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2006年2月28日 (火)

格の上がった女はブランドです

ガール、レディ、ウーマン。

女の人を形容する言葉がいくつかある。

レディも、ウーマンも大人の女を意味するものなので、

自分がよりどちらになりたいか、似合うか。

それは個人の問題で、どちらでも素敵だと思う。

大切なのは、ガールではないということ。

それを示しているのが、映画「マイ・フェア・レディ」。

オードリーヘプバーン扮する花売りの少女が、

洗練された淑女になって、社交界の花になる物語。

かわいい少女が美しい淑女になることを描いている。

ガールでいることより、レディになることのほうが、

女としてグレードアップするということでないだろうか。

そう、やはり女は時を積み重ねて、より磨かれるんです。

いつまでもガールって言葉が似合う女でいるより、

格をあげないと。

たとえば、

川原亜矢子さんや小泉今日子さん、岸恵子さんは、

レディという言葉が似合う。

山口智子さんや今井美樹さん、夏木マリさんは、

ウーマンという言葉が似合う。

どちらも共通して

年齢にのまれていない。さらりと歳をまとっている。

1年1年、年齢を迎え入れ、自分というブランドをつくりあげている。

芸能人だからブランドと言えるというわけではなく、

女として自分を見つめ、確立していることで、洗練されているから。

これこそが、ウェルカムエイジングなあり方。お手本です。

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2006年2月27日 (月)

「せっかくなので」

女は誰もが花です。

可憐なもの、気高いもの、また、華やかだったり、清楚だったり。

どの花も、その花だけの美しさがあり、

キレイじゃないものなどひとつもない。

どんな花であるかはその人次第だが、

女という花のあり方は、草花より、花樹のほうがふさわしい。

草花は、野に咲いていてもキレイだが、

切り花として花瓶に活けられた形がいちばんいい。

一方の花樹は、地に根を張った太い幹、大きな木。

高いところで凛と咲き誇っているのが、最も美しい。

女は年齢で枯れない。

だから、切り花になってわざわざ寿命を縮めることはない。

女が年々キレイになることと、花樹は同じ。

梅にしても、桜にしても、細く小さな苗木より、

何年も何十年も時を積み重ねた大木の方が花時が見事。

そして、花樹の花暦がステキ。

温室の花と違い、一年中咲くわけじゃない。

一度、花を散らした後、

は光を蓄え、

の切なさを受け流し、

の寒さを耐え切って、

再び

雪解けと共に、美しい姿を魅せる。

女と生まれたからには、私はそういう花なんだと

プライドをもち、歳をまとっていきたい。

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2006年2月25日 (土)

おとな堂々

不思議に思うことがある。

女の子は幼いときから「女」としての性分をもっている。

だから物心つくころにはオシャレに関心をもち、自分をよくみせようとする。背伸びする。

私にも、覚えがある。

母親の化粧台の前で、口紅をつけたりパウダーをパタパタはたいてみたり。

テレビの中の歌手や女優に憧れて、しぐさを真似てみたり。

小学6年のとき、塾に母親のパンプスをはいていき、「生意気だ」と先生に言われた。

服装は、少しでも大人っぽくみえるものばかり選んで着ていた。

大人っぽくみえることがキレイにみえる、と考えていたから。

ただ、中学3年のとき、「大人っぽい服ばかり着ていたけど、その歳だから似合うものがいちばんいいと思う」

と、あるタレントが言っているのを聞いた。そのときから

「ああ、等身大でいいんだ。それがいちばんよくみえるんだ」

と知り、歳相応へとシフトした。

等身大のオシャレをしつつ、いつかあんなふうに素敵になりたいと、お手本にするのは、やはり大人の女性たち。

しかし、最近、気になることがある。 

お手本である女性たちの変化。

服装、雰囲気が、若い女の子と変わらない。

でも、若い女の子ではないので、本来の美しさが消されてしまっている。

残念!

若いときは背伸びをするのに、やっと大人になると、なぜ、大人であることをやめてしまうのか。

若くなくなるとオシャレをしないなんてことはないわけで、磨き続けるのだから、

堂々と「大人」していればいいんじゃないかと。

だって、オシャレな大人は憧れるくらいカッコイイんですから。

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2006年2月24日 (金)

ほめて伸ばす

言葉が悪い!

言い方が悪い!

考え方がネガティブ!

そういうものが世の中に蔓延している。

「歳をとる」「老化する」「もうウン歳」「衰える」「おばさん」「賞味期限」。

マインドコントロールのようにくり返されると、誰だって不安になる。

怯える。自信をなくすこともある。

でも、いい加減そんなものにふりまわされるのはごめんだな、と。

どうしようか…。

なら、違う言葉に換えて、暗示から解放すればいい。

「歳をとる」は「歳をまとう」。

「老化する」は「進化する」。

「もうウン歳」は「やっとウン歳」。

「衰える」は「円熟する」。

「おばさん」は「淑女」。

「賞味期限」は…そんなものない!

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2006年2月23日 (木)

女の進化論「美しい人には理由(わけ)がある」

キレイな人がいる。

決して若いわけではない。仮に45歳だとして、美しさはこう形容される。

「とても45歳には見えないわ」「いつまでも若くてキレイ」

違うんです。

若く見えるからじゃない。45歳に見えないからじゃない。

魅力的だからキレイ、なんです。

湯上りたまご肌より、グンと輝きを放っている。

笑いジワがあっても、キラキラしている。

年齢にのまれない「キレイ」。理想的だなぁ。絶対いい。

のはず、なんだけど…。「若さ至上主義、日本」。評価低いなぁ。

大人の女性をほめるとき、ただ「キレイですね」「素敵ですね」でいいのに

なぜか「歳のわりに」「お若く見えて」が、もれなくついてくる。

???

いやいや、歳は歳でしょう。若くある必要がない。

アンチエイジングで若さを保つっていうけど、いま、人生80年時代。どうするんだろうか。

いずれ限界がくる。そのときはもう終わり? ババアになったらおとなしく女を終えろってこと?

ふと、友人の言ったことを思いだす。

「美人ってさ、それなりに理由があるよね」。

なるほど。キラキラしている理由は、進化しているってこと。

そう考えると、若さとの別れなんて、ちっちゃい、ちっちゃい。

大丈夫なんです。

「期限」という定義がそもそも、間違いでしょう。

将来40代、50代になることは、むしろ誉れであって怖いことじゃない。

結論!本当のキレイな人を目指すには

ウェルカムエイジングなんです。 

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