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2006年4月28日 (金)

半分愛して

寺山修司さんの詩のタイトルです。

座右の銘にしている大好きな詩、3つの中の1つ。

出合ったのは中学2年のときです。

『半分愛して』

半分愛してください

のこりの半分で

だまって海を見ていたいのです

半分愛してください

のこりの半分で

人生を考えてみたいのです

中学生の私は「カッコイイ!」と憧れを覚えました。

半分っていうのがいいな、と。

「過ぎたるは猶及ばざるが如し」とも言いますし、

ご飯も「腹八分」が体にいい。

以前、「離す愛」という言葉に出合ったことを書きましたが、

「半分愛して」にしても洗練された大人の領域。目指す理想です。

今、書いていて気づいたことですが、「半分愛してください」だけではなく、

自分も「半分愛して、のこりの半分で人生を考える」のが、

大人の流儀なのでしょうね。

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2006年4月27日 (木)

本当にごめんなさい!

ピッカピッカの~1年生♪

真新しい制服の学生を見ていると、自分の学生時代を思い出します。

特に中学1年生のときのこと。苦い、恥ずかしい思い出です。

すごくいけないことをしました。

担任の先生がなぜか好きではなく、露骨に避けていたのです。

そのことは先生もわかっていたらしく、1学期の終わりの二者面談で

「なんだか、あなたは僕を避けていますね。ハッキリ言って不愉快です」

と言われました。

その場はしどろもどろ、言い訳をして謝ったことは覚えています。

ただ何を言ったかは忘れてしまうくらい、慌てていたのだと思います。

いけないことをしたなと反省しました。ただ本当に心からなんてひどい

ことをしたのだろうと省みたのは、ひと月くらい経ってから。

なぜ好きではなかったのか。理由がない。

きっと年頃の女の子が、思春期に父親を嫌うよなものだったと思います。

先生に叱られてから避けるのをやめると、今まで見えていなかった先生が見える。

とてもいい先生です。

私はその先生を傷つけたわけです。

そして、自分のしたことを悔いました。

思春期ゆえとか、幼さの過ち。そんな言葉は通用しない。

人を傷つける罪に大人も子供もない。

そう知る出来事でした。

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2006年4月26日 (水)

かっこつけます

あまりいいように使われていない言葉ですよね。

でも悪いことだと思いません。

かっこう(格好)。辞書で引くと

・外見、姿

・体裁、世間体

・状態、ありさま

とあります。

とすると、「かっこつける」のは、よくあろうとする向上心といえるのでは。

ならば、いいことなのではないでしょうか。

「よくありたい」と思うのは自然なこと。

マナーはある意味「格好」をつけることでもありますから。

かっこうよくなろうと、かっこつけるのは、いいことだ

と、またまた都合よく考えます。おしゃれをするし、お化粧もする。

素敵な人になりたいので、もっともっとマナーや内面も磨きに磨いて

バシバシかっこつけていきます。

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2006年4月25日 (火)

三十路って

いろいろと楽しみ方がわかってくるときだと思うんですが…。

日曜日、ゆる体操をしながら「笑っていいとも! 増刊号」を見ていたときのこと。

坂下千里子ちゃんが30歳になったことから、三十路話が展開される。

本人は三十路に抵抗があるのかすごく嫌そうでした(でも、どうやら散々番組で

「みそじ、みそじ」とからかわれたようなので、そのせいかも)。

「あ~三十路、拒絶されてるな~、なんでだろう?」と思っていると、他の出演者は

30歳いいだろう、楽しいだろうと口々に語る。

おっ。よくぞいってくれた! テレビの前でパチパチと拍手。

本編では歳をからかっていたらしいですが、増刊号では、本番終了後のトーク

ということで、こちらがホンネだと思いたい。

確かに30歳以上の女性に対して一般的にされる表現。見聞きしていると、

ズーンと暗い気分になることがあります。

でも、実際には年々素敵になっていく女性の方が多いと思います。

ということは、なんとな~く世間的にそういう意見だから。ただそれだけのこと。

若い方がいいという決まりになってしまっているだけでは?

