題にしたドラマが

ありました。母がそれらを見せないようにするので、なぜかと問うと、

「影響を受けるといけないから」とのこと。私の返答がまた、かわいくない!

「ないない。何か嫌なことがあるからグレるっていうけど、問題は解決しない

じゃん。手間が増えるだけでしょ。面倒なことは嫌!」

小学生の発言としてどうでしょう。ピュアさがない。

むしろ友人たちに「メルヘンさん」と言われる今の方が、多少純かもしれません。

ああ、順番が逆。今からしっかり大人にならないと。

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2006年5月10日 (水)

まずい、気をつけないと!

「おおっ!」という話を知りました。

草柳大蔵氏の本で知ったことです。

「ぶす」という言葉。

女性に対して使われるよくない言葉ですが、「ぶすっとしている」

「不機嫌そうにしている」「無愛想にしている」という意味もあるのだそう。

また「ぶす」は「附子」と書き、トリカブトからとった猛毒のことなのだとか。

これが黒砂糖とそっくりなので、このことを題材にした狂言の演目があるそう。

トリカブトのぶすをなめて「苦り切った顔をすることを、ぶすっとしている」

表現していて、またひとつ意味が加わっている。

ものすごく納得。「ぶす」って表情のことなんですね。表れる、表される情。

顔だけじゃなく、声の表情、動作の表情

考えてみると、人に会ったとき好感を持つか持たないか、表情によることが

大きいような。

ということは、人にもそう思われるわけで…。

いい出会いばかりではないので、気をつけているつもりでいます。

でもわかる人にはわかってしまうかも。気づかないうちに油断して

「ぶす」っとした表情になっていることがあるかも、と冷や汗でした。

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2006年5月 9日 (火)

ほんのささいなことだけど

連休中に、祖父母のお墓参りに行ってきました。

お墓参りの後、親戚の家へ移動。昔話に花を咲かせました。

家には、鏡台や桐の箪笥などが、祖母が生きていたときのままになっています。

それらを見ていると、生前の記憶が甦る。

子供の頃「将来はおばあちゃんのようなおばあちゃんになりたい!」が口癖で

お手本でした。

ちょっと近所へ出るだけでも鏡台の前に座り、さっと髪に櫛を入れる。

特別よそいきにするわけではありませんが、家にいるときとは別のものに

着替える。

晩年は腰が曲がってしまいましたが、姿勢のよい楚々とした佇まいは

昔の女性ならではでしょうか。

内面も、とても愛情深い人だけど、腹八分で接し、入り込まないし、

入り込ませない。人との関わりに絶妙な距離感を持っている。確かな

プライドがあり、好奇心旺盛で社会への関心も高い。それでいて最後

まで奥ゆかしさや恥じらいなど、女性特有の可愛らしさも保っていました。

なんだか思いきり身内を褒めてしまいましたが、以前、昔の日本映画の

女性たちのあり方、たしなみについて書きました。

今思うと、祖父母を通して、実際にそれらを感じることができたのだと思います。

マナー、教養、たしなみ、女性らしさ。何ひとつ仰々しいことではなく、

ほんのささいなことにあるのだと気づかされた休日でした。

一歩ずつ祖母や昔の女性たちに近づきたいと、とりあえず、

まずは形から

ということで、箪笥から少々いただいてきた着物を纏ってみるのでした。

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2006年5月 8日 (月)

いいかげんでダイタンステキ

占いを都合よく使っています。

以前、そう書きました。そのとき手相観の方について書きましたが、その方に

考えすぎて悩みやすい性格を見透かされました。そして

「お気楽主義でいきましょう!」そう言われ、自己改善。

しばらくして雑誌だったか、どなたかの本か、お助けアイテムとなる言葉に2つ

も出合いました!

①「いい加減は良い加減」

こう変換すると、なんて素敵な言葉! と感動。また「手加減」も手の加減で

物事を調節すること。とすると、2つとも本来あまりいい意味では使われないけれど

別口でバランス感覚を表すものだと解釈。

②「大胆不敵→大胆素敵」

カッコイイ! たった一文字換えるだけでなんてオシャレ! とこれまた感動。

ハタチになったくらいの私に、2つの言葉は大人を連想させました。

「目指せ、良い加減のバランス感覚を持った大胆素敵な大人」が頭の片隅に

いつもある。また、そのためにも、「日常を楽しんで観る、楽観主義」を心がけ

少しずつ自己改善していくようになりました。

現在、相変わらず考えに考えますが、「割り切る」ことを覚え、かなり肩の力は

抜けてきました。

まだまだ「大胆素敵な大人」とはいきませんが。

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2006年5月 2日 (火)

言葉の活用&お知らせ

明日3日から7日までお休みいたします。

さて、今日のテーマですが、言葉。

自分を鍛錬し、高めていくのに、言葉が持つ意味は非常にありがたい存在。

最近、気に入って心にとどめているものを、いくつか書き出したいと思います。

「しつけ」

身を美しくするで、躾。

「びがく」

美を学ぶで、美学。

「つや」

豊かな色で、艶。

「あい」

心を受けるで、愛。

「まごころ」

真の心で真心。

次は私が思っただけですが、

「いとおしむ」

辞書では①愛着を感じて大切にする。 

      ②深い愛情を持ってかわいがる。

ひらがなにして「いと おしむ」と考えると

いと…非常に、大変

おしむ…①無駄に失われないように大切にする。

     ②価値のあるものと考えて大切にする。

とあります。

愛おしむは、失いたくないとても大切なものに対して

使うものなのでしょうね。

まだ使ったことはありませんが。

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2006年5月 1日 (月)

脱・方向オンチ

人には向き不向きがある。

だからまあ、しょうがないかな。いいかな。

そう思っていたことがあります。

私は極度の方向オンチなのです。

人に道を説明するのも苦手。

自覚はあるので慣れない場所では気を引き締めます。

それでも入ったお店から出るとき、来たのと逆方向へ歩き出すので、

一緒にいる人に、そっちじゃないと止められます。

もう少し若いときは、それもご愛嬌と軽く考えていました。

しかし、最近、ある程度は方向感覚をしっかりしておくのも、

大人の「たしなみ」「マナー」では? と改心(?)。

通りすがりのご婦人やサラリーマンのお兄さんに「どこに行きたいの?」と

声をかけられるほどの、迷い人から脱出を決意。

その矢先…

上野をプラプラ散歩中、幼稚園くらいの男の子とその母親に駅への行き方を

尋ねられました。

ちゃんと説明せねば!

現在地は、しのばず口と公園口の真ん中辺り。

確か、しのばず口付近に成人映画を上映している場所があったはず。

ちいさな子がその前を通るのはどうかと思ったので、公園口を説明し始めるものの、

ダメですね。

方向オンチゆえ、普段、道を尋ねられても

「ごめんなさい、わかりません」で通してきたツケが…。

「あー、えーっと…」と、つかえる。

すると、その母親は「すみません、どこかお店で聞いてみます」と立ち去る。

去り際、子供が母親に一言「使えないね」。母親は慌てて「しっ!」。

うまく説明できなかったことへの申し訳なさと、情けなさで反省。

ちいさな子が人を「使えるか、使えないか」で判断することへの恐怖。

ドーンと落ち込み、お気に入りのお店で「やけ酒」ならぬ「やけあんみつ」

ほおばりながら、「脱・方向オンチ」を誓いました。

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