単に自分好き? 私はハタチくらいの頃より今の自分のほうが好きです。

去年、ようやく30になった~と感慨深いものがあったくらいで。

ただ、手相観の方にいわれた通り、ちょっと寂しがりなところもあります。

歳を重ねていくことをウェルカム、ウェルカムエイジング!と言い続けて

いますが、まだまだ若さ至上主義が強い。たまにショゲルことがあります。

そんなとき、フッと思い出すこと。

去年、友達に「ハッピーバースデー♪ 楽しい30代にしようね☆」とメールを

送ったら「おうよ!!」と返ってきたときは、とても嬉しくなりました。

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2006年4月24日 (月)

都合よく使っています

占いは好きですか?

結果を気にはしませんが、いいことが書いてあるとやる気がでるし、

悪いことなら気を引き締める。転ばぬ先の杖かな、と思いながら、

つい読んでしまいます。

星座に血液型、女性誌の占い特集。動物占いなんていうのもありましたね。

18歳のとき、知人の紹介で、すごくよく当たると評判の手相観の方に

観ていただきました。言われたことをあげてみると

・神経質なところがある

・ヘンテコリンな子。宇宙人みたいな人。考えていることが地球規模じゃない

・とにかく物を書く仕事をしなさい

・本当は目立つのが好き、人前に立つのが好きなはず

・恋愛体質で、結婚には慎重

・外国に縁がある  など。

さらに、2年くらい前に「銀座の母」にも観ていただきました。そこでは

・本当は寂しがりや

・時々、毒舌を吐く

・外国に縁がある

・困ったときには必ず助けてくれる人が現れる

・おいしい話に気をつけろ  など。

共通して、外国に縁があるらしいので、まだ思い当たることはないですが、

どんな縁なのかワクワクしています。

「当たってる!」と思うことも「エーッ!」「??」ということもありますが、

いいことだけを信じるお気楽主義

また、たくさんの人を観てきた経験から判断を下されたのではないかと

思うので、自分を磨くアドバイスとしてメモしておきました。

それにしても、宇宙人って…。

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2006年4月21日 (金)

何かないですかね?

女は進化していく。

誰もが花。

歳はとるのではなく纏うもの。

だからアンチしないでウェルカムエイジングでいきましょう。

そう言ってきてふと思ったことが。

素敵な年配男性を「ロマンスグレー」という言い方がある。

「若さイコール美しい」というのがこの国の昔からの考え方。

素敵な年配女性を表す言葉。あまり聞きませんね。

ロマンスグレー…の女性版

何かないですかね?

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2006年4月20日 (木)

ありがとう、吉田くん

電車の出発待ちをしているときのこと。

乗ってきた男子高校生が、ホームにいる友達と大声で話している。

まあ、出発するまでだからと思うが、あまりに大声で話し笑うので、

少々うるさいなと思い、イラッ。

「マナーがなってない!」

ホームにいた友達が帰り、やっと静かになったとき、電車に大きな鞄を持った

年配のご婦人が入っていらした。

私は立っていたので、空いている席はないかしらと見回しました。

すると例の高校生が自分の前の席を指差し、

「ここ空いてますよ!」と彼女を手招き。

さらに「網棚に載せましょうか」とたずね、サッと鞄を受け取る。

網棚に載せながら、鞄についていた名札をみて、

「あっ、吉田さんっていうんですか。僕も吉田なんですよ」

とニコニコと話しかけている。

その後しばらく、ふたりとも嬉しそうに話をしていました。

この光景を見て、あったかい気持ちになりました。

少年をとてもキレイだな、とも思いました。

そして考えさせられました。

大声を出していたのはマナー違反です。

ただ、彼は大切なものを持っている。

こちらは一朝一夕には身につかないもの。

作法とは別のマナーがとても重要だと、改めて感じる出来事でした。

吉田くん、素敵な時間をありがとう!

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2006年4月19日 (水)

懐かしき、がんばれ自分

10代の頃、体を悪くしていたとき、自分へのエールとして書いたものです。

コイン

今 絶望しているなら

逆の希望があるということ

なら間に合う

幸せに間に合う

生きているのだから

人生のコイン 裏表

私の中の力

ありったけ掻き集め

明るい明日へ裏返す

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2006年4月18日 (火)

覚悟は

10年近い前に書いたもので、読み返して苦笑…。

昔の私へ伝言。

覚悟が決まるのは、まだまだ先のようです。

では。

覚悟

「誰かと生きる」のは覚悟がいるだろう

負の部分も見つめ 受けとめると

本気で覚悟を決めなければ

相手も自分も壊してしまう

例えば今の私にできるか

自信がない

「若さ」の非力を思い知る

時の重みが突き刺さる

焦らせ苦しめるのは時間

味方してくれるのもまた 時間

「季節は待つもの」と聴いたことがある

結論は急ぐな

時はそう語る

覚悟は人の歴史の中で

生まれ育まれる産物

何かを 誰かを大切にするために

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2006年4月17日 (月)

切ない

いつか詩集を出したいと思っています。

今週は書き溜めたものの中から、ウェルカムエイジングに通じるかと

思われるものをいくつか載せたいと思います。

「切ない」

幾度も季節が巡ることで

自然と知っていくことがある

歳を重ねていくということは

「切ない」が増えていくこと

「切ない」すべてを

受けとめられるように もがく

もがいて もがいて 覚悟を決める

そのとき 人は

深く大人に成れるのだろう

「切ない」を覚悟して

抱きしめることができたとき

幸せに抱きしめてもらえるのだろう

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2006年4月14日 (金)

幻のお菓子

エレベーターが開く。

左右をキョロキョロして文字を探す。

六花亭、六花亭

ようやく探し当て、お目当てのバターサンドホワイトチョコレートを手にする

瞬間に幸せを感じます。

年に2度。運がよければ3度。デパートで「北海道物産展」があるときにだけ

食べられるからこその楽しみ。

「お取り寄せ」という方法を使えば食べたいときにいつでも食べられるけれど、

自分でそれは禁じ手にしています。

なぜか、それは…

子供の頃、父が北海道に出張したときに買ってきた六花亭のホワイトチョコレート。

この世にこんなに美味しいものがあるのかと思うほど感動。

また子供の頃、我が家では普段あまりお菓子を食べてはいけない、

ケーキはクリスマスと家族の誕生日だけ。ジュースは祖母の家に行った

ときだけと決まっていたのです。誰かが誕生日でケーキが食べられる日

が近づくとソワソワ。待ちに待って食べるケーキは、たまらなく美味しい

ものでした。

今は特に決まった日でなくてもケーキを食べるし、ティータイムに合わせた

スイーツを食べる。雑誌で評判と聞けば食べてみる、という感じでいろいろ

と美味しいものを食べています。

しかし、8年前に北海道へ行ったとき、六花亭に再会して子供の頃の感動

を思い出す。反省しました。

食べられるのを待つ間のワクワクした気分。消えてしまうのが惜しくて

一口一口しっかり味わいながら食べていた感触。満足感。

美味しいものを食べ慣れてしまった今とは有難みが違うんですね。

当たり前と捉えてしまうと、そういう幸せにそっぽ向かれてしまう。

大好きなものが幻のお菓子になってしまう。

そう思い、「年に2、3度だけ」と飢餓感を自分に課すことにしたのです。

物が溢れ、便利すぎるくらい、便利な時代。

これは食べるものに限りませんね。

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2006年4月13日 (木)

過去からの手紙

以前、「人生ノート」について書きました。

これは出合った言葉をメモしたノートに私がつけた呼び名です。

その人生ノートに新たな言葉をメモし、パラパラとめくっていると、

ハタチくらいの頃に読んだマンガの中の言葉を発見。

「まわりの幸せを願うのは、自分が幸せになりたいから」

これはヒロインの女の子が、自分が幸せでも周りの人が幸せでなければ

気持ちがモヤモヤする。どっぷり幸せと思えないと主張したときの言葉です。

さらに次のページをめくると、

「日本人はどうしてみんなで幸せになろうとしないのですか」とある。

これは大好きな作家、灰谷健次郎さんの本からの言葉。

アグネスチャンさんが、灰谷さんにおっしゃった言葉だそうです。

いいこともあれば悪いこともある。いいときもあれば悪いときもある。

なかなかすべてがうまくいくということは難しい。

けれど、決してこれらを理想論といってはいけない、と改めて

考えさせられました。まわりを見回して、自分にできることを無理なくする。

ただそれだけのこと。

今の自分がそれをおろそかにしているのではと反省。

ハタチの頃は市の福祉協会に登録してボランティアをしていたのに、

いつの間にか自分のことで手一杯になりやめてしまった。

それは言い訳ですね。時間は自分でつくらないと!

ボランティアの他にも、今、一人ひとりが考え行動しなければ

ならないことが溢れかえっている。

「今のあなたはダメよ。しっかり考えなさい!」という

過去の自分からの手紙を読み、冷や汗をかきながら最近の自分を

悔い改め中です。

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2006年4月12日 (水)

し続ける

「しつけとは、し続けること」→マナー本より。

なるほどって思いませんか?

知らないことがある。覚える。終了。じゃないんですよね。

し続けないと、結局自分の身につかない。

今年の初めごろ、母がひとり、部屋でブツブツ何かを言っているので

声をかけると、英語の本を声に出して読んでいたのでした。

母曰く、「最近、英語を話す機会がないから。毎日少しでいいから話さない

と衰える。とっさにでてこなくなると嫌だから」。

母の向上心に感心するとともに、反省でした。

マナーに関しては、アドバイザーになったからには日々精進で、自分なりに

勉強し続けていますが、仕事と離れたものはどうか。

着付けは、お免状をいただき、「私は着られるから」と安心していました。

いけませんね。久しく着物に袖を通していなかったから、帯結びがよろしくない。

ピシッと決まらない。

そのとき、冒頭の「しつけ」について思い出したのです。

独身の私には縁がないことと考えていたのが間違いでした。

自分で自分をしつけないと! 

ということで、今は時間を見つけて週に1日だけでも着物を着るようにしています。

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2006年4月11日 (火)

意味が違った

マナーの世界を学び始めて、おもしろいことを知りました。

マナーについて考えるときエチケットマナー、2つの言い方があり、

それぞれに役割があるということです。

なんとなく雰囲気で捉えていて、同じような意味だと思っていました。しかし、

エチケット…挨拶や立ち居振る舞いが、人に不快感に与えないようにする

       日常的な心得。対人関係の心得。

マナー…相手の状況や都合を考慮し、その場に適した応対をすること。

     やさしさや思いやりを伴う個人的良識。

たとえば「おはようございます」と挨拶するのがエチケット。

相手が誰かと話をしていたり、急いでいる様子のときは、声をかけずに

会釈して通り過ぎるのがマナー。

ということは、まずエチケットがある。その上で、その時々の状況判断で

立ち居振る舞うのがマナー。

自分がどうあるべきかがエチケットで、相手に対してどう行動するかがマナー。

と、捉えると、マナーを身につけるためには、エチケットを心身に沁み込ませる

日常生活の習慣が必要なのでしょうね。(続く)

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2006年4月10日 (月)

きっかけは、映画

なぜ、マナーアドバイザーになったのか。

今思うと、マナーに関心を持ち出したきっかけは映画。

小学生の頃、俳優の石原裕次郎さんが亡くなり、追悼番組として

主演映画がたくさん放映されました。

そこに映し出される世界に釘付け。

俳優さんたちの品のよさ。立ち居振る舞い、言葉の美しさ。

作品によって裕次郎さんをはじめ、若者のやんちゃな言動もあるけれど、

全体に流れる雰囲気は上品に思えました。

目上の人に敬意を払った応対。

歩き方、座り方、立ち姿。どれをとっても姿勢がよく、シルエットが美しい。

視線や指先にまで神経の行き届いた仕草がさらに美しくみせる。

特別お金持ちの話ではない。セレブなわけでもない。

ごく庶民の話。

見たのがまだ小学生だったので、そのときは、映し出される美しくシャレた世界を、

ぼんやりと「昔の人って素敵だなぁ」と思うだけにとどまりました。

大人になり、映画を見たときに感じたことがマナーと結びついていると気づきました。

日本が創ってきた文化、日常生活、マナーはつながっている。

そう思い、マナーの勉強、日本文化へと誘われていきました。(続く)

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2006年4月 7日 (金)

祖母のお守り

桜が満開。風もあたたかい。

楽しい季節ですが、ヒラヒラと桜吹雪が舞い始めると、少し切なくなります。

大好きな祖母に最後にあっったのが、桜の季節だったので。

19の秋、祖母は突然亡くなりました。

母が大変ショックを受けていたので、私がしっかりしなければと思い、

お通夜もお葬式も泣きませんでした。

ところが、半年が過ぎて桜の季節になり、最後に会った日を思い出しました。

さらに、ドラマで主人公の祖母が亡くなるシーンを見て、気づいたら号泣している。

はじめて、もう二度と祖母に会えないことを実感したのです。

遠くに住んでいたので、頻繁には会えませんでしたが、とてもかわいがって

もらいましたし、大好きでした。

その祖母が残してくれた言葉が、今でも私のお守りです。

私は10代の頃、体を悪くして、周りの友人のように、いわゆる「青春」を

謳歌することが出来ずにいました。そんなとき祖母が

「人間、一生良いことだけってこともなければ、一生悪いままってこともない。

良いことの量も悪いことの量も半分半分。今、一生懸命がんばっているんだ

から、大丈夫よ。絶対に幸せがまっているから」

そうエールを送ってくれたのです。

その言葉があったから、辛いときも「がんばれば答えは返ってくる」

そう思えてやってこれたのだと思います。

今は健康を取り戻し、自分なりに人生を楽しんでいます。

祖母のくれた「いいことと、悪いことのバランス」の法則は

いいときは謙虚であれと戒めになるし

悪いときは励ましになる。

いいときは油断するなと注意になるし

悪いときは大丈夫だと命綱になる。

3月のお彼岸に、お墓参りに行けなかったので、ゴールデンウィークには

行こうと思っています。

願わくばもっともっと柔軟でしなやかな女性になって「がんばったでしょ?」

と会いたいのですが、胸を張ってそう言えるのはまだまだ遠い日のようです。

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2006年4月 6日 (木)

モットー実行、洋服編

買い物は真剣勝負!

「コレ!」というものを見つけても、買うまでに非常に時間がかかります。

商品を前に「欲しい。でも本当に必要? すごく欲しい? これ、どのくらい先まで

使える? 5年後の私に似合う?」と自問自答。

不審者だと思われるんじゃないかと思うくらい、商品の前をウロウロ。

買うからには、物の寿命まで付き合う。そう思うとなかなか決まらない。

こんな疲れる買い物の仕方なので、ひとりで行くことがほとんどです。

服にしてもかばんにしても、アクセサリーにしても、雑貨にしても、

悩みに悩んだ末に手にしたものはかわいい。どれも5年選手は当たり前。

最高は、10歳のときから29歳まで20年着たセーター。ザックリしたものなので

子供から大人への多少の体形の変化は問題なし。毛玉に気をつけて手入れ

をしていたら、ヨレヨレになることもなく、色々なスカートやパンツとコラボレート。

楽しませてくれました。1年前の衣替えで、さずがに毛糸に疲れが見えたので、

「いままでありがとう」とお別れ。

今年の冬、姿がないことに少し寂しさを感じました。

ただ、シンキングタイムをもつ余裕もないほど、「あ~コレ!」と一目惚れして

しまう出会いもあり、衝動買いしてしまうことも。

でも一期一会の縁でしょうか。

不思議とそんな風に買ったものはずっと手元に残ります。

とはいえ、もう少しおおらかに、要領よく、スマートな買い物をできるように

なりたい。これが今後の課題です。

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2006年4月 5日 (水)

春!春!花!

ん?

今朝「今日は仏滅か」とカレンダーを見ていたら、5日のところに

「清明」と書いてある。何だろう?

カレンダーの隅に説明が。

清明…二十四節気のひとつ。清浄明潔の略。

    春先の清らかで生き生きした様子を

    いったもの。花々が咲き始める時期。

辞書には加えて「万物清く陽気になる時期」とある。

3月あたりから、ミモザ、白木蓮、桜、チューリップと、春を告げる花を見るにつけ、

ふんわり暖かい気分が高まってきていた。そして今日は清明だと知って

「ああ、冬の寒さを乗り切って、いろんなことが動き出す季節なんだ」と実感。

あいにく一日中雨模様でしたが、万物生き生きするためには、雨の恵みも

受けないと。

そう思うと、これはこれで、清明な日ということでしょうか。

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2006年4月 4日 (火)

着物は女の味方です

自律。

最近この言葉が好きです。「神経」とセットだけの認識だったけれど、

よくよく見ると、いい言葉!

自分を律して、自立するのが大人の流儀ということでしょうか。

そう思うようになったのは、着付けを習い始めてから。

着物は手間がかかる。着る前の準備。着付け。脱いだ後の手入れ。収納。

纏っているときも、足は組めない。裾が乱れないようにとか、帯が崩れない

ように気を配るなど、洋服より動きが不自由。

それが自分を律する鍛錬になる。

洋服にくらべて手間がかかる分、大いなるプラスがある。

手間を愛しみ、自律した和服の女性は、洋服より色気が漂う。

浅草に行くたびに着物姿の女性を見かける。

指先にまで神経の行き届いた立ち居振る舞い。よく櫛を入れた結い髪。

一朝一夕にできるわけもなく、絶えず手間をかけ、自律している自負。

それが本物の美しさ、色気となって表れるのでしょう。

女から見ても素敵! と見入ってしまいます。

もうひとつ、嬉しいおまけが。

「男性も女性も、歳を重ねているほうが美しい」

そう言い続けているのに、童顔ゆえ、軽んじられてしまうことがコンプレックス。

着物はそれをカバーしてくれます。

お手本とする方たちのようになりたいと思い、着物を着て出かけると、

自分なりに律しているためか、着物の魔力か。

いつもより格をあげてみられるのです! 歳相応の応対をされるのです!

ありがたい発見。

もっと鍛錬して、着慣れていって、素敵に着こなせるようになりたい。

そのために自分への合言葉。自律、自律。

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2006年4月 3日 (月)

和の世界で健康を知る

着物を着たい。

そう思ってお教室に通い、着付け、帯結びが一通り自分で出来るようになりました。

着付けが出来るようになると、着物を着る機会を自分で探すようになり、

着物について知りたい気持ちが強くなる。買い物に行っても着物に目がいく。

着物についての本や雑誌を読むようになる。

そして、着物が健康のためにいいと知りました。

・姿勢をよくしていないと、着姿が美しくないので背筋を伸ばす。

 すると、正しい姿勢なので肩が凝りにくい。

・帯がコルセットの役割をして、腰にいい。

・着物の素材。絹や綿は肌と相性がいい。

 夏の着物は涼しく過ごせるようにできているし、ほぼ全身を着物が覆って

 いるため、室内では冷房から守ってくれる。

 外では汗の吸収がよく、肌の呼吸にいい。

 冬の着物は保温性があり、綿入りの半纏や羽織を着物の上に着れば

 さらに温かさを保てる。

・「世界一受けたい授業」という番組での、東海大学助教授の高野進先生の

 お話によると、着物は体に2本の軸をおいて足を前に出す歩き方。

 健康のために理想的な歩き方なのだそうです。

こんなに優れた効能を着物がもっているなんて!

着ないわけにはいきません。(続く)

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2006年4月 1日 (土)

いざ、和の世界へ

日本文化和の世界をしっかり勉強したい、知りたい。

そう思い、1年くらい前からポツポツ学びはじめました。

その中の1つが着物

昔は教室があったわけではなく、各家庭で覚えたのだから、

本を読んで自分で覚えられるだろう、と本を購入。

着物は、母が若い頃に祖母に誂えてもらったものを譲り受け、いざ。

…よくわからない。

手順は分かるが、実際にやってみると、図解だけではよくつかめない。

やっぱり餅は餅屋かな、と思い、お教室で指導を受けようと決意。

タウンページで着付け教室をチェック。

ピンときたところに即、電話。

翌日から通い始めました。

半分期待、半分不安を持ちつつ、スタートしてみると、

楽しくて夢中になり、どっぷりと着物の世界にはまっていきました。(続く)

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